「かんぱーい!」
繁華街の雑居ビルにある大手居酒屋チェーン店に、若い男女の元気な声が響き渡る。
彼らは今年の新成人達で、同窓会を兼ねた飲み会が開かれていた。
「お前、全然変わってねーな!」
「そういうお前はめっちゃ変わったよな。誰だかわかんなかったぞ」
人によっては八年ぶりの再会とあって話し声は途切れる事を知らず、会場の熱気は最高潮に達していた。
「惟人はまだ実家に住んでんの?」
「そうだよ」
「あのたまき荘だっけ、あれまだあんの?」
「うん、残ってるよ」
「マジかー!」
惟人と一緒に肝試しをした友人達が、たまき荘の話題で盛り上がっている。
「じゃさ、この後行ってみねえ?」
「たまき荘にか……?」
惟人の脳裏に、あの時見た不気味な人影が浮かび、思わず身震いする。
「なんだよ、惟人びびってんのか?」
「んなわけねーだろ!」
話はあっという間に会場全体に伝わり、二十人を超える人数が参加することになった。
惟人も行く気満々だったが、初めて飲む酒が思いのほか舌に合い、ハイペースで飲み続けた結果、呂律が回らないほど酔っ払って立ち上がることも出来なくなってしまった。
「おい、惟人帰るぞ!」
惟人はぐったりしたまま友人に担がれ、なんとか立ち上がったものの、カウンター後ろの通路で足を滑らせ尻餅をついた。
「大丈夫か?」
カウンターに座っていた40代前半のサラリーマンが、惟人を起こし、水を差し出した。
「はひ……」
惟人は顔を伏せ、喉奥から不穏な音を漏らす。
「気持ち悪いならトイレ行こう。ほら、捕まりな」
男性は優しく声をかけ、惟人を介抱した。
店の外に出ても惟人は千鳥足だったので、男性がアプリでタクシーを呼び、惟人と男性、それと友人で一番仲の良い上原の三人が同乗した。
「すみません、色々やって頂いて」
「気にしないで。僕も初めて酒を飲んだ時はこんなだったから」
男性は回想しているのか、そっと目を閉じている。
同級生達がひたすら頭を下げる中、タクシーは颯爽と走り出した。
「お客さん、吐かないでくださいよ。シート汚したら弁償してもらいますからね」
運転手から散々嫌味を言われているとは露ほども知らず、惟人はうつ伏せになって寝息を立てている。
家に到着して呼び鈴を鳴らすと、何事という顔をした明菜が出てきた。
「まあ、息子がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
彼女は事情を知ると平身低頭謝り続け、お茶でも飲んでいってくださいと二人を中に招いた。
上原は家族が車で迎えが来ているからと帰り、男性だけが家に上がった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
明菜が急須で入れたお茶と羊羹を男性に差し出す。
「本当にすみませんでした。起きたら本人からお礼を言わせますので」
「いえ、何もそこまでしなくても」
明菜がどうしても引かないので、男性は渡されたメモに名前と携帯の番号を書いて渡した。
「春田……」
明菜は男性の書いたメモを見て眉をひそめた。
「あの、何か気になることでも?」
「いえ、何でもないです。失礼しました」
明菜は慌ててメモを折りたたんでポケットにしまった。
「お茶のお代わりは?」
「……いえ、大丈夫です。長居してしまうのもあれなので、帰ります」
居間の壁掛け時計は午前0時付近を指している。
玄関に向かう途中、春田は居間と反対側の和室に仏壇がある事に気づいた。
「主人です。十七年前に事故で亡くなりまして」
「それはお気の毒に……。ご挨拶させて頂いても?」
「あ……はい、ありがとうございます」
明菜の顔は幾分強張ったが、春田は気にすることなく仏壇の前で正座し、そっと手を合わせた。
「息子さんはお母さん一人で?」
「そうです。親バカですけど、本当に手のかからない良い子に育ってくれました」
明菜が頬を緩め、愛おしそうな笑みを浮かべた。
「どうも、お邪魔しました」
「ありがとうございました。お気をつけて」
外に出た春田は、堪えきれずに天を仰ぎ、呟く。
「ごめん、継母さん……。迷惑かけてばっかりで」
容赦なく吹き付ける北風が、両目から溢れた涙をさらっていった。