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第1章 捨てる神あれば拾う神あり-2

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 翌日は3月とは思えないほど冷え込んでいた。私達はランが今まで住んでいたという、大学近くの高級賃貸マンションの傍にあるカフェで落ち合った。家具や家電の多くは部屋に備え付けのものだったらしく、部屋から出さなければならないものは本や衣類、パソコンとちょっとした家具家電だけで済んだそうだ。それらの荷物は宅配便で私の住むマンションへ既に送り出したとLIMEで報告があった。
 コートを脱いだ後、白系で統一された洒落た内装のカフェの入口に立ち、中を見渡した。少し離れたカウンターで、ベリーショートの髪をワックスで軽く整えたランが焦燥しきった顔をして、俯き加減にコーヒーを飲んでいるのが確認できた。その愁いを帯びた横顔は王子様と呼んでも差し支えないくらい整っており、長いまつ毛にくっきりした二重の大きな目はまるで二次元から飛び出して来たかのように美しい。声をかけることも憚れるほどだったが、そんなことも言っていられない。一度深呼吸すると、つかつかと近寄って行った。
 ランは住処を失った身とは思えないほどお高そうなカシミアのグレーのハイネックセーターにアイロンの効いた濃緑系のチェックのシャツ、黒っぽいチノパンを身に付けている。足元にはアルミ製の銀色のキャリーケースが置いてあり、隣の空いた椅子の背には紺のダッフルコートと英国ブランドの見慣れたベージュのタータンチェックのマフラーがかかっていた。一方何も考えず、いつもと同じファッション――白っぽいざっくりとしたモヘアセーターにパステルグリーンのロング丈のフレアスカート、黒いショートブーツ姿の私は自分が見劣りすることを嫌というほど感じながら、気にしない素振りでランに声をかけた。下を向いていたランと同時に周囲の人々の視線が私にさっと注がれたが、残念そうにため息をつかれた事を私は見逃さない。ほっとけ、どうせ私はランの彼女じゃないし。

 ランに軽く声をかけ空いている右隣に座ると、注文を取りに来た若い女性の店員さんにホットカフェオレを注文してから、私はまず尋ねたのだった。
「ねえ、ランちゃん、まずは本名を聞いてもいいかな」
目の下に隈が出来ているランは頷くと、自分のサコッシュから使い込まれたハイブランドの革製長財布を出し、そこから学生証を取り出し私に見せた。
「オレの本名は山城(やましろ) (かける)、二十一歳。下の名前が駆だからランって名乗ってた。アルファさんは?」
「私は氷室 有葉だよ。あるはだからアルファって訳。ええと……君よりも四つ年上だ」
 私はランこと駆の緊張をほぐそうと微笑みかけると、駆を真似て会社の社員証が入っているカードホルダーをショルダーバッグから出して見せた。そこにはカメラを睨みつけているように見える目つきの悪い私が写っている。
「うちは埼玉だから大学から遠くて申し訳ないけど、広さだけは取り柄だから安心して」
「本当に助かりました。ありがとうございます。オレ……実は父さんから勘当されたから正直昨日はパニクっちゃってすみませんでした」
駆は申し訳なさげな表情を浮かべ頭を下げた。私は我が耳を疑う。
「……か、勘当!?」
 勘当という前時代的な言葉を聞いて私の方が混乱しそうだった。そりゃネットゲームに夢中になっての留年は不名誉だろうけど、勘当するほどの事なの?
「うちは厳しい家庭で、小さい頃からゲームなんてもってのほかだったから、オレがゲームにうつつを抜かして留年したなんて我が家の恥なんだよ……」
それを聞いた私は白目をむきそうになり、同じ言葉をオウム返ししてしまう。
「我が家の恥……」
 山城家がどんな立派な家柄か知らないけど、何様?という気分になった。幼い頃ゲームを禁じられた子どもはかなりの確率で拗らせるという事を直に見て知っている私は怒りを覚えたけど、今は怒っている場合ではない。
「君、それだけは勘弁してくれって言わなかったの?」
 駆は俯きしばらく黙りこくっていたが、意を決したように口を開いた。
「……オレ、父さんには逆らえないんだ、怖くて……幼い頃から言うこと聞かないと容赦なく殴られてきたし、オレが何を言っても全然聞き入れてもらえないから、今更何を言っても無駄だなって諦めてしまった……。でも父さんから勘当って言われた時、息苦しいあの家と縁が切れるなんて運がいいかもってちょっと思ってしまったんだ……オレ、どうせ出来損ないだから、いなくなったところで全然困らないだろうし……」
 私は驚きのあまり目を見張り、声を上げないように必死に手で口を押えた。お金持ちでなおかつ賢い者が行く大学として有名なK大に、一般入試で現役合格した駆が出来損ないだって? なら中堅私立に無難に推薦入学した私は何なんだよ、と言いたくなるが、ぐっと堪えた。
 その時先ほどの店員さんがカフェオレを持って来てくれる。なんとこの店、カフェオレをボウルで提供している。さすが横浜、なんてお洒落なんだ。カフェオレボウルのおかげで私の気持ちが少し落ち着いた。

 「……あのね……君、自分の事卑下しない方がいいよ……」
私は大振りのボウルを茶器のように両手で持ち上げると、温かいカフェオレで口を潤した後、言葉を選びながらゆっくりと言った。
「ゲームで遊ぶことだって決して悪いことじゃない……君は禁止されていた反動で依存症みたいになっていただけじゃないかな……」
「依存症!?」
駆が心底驚いたように目を丸くして私を見つめる。私は頷いた。
「うん、依存症。一人暮らしして初めてゲームで自由に遊べるようになって、優しい仲間もできて楽しかったでしょ?」
「うん、すごく楽しかった……好きなことを咎められることもなく思い切りできるってこんなに幸せなことなんだって知って……なんかどんどん歯止めが利かなくなっていたのかもしれない……」
「私もFQⅢに滅茶苦茶のめり込んでいる君を見て不安に感じることは何度もあったけど、立ち入るのが怖くて言えなかった……ごめんね、もっと前に言えばよかったよ……」
私は頭を下げ謝った。駆は首を振る。
「いや、いいんだ、自業自得だし。あ、でもこうしてアルファさんに迷惑かけちゃったからもう自業自得とか言ってる場合じゃないよね……ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。私は無駄に広いじぶんちが役に立って嬉しいんだ」
私は自分の胸をどんと叩いた。それからちょっとためらいながらも打ち明ける。
「……家に行くとどうせ遺影で分かっちゃうから今のうちに言ってしまうけど、両親が二年前交通事故で一度に亡くなってしまって……それでファミリータイプのマンションに一人暮らししてるんだよ」
 それを聞いた瞬間駆は目を見開き息を呑んだ。それから目を伏せ、しんみりとしたようにぽつりぽつり言う。
「そうだったんだ……全然知らなかったよ……とても大変だったんだね……。そう言えば、アルファさん、一時期FQⅢから抜けていた事あったような……?」
私は頷いた。
「うん、その頃にね……」
 二人の間に沈黙が流れてしまう。その気まずい空気を和ませるかのように駆が話題を変えてくる。
「そうそう、オレ、実は料理得意なんだ。二年まで大学近くの飲食店の厨房でバイトしてたから料理は任せてよ!」
「マジ!? ちょー嬉しい」
 私は敢えて軽く言った。両親がいなくなってからというもの、自宅でほとんどまともな食事を作っていなかったから、料理の申し出は物凄く嬉しかった。しかも一人で食べなくていいなんて。
 いきなりほとんど知らない異性と同居するのは不安は残るものの、突然勘当され動揺し、こんなに気落ちしている青年がいきなり狼に変身するとか、正直考えられなかった。
「ランちゃん、今日からよろしくね!」
私は駆に右手をさっと差し出した。駆はその手をしっかりと握り返してくる。
「こちらこそ本当によろしくお願いします」
 二人分の伝票を掴むと、私はさっさと立ち上がりベージュのバックフレアコートを羽織りお会計を済ませる。先ほどのマフラーを首に巻きダッフルコートを着込んだ駆は、「御馳走さまでした」と丁重に頭を下げてきた。本当に憎いほど礼儀正しくスマートだ。


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 翌日は3月とは思えないほど冷え込んでいた。私達はランが今まで住んでいたという、大学近くの高級賃貸マンションの傍にあるカフェで落ち合った。家具や家電の多くは部屋に備え付けのものだったらしく、部屋から出さなければならないものは本や衣類、パソコンとちょっとした家具家電だけで済んだそうだ。それらの荷物は宅配便で私の住むマンションへ既に送り出したとLIMEで報告があった。
 コートを脱いだ後、白系で統一された洒落た内装のカフェの入口に立ち、中を見渡した。少し離れたカウンターで、ベリーショートの髪をワックスで軽く整えたランが焦燥しきった顔をして、俯き加減にコーヒーを飲んでいるのが確認できた。その愁いを帯びた横顔は王子様と呼んでも差し支えないくらい整っており、長いまつ毛にくっきりした二重の大きな目はまるで二次元から飛び出して来たかのように美しい。声をかけることも憚れるほどだったが、そんなことも言っていられない。一度深呼吸すると、つかつかと近寄って行った。
 ランは住処を失った身とは思えないほどお高そうなカシミアのグレーのハイネックセーターにアイロンの効いた濃緑系のチェックのシャツ、黒っぽいチノパンを身に付けている。足元にはアルミ製の銀色のキャリーケースが置いてあり、隣の空いた椅子の背には紺のダッフルコートと英国ブランドの見慣れたベージュのタータンチェックのマフラーがかかっていた。一方何も考えず、いつもと同じファッション――白っぽいざっくりとしたモヘアセーターにパステルグリーンのロング丈のフレアスカート、黒いショートブーツ姿の私は自分が見劣りすることを嫌というほど感じながら、気にしない素振りでランに声をかけた。下を向いていたランと同時に周囲の人々の視線が私にさっと注がれたが、残念そうにため息をつかれた事を私は見逃さない。ほっとけ、どうせ私はランの彼女じゃないし。
 ランに軽く声をかけ空いている右隣に座ると、注文を取りに来た若い女性の店員さんにホットカフェオレを注文してから、私はまず尋ねたのだった。
「ねえ、ランちゃん、まずは本名を聞いてもいいかな」
目の下に隈が出来ているランは頷くと、自分のサコッシュから使い込まれたハイブランドの革製長財布を出し、そこから学生証を取り出し私に見せた。
「オレの本名は|山城《やましろ》 |駆《かける》、二十一歳。下の名前が駆だからランって名乗ってた。アルファさんは?」
「私は氷室 有葉だよ。あるはだからアルファって訳。ええと……君よりも四つ年上だ」
 私はランこと駆の緊張をほぐそうと微笑みかけると、駆を真似て会社の社員証が入っているカードホルダーをショルダーバッグから出して見せた。そこにはカメラを睨みつけているように見える目つきの悪い私が写っている。
「うちは埼玉だから大学から遠くて申し訳ないけど、広さだけは取り柄だから安心して」
「本当に助かりました。ありがとうございます。オレ……実は父さんから勘当されたから正直昨日はパニクっちゃってすみませんでした」
駆は申し訳なさげな表情を浮かべ頭を下げた。私は我が耳を疑う。
「……か、勘当!?」
 勘当という前時代的な言葉を聞いて私の方が混乱しそうだった。そりゃネットゲームに夢中になっての留年は不名誉だろうけど、勘当するほどの事なの?
「うちは厳しい家庭で、小さい頃からゲームなんてもってのほかだったから、オレがゲームにうつつを抜かして留年したなんて我が家の恥なんだよ……」
それを聞いた私は白目をむきそうになり、同じ言葉をオウム返ししてしまう。
「我が家の恥……」
 山城家がどんな立派な家柄か知らないけど、何様?という気分になった。幼い頃ゲームを禁じられた子どもはかなりの確率で拗らせるという事を直に見て知っている私は怒りを覚えたけど、今は怒っている場合ではない。
「君、それだけは勘弁してくれって言わなかったの?」
 駆は俯きしばらく黙りこくっていたが、意を決したように口を開いた。
「……オレ、父さんには逆らえないんだ、怖くて……幼い頃から言うこと聞かないと容赦なく殴られてきたし、オレが何を言っても全然聞き入れてもらえないから、今更何を言っても無駄だなって諦めてしまった……。でも父さんから勘当って言われた時、息苦しいあの家と縁が切れるなんて運がいいかもってちょっと思ってしまったんだ……オレ、どうせ出来損ないだから、いなくなったところで全然困らないだろうし……」
 私は驚きのあまり目を見張り、声を上げないように必死に手で口を押えた。お金持ちでなおかつ賢い者が行く大学として有名なK大に、一般入試で現役合格した駆が出来損ないだって? なら中堅私立に無難に推薦入学した私は何なんだよ、と言いたくなるが、ぐっと堪えた。
 その時先ほどの店員さんがカフェオレを持って来てくれる。なんとこの店、カフェオレをボウルで提供している。さすが横浜、なんてお洒落なんだ。カフェオレボウルのおかげで私の気持ちが少し落ち着いた。
 「……あのね……君、自分の事卑下しない方がいいよ……」
私は大振りのボウルを茶器のように両手で持ち上げると、温かいカフェオレで口を潤した後、言葉を選びながらゆっくりと言った。
「ゲームで遊ぶことだって決して悪いことじゃない……君は禁止されていた反動で依存症みたいになっていただけじゃないかな……」
「依存症!?」
駆が心底驚いたように目を丸くして私を見つめる。私は頷いた。
「うん、依存症。一人暮らしして初めてゲームで自由に遊べるようになって、優しい仲間もできて楽しかったでしょ?」
「うん、すごく楽しかった……好きなことを咎められることもなく思い切りできるってこんなに幸せなことなんだって知って……なんかどんどん歯止めが利かなくなっていたのかもしれない……」
「私もFQⅢに滅茶苦茶のめり込んでいる君を見て不安に感じることは何度もあったけど、立ち入るのが怖くて言えなかった……ごめんね、もっと前に言えばよかったよ……」
私は頭を下げ謝った。駆は首を振る。
「いや、いいんだ、自業自得だし。あ、でもこうしてアルファさんに迷惑かけちゃったからもう自業自得とか言ってる場合じゃないよね……ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。私は無駄に広いじぶんちが役に立って嬉しいんだ」
私は自分の胸をどんと叩いた。それからちょっとためらいながらも打ち明ける。
「……家に行くとどうせ遺影で分かっちゃうから今のうちに言ってしまうけど、両親が二年前交通事故で一度に亡くなってしまって……それでファミリータイプのマンションに一人暮らししてるんだよ」
 それを聞いた瞬間駆は目を見開き息を呑んだ。それから目を伏せ、しんみりとしたようにぽつりぽつり言う。
「そうだったんだ……全然知らなかったよ……とても大変だったんだね……。そう言えば、アルファさん、一時期FQⅢから抜けていた事あったような……?」
私は頷いた。
「うん、その頃にね……」
 二人の間に沈黙が流れてしまう。その気まずい空気を和ませるかのように駆が話題を変えてくる。
「そうそう、オレ、実は料理得意なんだ。二年まで大学近くの飲食店の厨房でバイトしてたから料理は任せてよ!」
「マジ!? ちょー嬉しい」
 私は敢えて軽く言った。両親がいなくなってからというもの、自宅でほとんどまともな食事を作っていなかったから、料理の申し出は物凄く嬉しかった。しかも一人で食べなくていいなんて。
 いきなりほとんど知らない異性と同居するのは不安は残るものの、突然勘当され動揺し、こんなに気落ちしている青年がいきなり狼に変身するとか、正直考えられなかった。
「ランちゃん、今日からよろしくね!」
私は駆に右手をさっと差し出した。駆はその手をしっかりと握り返してくる。
「こちらこそ本当によろしくお願いします」
 二人分の伝票を掴むと、私はさっさと立ち上がりベージュのバックフレアコートを羽織りお会計を済ませる。先ほどのマフラーを首に巻きダッフルコートを着込んだ駆は、「御馳走さまでした」と丁重に頭を下げてきた。本当に憎いほど礼儀正しくスマートだ。