野上実果子が
藤城皐月との話をやめ、返却された本を積み上げ始めた。なにやら積む順番を気にしているようで、背表紙を見ながら分類して、本の山を三つ作った。
「藤城、返却手伝え」
「えっ?」
「今日は本が多いんだよ。重いから、この二つの本の山を持ってくれ」
「野上〜。お前、俺に仕事押し付けようとしてるだろ」
「そんなことねーよ」
皐月は女子から何かを手伝ってくれと頼まれると嫌とは言えない性格だ。しかし今だけはやりたくなかった。せっかく
入屋千智と会う時間を作ったのに、邪魔されるのは面白くない。だが実果子の仕事が大変そうなのは、見ていればわかる。
千智の方をチラっと見ると、
月映冴子と楽しそうにカウンター業務をしている。二人は同じクラスだし、千智は冴子と仲良くなりたいと言っている。ここは二人にしていた方がよさそうだ。
「じゃあ、少しなら手伝うわ。サクッと終わらせようぜ」
「そのつもりだから藤城に頼んだんだよ」
皐月は積み上げられた本を持ちあげる前に、首からかけているQRコード付きの名札と志賀直哉の本を千智に手渡した。
「千智、代わりに本を借りておいてもらっていい? 俺、ちょっと野上の手伝いしてくるから」
「わかった。私も月映さんのお手伝いしてるね。図書委員ってちょっとやってみたかったの」
皐月が両手で本の山を持ち上げようとすると、実果子からストップがかかった。
「左手だけで持てよ。やり方、教えてやるから」
本の山を少し傾けて手のひらを上向きに差し込み、本を左腕の方に傾ける。本が崩れないように左腕で支えて、右手を本に添えて持ち上げる。重そうに見えた本の山だが、左腕で本が安定し、重さも分散されているので想像以上に軽く感じる。
「一人で本を元の場所に戻す時はこうやってる。今日は藤城が持ってくれるから楽だわ〜」
「なんだ、これなら一人でもできるじゃないか」
「一人だと、本を本棚に戻す時が大変なんだよ」
皐月は実果子の後について行き、返却済みの本を棚に戻すのに付き合った。本が棚の順番通りに積まれているので、効率よく書架を回れる。実果子が意外にも効率的に仕事をすることに感心した。
「なあ。あのかわいい女の子って、藤城の彼女なのか?」
「彼女って恋人ってことか?」
「何とぼけてんだ。さっき、あの子のことを名前で呼んでただろ?」
稲荷小学校で女子の名前を呼び捨てにする男子はいない。大抵は名字にさん付けだ。
「あ〜、そういうことか。もし千智が俺の恋人だったら、何だって言うんだよ?」
「質問に質問で返すなよ。あの子が藤城の彼女かって聞いてんの」
「うるせーな。人のことに首を突っ込んでくんなよ。お前に関係ねーだろ」
皐月にしては珍しくきつい口調だった。
実果子とは軽い口喧嘩なら昔からよくしていたが、お互いに本気で怒りをぶつけ合ったことはなかった。皐月の怒りを買い、実果子がしょんぼりしているように見えた。
「わかった。……一つだけ言いたいんだけどさ、もしあの子が藤城の彼女なら、他の女にあまり優しくするなよ」
「なんだ、それ」
「なんでもねーよ」
実果子は雑な手つきで皐月が持っている本の山から一冊取った。
「じゃあ俺、野上のこと手伝わなきゃよかったかな。お前も一応、女だし。千智以外の女の子に優しくしちゃだめなんだろ?」
「じゃあもう手伝わなくてもいい! 本、貸せ。後は自分でやるから」
実果子が皐月の
脛に蹴りを入れた。こういうことは五年生の時も時々あったが、この日は今までで一番強く蹴られた。痛みで思わず声が出そうになった。
さすがに煽るような言い方をした自分が悪いと思った。皐月は実果子に仕返しをしないで、黙って痛みを我慢した。
返却本はもう残り少なくなっていた。皐月は持っていた本を無言で実果子に渡した。本を受け取った実果子の顔が引きつって涙目になった。
「もう手伝ってくれないのか?」
「……次の本の山を取ってくるだけだ。さっさと片付けようぜ」
実果子の表情が緩んだのを見て、皐月からもピリピリとした感情が消えた。ホッとしたのか、実果子が微かに笑い顔になった。こんな顔をされたら小さな子たちも実果子のことを好きになるだろうな、と皐月も穏やかな気持ちになった。