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ー/ー モルモットはその後、なおも巨大化を続けた。大型犬サイズを優に超え、いまでは牛か馬くらいの大きさになっている。当然、ケージには入らないので家の中で放し飼いの状態だ。リビングを中心に家の中をのっしのっしと歩きまわる。家具を破壊したり人間を傷つけたりするようなことはないのだけど、その姿は不気味で異様な迫力に満ちていた。
ただ、わたしにとってそれよりも不気味だったのは、わたし以外の家族のだれもが、そんなモルモットに対してこれまでと変わりない態度で接しつづけているという事実だった。いや、それどころか、彼らのモルモットに対する愛情は日に日に増していっているように見える。その気になれば妹などひと飲みにされてしまいかねない生物に対し、「かわいいねえ」と彼らは声をかける。その目はまるで愛らしい小動物を見ているかのようだった。
飲み終わったウーロン茶の容器をトレイに載せて立ち上がる。自動ドアから外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。
最近は学校が終わったあと、そのままファストフード店へ行くようにしている。学年末テストが近いため、その勉強がしたいというのもあるけれど、いちばんの理由はあのモルモットに会いたくないからだ。モルモットは階段を上ることはできないようなので、家に帰ったら即二階の自室にこもってしまえばいいのだけど、それでも同じ屋根の下にあの生き物がいると思うとどうにも落ち着かない。だからなるべく店の閉店時間近くまで粘って、家にいる時間を極力短くするよう努めている。
家の門を開け、ドアをそっと開ける。モルモットの姿は見えない。足音も聞こえないので、近くにはいないようだ。ほっと息をつき、階段を上がる。
自室に入り、着替えとタオルを持ってまた部屋を出る。浴室は一階なので、入浴のために一度は下へ下りなければならない。階段を下り、なるべくリビングのほうを見ないように浴室のほうへ向かう。するとリビングの奥から「ハナちゃーん」という妹の楽しげな声が聞こえてきた。うっと顔をしかめつつ、脱衣所のドアを開けようとする。そこ後ろから肩をたたかれた。
「こら、梓。帰ってるなら、ただいまくらい言いなさい」
振り向くと母が立っていた。
「あ、ああ……ごめん、ただいま」
「あんた最近ちょっと帰り遅いんじゃない? テストも近いのに、勉強大丈夫なの?」
「え、ああ、うん。……ていうか、今日も外で勉強してたから、帰り遅くなっただけなんだけど……」
母に勉強のことで口出しされるのはずいぶんひさしぶりだった。ここ最近はずっとこれくらいの時間に家に帰っていたし、ただいまを言わなかったのも今日だけじゃない。いまさらのような母の小言に、反発を覚えるというよりはなんだかぽかんとしてしまった。
母はわたしの言葉に「あらそう」と納得したような様子を見せると、そのままリビングのほうへ向かった。
「奏乃も、いつまでもモルモットと遊んでないで、早く寝なさい!」
母の怒鳴り声と、それに抗議するような妹の声が聞こえてくる。
――ん? あれ?
母がリビングから戻ってくる。わたしの前を通りすぎようとする母に「あのさ」と声をかけた。
「なによ」
「いや、いま『モルモット』って言った?」
「言ったけど、それがなに?」
「あ、いや、べつに……」
母は怪訝そうな顔をして、なんなのよ、と言い残し去っていく。リビングのほうにそっと目を向ける。妹の背後にいるモルモットの体が、気のせいか少し小さくなったように見えた。
ただ、わたしにとってそれよりも不気味だったのは、わたし以外の家族のだれもが、そんなモルモットに対してこれまでと変わりない態度で接しつづけているという事実だった。いや、それどころか、彼らのモルモットに対する愛情は日に日に増していっているように見える。その気になれば妹などひと飲みにされてしまいかねない生物に対し、「かわいいねえ」と彼らは声をかける。その目はまるで愛らしい小動物を見ているかのようだった。
飲み終わったウーロン茶の容器をトレイに載せて立ち上がる。自動ドアから外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。
最近は学校が終わったあと、そのままファストフード店へ行くようにしている。学年末テストが近いため、その勉強がしたいというのもあるけれど、いちばんの理由はあのモルモットに会いたくないからだ。モルモットは階段を上ることはできないようなので、家に帰ったら即二階の自室にこもってしまえばいいのだけど、それでも同じ屋根の下にあの生き物がいると思うとどうにも落ち着かない。だからなるべく店の閉店時間近くまで粘って、家にいる時間を極力短くするよう努めている。
家の門を開け、ドアをそっと開ける。モルモットの姿は見えない。足音も聞こえないので、近くにはいないようだ。ほっと息をつき、階段を上がる。
自室に入り、着替えとタオルを持ってまた部屋を出る。浴室は一階なので、入浴のために一度は下へ下りなければならない。階段を下り、なるべくリビングのほうを見ないように浴室のほうへ向かう。するとリビングの奥から「ハナちゃーん」という妹の楽しげな声が聞こえてきた。うっと顔をしかめつつ、脱衣所のドアを開けようとする。そこ後ろから肩をたたかれた。
「こら、梓。帰ってるなら、ただいまくらい言いなさい」
振り向くと母が立っていた。
「あ、ああ……ごめん、ただいま」
「あんた最近ちょっと帰り遅いんじゃない? テストも近いのに、勉強大丈夫なの?」
「え、ああ、うん。……ていうか、今日も外で勉強してたから、帰り遅くなっただけなんだけど……」
母に勉強のことで口出しされるのはずいぶんひさしぶりだった。ここ最近はずっとこれくらいの時間に家に帰っていたし、ただいまを言わなかったのも今日だけじゃない。いまさらのような母の小言に、反発を覚えるというよりはなんだかぽかんとしてしまった。
母はわたしの言葉に「あらそう」と納得したような様子を見せると、そのままリビングのほうへ向かった。
「奏乃も、いつまでもモルモットと遊んでないで、早く寝なさい!」
母の怒鳴り声と、それに抗議するような妹の声が聞こえてくる。
――ん? あれ?
母がリビングから戻ってくる。わたしの前を通りすぎようとする母に「あのさ」と声をかけた。
「なによ」
「いや、いま『モルモット』って言った?」
「言ったけど、それがなに?」
「あ、いや、べつに……」
母は怪訝そうな顔をして、なんなのよ、と言い残し去っていく。リビングのほうにそっと目を向ける。妹の背後にいるモルモットの体が、気のせいか少し小さくなったように見えた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
モルモットはその後、なおも巨大化を続けた。大型犬サイズを優に超え、いまでは牛か馬くらいの大きさになっている。当然、ケージには入らないので家の中で放し飼いの状態だ。リビングを中心に家の中をのっしのっしと歩きまわる。家具を破壊したり人間を傷つけたりするようなことはないのだけど、その姿は不気味で異様な迫力に満ちていた。
ただ、わたしにとってそれよりも不気味だったのは、わたし以外の家族のだれもが、そんなモルモットに対してこれまでと変わりない態度で接しつづけているという事実だった。いや、それどころか、彼らのモルモットに対する愛情は日に日に増していっているように見える。その気になれば妹などひと飲みにされてしまいかねない生物に対し、「かわいいねえ」と彼らは声をかける。その目はまるで愛らしい小動物を見ているかのようだった。
飲み終わったウーロン茶の容器をトレイに載せて立ち上がる。自動ドアから外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。
最近は学校が終わったあと、そのままファストフード店へ行くようにしている。学年末テストが近いため、その勉強がしたいというのもあるけれど、いちばんの理由はあのモルモットに会いたくないからだ。モルモットは階段を上ることはできないようなので、家に帰ったら即二階の自室にこもってしまえばいいのだけど、それでも同じ屋根の下にあの生き物がいると思うとどうにも落ち着かない。だからなるべく店の閉店時間近くまで粘って、家にいる時間を極力短くするよう努めている。
家の門を開け、ドアをそっと開ける。モルモットの姿は見えない。足音も聞こえないので、近くにはいないようだ。ほっと息をつき、階段を上がる。
自室に入り、着替えとタオルを持ってまた部屋を出る。浴室は一階なので、入浴のために一度は下へ下りなければならない。階段を下り、なるべくリビングのほうを見ないように浴室のほうへ向かう。するとリビングの奥から「ハナちゃーん」という妹の楽しげな声が聞こえてきた。うっと顔をしかめつつ、脱衣所のドアを開けようとする。そこ後ろから肩をたたかれた。
「こら、|梓《あずさ》。帰ってるなら、ただいまくらい言いなさい」
振り向くと母が立っていた。
「あ、ああ……ごめん、ただいま」
「あんた最近ちょっと帰り遅いんじゃない? テストも近いのに、勉強大丈夫なの?」
「え、ああ、うん。……ていうか、今日も外で勉強してたから、帰り遅くなっただけなんだけど……」
母に勉強のことで口出しされるのはずいぶんひさしぶりだった。ここ最近はずっとこれくらいの時間に家に帰っていたし、ただいまを言わなかったのも今日だけじゃない。いまさらのような母の小言に、反発を覚えるというよりはなんだかぽかんとしてしまった。
母はわたしの言葉に「あらそう」と納得したような様子を見せると、そのままリビングのほうへ向かった。
「奏乃も、いつまでもモルモットと遊んでないで、早く寝なさい!」
母の怒鳴り声と、それに抗議するような妹の声が聞こえてくる。
――ん? あれ?
母がリビングから戻ってくる。わたしの前を通りすぎようとする母に「あのさ」と声をかけた。
「なによ」
「いや、いま『モルモット』って言った?」
「言ったけど、それがなに?」
「あ、いや、べつに……」
母は怪訝そうな顔をして、なんなのよ、と言い残し去っていく。リビングのほうにそっと目を向ける。妹の背後にいるモルモットの体が、気のせいか少し小さくなったように見えた。
ただ、わたしにとってそれよりも不気味だったのは、わたし以外の家族のだれもが、そんなモルモットに対してこれまでと変わりない態度で接しつづけているという事実だった。いや、それどころか、彼らのモルモットに対する愛情は日に日に増していっているように見える。その気になれば妹などひと飲みにされてしまいかねない生物に対し、「かわいいねえ」と彼らは声をかける。その目はまるで愛らしい小動物を見ているかのようだった。
飲み終わったウーロン茶の容器をトレイに載せて立ち上がる。自動ドアから外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。
最近は学校が終わったあと、そのままファストフード店へ行くようにしている。学年末テストが近いため、その勉強がしたいというのもあるけれど、いちばんの理由はあのモルモットに会いたくないからだ。モルモットは階段を上ることはできないようなので、家に帰ったら即二階の自室にこもってしまえばいいのだけど、それでも同じ屋根の下にあの生き物がいると思うとどうにも落ち着かない。だからなるべく店の閉店時間近くまで粘って、家にいる時間を極力短くするよう努めている。
家の門を開け、ドアをそっと開ける。モルモットの姿は見えない。足音も聞こえないので、近くにはいないようだ。ほっと息をつき、階段を上がる。
自室に入り、着替えとタオルを持ってまた部屋を出る。浴室は一階なので、入浴のために一度は下へ下りなければならない。階段を下り、なるべくリビングのほうを見ないように浴室のほうへ向かう。するとリビングの奥から「ハナちゃーん」という妹の楽しげな声が聞こえてきた。うっと顔をしかめつつ、脱衣所のドアを開けようとする。そこ後ろから肩をたたかれた。
「こら、|梓《あずさ》。帰ってるなら、ただいまくらい言いなさい」
振り向くと母が立っていた。
「あ、ああ……ごめん、ただいま」
「あんた最近ちょっと帰り遅いんじゃない? テストも近いのに、勉強大丈夫なの?」
「え、ああ、うん。……ていうか、今日も外で勉強してたから、帰り遅くなっただけなんだけど……」
母に勉強のことで口出しされるのはずいぶんひさしぶりだった。ここ最近はずっとこれくらいの時間に家に帰っていたし、ただいまを言わなかったのも今日だけじゃない。いまさらのような母の小言に、反発を覚えるというよりはなんだかぽかんとしてしまった。
母はわたしの言葉に「あらそう」と納得したような様子を見せると、そのままリビングのほうへ向かった。
「奏乃も、いつまでもモルモットと遊んでないで、早く寝なさい!」
母の怒鳴り声と、それに抗議するような妹の声が聞こえてくる。
――ん? あれ?
母がリビングから戻ってくる。わたしの前を通りすぎようとする母に「あのさ」と声をかけた。
「なによ」
「いや、いま『モルモット』って言った?」
「言ったけど、それがなに?」
「あ、いや、べつに……」
母は怪訝そうな顔をして、なんなのよ、と言い残し去っていく。リビングのほうにそっと目を向ける。妹の背後にいるモルモットの体が、気のせいか少し小さくなったように見えた。