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〈これ、オスだよ〉
 澄香(すみか)からSNSにそんなDMが届いたのは、モルモットを飼いはじめてから二週間ほどが過ぎたある日のことだった。学校で澄香にモルモットのことを話したら写真を送るように催促され、適当に何枚か撮って送った。DMはそれに対する返信だった。
〈そうなの?〉
 そう返事を返すと、澄香は〈うん〉という返事とともに「モルモットの雌雄の見分け方」なるウェブページへのリンクを送ってきた。見ると、なるほどたしかに「ハナちゃん」はオスの体をしているとわかる。
 となると、妹はオスのモルモットにメスっぽい名前をつけてしまったということらしい。そして父も母もそれに気づかず、その名前で呼びつづけている。呼ばれているほうはどう思っているのだろう。バカな人間だなとあきれているのかもしれない。そういえば、ペットショップの店員は「ハナちゃん」の性別についてなにか言及していただろうか。よく思い出せない。
〈まあいいと思うよ。多様性だよ、多様性〉
 澄香から慰めるかのようなDMが送られてくる。わたしを落ちこませてしまったと思っているのかもしれないけれど、わたしにとっては初めからどうでもいいことだった。〈そうだね。多様性だね。ジェンダーフリーだね〉と適当な返事を返し、ベッドから起き上がった。カップヌードルの容器を持って部屋を出る。残ったスープをシンクに捨てようと思った。
 階段を下りると玄関に母がいた。ちょうど買い物から帰ってきたところのようだ。母はわたしを見ると不快そうに眉を寄せた。
「あんた、またカップラーメン食べてるの? これから夕飯なのに」
「大丈夫。ちゃんと食べれるから」
「最近、ラーメン食べすぎよ」
「そうかな」
「このあいだも食べてたじゃない」
「このあいだって?」
「このあいだはこのあいだよ」
 そんなにラーメンばっかり食べてたら太るわよ、という母の小言から逃れるようにキッチンのほうへ向かった。途中、リビングに置かれたモルモットのケージが目に入る。横で妹がケージに顔をくっつけるようにして中をのぞいていた。
 モルモットが家に来てからというもの、妹はほとんど四六時中ケージのそばにいる。小学校から帰ってくるとすぐにモルモットを見に行き、そのまま夕飯の時間までケージの前から動かない。そういう置き物になってしまったかのようだった。
「ハーナちゃん」
 妹はあいかわらずモルモットをそう呼んでいるようだった。なにがおかしいのか、えへへ、と笑っている。性別について教えてやるべきかと思い、あのさ、と妹に声をかけた。ケージに一歩近づいたところで、異変に気がついた。
「なあに、おねえちゃん」
 妹が不思議そうな顔をわたしに向けている。そこへ後ろから買い物袋を持った母がやってきた。
「ただいまあ、ハナちゃん。お腹空いちゃったねえ。いまごはんあげるからねえ」
「あ、あのさ、お母さん」
「なによ」母がこちらを振り向く。
「そのモルモットさ――」
「ハナちゃん」妹が睨むようにわたしを見て言った。
「え?」
「ハナちゃんね」母もじっとわたしを見ている。
「あ、うん……。ハナちゃん、なんだけどさ、その、なんか……おっきくない?」
 モルモットは明らかに大きくなっていた。ぱっと見、サッカーボールくらいはあるように見える。
「そりゃあ、うちに来てからそれなりに時間が経ってるんだもの。体も大きくなるわよ」
「い、いや、そうだけど、そういう規模の話じゃ……」
「ハナちゃん、くいしんぼさんだから!」
「そうね。ハナちゃんはよく食べるから、体の成長が早いのよ」
 ねーハナちゃん、と母はモルモットに声をかける。ねー! と妹も横でまねをしていた。
 そう、なのだろうか。そういうものなのか……? モルモットという動物の成長速度についてわたしはなにも知らない。すくなくとも二人は特に疑問を感じていないようだし、これでいいのだろうか……。
 わたしはケージの中のモルモットに目を向ける。サッカーボール大のモルモットのつるんとした黒い瞳がわたしを見ていた。


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〈これ、オスだよ〉
 |澄香《すみか》からSNSにそんなDMが届いたのは、モルモットを飼いはじめてから二週間ほどが過ぎたある日のことだった。学校で澄香にモルモットのことを話したら写真を送るように催促され、適当に何枚か撮って送った。DMはそれに対する返信だった。
〈そうなの?〉
 そう返事を返すと、澄香は〈うん〉という返事とともに「モルモットの雌雄の見分け方」なるウェブページへのリンクを送ってきた。見ると、なるほどたしかに「ハナちゃん」はオスの体をしているとわかる。
 となると、妹はオスのモルモットにメスっぽい名前をつけてしまったということらしい。そして父も母もそれに気づかず、その名前で呼びつづけている。呼ばれているほうはどう思っているのだろう。バカな人間だなとあきれているのかもしれない。そういえば、ペットショップの店員は「ハナちゃん」の性別についてなにか言及していただろうか。よく思い出せない。
〈まあいいと思うよ。多様性だよ、多様性〉
 澄香から慰めるかのようなDMが送られてくる。わたしを落ちこませてしまったと思っているのかもしれないけれど、わたしにとっては初めからどうでもいいことだった。〈そうだね。多様性だね。ジェンダーフリーだね〉と適当な返事を返し、ベッドから起き上がった。カップヌードルの容器を持って部屋を出る。残ったスープをシンクに捨てようと思った。
 階段を下りると玄関に母がいた。ちょうど買い物から帰ってきたところのようだ。母はわたしを見ると不快そうに眉を寄せた。
「あんた、またカップラーメン食べてるの? これから夕飯なのに」
「大丈夫。ちゃんと食べれるから」
「最近、ラーメン食べすぎよ」
「そうかな」
「このあいだも食べてたじゃない」
「このあいだって?」
「このあいだはこのあいだよ」
 そんなにラーメンばっかり食べてたら太るわよ、という母の小言から逃れるようにキッチンのほうへ向かった。途中、リビングに置かれたモルモットのケージが目に入る。横で妹がケージに顔をくっつけるようにして中をのぞいていた。
 モルモットが家に来てからというもの、妹はほとんど四六時中ケージのそばにいる。小学校から帰ってくるとすぐにモルモットを見に行き、そのまま夕飯の時間までケージの前から動かない。そういう置き物になってしまったかのようだった。
「ハーナちゃん」
 妹はあいかわらずモルモットをそう呼んでいるようだった。なにがおかしいのか、えへへ、と笑っている。性別について教えてやるべきかと思い、あのさ、と妹に声をかけた。ケージに一歩近づいたところで、異変に気がついた。
「なあに、おねえちゃん」
 妹が不思議そうな顔をわたしに向けている。そこへ後ろから買い物袋を持った母がやってきた。
「ただいまあ、ハナちゃん。お腹空いちゃったねえ。いまごはんあげるからねえ」
「あ、あのさ、お母さん」
「なによ」母がこちらを振り向く。
「そのモルモットさ――」
「ハナちゃん」妹が睨むようにわたしを見て言った。
「え?」
「ハナちゃんね」母もじっとわたしを見ている。
「あ、うん……。ハナちゃん、なんだけどさ、その、なんか……おっきくない?」
 モルモットは明らかに大きくなっていた。ぱっと見、サッカーボールくらいはあるように見える。
「そりゃあ、うちに来てからそれなりに時間が経ってるんだもの。体も大きくなるわよ」
「い、いや、そうだけど、そういう規模の話じゃ……」
「ハナちゃん、くいしんぼさんだから!」
「そうね。ハナちゃんはよく食べるから、体の成長が早いのよ」
 ねーハナちゃん、と母はモルモットに声をかける。ねー! と妹も横でまねをしていた。
 そう、なのだろうか。そういうものなのか……? モルモットという動物の成長速度についてわたしはなにも知らない。すくなくとも二人は特に疑問を感じていないようだし、これでいいのだろうか……。
 わたしはケージの中のモルモットに目を向ける。サッカーボール大のモルモットのつるんとした黒い瞳がわたしを見ていた。