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180 一年前、いつも隣にいた女の子

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 低学年の児童たちの返却ラッシュがピークを過ぎ、図書室のカウンターに空白の時間ができるようになった。
 誰もいないタイミングを見計らって藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)が本を借りに行くと、六年生の図書委員の野上実果子(のがみみかこ)が不機嫌そうな顔をして皐月を見ていた。五年生の時の実果子はいつも教室でこんな顔をしていたので、同じクラスの男子だけでなく、女子でさえも実果子に話しかける子はいなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、さっき本を返したから、新しく本を借りに来ただけじゃん」
 皐月の隣にいる千智が少し後ずさりをしたのを感じた。茶髪の根元が伸びたプリン頭の実果子は見た目が怖い。こんなビジュアルでよく図書委員が務まるなと思うが、実果子は笑うと優しい顔になるので、小さな女の子たちからは慕われているようだ。
「昨日も本借りたよな。もう返したのか? ちゃんと読んだのか?」
「読んだよ。いい本だったから、本屋で同じの買った」
「ちっ、金持ちかよ」
「京都のガイドブックだから、欲しくなったんだよ。修学旅行に持っていくかもしれないし」
「ふ〜ん。浮かれてんな、お前」

 少し()ができた隙に千智が五年生の図書委員の月映冴子(つくばえさえこ)に借りていた本を渡して、返却の依頼をしていた。千智は機を見るのに敏い子だ。
「俺、修学旅行の実行委員になったから、京都のことを勉強しておかないとな。それに委員長になったし」
「委員長? 藤城が? 華鈴(かりん)じゃないのか?」
江嶋(えじま)は副委員長だよ」
「なんで華鈴を差し置いて藤城が委員長なんだよ。委員長といったら華鈴だろ?」
 実果子の言い草に皐月はムッとした。
「しゃーねーだろ。みんな北川にビビってて、誰も委員長をやりたがらなかったんだから。それで俺が立候補したんだよ」
「そうか……華鈴もビビりだからな」
「ああ。そうしたら北川が江嶋を副委員長に指名しやがってさ。あいつ、昔から俺のこと全然信用してねーんだよ。『お前には有能なサポートがいないと安心して任せきれん』だってさ」
「あいつ、相変わらずムカつくな」
 実果子の表情から緊張が(ほど)けた。北川に対しては皐月も実果子も思うことがあるので、こういう時は気が合う。
「それにさ、『藤城、お前その頭で修学旅行に行くのか? 旅行までに黒く染めておけ』なんて言うんだぜ。超ムカつく。野上は髪のこと何も言われないのか? 北川って担任だろ?」
「何も言ってこないよ。五年の時からずっとこんなだし。それにあいつ、私のこと見放してるから」
「そんなことねーだろ。あいつ、お前の担任じゃん。先生たちって、クラス決めの時に好きな子を選んで自分の生徒にしてるんだぜ。逆に目をかけられてるんじゃね? 北川って、お前のことが好きだったりしてな」
「嫌だよ、気持ち悪いな」
 クラス決めの際、問題児はクラスを分けられるという。だから、皐月は実果子や華鈴とクラスをバラバラにされたと思った。

「校長先生は俺の髪の色のこと格好いいって言ってくれるから、学校的には髪の色に関しては強制できないんじゃないかな」
「注意はするけど、反発されたらそれ以上は何も言わないってことか?」
「いや、注意すらできないと思う。先生も親とはトラブルになりたくないだろう」
 横で千智と冴子が黙って皐月たちを見ている。皐月はこの辺りで話を切り上げたいと思っていたが、実果子はまだ話し足りなさそうだ。
「でも藤城と華鈴のコンビなら北川的には一番安心じゃないの。あいつ、あんたらに私のこと押し付けてたくらいだし」
「何言ってんだ、お前。別に押し付けられてたとか、そんなことねーだろ」
「みんな影で言ってたじゃないか、問題児を一つの班に集めて隔離してるって」
「まあ、俺も問題児の一人だからな。真面目なのは江嶋だけだったし。でも、俺たちって別に何も問題起こさなかったじゃん」
 皐月は実果子や華鈴たちと過ごした五年の二学期三学期は穏やかで楽しい毎日だと思っていた。それくらい平和だった。一学期は荒れていた実果子も、二学期からは何の問題も起こさなかった。



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 低学年の児童たちの返却ラッシュがピークを過ぎ、図書室のカウンターに空白の時間ができるようになった。
 誰もいないタイミングを見計らって|藤城皐月《ふじしろさつき》と|入屋千智《いりやちさと》が本を借りに行くと、六年生の図書委員の|野上実果子《のがみみかこ》が不機嫌そうな顔をして皐月を見ていた。五年生の時の実果子はいつも教室でこんな顔をしていたので、同じクラスの男子だけでなく、女子でさえも実果子に話しかける子はいなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、さっき本を返したから、新しく本を借りに来ただけじゃん」
 皐月の隣にいる千智が少し後ずさりをしたのを感じた。茶髪の根元が伸びたプリン頭の実果子は見た目が怖い。こんなビジュアルでよく図書委員が務まるなと思うが、実果子は笑うと優しい顔になるので、小さな女の子たちからは慕われているようだ。
「昨日も本借りたよな。もう返したのか? ちゃんと読んだのか?」
「読んだよ。いい本だったから、本屋で同じの買った」
「ちっ、金持ちかよ」
「京都のガイドブックだから、欲しくなったんだよ。修学旅行に持っていくかもしれないし」
「ふ〜ん。浮かれてんな、お前」
 少し|間《ま》ができた隙に千智が五年生の図書委員の|月映冴子《つくばえさえこ》に借りていた本を渡して、返却の依頼をしていた。千智は機を見るのに敏い子だ。
「俺、修学旅行の実行委員になったから、京都のことを勉強しておかないとな。それに委員長になったし」
「委員長? 藤城が? |華鈴《かりん》じゃないのか?」
「|江嶋《えじま》は副委員長だよ」
「なんで華鈴を差し置いて藤城が委員長なんだよ。委員長といったら華鈴だろ?」
 実果子の言い草に皐月はムッとした。
「しゃーねーだろ。みんな北川にビビってて、誰も委員長をやりたがらなかったんだから。それで俺が立候補したんだよ」
「そうか……華鈴もビビりだからな」
「ああ。そうしたら北川が江嶋を副委員長に指名しやがってさ。あいつ、昔から俺のこと全然信用してねーんだよ。『お前には有能なサポートがいないと安心して任せきれん』だってさ」
「あいつ、相変わらずムカつくな」
 実果子の表情から緊張が|解《ほど》けた。北川に対しては皐月も実果子も思うことがあるので、こういう時は気が合う。
「それにさ、『藤城、お前その頭で修学旅行に行くのか? 旅行までに黒く染めておけ』なんて言うんだぜ。超ムカつく。野上は髪のこと何も言われないのか? 北川って担任だろ?」
「何も言ってこないよ。五年の時からずっとこんなだし。それにあいつ、私のこと見放してるから」
「そんなことねーだろ。あいつ、お前の担任じゃん。先生たちって、クラス決めの時に好きな子を選んで自分の生徒にしてるんだぜ。逆に目をかけられてるんじゃね? 北川って、お前のことが好きだったりしてな」
「嫌だよ、気持ち悪いな」
 クラス決めの際、問題児はクラスを分けられるという。だから、皐月は実果子や華鈴とクラスをバラバラにされたと思った。
「校長先生は俺の髪の色のこと格好いいって言ってくれるから、学校的には髪の色に関しては強制できないんじゃないかな」
「注意はするけど、反発されたらそれ以上は何も言わないってことか?」
「いや、注意すらできないと思う。先生も親とはトラブルになりたくないだろう」
 横で千智と冴子が黙って皐月たちを見ている。皐月はこの辺りで話を切り上げたいと思っていたが、実果子はまだ話し足りなさそうだ。
「でも藤城と華鈴のコンビなら北川的には一番安心じゃないの。あいつ、あんたらに私のこと押し付けてたくらいだし」
「何言ってんだ、お前。別に押し付けられてたとか、そんなことねーだろ」
「みんな影で言ってたじゃないか、問題児を一つの班に集めて隔離してるって」
「まあ、俺も問題児の一人だからな。真面目なのは江嶋だけだったし。でも、俺たちって別に何も問題起こさなかったじゃん」
 皐月は実果子や華鈴たちと過ごした五年の二学期三学期は穏やかで楽しい毎日だと思っていた。それくらい平和だった。一学期は荒れていた実果子も、二学期からは何の問題も起こさなかった。