表示設定
表示設定
目次 目次




第1章 捨てる神あれば拾う神あり-1

ー/ー



 『誰か助けて!』
全ての事の始まりは切羽詰まった救援要請からだった。
 私の名は氷室 有葉(ひむろ あるは)、大学卒業後、そろそろ社会人生活丸三年を迎えようとしているIT系会社員だ。
 3月上旬の金曜日、前週に休日出勤を強いられ上司からその分の代休取得を迫られており、溜まっている仕事を思いため息をつきながらも渋々休暇を取る羽目に陥っていた。午前9時頃まで惰眠をむさぼった後、ベッドからだらだらと起き上がり枕元にあったスマホを何気なく眺めたところ、チャットアプリLIMEの、オンラインゲーム仲間達で作っていたグループトークの通知が大変な数になっていたのである。

 私達が遊んでいるオンラインゲームはファンタスティッククエストⅢ(略してFQⅢ)というMMORPGで、中世ヨーロッパ的なファンタジー世界を舞台にした冒険者達の物語である。PC(プレイヤーキャラクター)は街にある冒険者ギルドから仕事(クエスト)を請け負い、強くなっていくにつれて難しいクエストをこなせるようになっていくのだが、とても一人では請け負えないクエストというものも存在する。その時にギルドで仲間達を募ってパーティを編成しダンジョンに潜ったり、レイドボスと戦ったりするのだ。

 このグループトークの仲間達も元々はとあるクエストを通して親しくなった五人組で、去年の夏に都内でオフ会が開催されたことで既に皆顔見知りだったのだ。五人組のPCの中で、FQⅢサービス開始当初からずっとプレイしていたためパーティの中で一番レベルが高くリーダー的存在の人間の騎士・タッキー。
 タッキーとはFQⅢをプレイする前からの知り合いでパーティ内の一番の常識人、ドワーフの戦士・事務猫。
 天然ボケなおっとりキャラでパーティの癒し系、人間の僧侶・むーむー。
 高飛車なお嬢様で防御力が一番ないくせにすぐに敵に突っ込んでいってしまう無謀系エルフの召喚士ラン。
 そしてナンパな優男で女性を見ると口説きまくっているのが私のキャラ、ハーフエルフで吟遊詩人のアルファ、という面々だった。

 オフ会以降グループトークは時々リアルな近況報告や愚痴を呟く緩い交流の場になっていたのだが、尋常ではない通知数に私は慌ててLIMEを開き履歴を遡ってみたところ、冒頭の救いを求めるランのトークから始まっていたのである。実際表示されているのはLIMEに本人達が登録した名前だが、分かりやすいように私がキャラ名に変換している。

ラン『誰か助けて!』
  『父親から今週末までに今住んでる賃貸から出ていけと言われたけど、どうすればいい?』
 ランの中の人はなかなかにイケメンな男子大学生である。三年前地方から出てきて、横浜にキャンパスのある有名私立大学に通っているらしいということくらいしか聞いていなかった。
事務猫『どういうこと? ちゃんと説明して』

 事務猫はゲーマーかつ社会人歴三十余年という色々な意味で強者の女性だった。オフ会を主催したのも事務猫である。内容が内容だけに仕事の合間にこっそりLIMEに書き込んでくれたのだろう。
ラン『実は必須科目を一つ落として留年確定になったんだけど』
  『それを知った父親が今朝うちにやって来て、出ていけ宣告されてしまったという事情です』
むーむー『そりゃ留年は良くないとは思うけど、ランちゃんは理系だしよくある話じゃない? そこまで怒ること?』
むーむーはキャラとプレイヤーにほとんど差がない珍しい人だ。のんびりと専業主婦をしているそうだ。
ラン『それが、単位を落とした理由がFQⅢのレイドバトルのせいだってバレちゃって』
  『皆には言ってなかったけど、実はあのレイドバトルの朝寝落ちしてしまって、試験に遅刻してしまって』
事務猫とむーむーのスタンプがそれぞれ『ああ……』と呟いていた。

 一か月ほど前、FQⅢで大規模なレイドバトルイベントがあって、その時しか手に入らないレアアイテムがあるためランは誰よりも張り切っていた。大事な試験期間なのは皆知っておりやめた方がいいと止めたのだが、ランは「おほほ、ご心配には及びませんことよ」などと言い張って参加したのだったがこのザマである。

タッキー『ちなみに金はあるのか?』
 タッキーはリアルでは四十代で会社では中間管理職をしているらしかった。しょっちゅうLIMEで仕事の愚痴をぼやいているが、現実的な質問をしてくるところがらしいというか。
ラン『バイトで稼いだ金はずっと貯金していたから、賃貸を借りるお金くらいはある』
  『だけど父親が学費も生活費ももう出さないって言っているから、さすがに無理だよ』
  『オレ、中退するしかないのかな』
事務猫・むーむー・タッキー『『『ダメだ!!!』』』
皆反対する。そりゃそうだ。必修科目たった一つ落としたからと言って有名私大を中退なんてもったいなさすぎる。

ラン『だけどさ、バイトするにしても学費と生活費両方を稼ぐ自信はさすがにないよ』
 東京周辺の理工系私大だと経費含めて年間学費は百万以上は軽くかかってしまう。それとは別に生活費に家賃だけでどんなに節約してもざっと見積もって月十万円といったところか。ランが絶望するのも理解できる。
ラン『オレがバカだったって本当に分かってる』
  『だけどあまりにも突然すぎて、どうしていいか分からないんだ』
 私が読んだ時LIMEの会話はここまで止まっていた。皆もあまりのことに何と声をかけてよいか分からず、途方に暮れているのだろう。

 私はランと直接会ったのはオフ会のたった一度きりだったが、実際会うまで男であることに全く気が付いていなかった。それだけ上手に高飛車お嬢様キャラになりきっていたのだろう。現実のランはそのPCとは正反対の礼儀正しくすばらしく端正な青年だった。髪を短く切っており、背は相当高くいわゆる細マッチョな外見でまさに体育会系。とてもパーティ五人の中で一番のゲーム廃人とは思えないような爽やかなイケメンだった。そんな彼が困り果てている。私はスマホを握りしめたまましばらく逡巡した。自分にできることはあるのだが、一度しか会ったことがない異性に提案してもいいことなのかどうか。私はLIMEに文字を入力しては消しを何度も繰り返した挙句、思い切ってついに送信した。

私『おはよう、事情は大体分かったよ』
 『実はうちで部屋が余ってるんだけど良かったら来る?』
私は先ほども触れたとおりナンパな吟遊詩人をプレイしているため、皆に冗談だと思われるのではないかと若干冷や冷やしていた。ゲーム中ではいつもこんな感じで女性に声をかけているのだ。少し経ってからランから返事があった。
ラン『気持ちは嬉しいけど、アルファさん女性だし』
私『困っている時に男だとか女だとか言ってる場合じゃないよ。今まで特に言ってなかったけど、うちは都心から少し離れてはいるものの3LDKだし』
 私は訳あってファミリー向けマンションに一人暮らしをしていたのだ。
また少し時間が空いてからランから回答があった。
ラン『アルファさん、しばらくお世話になってもいいですか?』


次のエピソードへ進む 第1章 捨てる神あれば拾う神あり-2


みんなのリアクション

 『誰か助けて!』
全ての事の始まりは切羽詰まった救援要請からだった。
 私の名は|氷室 有葉《ひむろ あるは》、大学卒業後、そろそろ社会人生活丸三年を迎えようとしているIT系会社員だ。
 3月上旬の金曜日、前週に休日出勤を強いられ上司からその分の代休取得を迫られており、溜まっている仕事を思いため息をつきながらも渋々休暇を取る羽目に陥っていた。午前9時頃まで惰眠をむさぼった後、ベッドからだらだらと起き上がり枕元にあったスマホを何気なく眺めたところ、チャットアプリLIMEの、オンラインゲーム仲間達で作っていたグループトークの通知が大変な数になっていたのである。
 私達が遊んでいるオンラインゲームはファンタスティッククエストⅢ(略してFQⅢ)というMMORPGで、中世ヨーロッパ的なファンタジー世界を舞台にした冒険者達の物語である。PC(プレイヤーキャラクター)は街にある冒険者ギルドから|仕事《クエスト》を請け負い、強くなっていくにつれて難しいクエストをこなせるようになっていくのだが、とても一人では請け負えないクエストというものも存在する。その時にギルドで仲間達を募ってパーティを編成しダンジョンに潜ったり、レイドボスと戦ったりするのだ。
 このグループトークの仲間達も元々はとあるクエストを通して親しくなった五人組で、去年の夏に都内でオフ会が開催されたことで既に皆顔見知りだったのだ。五人組のPCの中で、FQⅢサービス開始当初からずっとプレイしていたためパーティの中で一番レベルが高くリーダー的存在の人間の騎士・タッキー。
 タッキーとはFQⅢをプレイする前からの知り合いでパーティ内の一番の常識人、ドワーフの戦士・事務猫。
 天然ボケなおっとりキャラでパーティの癒し系、人間の僧侶・むーむー。
 高飛車なお嬢様で防御力が一番ないくせにすぐに敵に突っ込んでいってしまう無謀系エルフの召喚士ラン。
 そしてナンパな優男で女性を見ると口説きまくっているのが私のキャラ、ハーフエルフで吟遊詩人のアルファ、という面々だった。
 オフ会以降グループトークは時々リアルな近況報告や愚痴を呟く緩い交流の場になっていたのだが、尋常ではない通知数に私は慌ててLIMEを開き履歴を遡ってみたところ、冒頭の救いを求めるランのトークから始まっていたのである。実際表示されているのはLIMEに本人達が登録した名前だが、分かりやすいように私がキャラ名に変換している。
ラン『誰か助けて!』
  『父親から今週末までに今住んでる賃貸から出ていけと言われたけど、どうすればいい?』
 ランの中の人はなかなかにイケメンな男子大学生である。三年前地方から出てきて、横浜にキャンパスのある有名私立大学に通っているらしいということくらいしか聞いていなかった。
事務猫『どういうこと? ちゃんと説明して』
 事務猫はゲーマーかつ社会人歴三十余年という色々な意味で強者の女性だった。オフ会を主催したのも事務猫である。内容が内容だけに仕事の合間にこっそりLIMEに書き込んでくれたのだろう。
ラン『実は必須科目を一つ落として留年確定になったんだけど』
  『それを知った父親が今朝うちにやって来て、出ていけ宣告されてしまったという事情です』
むーむー『そりゃ留年は良くないとは思うけど、ランちゃんは理系だしよくある話じゃない? そこまで怒ること?』
むーむーはキャラとプレイヤーにほとんど差がない珍しい人だ。のんびりと専業主婦をしているそうだ。
ラン『それが、単位を落とした理由がFQⅢのレイドバトルのせいだってバレちゃって』
  『皆には言ってなかったけど、実はあのレイドバトルの朝寝落ちしてしまって、試験に遅刻してしまって』
事務猫とむーむーのスタンプがそれぞれ『ああ……』と呟いていた。
 一か月ほど前、FQⅢで大規模なレイドバトルイベントがあって、その時しか手に入らないレアアイテムがあるためランは誰よりも張り切っていた。大事な試験期間なのは皆知っておりやめた方がいいと止めたのだが、ランは「おほほ、ご心配には及びませんことよ」などと言い張って参加したのだったがこのザマである。
タッキー『ちなみに金はあるのか?』
 タッキーはリアルでは四十代で会社では中間管理職をしているらしかった。しょっちゅうLIMEで仕事の愚痴をぼやいているが、現実的な質問をしてくるところがらしいというか。
ラン『バイトで稼いだ金はずっと貯金していたから、賃貸を借りるお金くらいはある』
  『だけど父親が学費も生活費ももう出さないって言っているから、さすがに無理だよ』
  『オレ、中退するしかないのかな』
事務猫・むーむー・タッキー『『『ダメだ!!!』』』
皆反対する。そりゃそうだ。必修科目たった一つ落としたからと言って有名私大を中退なんてもったいなさすぎる。
ラン『だけどさ、バイトするにしても学費と生活費両方を稼ぐ自信はさすがにないよ』
 東京周辺の理工系私大だと経費含めて年間学費は百万以上は軽くかかってしまう。それとは別に生活費に家賃だけでどんなに節約してもざっと見積もって月十万円といったところか。ランが絶望するのも理解できる。
ラン『オレがバカだったって本当に分かってる』
  『だけどあまりにも突然すぎて、どうしていいか分からないんだ』
 私が読んだ時LIMEの会話はここまで止まっていた。皆もあまりのことに何と声をかけてよいか分からず、途方に暮れているのだろう。
 私はランと直接会ったのはオフ会のたった一度きりだったが、実際会うまで男であることに全く気が付いていなかった。それだけ上手に高飛車お嬢様キャラになりきっていたのだろう。現実のランはそのPCとは正反対の礼儀正しくすばらしく端正な青年だった。髪を短く切っており、背は相当高くいわゆる細マッチョな外見でまさに体育会系。とてもパーティ五人の中で一番のゲーム廃人とは思えないような爽やかなイケメンだった。そんな彼が困り果てている。私はスマホを握りしめたまましばらく逡巡した。自分にできることはあるのだが、一度しか会ったことがない異性に提案してもいいことなのかどうか。私はLIMEに文字を入力しては消しを何度も繰り返した挙句、思い切ってついに送信した。
私『おはよう、事情は大体分かったよ』
 『実はうちで部屋が余ってるんだけど良かったら来る?』
私は先ほども触れたとおりナンパな吟遊詩人をプレイしているため、皆に冗談だと思われるのではないかと若干冷や冷やしていた。ゲーム中ではいつもこんな感じで女性に声をかけているのだ。少し経ってからランから返事があった。
ラン『気持ちは嬉しいけど、アルファさん女性だし』
私『困っている時に男だとか女だとか言ってる場合じゃないよ。今まで特に言ってなかったけど、うちは都心から少し離れてはいるものの3LDKだし』
 私は訳あってファミリー向けマンションに一人暮らしをしていたのだ。
また少し時間が空いてからランから回答があった。
ラン『アルファさん、しばらくお世話になってもいいですか?』