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第二百八十話

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 その戦いの中に、交わす言葉は敵味方併せ存在しない。
 ただ、お互いが怒りのままに拳や武具を振るうのみであったのだ。
 周りで有象無象を相手取っている御庭番衆たちや蛇使(だし)組構成員たちは、自分たちでは絶対に敵わない存在であり、組長や頭目が戦ってこその存在であると認識していた結果、道を譲ったのだ。
 だが――想定よりも狐川たちは――人のみでありながら、怒りによって人外的存在、眼前の怪人を上回っていたのだ。
 繰り出す拳や攻撃の数々は、通常ならば鉄の塊同然である秋山の肉体を穿つことはおろか、傷一つすらつけることは不可能であるはず。それなのにも拘らず、ただの『勢い』と息の合わさったコンビネーションでその肉体を傷つけ、困惑させるのだ。
 まるで隕石のような巨大な拳が飛んできたと思ったら、煙球(けむりだま)で目くらまし。
 そして忍び刀でそちらに守る意識を持っていかれたと思ったら、実にパワフルかつ乱暴なフロントキックで無防備になった顔面を蹴り飛ばされ。
 さらに三叉槍(トライデント)による反撃をしようものなら、綺麗に避けられて二人の裏拳を叩き込まれる。
 怪人に変貌したはずなのにも拘らず、追い詰められていたのは秋山であったのだ。
『有り得ない…有り得ない有り得ない有り得ない!! まるで全ての事態が『好転』していくように――』
「そう、貴方以外に運は巡っていく。所詮誰かを害することでしか生き延びられなかった存在だから……私たちがそれをどうにかするしかないの」
 戦闘圏外にて、多くの蛇使(だし)組構成員に守られながら、髪を弄り周囲の味方に幸福を与える中山。やることなすこと上手くいかない根本には、戦闘のエキスパート以外にちゃんとした理由が存在したのだ。それこそ、『十・十・一(グッド・ラック)』である。
 しかも、いざという際に自分に矛先が向かったときも考えて、距離を開けている。当人が戦えないデメリットを有効活用したものである。
 その幸運を無駄にしないよう、一気呵成に攻め立てる二人。拳と刀、通常なら交わることは少ないであろう、違う道を歩き続けた三人が、今この場に集結(アッセンブル)。その合奏(アンサンブル)は、未知数でありながら可能性の獣そのものであった。
 だが、追い詰めてはいくが傷は全て浅い。当人の戦意を削ぐ目的としては十分であるだろうが、底なしの恨みだとしたら……それは無意味なものに成り果てる。
 邪魔される怒りが爆発し、型など何もなしと言える振るい方で三叉槍(トライデント)を振るう秋山。生じる乱気流(ストリーム)によって、残留する煙球(けむりだま)など、忍具の数々を消し去る。
『――ただの人間にも、限界はある!! どんな馬鹿力があろうと、所詮人間なんだよ!!』
 三叉槍(トライデント)を振るって隙を作ろうとする中、葵が忍び刀を交差させる。あまりにもの勢いに火花散る中、秋山は何とも鬱陶しそうにしていた。
『何をやろうと無駄なんだよ!! ただの人間に俺に勝てる道理は無ェ!! ましてや子供(ガキ)風情が、銚子に乗るんじゃあねえ!!』
「いいや、何かしらの突破口はいつだって存在する! じゃあなかったらアタシがエヴァお姉ちゃんと共に……クソ親父に立ち向かったあの時の説明が――つかねえだろうがよォ!!」
 あまりにもの剣圧であったが、それでも力負けした結果押し返され、吹き飛ばされる葵。
 しかし、それと入れ違いに、葵の背を支える狐川が勢いのある前蹴りを秋山に叩き込む。
 全体重を乗せた一撃であったが、少し後退りさせる程度にとどまってしまった。これもまた、大した傷はつけられず。だが、二人は今のやり取りで『何となく』の確信を得た。
『拳だのなんだの……俺を傷つけたきゃあ、それこそ英雄(ヒーロー)の一人でも連れて来いってんだ!! それなのに馬鹿の一つ覚えと言わんばかりにお前らは……学習能力をどっかに落としてきちまったか!? この時代遅れヤローが!!』
「アンタこそ、私よりも三倍は年食ってくるくせに、やたら罵倒が子供っぽいじゃん。それに、時代遅れって言ったらアンタが該当しそうだけど。一人だけ四十代(アラフォー)手前だしさ!! それじゃあ、あのクソみたいな元大人たちと一緒でガキ臭いよ!!」
 その言葉が秋山の怒りの導火線に火を付ける。これでもか、と言わんばかりの勢いで、顎に柄の先端をフルスイング。その結果、足を震わすほどの軽度の脳震盪を起こす葵。
『!! 隙有りィィィッ!!』
 葵を殺さんと言わんばかりに、フルスピードで心臓目掛け三叉槍(トライデント)を投げつける。空気を切り裂き、遂に当人を貫かんとする時……狐川は咄嗟に前に出て庇ったのだ。
 人外のスピードで投げつけられたために、脇腹を余裕で貫通する勢いであったが、柄を全力で握り締め背後にいる葵に少しの被害すら与えないよう、全力で踏ん張ったのだ。それでも数十メートルは勢いを殺しきれず後退りする狐川。
 多量の血液と共に、臓物が漏れ出しそうな中で、ただ手でそれを抑え込んでいたのだ。漢としての覚悟決まった存在だからこそ、こんなことで音を上げてはいられないのだ。
 何とか自力で回復した葵の、目に突き刺さらんとする槍を目の当たりにした瞬間息をのむものの、それ以上に眼前でそれを、身を以って受け止める狐川を案じる。
「な、何でアタシを……」
「――当然じゃ。幼子(こども)は未来の宝……それを問答無用で害そうとするクソッタレにむかっ腹が立ったんじゃ。気負うな、この程度……ワシにとっちゃあそうでもない。馬鹿ほど盛られた牛丼でも食ベれば、どうとでもなる」
 秋山はその未来を憂うようなセリフに、嫌気がさしたのかその三叉槍(トライデント)を横に薙ぎ、肉を引き裂くように狐川に重傷を与える。以前清志郎と戦った時以上の傷を、この時点で負っていたために、思わず喀血し、膝をついてしまう。
 その拍子に、多量の血液と臓腑が、押さえこんでいた手から零れ落ちていってしまう。生存に必要な臓腑はまだ体内に残っていたものの、それでも一般人であるならば致命傷であることには他ならない。
『――うざってぇ。そんな綺麗事宣いながら……俺も手前も、元が付こうと所詮ヤクザじゃあねえか! 世の汚れの集合体同然である中で、誰を気にするってんだよ!! 麻薬(ヤク)買う、堅気(カタギ)撃つ、女とヤるが俺らの常じゃアねえか!?』
 堅気(カタギ)の人間を気にすることなく、肩で風を切って世を練り歩く。大衆の意識など、所詮そんなもの。どれほど綺麗事を語ろうと、それを信じ支える人間などほんの一部。あらゆる条項(きまり)で雁字搦めに縛られ、それでも尚誰彼構わず被害を生み続ける。
 だが、狐川と灰崎……ひいては、蛇使(だし)組先代組長と王漣組先代組長はそんな流れに真っ向から立ち向かった。世迷言と蔑まれようと、本気で救いを求める存在に手を差し伸べ続けた、真の『漢』である。
 その意志を受け継ぐ存在である狐川も、灰崎も……今こうして理不尽な横暴を働こうとする輩に全力で立ち向かっている。それを援助するために、そして自分自身のケジメのために、今こうして立ち向かっているのだ。
 世間から何と言われようと、そして何と思われようと、自分が思う正しいことを現在進行形で行い続ける。褒められやしない存在であることは百も承知であるため、誰かからの賛辞など求めてはいない。
 ただ、本人がそうしたいから、勝手に傷ついているだけ。悲しむことなど、してほしくは無いのだ。
 だが、小腸の辺りを損傷した状態で、立ち向かうこと叶わず。
 膝をついている間にも、ゆっくりと、人の形をした死が、人の形をした畜生が近づいている。
 言葉を発することもできず、身動きも取れず。もはやこれまでか、そう考えた次の瞬間――狐川は勇敢な存在を見たのだ。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 雄叫びをあげ、狐川の背後からその場を蹴り、異聞・蜻蛉切と鍔迫り合うは、葵であったのだ。狐川よりも、二回りほど年が下の子供が、人外を前に立ち向かっていたのだ。
「あ、アホ!! お前さんは、まだ――」
「そんなんどうだっていいんだよ!! 私に出来ることを……全力でこなすだけだから!!」
 しかし、子供の力では到底その槍を退けることは出来ず、無力にも弾き飛ばされ、海ほまれの壁に叩きつけられる。しかし、秋山は不自然に思っていた。少しの間でも、自分の槍に対抗できるような刀を所有していたことに。
『――お前、何者だよ。インスタントとはいえ……今の俺は歪ではあるが英雄の力を纏っている状態だ。それでなぜ……小便(ションベン)臭ェガキ風情が立ち向かえんだよ』
 肋骨が何本か折れ、思わず刀を取り落す葵。しかし……それでも刀を支えに立ち上がる。静かに上段で構え、眼前の敵を見据える。
「何でかって……? この刀には……前頭目(レイジー)と……エヴァお姉ちゃんの力が、宿っているからだよ」
 思い返すは、グレープ・フルボディ、その深層に移転した山梨支部での出来事。来栖善吉と最後の決戦を繰り広げる最中、明かされた事実。ほんの少しではあるが、元からレイジーは善吉への対抗策の一つとして、忍び刀の中に村正銘の刀を混ぜ込んでいたのだ。そこに、エヴァの持つ『本物』の銘の力を託され、善吉への完全特効たる新たな刀である、この世に新たに生まれることなどあり得ない、村正銘の刀が完成したのだ。
 実際、本田忠勝は村正銘の刀では殺害されてはいない。しかし、同じ時代に生きた英雄であり、自分よりも位の高い存在がその銘が付いたもので殺された、となれば少しでも特効(バフ)がある。元は善吉を打倒するためのものであったが、それが結果的に作用した結果である。

『――なるほど。なら……その刀すら圧し折ってしまえば……お前らはもう俺の敵じゃあねえってことだな??』

 口角を歪め、勝ちを確信した秋山。
 しかし、自分が相手している存在が、どれほどにぶっ飛んだ『漢』、そして覚悟の決まった『忍』であるかを、その皮算用の内に一切加味していなかったのだ。



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 その戦いの中に、交わす言葉は敵味方併せ存在しない。
 ただ、お互いが怒りのままに拳や武具を振るうのみであったのだ。
 周りで有象無象を相手取っている御庭番衆たちや|蛇使《だし》組構成員たちは、自分たちでは絶対に敵わない存在であり、組長や頭目が戦ってこその存在であると認識していた結果、道を譲ったのだ。
 だが――想定よりも狐川たちは――人のみでありながら、怒りによって人外的存在、眼前の怪人を上回っていたのだ。
 繰り出す拳や攻撃の数々は、通常ならば鉄の塊同然である秋山の肉体を穿つことはおろか、傷一つすらつけることは不可能であるはず。それなのにも拘らず、ただの『勢い』と息の合わさったコンビネーションでその肉体を傷つけ、困惑させるのだ。
 まるで隕石のような巨大な拳が飛んできたと思ったら、|煙球《けむりだま》で目くらまし。
 そして忍び刀でそちらに守る意識を持っていかれたと思ったら、実にパワフルかつ乱暴なフロントキックで無防備になった顔面を蹴り飛ばされ。
 さらに|三叉槍《トライデント》による反撃をしようものなら、綺麗に避けられて二人の裏拳を叩き込まれる。
 怪人に変貌したはずなのにも拘らず、追い詰められていたのは秋山であったのだ。
『有り得ない…有り得ない有り得ない有り得ない!! まるで全ての事態が『好転』していくように――』
「そう、貴方以外に運は巡っていく。所詮誰かを害することでしか生き延びられなかった存在だから……私たちがそれをどうにかするしかないの」
 戦闘圏外にて、多くの|蛇使《だし》組構成員に守られながら、髪を弄り周囲の味方に幸福を与える中山。やることなすこと上手くいかない根本には、戦闘のエキスパート以外にちゃんとした理由が存在したのだ。それこそ、『|十・十・一《グッド・ラック》』である。
 しかも、いざという際に自分に矛先が向かったときも考えて、距離を開けている。当人が戦えないデメリットを有効活用したものである。
 その幸運を無駄にしないよう、一気呵成に攻め立てる二人。拳と刀、通常なら交わることは少ないであろう、違う道を歩き続けた三人が、今この場に|集結《アッセンブル》。その|合奏《アンサンブル》は、未知数でありながら可能性の獣そのものであった。
 だが、追い詰めてはいくが傷は全て浅い。当人の戦意を削ぐ目的としては十分であるだろうが、底なしの恨みだとしたら……それは無意味なものに成り果てる。
 邪魔される怒りが爆発し、型など何もなしと言える振るい方で|三叉槍《トライデント》を振るう秋山。生じる|乱気流《ストリーム》によって、残留する|煙球《けむりだま》など、忍具の数々を消し去る。
『――ただの人間にも、限界はある!! どんな馬鹿力があろうと、所詮人間なんだよ!!』
 |三叉槍《トライデント》を振るって隙を作ろうとする中、葵が忍び刀を交差させる。あまりにもの勢いに火花散る中、秋山は何とも鬱陶しそうにしていた。
『何をやろうと無駄なんだよ!! ただの人間に俺に勝てる道理は無ェ!! ましてや|子供《ガキ》風情が、銚子に乗るんじゃあねえ!!』
「いいや、何かしらの突破口はいつだって存在する! じゃあなかったらアタシがエヴァお姉ちゃんと共に……クソ親父に立ち向かったあの時の説明が――つかねえだろうがよォ!!」
 あまりにもの剣圧であったが、それでも力負けした結果押し返され、吹き飛ばされる葵。
 しかし、それと入れ違いに、葵の背を支える狐川が勢いのある前蹴りを秋山に叩き込む。
 全体重を乗せた一撃であったが、少し後退りさせる程度にとどまってしまった。これもまた、大した傷はつけられず。だが、二人は今のやり取りで『何となく』の確信を得た。
『拳だのなんだの……俺を傷つけたきゃあ、それこそ|英雄《ヒーロー》の一人でも連れて来いってんだ!! それなのに馬鹿の一つ覚えと言わんばかりにお前らは……学習能力をどっかに落としてきちまったか!? この時代遅れヤローが!!』
「アンタこそ、私よりも三倍は年食ってくるくせに、やたら罵倒が子供っぽいじゃん。それに、時代遅れって言ったらアンタが該当しそうだけど。一人だけ四十代《アラフォー》手前だしさ!! それじゃあ、あのクソみたいな元大人たちと一緒でガキ臭いよ!!」
 その言葉が秋山の怒りの導火線に火を付ける。これでもか、と言わんばかりの勢いで、顎に柄の先端をフルスイング。その結果、足を震わすほどの軽度の脳震盪を起こす葵。
『!! 隙有りィィィッ!!』
 葵を殺さんと言わんばかりに、フルスピードで心臓目掛け|三叉槍《トライデント》を投げつける。空気を切り裂き、遂に当人を貫かんとする時……狐川は咄嗟に前に出て庇ったのだ。
 人外のスピードで投げつけられたために、脇腹を余裕で貫通する勢いであったが、柄を全力で握り締め背後にいる葵に少しの被害すら与えないよう、全力で踏ん張ったのだ。それでも数十メートルは勢いを殺しきれず後退りする狐川。
 多量の血液と共に、臓物が漏れ出しそうな中で、ただ手でそれを抑え込んでいたのだ。漢としての覚悟決まった存在だからこそ、こんなことで音を上げてはいられないのだ。
 何とか自力で回復した葵の、目に突き刺さらんとする槍を目の当たりにした瞬間息をのむものの、それ以上に眼前でそれを、身を以って受け止める狐川を案じる。
「な、何でアタシを……」
「――当然じゃ。|幼子《こども》は未来の宝……それを問答無用で害そうとするクソッタレにむかっ腹が立ったんじゃ。気負うな、この程度……ワシにとっちゃあそうでもない。馬鹿ほど盛られた牛丼でも食ベれば、どうとでもなる」
 秋山はその未来を憂うようなセリフに、嫌気がさしたのかその|三叉槍《トライデント》を横に薙ぎ、肉を引き裂くように狐川に重傷を与える。以前清志郎と戦った時以上の傷を、この時点で負っていたために、思わず喀血し、膝をついてしまう。
 その拍子に、多量の血液と臓腑が、押さえこんでいた手から零れ落ちていってしまう。生存に必要な臓腑はまだ体内に残っていたものの、それでも一般人であるならば致命傷であることには他ならない。
『――うざってぇ。そんな綺麗事宣いながら……俺も手前も、元が付こうと所詮ヤクザじゃあねえか! 世の汚れの集合体同然である中で、誰を気にするってんだよ!! |麻薬《ヤク》買う、|堅気《カタギ》撃つ、女とヤるが俺らの常じゃアねえか!?』
 |堅気《カタギ》の人間を気にすることなく、肩で風を切って世を練り歩く。大衆の意識など、所詮そんなもの。どれほど綺麗事を語ろうと、それを信じ支える人間などほんの一部。あらゆる|条項《きまり》で雁字搦めに縛られ、それでも尚誰彼構わず被害を生み続ける。
 だが、狐川と灰崎……ひいては、|蛇使《だし》組先代組長と王漣組先代組長はそんな流れに真っ向から立ち向かった。世迷言と蔑まれようと、本気で救いを求める存在に手を差し伸べ続けた、真の『漢』である。
 その意志を受け継ぐ存在である狐川も、灰崎も……今こうして理不尽な横暴を働こうとする輩に全力で立ち向かっている。それを援助するために、そして自分自身のケジメのために、今こうして立ち向かっているのだ。
 世間から何と言われようと、そして何と思われようと、自分が思う正しいことを現在進行形で行い続ける。褒められやしない存在であることは百も承知であるため、誰かからの賛辞など求めてはいない。
 ただ、本人がそうしたいから、勝手に傷ついているだけ。悲しむことなど、してほしくは無いのだ。
 だが、小腸の辺りを損傷した状態で、立ち向かうこと叶わず。
 膝をついている間にも、ゆっくりと、人の形をした死が、人の形をした畜生が近づいている。
 言葉を発することもできず、身動きも取れず。もはやこれまでか、そう考えた次の瞬間――狐川は勇敢な存在を見たのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
 雄叫びをあげ、狐川の背後からその場を蹴り、異聞・蜻蛉切と鍔迫り合うは、葵であったのだ。狐川よりも、二回りほど年が下の子供が、人外を前に立ち向かっていたのだ。
「あ、アホ!! お前さんは、まだ――」
「そんなんどうだっていいんだよ!! 私に出来ることを……全力でこなすだけだから!!」
 しかし、子供の力では到底その槍を退けることは出来ず、無力にも弾き飛ばされ、海ほまれの壁に叩きつけられる。しかし、秋山は不自然に思っていた。少しの間でも、自分の槍に対抗できるような刀を所有していたことに。
『――お前、何者だよ。インスタントとはいえ……今の俺は歪ではあるが英雄の力を纏っている状態だ。それでなぜ……|小便《ションベン》臭ェガキ風情が立ち向かえんだよ』
 肋骨が何本か折れ、思わず刀を取り落す葵。しかし……それでも刀を支えに立ち上がる。静かに上段で構え、眼前の敵を見据える。
「何でかって……? この刀には……|前頭目《レイジー》と……エヴァお姉ちゃんの力が、宿っているからだよ」
 思い返すは、グレープ・フルボディ、その深層に移転した山梨支部での出来事。来栖善吉と最後の決戦を繰り広げる最中、明かされた事実。ほんの少しではあるが、元からレイジーは善吉への対抗策の一つとして、忍び刀の中に村正銘の刀を混ぜ込んでいたのだ。そこに、エヴァの持つ『本物』の銘の力を託され、善吉への完全特効たる新たな刀である、この世に新たに生まれることなどあり得ない、村正銘の刀が完成したのだ。
 実際、本田忠勝は村正銘の刀では殺害されてはいない。しかし、同じ時代に生きた英雄であり、自分よりも位の高い存在がその銘が付いたもので殺された、となれば少しでも|特効《バフ》がある。元は善吉を打倒するためのものであったが、それが結果的に作用した結果である。
『――なるほど。なら……その刀すら圧し折ってしまえば……お前らはもう俺の敵じゃあねえってことだな??』
 口角を歪め、勝ちを確信した秋山。
 しかし、自分が相手している存在が、どれほどにぶっ飛んだ『漢』、そして覚悟の決まった『忍』であるかを、その皮算用の内に一切加味していなかったのだ。