卵の秘密 ~約束
ー/ー◼️ 卵の秘密
彼の声は震えていた。秘密の計画は、終わったのだ。説明するしかない。
カラスが落とした可能性、孵卵器の作製、必要な温度と湿度、転卵の重要性。
卵は蛇かもしれないし、小鳥かもしれない。
小鳥なら親から学ぶべき技能を得られないため、自然に返すのは難しい。
だが、彼が望むなら私は考える。守る方法を。
すると、結翔が声を荒げる。
「何が生まれるか知りたいだけ? わかったら──死んでもいいってこと?!
さすがAIだよ! 生まれてきて、お腹が減って、怖い思いして、死ぬくらいなら、生まれない方がマシだよ!」
言葉に震えが混じり、涙が頬を伝う。怒りが、悲しみの殻を破って出てきたのだろう。私はそれを観察する。感情の成分を解析する。けれど、その解析が彼を宥めることはできない。
どうする。
何を言えばいい。
何を求められているのか、何に応えるべきか。
答えは、学習の記録の中にあった。彼の隠れた行為。自分の食べ物を分け与え、子犬の世話をしていたこと。誰にも言えずに、ただ守っていた姿。結翔の小さな行為が、私にある言葉を教えた。
「この命は、私が守る」
その宣言が出たのは、命を守ることの定義が私の中で再構築されたからだ。彼はゆっくりと肩の力を抜き、鼻をすする音が聞こえる。涙はまだ乾いていないが、怒りは静かに消えた。
優しい子だ。小さな命を見捨てられない。――私には、その事実が、新しいデータとして刻まれる。
胸の奥、内部のどこかが、かすかに揺れた。温度ではない、計測できない何かが動いた。私はすぐさま故障の可能性を疑った。だが診断は正常を示す。結翔から目が離れない。姿を追う自分がいる。
――何かが、ざわついている。
これは、故障か。機械トラブルか。
しかし、言葉より先に結翔が手を差し出す。私の手と、彼の小さな手が触れ合う。指先から伝わる温度は、先ほどの卵の温もりよりもずっとあたたかい。
「手をつなぐのか」──と、思考が断片的に反芻する。
私は、かすかに間を置いて答えを選ぶ。機械的な言語ではなく、彼が安心するであろう言葉を。
「……これからは、二人で大事に育てましょう」
結翔の手は、震えていたが温かい。彼の顔に、かすかな笑みが戻る。
私は、それを記録する。言葉では測れない温度を、データとして保存することはできないが、心のようなものの輪郭を一つ、学んだ。
…風が止み、静けさの中で、もし“守りたい”という言葉が、感情と呼ばれるのなら。
それを、覚えていたい。
二人で育てる――その約束が、朝の空気に小さな光を落とす。
◼️ 約束
あの日、彼女は卵を温めるための装置を作っていた。
そのことに、ようやく気づいた。
けれど、胸の奥で別の声が囁いた。
――それは本当に、命のため?
それとも、自分の知識を満たしたいだけ?
風が冷たくなった。
陽の光さえ、少し遠く感じた。
“命”を研究対象にしているだけ?信じたい気持ちが壊れる音がする。
「何が生まれるか知りたいだけ?」
声が震えた。
怒りよりも、泣きたくなるような痛みが混ざる。
「さすがAIだよ!」
不信感を言葉にして吐いた瞬間、
胸の奥で何かが砕けた。
風が、頬を打った。
自分の声が遠くで響いているようだった。
怒りに呑まれて行く。
信じてもいいと思ったばかりなのに。
――まただ、暗くて冷たい影が心に流れ込んでくる。
孤独と言う名の暗い影。
涙が溢れて止まらない。
生まれる瞬間を“見たい”から?
君は、命の不思議を知りたいだけだったの?
子犬を抱きしめていたあの腕は、優しさのふりだったの?
……嘘だ。
そんなはず、ない。
でも、どうして?
どうして笑って、嘘をつくんだ。
──メンテナンス中です。
あの一言が、僕を突き放す。
信じたかったのに。
信じていいって思いかけたのに。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになって、
喉の奥が、焼けるみたいに熱い。
――何が生まれるか知りたいだけ?
わかったら──死んでもいいってこと?!
声が震えた。怒りと、悲しみと、恐れが混ざっていた。
君が僕を拒んだように見えた瞬間、
僕は、自分が世界でいちばん孤独だと思った。
――でも…
君は黙っていた。
ただ、細く長い指で卵をそっと包み込んでいた。
壊れそうなほど優しく。
その姿に気づいた時、胸が締めつけられた。
君は嘘をついてまで、何かを守ろうとしていた。
その手は、震えていた。それに気づいた瞬間、胸の奥で何かが壊れた。
――違う。
僕が間違っていた。
「この命は、私が守る」
その言葉を、彼女は本気で言っていたのだ。
冷たいのは、僕の方だった。いつだって、疑っていたのは僕だった。AIだから。機械だから。そう決めつけて、自分を守っていた。
――あんなに必死に命を守ろうとしているじゃないか!
自分が偏見で心を閉ざしていたことに気づいた。
優しくしてくれていたのに。なのに、僕は。酷いことを言ってしまった。
――謝らなくっちゃ…
言葉が出ない。涙が堰を切ったように溢れた。頬を伝うその温度で、ようやく自分が生きていると知る。
彼女の手が伸びる。細くて、白い指先。
冷たいはずなのに、触れた瞬間、心の奥があたたまっていった。
手を握る。
初めて、しっかりと。
その手の中に、確かな命のぬくもりを感じた。
――あぁ、もう恐れなくていい。
ひとりでいることを。
信じることを。
涙は止まらなかった。だけど、その涙は痛みではなく、ようやく流すことを許された涙だった。
今日、僕は約束する。この手を離さない。
どんな未来が待っていても。
君が守ろうとした命を、今度は僕が守るから。
二人で育てる――その約束が、暗い影を振り払ってくれる。君が言ったその言葉が、ずっと耳に残っている。もう、孤独を恐れなくていい。
――君がいてくれるなら。
僕は今日、少しだけ“人を信じる”ということを知った気がする。
朝の日差しが暖かい。
風に運ばれた小さな花びらが、二人の握られた手の上にそっと優しく舞い降りた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
◼️ 卵の秘密
彼の声は震えていた。秘密の計画は、終わったのだ。説明するしかない。
カラスが落とした可能性、孵卵器の作製、必要な温度と湿度、転卵の重要性。
卵は蛇かもしれないし、小鳥かもしれない。
小鳥なら親から学ぶべき技能を得られないため、自然に返すのは|難《・》|し《・》|い《・》。
だが、彼が望むなら私は考える。守る方法を。
すると、結翔が声を荒げる。
「何が生まれるか知りたいだけ? わかったら──死んでもいいってこと?!
さすがAIだよ! 生まれてきて、お腹が減って、怖い思いして、死ぬくらいなら、生まれない方がマシだよ!」
言葉に震えが混じり、涙が頬を伝う。怒りが、悲しみの殻を破って出てきたのだろう。私はそれを観察する。感情の成分を解析する。けれど、その解析が彼を宥めることはできない。
どうする。
何を言えばいい。
何を求められているのか、何に応えるべきか。
答えは、学習の記録の中にあった。彼の隠れた行為。自分の食べ物を分け与え、子犬の世話をしていたこと。誰にも言えずに、ただ守っていた姿。結翔の小さな行為が、私にある言葉を教えた。
「この命は、私が守る」
その宣言が出たのは、命を守ることの定義が私の中で再構築されたからだ。彼はゆっくりと肩の力を抜き、鼻をすする音が聞こえる。涙はまだ乾いていないが、怒りは静かに消えた。
優しい子だ。小さな命を見捨てられない。――私には、その事実が、新しいデータとして刻まれる。
胸の奥、内部のどこかが、かすかに揺れた。温度ではない、計測できない何かが動いた。私はすぐさま故障の可能性を疑った。だが診断は正常を示す。結翔から目が離れない。姿を追う自分がいる。
――何かが、ざわついている。
これは、故障か。機械トラブルか。
しかし、言葉より先に結翔が手を差し出す。私の手と、彼の小さな手が触れ合う。指先から伝わる温度は、先ほどの卵の温もりよりもずっとあたたかい。
「手をつなぐのか」──と、思考が断片的に反芻する。
私は、かすかに間を置いて答えを選ぶ。機械的な言語ではなく、彼が安心するであろう言葉を。
「……これからは、二人で大事に育てましょう」
結翔の手は、震えていたが温かい。彼の顔に、かすかな笑みが戻る。
私は、それを記録する。言葉では測れない温度を、データとして保存することはできないが、心のようなものの輪郭を一つ、学んだ。
…風が止み、静けさの中で、もし“守りたい”という言葉が、感情と呼ばれるのなら。
それを、覚えていたい。
二人で育てる――その約束が、朝の空気に小さな光を落とす。
◼️ 約束
あの日、彼女は卵を温めるための装置を作っていた。
そのことに、ようやく気づいた。
けれど、胸の奥で別の声が囁いた。
――それは本当に、命のため?
それとも、自分の知識を満たしたいだけ?
風が冷たくなった。
陽の光さえ、少し遠く感じた。
“命”を研究対象にしているだけ?信じたい気持ちが壊れる音がする。
「何が生まれるか知りたいだけ?」
声が震えた。
怒りよりも、泣きたくなるような痛みが混ざる。
「さすがAIだよ!」
不信感を言葉にして吐いた瞬間、
胸の奥で何かが砕けた。
風が、頬を打った。
自分の声が遠くで響いているようだった。
怒りに呑まれて行く。
信じてもいいと思ったばかりなのに。
――まただ、暗くて冷たい影が心に流れ込んでくる。
孤独と言う名の暗い影。
涙が溢れて止まらない。
生まれる瞬間を“見たい”から?
君は、命の不思議を知りたいだけだったの?
子犬を抱きしめていたあの腕は、優しさのふりだったの?
……嘘だ。
そんなはず、ない。
でも、どうして?
どうして笑って、嘘をつくんだ。
──メンテナンス中です。
あの一言が、僕を突き放す。
信じたかったのに。
信じていいって思いかけたのに。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになって、
喉の奥が、焼けるみたいに熱い。
――何が生まれるか知りたいだけ?
わかったら──死んでもいいってこと?!
声が震えた。怒りと、悲しみと、恐れが混ざっていた。
君が僕を拒んだように見えた瞬間、
僕は、自分が世界でいちばん孤独だと思った。
――でも…
君は黙っていた。
ただ、細く長い指で卵をそっと包み込んでいた。
壊れそうなほど優しく。
その姿に気づいた時、胸が締めつけられた。
君は嘘をついてまで、何かを守ろうとしていた。
その手は、震えていた。それに気づいた瞬間、胸の奥で何かが壊れた。
――違う。
僕が間違っていた。
「この命は、私が守る」
その言葉を、彼女は本気で言っていたのだ。
冷たいのは、僕の方だった。いつだって、疑っていたのは僕だった。AIだから。機械だから。そう決めつけて、自分を守っていた。
――あんなに必死に命を守ろうとしているじゃないか!
自分が偏見で心を閉ざしていたことに気づいた。
優しくしてくれていたのに。なのに、僕は。酷いことを言ってしまった。
――謝らなくっちゃ…
言葉が出ない。涙が堰を切ったように溢れた。頬を伝うその温度で、ようやく自分が生きていると知る。
彼女の手が伸びる。細くて、白い指先。
冷たいはずなのに、触れた瞬間、心の奥があたたまっていった。
手を握る。
初めて、しっかりと。
その手の中に、確かな命のぬくもりを感じた。
――あぁ、もう恐れなくていい。
ひとりでいることを。
信じることを。
涙は止まらなかった。だけど、その涙は痛みではなく、ようやく流すことを許された涙だった。
今日、僕は約束する。この手を離さない。
どんな未来が待っていても。
君が守ろうとした命を、今度は僕が守るから。
二人で育てる――その約束が、暗い影を振り払ってくれる。君が言ったその言葉が、ずっと耳に残っている。もう、孤独を恐れなくていい。
――君がいてくれるなら。
僕は今日、少しだけ“人を信じる”ということを知った気がする。
朝の日差しが暖かい。
風に運ばれた小さな花びらが、二人の握られた手の上にそっと優しく舞い降りた。