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●○●_▽_▼

ー/ー



 平凡な日常を覆してくれるものといったら、それはやはり恋、なんじゃないだろうか。

 そんな、この上なく平凡で、ありきたり(テンプレ)な想いを曇天模様の頭上に浮かべながら、河川敷の緑薫る平坦な道を、家へ向かってのんべんと歩く。

 無事第二志望に入学してひと月あまり。それほどワケの分からない授業も今のところは無く、昼を共に食べる気の合う友も出来て、そこそこ学校生活は安定している。安定……平凡と言えるかも知れないけど。

 いや、平凡に文句をつけてはいけないことは、重々分かっている。平凡で何が悪い。平凡こそが至高……平凡万歳……

 だが。

 痩せても枯れても健康優良なる高一男児(共学)が独り。日常に非平凡なる出会いを求めるのは、これ果たして一概に間違っていると断じ切れるのであろうか……

 そんなままならない思考をぐねぐねと頭の中でこねくり回していたら、冷やせとばかりに、頭頂部にぽつりと冷たい点の衝撃が。まいったな、折り畳み入れてたっけ……

 雨脚はいきなり強くなってきた。家まではちょっと走ってどうにかなる距離じゃなく、まだ新品同然の制服やら鞄やらをぐず濡れにするのもコトだ。

 でも、背負ったままのショルダーは中身ぱんぱんで、目当ての物を探り出そうにもうまくいかない。とりあえず屋根のあるとこまで避難だ、と、僕は川べりの砂利を蹴散らしながら、少し先に見えて来ていた橋の下まで走る。

 刹那、だった。いや、刹那というほどに刹那じゃあ無かったか。いやそこはまあどうでもいいか。すなわち、

 出会い。そこに、出会いがあった。そう、平凡なる日常を揺るがす、いささかテンプレチックな邂逅が、確かにそこにはあったのである……

 息を切らして滑り込むように橋下に避難した僕に、向けられる二対の瞳たち。

 ひとつは柴と何かの雑種だろうか? くりくりした目の鼻ぺちゃのワン公。いまどきそんな捨て方あるのか? と自分の目を疑ってしまうほどの「橋の下段ボール」の中で、よれたその箱の縁に、両前肢を掛けてはっははっは言ってるけど。

 そしてもうひとつは。

「……」

 しゃがみ込んだ姿勢から、雨で濡れそぼり立ち尽くす僕の姿を上目遣いで見上げてくる、黒目がちで少し潤んだかのような瞳だった。少し上向いた小ぶりな鼻。淡い桜色をした可憐な唇は、唐突な僕の出現に驚いたのか、少し花の蕾がほころぶが如く開かれているけれど。

 薄茶とベージュの中間くらいの色のブレザーが、華奢そうな体を包んでいる。うちの学校の制服。首元にきちんと絞められた赤いリボンタイは、僕と同じ一年ってことを示している。赤いチェックのミニスカートは、そこまで丈を詰めてはいない。ひと目、真面目とわかる着こなしだ。

 肩までの柔らかそうな、空気を孕んだやや茶色がかった髪は、少し濡れている。そしてそこから香り立つ花のようなフレグランスが、僕の鼻腔を貫いて大脳のどこかに差し込むようにして知覚されたのであった……

 のちに知る、自分と同じクラスだったその可憐な少女の名前は、三ツ輪さん。

 この時の出会いが、

 僕の平凡無味なる灰色がかった日常いやさ青春に、若葉色に萌える鮮やかな色彩を、差し色のように刷きつけてきたのであった……

 ……二週間後、六限終わり。

 HRが終了するや否や、僕は教科書なんかを大分ロッカーに置きっ放すようになって軽くなったショルダーバッグを引っ掴むと、1-Cの教室を誰よりも速やかに辞する。急ぐんだ時間はそんなに無い。廊下に出る間際、窓際の席に目をやってから、そのふたつ後ろの席に視線を滑らせ、こちらに目くばせしてきた友、田上と視線を交わしてから身を翻す。

 決心には、二週間かかった。万全の態勢をもって、臨みたかったから。

 第一校舎棟三階西廊下を、すれ違う教師に見とがめられないほどの早歩きですり抜け一階へ。にわかに賑やかになってきた校内を、何かに遅れそう感を醸しながら一心に歩を進める。

 「作戦」の成功のためには、まずその場に先んずること。これが僕の弾き出した最善手。待ち伏せ……不穏な言い方をすればそうなる。でも、このくらいが今の僕には限界なんだ。

 下校するひと達で結構な混雑を見せる南口玄関の下駄箱から革靴を抜き出し、代わりに上履きを突っ込んで、人の流れに逆行するように再び校内へ。靴下のままひんやりするリノリウムの上をスケートのように半滑りしながら、ひとけの少ない「裏口」へと急ぐ。

 一般の教室のある第一校舎の東口から、いったん靴を履いて外に出た。やわらかい陽射しと爽やかな風が僕を後押ししてくれているかのようだ……そんなお気楽ポジティブ思考を発揮しつつ、隣接した第二校舎は下足OKなので、扉が開け放たれたままの入り口を通って、そのままずいずい進む。

 一階は職員室だ。よってよほど物好きな者以外、生徒はあまり寄り付くことは無い。ただ、この廊下を抜けると東門への近道となることもあり、登下校時に使うひとは案外いるとの情報を、とある筋から得ている。

 目的地無事到着。はからずも荒くなっていた呼吸をひとまず落ち着けた。二階へと続くその階段はあまり使用されることは無いそうで、すなわち身を隠すには好都合の場所と言える。そして。

 来る。三ツ輪さんがもうすぐここに。

 なぜ分かるか? 田上のヤツに頼んで、彼女が教室を出るタイミングを教えてくれるように仕込みを入れているからだ。制服のポケットの中で掴んでいたスマホが震える。水色の画面には「GO」のスタンプ、OKだ、でもさらにその下に続けてメッセージがぽんと出てきた。何だ?

 <きをつけろみつわ三>

 とだけの文面、何だよ、何焦ってんだよ田上は。画面をそのままにしてちょっと待ってみるものの、既読の付いたそれを最後にメッセージは途絶えてしまう。ほんとに何だ?

 いや、気合いを入れろ僕。

 計算によればあと92秒で、僕が潜む第二校舎棟の東廊下を、三ツ輪さんが通過する。放課後のこの時間、この薄暗いじんめりとした通路を通る人間は少ない。駅方面じゃない東門を使う数少ない中の、真っすぐに帰宅する人間に限られるから。

 三ツ輪さんは友達に誘われた手芸部に一応在籍しているようだけど、本日、活動は無いという情報は、またもとある筋より既に仕入れている。だからおそらくいつも通りに、このルートを通るはず。

 人目の無さ。それをまず第一に考えた。僕がこれから為そうとしていること、それは出来る限り人のいない、静かな場所で行われることが望ましい。なぜなら、

 ……僕はこれから、告白をしようとしているのだから。「告白」と言っても、不穏な暴露や、カミングるアウトな事柄ではなく、いたって普通の「恋の告白」というものであり。

 ちょうど二週間前に、小雨の降りしきる土手べりで偶然、僕は彼女を見かけ、そして、

 ……恋に落ちたんだ。

 ありきたり過ぎると、笑いたいなら笑えばいい。現にその話をしたら、弟にすら、何それテンプレ? と笑われたけれど。

 テンプレでも何でも、僕は本気だ。待ち伏せして真っ向からぶつかり合うというこのやり方も、かなり昔のありきたり手法と言われようとも。

 思いは真正面からぶつけないと伝わらない……そう信じている。そんな崇高な決意とは裏腹に、柱の陰からスマホのカメラレンズ部だけを覗かせ様子を伺っているこの姿は、きわめて卑劣なピーピングっぽい雰囲気を醸し出しまくってしまっているかも知れないけれど。

 !! ……通路の向こう側の入り口、小春晴れの陽光が差して逆光気味の光の正方形の中に、人影が現れた。計算通り。

 でも、楽しそうに喋り合う複数の声が連なっている。人影は三つ。計算通りじゃなーい。

 先ほどの田上からの「警告」を思い出す。あれは三ツ輪さんが三人連れだってこっちに向かっているということだったのか。どうする? 日を改める? いや、もうここまで来たんだ、あとのお二人にはちょっと先行って待っててもらって……いやもうこの勢いのまま、行くしかないっ!! スマホをしまい込み、素数を数えて気持ちを落ち着けつつ、接近の間合いを測る。そして、

「み、三ツ輪さんっ」

 距離2.5m。それが僕の弾き出した絶妙の「告白距離」。そこに達したと感じた瞬間、僕は廊下の中央へと華麗に躍り出る。

「二週間前っ、室川のほとりで貴女を見た時からッ!! 僕は貴女に恋をしたッ!! もしよろしければ、この僕とお付き合いしてくださいっ!!」

 言えた。これまたありきたりでどストレートな告白かも知れなかったが、その言葉も、そこに込められた思いも本物だ。伝わって……くれ。

 顔を上げた僕の正面、驚いた顔の三ツ輪さんと目が合う……少し頬を上気させている……? 出会った時から変わらず相変わらず可憐だ……

 でも、あれ? 緊張か何かで僕の視点が定まらなくなっているのか? 可憐な顔をした三ツ輪さんが三つに分かれて見える……

「……それって」

「どの三ツ輪に言ってんのかな~?」

 そんな混沌思考の僕に、左右の三ツ輪さんがにやにやとした笑みを浮かべながら、そんなステレオ的に言葉を投げかけて来るけど。

 忘れていた。いや、話には聞いていたけど、いざ対峙するとこれほどまでかと驚愕してしまうわけで。

「……」

 そうなのだ、三ツ輪さんは三つ子。顔かたちは、それはそれは良く似ていて見分けがつかない。三人が横に並んだ様は、さながら分身の術が如し……!! いや例えが古&陳腐すぎるけど。

 しかし何で三人揃って下校ッ!? 各々、各々の学校生活とか人生とかあるでしょうよォッ!!

「あ、えーと、三ツ輪、碧子(みどりこ)さん、です……」

 心の中で慟哭しつつ思わず固まってしまった僕だが、ひとまず問いにぽつりと呟くようなかたちで述べてみる。

 目指す相手は、僕と同じクラスのそのヒトだ。たぶん真ん中の……だよね? でもそんな希薄な自信は呆気なく霧散していくかのようで。

「うちらってさ」

「自分らで言うのもなんだけど、結構かわいいじゃん?」

 「右」と「左」が僕の方を悪戯っぽく見つめながら言ってくる。うん、それは重々そうなんだけれど。

「せやから、外面だけ見て言い寄ってくる奴多いんだわ、三人の内のどれでもええわ的な」

 ……それは僕に限って、断じて……無い。よ? というか「右」は何故エセっぽい関西弁を操るのだろう……育ちがキミだけ違うの? そんな難しい過去があるの?

「そういうの、うんざりしてるんだ実際。だからキミもさぁ、聞かなかったことにしてあげるから、回れ右して帰ったらって話」

 「左」からぽんと紡ぎ出された言葉は僕を揺さぶるのだけれど。いや、でも引けない。ここで引くわけには……僕は改めて三つ並んだ見分けのつかない美麗な顔に向き合う。両側の二人と違って、「真ん中」だけ何かもじもじとした可憐な仕草をしている。そしてまだ言葉を発していない。間違いない。真ん中のヒトこそが、僕が魅かれた、碧子さんだ。

「僕はッ!! 碧子さんに物申しているッ!! どうか、この僕とお付きあ」

「ちょっと待った~、なんつって」

 僕の決然たる再度の告白は、「左」によってあえなく遮られたわけで。くっ……この性悪さ……長女(あかね) 次女(あおい)は性格最悪という噂は本当だったのか……ッ!!

 しかし、想いビト、碧子さんと同じ顔でそんな風に接せられると、かえって何か少し興奮してしまう……いや、興奮しとる場合でもない。そんな滅裂状況の中、向かって左の三ツ輪さんは、にやにや笑いをその美麗な顔に貼り付かせながら、こんな提案をしてくるのであった……

「勝負しよっか。私らこれから『シャッフル』するから、その中から碧子をキミが当てる。そしたら告るもナニするも自由、成就したのなら、その仲をうちらも公認したげる。メリットどか盛り。それだけの、単純でお得なゲーム」

 思わぬ展開になってしまったけど、それなら勝算我にあり。浮かべた表情でもう分かるっての。でも、

「……甘く見ん方がええでー。うちら三人はなぁ、誰かひとりの『人格』に同調(シンクロ)することができる『能力』と言ってもいいくらいのモノ持ってるさかい、まあ、見分けんのは無理やと思うで」

 「右」が言うけど、何だその能力。そんなもの……いや、ある、かも知れない。よく聞く話だ。双子と同時に喋っていると、まるでひとりと話をしているかのような感覚に陥るとか、そんな話。よく聞く。

 だが、それでも。僕は碧子さんを……ッ!! だからこのくらいの勝負、受けないわけにはいかないんだッ。

「やります」

 真っすぐに「真ん中」だけを見つめ、そう言い放つ。瞬間、小さく息を飲む可憐な顔。必ず……あなたを当ててみせますから。

 でもどうやって正誤を判定するのだろう……「違う」と居直られたらどうしようもないと思うけど……そんな疑問を呈すると、一理あるなぁと「右」が頷いてから、何やら三人でごにょごにょ小声で相談してる。何らかの結論が出たのだろうか、ややあって三人が僕の方へ向き直った。その瞬間だった。

「!!」

 「右」の右手が閃いた。と、その指先は素早く「真ん中」の赤いチェックのミニスカートの裾を上方へと摘まみ上げていたのだった……ッ!!。

 慌てた素振りで裾を払うように抑えて真っ赤になる「真ん中」だけれど、僕の網膜には純白の何かが刻みこまれたわけで。しばし真顔で固まる僕。

「碧子は白。キミは、これはと思ったひとりを決めたら、そのスカートをめくって確認したらいいってことで、どよ?」

 何だって~!? それは……僕にメリットしかないのでは……ッ!!

「けど、外したら、その瞬間の画像を全校にばらまく。親呼ばれるか、うちらの血の気の多い親衛隊に何かされるか、警察沙汰になるかは分からないけど、平穏な高校生活を送ること、それだけは無理とだけ忠告しとくわ。それでもやる?」

 くっ……そういうことか。このヒトらは慣れている……そして楽しんでいる……(右と左に限り)。

 だが負けられんッ、絶対に負けられない戦いが、いまここにあるッ!!

 高潔なる意志を持ち、承諾の意を示すと、なら開始や、と右が軽く告げるや否や、僕は十秒後ろ向いててと言われその通りにする。ええで、の声に振り返ると、そこには、三人が三人、同じ表情を浮かべてこちらを見ている図があったわけで。

「どや?」
「これが同調(シンクロ)やで」
「大したもんやろ」

 同じだ、驚くべきことに。表情やら言葉のニュアンスが全部あのさっきの「右」になっているよ……三人は顔かたちは勿論だが、髪の長さも同じのショートボブで揃えている。髪留めが先ほど違ったような気がしたけど、それらは当然、取り去られていた。特徴的なほくろとかもあるわけじゃなく、首から上を見ただけじゃ見分けはつかない。

 服装は? と改めて三人の全身をガン見するものの、ネクタイをくつろげ気味だった「右」(関西)に合わせ、三者そのような着こなしに変えてきている。スカート丈もちょい膝上で統一。そこから伸びる生硬さを残したなめらかな脚線美にも違いは見られない。

 これじゃわからない……本当に同じだ。本当に……後はその赤いスカートの中に潜むカラー・オブ・ジ・デルタによってしか判別は不可能だというのか……ッ

 しかしそうなるともう完全な運だよね……それでいいのか? よしんば碧子さんを引き当てたとして、お前は彼女を見分けられないまま、つき合うのか? 彼女の本質も、見極められないままで?

「驚いてるなぁ、ほなら大チャンスあげるわ、『10秒』だけ、何か質問してええでー、それに三人とも答える。どや?」

 逡巡の僕に、そんなお言葉が。でも質問したとしても真実を答えるとは限らない。それにそこまで碧子さんのことも知らないことも事実だ。同じクラスだということも、つい先日知ったくらいだし。

 いや待て。そんなことは無いか。そんなことは無いぞ。僕は知っている。碧子さんの、その優しさを。

 二週間前の雨の中の光景が甦る。そうだよ、そもそも僕はなぜあなたに魅かれたのか。それを履き違えるところだった。大事なのは、外身じゃない。

 頭の中を、清浄な風が通り抜けたように感じた。いろいろ詮無いことをぐどぐど煮詰めるようにして考えてフットーしそうになっていた脳が、瞬間、冷やされクリアになった感覚。余分なモノが、吹き飛ばされたような感覚。それに背を押されるようにして、僕は頭の中に残った本当の気持ちだけを、ニュートラルなテンションで言葉に換えていく。

「……小雨の降る室川の橋の下で、捨てられていた子犬に手を差し伸べていた優しい碧子さんが、僕は好きです。あの犬、あの後、里親見つかったんだって。今度一緒に会いに行こうよ」

 僕の自然に口をついて出た言葉に、ぱっと顔を輝かせる「真ん中」。その前に進み出て、僕はもう一度、自分の思いを告げる。

 やる気なさげな左右からの揉み手気味の拍手の中、「真ん中」、いや碧子さんは初めて僕の目を見上げてくると、その可憐な声を響かせるのだった。

「私も……実はあの時から気になって……ううん、好きになってました。あの時の優しさもそうだし、サッカーやってる時の真剣な目つきも爽やかな笑顔も……」

 顔を赤らめて、そう言葉を紡ぎ出していく碧子さん。ひゅーひゅーとまた気怠げな左右からの腐ったような声の中、しかし僕は胸の内でこう叫んでいたわけで。

 ……サッカーやってんのは、双子の弟の聡介のほぁぁぁぁぁぁうっ!!

●テンプレ×トリプレ×三ツ輪さんっ!?
 ―慟哭する準備は出来ていた双葉駿介(兄)の章― おわり





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 平凡な日常を覆してくれるものといったら、それはやはり恋、なんじゃないだろうか。
 そんな、この上なく平凡で、|ありきたり《テンプレ》な想いを曇天模様の頭上に浮かべながら、河川敷の緑薫る平坦な道を、家へ向かってのんべんと歩く。
 無事第二志望に入学してひと月あまり。それほどワケの分からない授業も今のところは無く、昼を共に食べる気の合う友も出来て、そこそこ学校生活は安定している。安定……平凡と言えるかも知れないけど。
 いや、平凡に文句をつけてはいけないことは、重々分かっている。平凡で何が悪い。平凡こそが至高……平凡万歳……
 だが。
 痩せても枯れても健康優良なる高一男児(共学)が独り。日常に非平凡なる出会いを求めるのは、これ果たして一概に間違っていると断じ切れるのであろうか……
 そんなままならない思考をぐねぐねと頭の中でこねくり回していたら、冷やせとばかりに、頭頂部にぽつりと冷たい点の衝撃が。まいったな、折り畳み入れてたっけ……
 雨脚はいきなり強くなってきた。家まではちょっと走ってどうにかなる距離じゃなく、まだ新品同然の制服やら鞄やらをぐず濡れにするのもコトだ。
 でも、背負ったままのショルダーは中身ぱんぱんで、目当ての物を探り出そうにもうまくいかない。とりあえず屋根のあるとこまで避難だ、と、僕は川べりの砂利を蹴散らしながら、少し先に見えて来ていた橋の下まで走る。
 刹那、だった。いや、刹那というほどに刹那じゃあ無かったか。いやそこはまあどうでもいいか。すなわち、
 出会い。そこに、出会いがあった。そう、平凡なる日常を揺るがす、いささかテンプレチックな邂逅が、確かにそこにはあったのである……
 息を切らして滑り込むように橋下に避難した僕に、向けられる二対の瞳たち。
 ひとつは柴と何かの雑種だろうか? くりくりした目の鼻ぺちゃのワン公。いまどきそんな捨て方あるのか? と自分の目を疑ってしまうほどの「橋の下段ボール」の中で、よれたその箱の縁に、両前肢を掛けてはっははっは言ってるけど。
 そしてもうひとつは。
「……」
 しゃがみ込んだ姿勢から、雨で濡れそぼり立ち尽くす僕の姿を上目遣いで見上げてくる、黒目がちで少し潤んだかのような瞳だった。少し上向いた小ぶりな鼻。淡い桜色をした可憐な唇は、唐突な僕の出現に驚いたのか、少し花の蕾がほころぶが如く開かれているけれど。
 薄茶とベージュの中間くらいの色のブレザーが、華奢そうな体を包んでいる。うちの学校の制服。首元にきちんと絞められた赤いリボンタイは、僕と同じ一年ってことを示している。赤いチェックのミニスカートは、そこまで丈を詰めてはいない。ひと目、真面目とわかる着こなしだ。
 肩までの柔らかそうな、空気を孕んだやや茶色がかった髪は、少し濡れている。そしてそこから香り立つ花のようなフレグランスが、僕の鼻腔を貫いて大脳のどこかに差し込むようにして知覚されたのであった……
 のちに知る、自分と同じクラスだったその可憐な少女の名前は、三ツ輪さん。
 この時の出会いが、
 僕の平凡無味なる灰色がかった日常いやさ青春に、若葉色に萌える鮮やかな色彩を、差し色のように刷きつけてきたのであった……
 ……二週間後、六限終わり。
 HRが終了するや否や、僕は教科書なんかを大分ロッカーに置きっ放すようになって軽くなったショルダーバッグを引っ掴むと、1-Cの教室を誰よりも速やかに辞する。急ぐんだ時間はそんなに無い。廊下に出る間際、窓際の席に目をやってから、そのふたつ後ろの席に視線を滑らせ、こちらに目くばせしてきた友、田上と視線を交わしてから身を翻す。
 決心には、二週間かかった。万全の態勢をもって、臨みたかったから。
 第一校舎棟三階西廊下を、すれ違う教師に見とがめられないほどの早歩きですり抜け一階へ。にわかに賑やかになってきた校内を、何かに遅れそう感を醸しながら一心に歩を進める。
 「作戦」の成功のためには、まずその場に先んずること。これが僕の弾き出した最善手。待ち伏せ……不穏な言い方をすればそうなる。でも、このくらいが今の僕には限界なんだ。
 下校するひと達で結構な混雑を見せる南口玄関の下駄箱から革靴を抜き出し、代わりに上履きを突っ込んで、人の流れに逆行するように再び校内へ。靴下のままひんやりするリノリウムの上をスケートのように半滑りしながら、ひとけの少ない「裏口」へと急ぐ。
 一般の教室のある第一校舎の東口から、いったん靴を履いて外に出た。やわらかい陽射しと爽やかな風が僕を後押ししてくれているかのようだ……そんなお気楽ポジティブ思考を発揮しつつ、隣接した第二校舎は下足OKなので、扉が開け放たれたままの入り口を通って、そのままずいずい進む。
 一階は職員室だ。よってよほど物好きな者以外、生徒はあまり寄り付くことは無い。ただ、この廊下を抜けると東門への近道となることもあり、登下校時に使うひとは案外いるとの情報を、とある筋から得ている。
 目的地無事到着。はからずも荒くなっていた呼吸をひとまず落ち着けた。二階へと続くその階段はあまり使用されることは無いそうで、すなわち身を隠すには好都合の場所と言える。そして。
 来る。三ツ輪さんがもうすぐここに。
 なぜ分かるか? 田上のヤツに頼んで、彼女が教室を出るタイミングを教えてくれるように仕込みを入れているからだ。制服のポケットの中で掴んでいたスマホが震える。水色の画面には「GO」のスタンプ、OKだ、でもさらにその下に続けてメッセージがぽんと出てきた。何だ?
 <きをつけろみつわ三>
 とだけの文面、何だよ、何焦ってんだよ田上は。画面をそのままにしてちょっと待ってみるものの、既読の付いたそれを最後にメッセージは途絶えてしまう。ほんとに何だ?
 いや、気合いを入れろ僕。
 計算によればあと92秒で、僕が潜む第二校舎棟の東廊下を、三ツ輪さんが通過する。放課後のこの時間、この薄暗いじんめりとした通路を通る人間は少ない。駅方面じゃない東門を使う数少ない中の、真っすぐに帰宅する人間に限られるから。
 三ツ輪さんは友達に誘われた手芸部に一応在籍しているようだけど、本日、活動は無いという情報は、またもとある筋より既に仕入れている。だからおそらくいつも通りに、このルートを通るはず。
 人目の無さ。それをまず第一に考えた。僕がこれから為そうとしていること、それは出来る限り人のいない、静かな場所で行われることが望ましい。なぜなら、
 ……僕はこれから、告白をしようとしているのだから。「告白」と言っても、不穏な暴露や、カミングるアウトな事柄ではなく、いたって普通の「恋の告白」というものであり。
 ちょうど二週間前に、小雨の降りしきる土手べりで偶然、僕は彼女を見かけ、そして、
 ……恋に落ちたんだ。
 ありきたり過ぎると、笑いたいなら笑えばいい。現にその話をしたら、弟にすら、何それテンプレ? と笑われたけれど。
 テンプレでも何でも、僕は本気だ。待ち伏せして真っ向からぶつかり合うというこのやり方も、かなり昔のありきたり手法と言われようとも。
 思いは真正面からぶつけないと伝わらない……そう信じている。そんな崇高な決意とは裏腹に、柱の陰からスマホのカメラレンズ部だけを覗かせ様子を伺っているこの姿は、きわめて卑劣なピーピングっぽい雰囲気を醸し出しまくってしまっているかも知れないけれど。
 !! ……通路の向こう側の入り口、小春晴れの陽光が差して逆光気味の光の正方形の中に、人影が現れた。計算通り。
 でも、楽しそうに喋り合う複数の声が連なっている。人影は三つ。計算通りじゃなーい。
 先ほどの田上からの「警告」を思い出す。あれは三ツ輪さんが三人連れだってこっちに向かっているということだったのか。どうする? 日を改める? いや、もうここまで来たんだ、あとのお二人にはちょっと先行って待っててもらって……いやもうこの勢いのまま、行くしかないっ!! スマホをしまい込み、素数を数えて気持ちを落ち着けつつ、接近の間合いを測る。そして、
「み、三ツ輪さんっ」
 距離2.5m。それが僕の弾き出した絶妙の「告白距離」。そこに達したと感じた瞬間、僕は廊下の中央へと華麗に躍り出る。
「二週間前っ、室川のほとりで貴女を見た時からッ!! 僕は貴女に恋をしたッ!! もしよろしければ、この僕とお付き合いしてくださいっ!!」
 言えた。これまたありきたりでどストレートな告白かも知れなかったが、その言葉も、そこに込められた思いも本物だ。伝わって……くれ。
 顔を上げた僕の正面、驚いた顔の三ツ輪さんと目が合う……少し頬を上気させている……? 出会った時から変わらず相変わらず可憐だ……
 でも、あれ? 緊張か何かで僕の視点が定まらなくなっているのか? 可憐な顔をした三ツ輪さんが三つに分かれて見える……
「……それって」
「どの三ツ輪に言ってんのかな~?」
 そんな混沌思考の僕に、左右の三ツ輪さんがにやにやとした笑みを浮かべながら、そんなステレオ的に言葉を投げかけて来るけど。
 忘れていた。いや、話には聞いていたけど、いざ対峙するとこれほどまでかと驚愕してしまうわけで。
「……」
 そうなのだ、三ツ輪さんは三つ子。顔かたちは、それはそれは良く似ていて見分けがつかない。三人が横に並んだ様は、さながら分身の術が如し……!! いや例えが古&陳腐すぎるけど。
 しかし何で三人揃って下校ッ!? 各々、各々の学校生活とか人生とかあるでしょうよォッ!!
「あ、えーと、三ツ輪、|碧子《みどりこ》さん、です……」
 心の中で慟哭しつつ思わず固まってしまった僕だが、ひとまず問いにぽつりと呟くようなかたちで述べてみる。
 目指す相手は、僕と同じクラスのそのヒトだ。たぶん真ん中の……だよね? でもそんな希薄な自信は呆気なく霧散していくかのようで。
「うちらってさ」
「自分らで言うのもなんだけど、結構かわいいじゃん?」
 「右」と「左」が僕の方を悪戯っぽく見つめながら言ってくる。うん、それは重々そうなんだけれど。
「せやから、外面だけ見て言い寄ってくる奴多いんだわ、三人の内のどれでもええわ的な」
 ……それは僕に限って、断じて……無い。よ? というか「右」は何故エセっぽい関西弁を操るのだろう……育ちがキミだけ違うの? そんな難しい過去があるの?
「そういうの、うんざりしてるんだ実際。だからキミもさぁ、聞かなかったことにしてあげるから、回れ右して帰ったらって話」
 「左」からぽんと紡ぎ出された言葉は僕を揺さぶるのだけれど。いや、でも引けない。ここで引くわけには……僕は改めて三つ並んだ見分けのつかない美麗な顔に向き合う。両側の二人と違って、「真ん中」だけ何かもじもじとした可憐な仕草をしている。そしてまだ言葉を発していない。間違いない。真ん中のヒトこそが、僕が魅かれた、碧子さんだ。
「僕はッ!! 碧子さんに物申しているッ!! どうか、この僕とお付きあ」
「ちょっと待った~、なんつって」
 僕の決然たる再度の告白は、「左」によってあえなく遮られたわけで。くっ……この性悪さ……|長女《あかね》 |次女《あおい》は性格最悪という噂は本当だったのか……ッ!!
 しかし、想いビト、碧子さんと同じ顔でそんな風に接せられると、かえって何か少し興奮してしまう……いや、興奮しとる場合でもない。そんな滅裂状況の中、向かって左の三ツ輪さんは、にやにや笑いをその美麗な顔に貼り付かせながら、こんな提案をしてくるのであった……
「勝負しよっか。私らこれから『シャッフル』するから、その中から碧子をキミが当てる。そしたら告るもナニするも自由、成就したのなら、その仲をうちらも公認したげる。メリットどか盛り。それだけの、単純でお得なゲーム」
 思わぬ展開になってしまったけど、それなら勝算我にあり。浮かべた表情でもう分かるっての。でも、
「……甘く見ん方がええでー。うちら三人はなぁ、誰かひとりの『人格』に|同調《シンクロ》することができる『能力』と言ってもいいくらいのモノ持ってるさかい、まあ、見分けんのは無理やと思うで」
 「右」が言うけど、何だその能力。そんなもの……いや、ある、かも知れない。よく聞く話だ。双子と同時に喋っていると、まるでひとりと話をしているかのような感覚に陥るとか、そんな話。よく聞く。
 だが、それでも。僕は碧子さんを……ッ!! だからこのくらいの勝負、受けないわけにはいかないんだッ。
「やります」
 真っすぐに「真ん中」だけを見つめ、そう言い放つ。瞬間、小さく息を飲む可憐な顔。必ず……あなたを当ててみせますから。
 でもどうやって正誤を判定するのだろう……「違う」と居直られたらどうしようもないと思うけど……そんな疑問を呈すると、一理あるなぁと「右」が頷いてから、何やら三人でごにょごにょ小声で相談してる。何らかの結論が出たのだろうか、ややあって三人が僕の方へ向き直った。その瞬間だった。
「!!」
 「右」の右手が閃いた。と、その指先は素早く「真ん中」の赤いチェックのミニスカートの裾を上方へと摘まみ上げていたのだった……ッ!!。
 慌てた素振りで裾を払うように抑えて真っ赤になる「真ん中」だけれど、僕の網膜には純白の何かが刻みこまれたわけで。しばし真顔で固まる僕。
「碧子は白。キミは、これはと思ったひとりを決めたら、そのスカートをめくって確認したらいいってことで、どよ?」
 何だって~!? それは……僕にメリットしかないのでは……ッ!!
「けど、外したら、その瞬間の画像を全校にばらまく。親呼ばれるか、うちらの血の気の多い親衛隊に何かされるか、警察沙汰になるかは分からないけど、平穏な高校生活を送ること、それだけは無理とだけ忠告しとくわ。それでもやる?」
 くっ……そういうことか。このヒトらは慣れている……そして楽しんでいる……(右と左に限り)。
 だが負けられんッ、絶対に負けられない戦いが、いまここにあるッ!!
 高潔なる意志を持ち、承諾の意を示すと、なら開始や、と右が軽く告げるや否や、僕は十秒後ろ向いててと言われその通りにする。ええで、の声に振り返ると、そこには、三人が三人、同じ表情を浮かべてこちらを見ている図があったわけで。
「どや?」
「これが|同調《シンクロ》やで」
「大したもんやろ」
 同じだ、驚くべきことに。表情やら言葉のニュアンスが全部あのさっきの「右」になっているよ……三人は顔かたちは勿論だが、髪の長さも同じのショートボブで揃えている。髪留めが先ほど違ったような気がしたけど、それらは当然、取り去られていた。特徴的なほくろとかもあるわけじゃなく、首から上を見ただけじゃ見分けはつかない。
 服装は? と改めて三人の全身をガン見するものの、ネクタイをくつろげ気味だった「右」(関西)に合わせ、三者そのような着こなしに変えてきている。スカート丈もちょい膝上で統一。そこから伸びる生硬さを残したなめらかな脚線美にも違いは見られない。
 これじゃわからない……本当に同じだ。本当に……後はその赤いスカートの中に潜むカラー・オブ・ジ・デルタによってしか判別は不可能だというのか……ッ
 しかしそうなるともう完全な運だよね……それでいいのか? よしんば碧子さんを引き当てたとして、お前は彼女を見分けられないまま、つき合うのか? 彼女の本質も、見極められないままで?
「驚いてるなぁ、ほなら大チャンスあげるわ、『10秒』だけ、何か質問してええでー、それに三人とも答える。どや?」
 逡巡の僕に、そんなお言葉が。でも質問したとしても真実を答えるとは限らない。それにそこまで碧子さんのことも知らないことも事実だ。同じクラスだということも、つい先日知ったくらいだし。
 いや待て。そんなことは無いか。そんなことは無いぞ。僕は知っている。碧子さんの、その優しさを。
 二週間前の雨の中の光景が甦る。そうだよ、そもそも僕はなぜあなたに魅かれたのか。それを履き違えるところだった。大事なのは、外身じゃない。
 頭の中を、清浄な風が通り抜けたように感じた。いろいろ詮無いことをぐどぐど煮詰めるようにして考えてフットーしそうになっていた脳が、瞬間、冷やされクリアになった感覚。余分なモノが、吹き飛ばされたような感覚。それに背を押されるようにして、僕は頭の中に残った本当の気持ちだけを、ニュートラルなテンションで言葉に換えていく。
「……小雨の降る室川の橋の下で、捨てられていた子犬に手を差し伸べていた優しい碧子さんが、僕は好きです。あの犬、あの後、里親見つかったんだって。今度一緒に会いに行こうよ」
 僕の自然に口をついて出た言葉に、ぱっと顔を輝かせる「真ん中」。その前に進み出て、僕はもう一度、自分の思いを告げる。
 やる気なさげな左右からの揉み手気味の拍手の中、「真ん中」、いや碧子さんは初めて僕の目を見上げてくると、その可憐な声を響かせるのだった。
「私も……実はあの時から気になって……ううん、好きになってました。あの時の優しさもそうだし、サッカーやってる時の真剣な目つきも爽やかな笑顔も……」
 顔を赤らめて、そう言葉を紡ぎ出していく碧子さん。ひゅーひゅーとまた気怠げな左右からの腐ったような声の中、しかし僕は胸の内でこう叫んでいたわけで。
 ……サッカーやってんのは、双子の弟の聡介のほぁぁぁぁぁぁうっ!!
●テンプレ×トリプレ×三ツ輪さんっ!? ―慟哭する準備は出来ていた双葉駿介(兄)の章― おわり


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