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179 シンクロニシティ

ー/ー



「今日借りる本はこれ」
 入屋千智(いりやちさと)は『少年少女日本文学館』の第6巻『トロッコ・鼻』を手に取った。昨日、藤城皐月(ふじしろさつき)が『るるぶ 京都』と迷って借りなかった芥川龍之介の本だ。
 二橋絵梨花(にはしえりか)がこの本に収録されている『羅生門』を読んでいたのがきっかけで、皐月のまわりでちょっとした羅生門ブームになっている。
「ついこの前、この本に載ってる『羅生門』読んだよ。面白かった」
「ホント? 私、それ読んだことないな……。『トロッコ』なら塾の教材で読んだことあるけど」
「苦痛だった?」
「ううん。『トロッコ』は面白かった。だから芥川龍之介の小説が載ってる6巻は早く読みたいなって思ってたの」
 絵梨花に『トロッコ・鼻』を見せてもらった時は『羅生門』にしか目に入らなくて、千智の読んだ『トロッコ』には無関心だった。
 皐月はその日、家に帰って青空文庫の『羅生門』の全文を読んだ。ネットのテキストは詳細な注釈がなかったが、PCならその場ですぐに言葉の意味を調べられる。
『羅生門』は面白く読めた。今読んでいる『歯車』も面白い。皐月は芥川の他の小説も読んでみたくなった。
「俺のまわりでね、今『羅生門』が流行ってるんだ。まさか千智まで『羅生門』を読むことになるとは思わなかったよ」
 皐月は芥川から千智が絵梨花や千由紀、真理に繋がったことに不思議な縁を感じた。シンクロニシティという言葉が頭をよぎった。

「先輩のまわりで『羅生門』が流行ってるって、なんだかすごい気がするんだけど……」
「そうだよね、やっぱちょっとすごいよね。たまたま俺のまわりに文学好きと中学受験をする子がいて、その子たちの知的レベルが高いんだよ。クラスの他の奴らは昔の小説なんて全然興味がないからね」
「へ〜、その子たちね。クラスの子は奴らなんだ。先輩、『羅生門』を読んでる人って女の子でしょ?」
 千智がからかうような、試すような眼で皐月を見ている。
「御明察。千智は名探偵だね」
「その女の子は二橋さんでしょ?」
「えっ! なんでわかったの?」
 女の子ということがわかっただけでも驚いたのに、いきなり絵梨花の名前が出てきてビックリした。一瞬で腕に鳥肌が立った。
「同じ塾に通ってるからね。豊川(とよかわ)から通っている子ってほとんどいないんだけど、稲荷小学校からは私と二橋先輩だけだから、たぶんそうかなって思って」
「なんだ、びっくりした。霊感でもあるのかと思ったよ」
 千智が『トロッコ・鼻』を手に取った時、皐月は真っ先に絵梨花のことを思った。そんな絵梨花の名前がいきなり出てきたから、心を読まれたんじゃないかと驚いた。だがそれだけでなく、文学の話から男女の話へ飛躍したことにも気持ちが揺れた。

「二橋先輩とは少しだけど話したことあるよ。すごくいい人だし、お人形さんみたいで、かわいらしいよね」
 絵梨花は確かにかわいい。クラスの男子は全員、絵梨花のことを好きだと思う。皐月も絵梨花のことが大好きだ。
「そうだね。二橋さんは見た目だけじゃなく、性格もかわいいよ」
 千智がプク顔になって皐月を睨んだ。嫉妬している千智はかわいいな、と嬉しくなった。
「でもかわいらしさじゃ、二橋さんは千智には敵わないと思うけど」
「あ〜っ! 適当なこと言ってるでしょ? 全然そんなことないのに、すぐそうやって煽てる」
「煽ててないよ。本気で千智の方がかわいいって思ってるから。まあ、俺の感情が上乗せされているから、評価が甘くなっちゃってるかもしれないけどね」
「じゃあ素直に喜んでおく……ありがとう」
 本気で思っていることでも、言うタイミングによってはいやらしくなるものだ。皐月の気持ちを聞いて嬉しそうにしている千智を見ていると、皐月は救われる気持ちになる。
 底の見えない千智のスペックに卑屈になりそうな時もあるが、目の前にいる千智はただのかわいい女の子だ。皐月は千智の前では恐れを抱きながらも、格好つけていようと思った。
「そろそろ行こうか。本借りようぜ」
「うん」
 貸出カウンターを見ると、野上実果子(のがみみかこ)月映冴子(つくばえさえこ)がこちらを見ていた。実果子は少し機嫌が悪そうだ。皐月が先に立って、実果子の視線から千智を隠すようにカウンターへ歩を進めた。



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「今日借りる本はこれ」
 |入屋千智《いりやちさと》は『少年少女日本文学館』の第6巻『トロッコ・鼻』を手に取った。昨日、|藤城皐月《ふじしろさつき》が『るるぶ 京都』と迷って借りなかった芥川龍之介の本だ。
 |二橋絵梨花《にはしえりか》がこの本に収録されている『羅生門』を読んでいたのがきっかけで、皐月のまわりでちょっとした羅生門ブームになっている。
「ついこの前、この本に載ってる『羅生門』読んだよ。面白かった」
「ホント? 私、それ読んだことないな……。『トロッコ』なら塾の教材で読んだことあるけど」
「苦痛だった?」
「ううん。『トロッコ』は面白かった。だから芥川龍之介の小説が載ってる6巻は早く読みたいなって思ってたの」
 絵梨花に『トロッコ・鼻』を見せてもらった時は『羅生門』にしか目に入らなくて、千智の読んだ『トロッコ』には無関心だった。
 皐月はその日、家に帰って青空文庫の『羅生門』の全文を読んだ。ネットのテキストは詳細な注釈がなかったが、PCならその場ですぐに言葉の意味を調べられる。
『羅生門』は面白く読めた。今読んでいる『歯車』も面白い。皐月は芥川の他の小説も読んでみたくなった。
「俺のまわりでね、今『羅生門』が流行ってるんだ。まさか千智まで『羅生門』を読むことになるとは思わなかったよ」
 皐月は芥川から千智が絵梨花や千由紀、真理に繋がったことに不思議な縁を感じた。シンクロニシティという言葉が頭をよぎった。
「先輩のまわりで『羅生門』が流行ってるって、なんだかすごい気がするんだけど……」
「そうだよね、やっぱちょっとすごいよね。たまたま俺のまわりに文学好きと中学受験をする子がいて、その子たちの知的レベルが高いんだよ。クラスの他の奴らは昔の小説なんて全然興味がないからね」
「へ〜、その子たちね。クラスの子は奴らなんだ。先輩、『羅生門』を読んでる人って女の子でしょ?」
 千智がからかうような、試すような眼で皐月を見ている。
「御明察。千智は名探偵だね」
「その女の子は二橋さんでしょ?」
「えっ! なんでわかったの?」
 女の子ということがわかっただけでも驚いたのに、いきなり絵梨花の名前が出てきてビックリした。一瞬で腕に鳥肌が立った。
「同じ塾に通ってるからね。|豊川《とよかわ》から通っている子ってほとんどいないんだけど、稲荷小学校からは私と二橋先輩だけだから、たぶんそうかなって思って」
「なんだ、びっくりした。霊感でもあるのかと思ったよ」
 千智が『トロッコ・鼻』を手に取った時、皐月は真っ先に絵梨花のことを思った。そんな絵梨花の名前がいきなり出てきたから、心を読まれたんじゃないかと驚いた。だがそれだけでなく、文学の話から男女の話へ飛躍したことにも気持ちが揺れた。
「二橋先輩とは少しだけど話したことあるよ。すごくいい人だし、お人形さんみたいで、かわいらしいよね」
 絵梨花は確かにかわいい。クラスの男子は全員、絵梨花のことを好きだと思う。皐月も絵梨花のことが大好きだ。
「そうだね。二橋さんは見た目だけじゃなく、性格もかわいいよ」
 千智がプク顔になって皐月を睨んだ。嫉妬している千智はかわいいな、と嬉しくなった。
「でもかわいらしさじゃ、二橋さんは千智には敵わないと思うけど」
「あ〜っ! 適当なこと言ってるでしょ? 全然そんなことないのに、すぐそうやって煽てる」
「煽ててないよ。本気で千智の方がかわいいって思ってるから。まあ、俺の感情が上乗せされているから、評価が甘くなっちゃってるかもしれないけどね」
「じゃあ素直に喜んでおく……ありがとう」
 本気で思っていることでも、言うタイミングによってはいやらしくなるものだ。皐月の気持ちを聞いて嬉しそうにしている千智を見ていると、皐月は救われる気持ちになる。
 底の見えない千智のスペックに卑屈になりそうな時もあるが、目の前にいる千智はただのかわいい女の子だ。皐月は千智の前では恐れを抱きながらも、格好つけていようと思った。
「そろそろ行こうか。本借りようぜ」
「うん」
 貸出カウンターを見ると、|野上実果子《のがみみかこ》と|月映冴子《つくばえさえこ》がこちらを見ていた。実果子は少し機嫌が悪そうだ。皐月が先に立って、実果子の視線から千智を隠すようにカウンターへ歩を進めた。