第二百七十九話
ー/ー 横目で、新生山梨支部の所有する超巨大空母に入り込む礼安たちの姿を見送りながら、肩を何度も回しこれからの戦いに活きるよう慣らしていく。
「――さてと。ワシらの仕事は……お前さんら雑兵の掃除か。随分児戯じゃのう」
「狐川さん。悪いけれど、慢心は禁物だよ」
傍で戦闘態勢を取って並び立つ葵が、軽口を叩く狐川を諫める。
「分かっとる。年端も行かないチビに心配されるほど……ワシに慢心の二文字はない。いつだって立ちはだかる存在に当たって砕ける、それだけよ」
「この状況だから、なるべく砕けないでほしいかな……!」
「ハッ、大丈夫じゃ! ある意味、『物は言いよう』って奴じゃ!」
いついかなる時も、全力で戦い抜き、極道社会を生き抜いてきたからこそ、その言葉に重みが生まれる。なあなあでやっていけるほど、裏社会は甘くない。さらに、狐川の性質上、手を抜くことに対する罪の意識が存在する。別に、それについて過去苦い経験がある訳ではない。ただ、『漢』として許せないだけなのだ。
「……そっか。じゃあ背中を預ける存在としては――安心だよ」
「面白ェ、やってやろうやないか」
その組長のドスの利いた一声で、トクリュウらと蛇使組構成員、そして数少ない御庭番衆たちが交戦し始めたのだ。
ただ、組員たちは、まるで狐川たちの通る道を開けるように、広い一本道を作ったのだ。その先に待つ存在を認識して、それを相手どる存在は狐川と葵に任せた方がいいと、本能とこれまでの経験で理解していたのだ。
それほどの名有り。それこそが、新生山梨支部の幹部の一人であったのだ。
極道者が知っている、教会の被害者たる存在……王漣組。そこからいち早く足を洗い、教会側に与した……渡世の親である王漣治馬を裏切った、王漣組の『裏切り者』。
「――何だ、ここには王漣組の二代目は居ねえのか。その代わりに……蛇使いのイナリがいるだなんてなァ。極道やめて……下らねえ正義感振りかざすのにハマっちまったか」
「王漣組だけじゃアねえ、極道社会の裏切り者……命知らずのろくでなし――秋山ァ……!!」
二人の眼前に立つ存在は、灰崎が組長になる以前、王漣組の若頭補佐であった……言わば、灰崎の先輩でありながら、灰崎に先を越された男、秋山聡。齢は四十手前というほどで、狐川よりは上の年齢である。白のスーツに紫色のワイシャツを着ており、金のネックレスを首に下げた、厳つい風貌の男。オールバックにした白髪交じりの黒髪である。
大衆が思い描く反社会的勢力、その外見そのままの人であった。
そして、秋山が行ったことは……王漣組に対しての盛大な裏切り行為だけではない。
「何だよ、そこまで怒ることはねえじゃあねえの。お前さんのライバル組織同然である王漣組を失墜させたのは、俺の作戦だぜ?」
「馬鹿言うんじゃあねえ、おどれは……親を、王漣の組長さんを、ただ逆らったからと親を売った……!! 極道者にとって、やってはならねえ『親殺し』をしたんじゃ、おどれは!!」
さらに、これは葵にも無関係な話ではない。教会に与した存在として、秋山は――忍者たちの各種情報を売っていた。しのびの里の関係者、という訳ではないが、各種情報屋を結託させ脆弱な点をピックアップ、善吉のビジネスの一助になった、ということで功績を認められた結果、今回幹部の席をあてがわれたのだ。
自分の資金力、そして人を集める人望が無かったからこそ、自分の持てる機密情報を善吉に売り渡し、自分の有用性を示したのだ。誰かを踏み台にして、誰かを犠牲にして――どこまでも小物であり、醜悪心極まった存在であったのだ。
「――そっか。結局のところ……アンタが元大人たちをそうなるよう……斡旋した存在なんだ」
「だから俺は……より『高み』へ登ることが出来た」
手にしているものは、チーティングドライバーと、インスタントライセンス。当人に因子は宿っていない上に手術もしていないため、このような措置となった。
違法摘出手術を行うほどの時間は存在せず、ましてや本人の度量がある訳でもなく、しかし戦える手段をと寄越されたのだ。
「所詮、ヤクザの夢を諦めきれないお前らが低能なんだ。どれほど力があろうと、どれほど組織内の権力があろうと……賢く生きて楽になった方がマシだろ? ええ??」
「――そうか、おどれもそういう者か」
これまでの火山の噴火のような、狐川の燃え滾る怒りが、ほんの少し和らいだ。それと同時に、眼前の存在へ憐みの目を向けるようになったのだ。
「――何だよ、どうしてお前がそんな目を向けるんだよ」
「……至極単純じゃ、ボケ。おどれ……灰崎が組の頂点に立ったことに、納得いっとらんのじゃろ。灰崎廉治という男が、どこか前時代的な男でありながら、自身の所属する組の頂点に立ったことが、気に食わんのじゃろ」
組の上に立つ存在。すなわち、組長というたった一つの椅子。それは本来、世襲制で順番通りに座るか、ある程度自分が抱える稼業の出来高をどれほど組に収めたか、もしくは……どれほどの貢献を組長相手に行ってきたかで変わってくる。と言っても、いくら複数若頭補佐がいたとしても、基本的には年功序列の気が強い。
そんな中で、秋山の年齢は三十九、灰崎の年齢は二十五。それだけならまだしも、秋山の方の稼業である、裏カジノ運営は順調そのもの。カモフラージュもある程度熟せており、常連かつ金づるとなる人間はそれなりに存在する。だが、灰崎は組長の割に合わない稼業である遊郭事業を受け継ぎ、貢献度は秋山に劣っていた。組を続けさせるための現状維持を選択した灰崎に、反感を覚えていたのだ。
「……ゼロから何かしらのことを起こす……その辛さ、その大変さは痛いほどわかる。ワシも、組入りたての時……それを実感しとった。じゃが……それ以上に大変だと実感したのは……元ある十の功績のものを、現状維持することか、それ以上にすることじゃ。元より酷くすることなんぞ、誰にだってできるっちゅうのに」
確かに功績は上げていた。確かに金は納めていた。確かに――立場としては組長にふさわしかった。それでも成れなかった、その理由が秋山には理解できていなかったのだ。
結局は、当人の人望を始めとした、将来的な展望……それが灰崎に見えたというだけの話。年功序列だのなんだの、古臭い極道の中のしきたりを排除したがった王漣の思惑に一致した存在こそ、灰崎であったのだから。
「――組、っちゅうんは……手前一人で成り立たせることが出来るほど……甘いモンじゃあねえ。いつだって、周りに支えてくれる誰かがおって、そこに金や名の力、あるいは手前が背負う看板を成長させることで、ようやく成り立つんじゃ。ヤクザっちゅうのは顔と看板の世界。その中で……金や表面上の恩だけ収めることなんぞで組長になれると思うたことが……おどれの間違いだったんじゃ」
灰崎は組にいた時から、不器用でありながら、実に優しい漢であった。自分のやり方が間違っていないか、立場など関係なしに狐川に相談したこともあった。先代組長である王漣にも背を押され、今のような優しい漢になったのだが、それでも日々迷いは生じる。
誰かを騙して得た多額の金よりも、誰かを幸せにして得た少しの金を、灰崎と王漣は好いていた。だからこそ、遊郭事業の頭となり、そこで働く――悩みを抱えた夜の蝶たちの鬱憤や疑問を、一つ一つ聞き解消していったのだ。それは、並大抵の努力では実行できないようなものである。ただ黙って金を受動的に受け取り続けるのとはわけが違った。
カジノ事業を馬鹿にしている訳ではない。そこに掛ける労力を狐川は評価していたのだ。どこまでも親身になって、夜の蝶たちの悩みを抱え解決してきた男の労力を、そして逸れ者たちの拠り所と化した遊郭事業を発展、現状維持させたその努力を買っていたのだ。
「――アンタは、分かってない。最初……子供を利用したビジネスに加担している、とんでもない外道なのかと思った。あの遊郭を見てそう思ったんだ。でも……実際は違った。間違ったことをしているって認識があった中で、ずっと罪悪感に押しつぶされそうだったんだ。それに……アンタなんかの外道にはない、磨けば光る『輝き』があった」
そこを見抜いた王漣は、灰崎を後継者として選んだ。人を見る目が合った王漣は、秋山の介入さえなかったら……きっと彼の人望に期待しこの戦場にやってきたことだろう。成り上がりに必要なのは野心だけではない、当人の人望や心根がどれ程優れているかで決まるのだ。
性格が悪い存在が頂点に立つということはままある話だが、そんな組が長続きするかと言ったら十割そうとは言えない。逆もまた然りなのだが、見本となる存在がどちらか、と言えば一択だろう。
「だから、あのガキが組長の座に座ったってのか!? 年功序列云々を突如として無視しやがった、あのクソ元組長のせいで、俺がどれほどの痛みを負ったか分かってんのか!?」
「少なくとも、ワシはそう思う。おどれのような外道が成れなかったのも……今考えれば当然の話じゃったのかもしれんな。痛みをどれだけ負ったかなんて知ったことか。極道者ってのは……そう言った『痛み』を抱えながら、そして自分が世間様とは異なった、真っ当な生き方が欠片も出来ないことに苦悩しながら……耐え忍ぶ存在こそ、大成するもんじゃ。それすら分からんようになった、おどれが碌でもなかっただけじゃ」
隣の芝生は青く見える。それは自分も相応の手入れをしてこそ言えるものだが、ゴミ屋敷同然の庭を所有した存在が、とてもではないが言えた話ではない。隣を羨み、怒るよりも先に自分の庭の手入れをしてこそ文句を付ける価値があったのだ。
しかし、極道者が世間様に文句を語ることはそもそも許されない。なぜならば、自分たちはそんな世間様に顔向けできない『反社会的勢力』であるからこそ。行き場のない怒りは、自分の中で押し殺す以外に道はない。それ以外の道を選んだ瞬間に待つものは、破滅以外に有り得はしないのだ。
「――許せねえ……アイツだけはどうしても……!!」
「そっか、アンタは……どこまで行っても治る余地のないクソみたいな大人だったのか。じゃあ……狐川さん――やろっか」
「いや、最後にこれだけはやらしてくれんか、葵。ルーティーンのようなもんでもあるが……奴の心に訴える、最後のチャンスとして、な」
その場で、上半身のスーツ、ワイシャツを全て脱ぎ捨て、一瞬で上裸の状態へ変わる。背に背負うは雄々しい虎の刺青。今もなお、当人が誇りをもって背負う、漢の証である。
「許せねえ……俺の思い通りにならねえ組織なんぞ、全部殺してしまえ」
ドライバーにインスタントライセンスを挿入し、荒々しく拳をプッシュ機構へぶつけ怪人へと変貌する秋山。そのライセンスに描かれていた存在は、本田忠勝。彼の因子が彼の中に存在しないために、通常よりもより歪な形となって当人は変わっていく。それを組に対する忠誠心が一切ない人間が纏うことが、最大級の皮肉だということすら理解していないのだが。
『お前とそこの高説垂れるガキ殺したら……灰崎を殺してやる!! この力を得た俺に、敵は居ねえんだ!!』
まるでどんなものも通さない、鋼のような肉体。しかし、最後まで忠臣であった彼とは違い、全てを自分の思いのままにするためなのか、ロイコクロリディウムが寄生したかのような角が頭部から四本ほど生えており、両腕は酷く捩じれている。口は耳に届かんと言わんばかりに裂けており、化物のような舌が長く延びている。
そして握られるは一本の巨大な槍『異聞・蜻蛉切』。直線に伸びたものではなく、穂先が三叉に分かたれ殺傷力だけを伸ばした、原型無き三叉槍であった。
清志郎と相対した時のように、即座にその場で少々屈み、体を若干斜めに下す。頭を少し下げた状態で右掌を見せるように出し、直進する秋山の姿を下から見やる。
漢としての、極道者としての覚悟を示す、裏社会の常識。名乗りこそは、流儀そのものであり自分の中での工程そのものであったのだ。
「――お控えなすって。手前生国と発しますは、富士の山お膝元、山梨は丹波山村の生まれ、姓は狐川、名は一。人呼んで――――」
人ならざる叫び声を上げながら直進する秋山に対し、呆れかえるような大きく深い溜息を吐く二人。相手は怪人、人以上の力を有する存在である中――二人は同時に攻撃を仕掛ける。狐川は、まるで丸太のような太さの腕で尋常でない速度のストレートを顔面に、葵は無防備な腹部に亜高速のソバットを叩き込んだのだ。
「ワシが、おどれに誅罰を下す。極道はおろか、ヤクザですらない……流浪のチンピラ風情になり下がった外道には……力で相対するのが筋ってもんじゃろ!」
「同じく。死んでしまった頭目も……最期はあの性格がねじ曲がり切った元大人共と心中した。こいつからは……それと同じものを感じ取った!」
「「だから、ワシ/アタシは、おどれ/お前を許さねえ!!」」
肩書こそあれど、その内に因子など宿っておらず、何ならばドライバーすら持たない存在が、怪人に喧嘩を売る。しかし、怒りによって基礎能力が底上げかつ限界突破した二人ならばやれる、そんな実感が、二人の内に芽生えていたのだ。
「――さてと。ワシらの仕事は……お前さんら雑兵の掃除か。随分児戯じゃのう」
「狐川さん。悪いけれど、慢心は禁物だよ」
傍で戦闘態勢を取って並び立つ葵が、軽口を叩く狐川を諫める。
「分かっとる。年端も行かないチビに心配されるほど……ワシに慢心の二文字はない。いつだって立ちはだかる存在に当たって砕ける、それだけよ」
「この状況だから、なるべく砕けないでほしいかな……!」
「ハッ、大丈夫じゃ! ある意味、『物は言いよう』って奴じゃ!」
いついかなる時も、全力で戦い抜き、極道社会を生き抜いてきたからこそ、その言葉に重みが生まれる。なあなあでやっていけるほど、裏社会は甘くない。さらに、狐川の性質上、手を抜くことに対する罪の意識が存在する。別に、それについて過去苦い経験がある訳ではない。ただ、『漢』として許せないだけなのだ。
「……そっか。じゃあ背中を預ける存在としては――安心だよ」
「面白ェ、やってやろうやないか」
その組長のドスの利いた一声で、トクリュウらと蛇使組構成員、そして数少ない御庭番衆たちが交戦し始めたのだ。
ただ、組員たちは、まるで狐川たちの通る道を開けるように、広い一本道を作ったのだ。その先に待つ存在を認識して、それを相手どる存在は狐川と葵に任せた方がいいと、本能とこれまでの経験で理解していたのだ。
それほどの名有り。それこそが、新生山梨支部の幹部の一人であったのだ。
極道者が知っている、教会の被害者たる存在……王漣組。そこからいち早く足を洗い、教会側に与した……渡世の親である王漣治馬を裏切った、王漣組の『裏切り者』。
「――何だ、ここには王漣組の二代目は居ねえのか。その代わりに……蛇使いのイナリがいるだなんてなァ。極道やめて……下らねえ正義感振りかざすのにハマっちまったか」
「王漣組だけじゃアねえ、極道社会の裏切り者……命知らずのろくでなし――秋山ァ……!!」
二人の眼前に立つ存在は、灰崎が組長になる以前、王漣組の若頭補佐であった……言わば、灰崎の先輩でありながら、灰崎に先を越された男、秋山聡。齢は四十手前というほどで、狐川よりは上の年齢である。白のスーツに紫色のワイシャツを着ており、金のネックレスを首に下げた、厳つい風貌の男。オールバックにした白髪交じりの黒髪である。
大衆が思い描く反社会的勢力、その外見そのままの人であった。
そして、秋山が行ったことは……王漣組に対しての盛大な裏切り行為だけではない。
「何だよ、そこまで怒ることはねえじゃあねえの。お前さんのライバル組織同然である王漣組を失墜させたのは、俺の作戦だぜ?」
「馬鹿言うんじゃあねえ、おどれは……親を、王漣の組長さんを、ただ逆らったからと親を売った……!! 極道者にとって、やってはならねえ『親殺し』をしたんじゃ、おどれは!!」
さらに、これは葵にも無関係な話ではない。教会に与した存在として、秋山は――忍者たちの各種情報を売っていた。しのびの里の関係者、という訳ではないが、各種情報屋を結託させ脆弱な点をピックアップ、善吉のビジネスの一助になった、ということで功績を認められた結果、今回幹部の席をあてがわれたのだ。
自分の資金力、そして人を集める人望が無かったからこそ、自分の持てる機密情報を善吉に売り渡し、自分の有用性を示したのだ。誰かを踏み台にして、誰かを犠牲にして――どこまでも小物であり、醜悪心極まった存在であったのだ。
「――そっか。結局のところ……アンタが元大人たちをそうなるよう……斡旋した存在なんだ」
「だから俺は……より『高み』へ登ることが出来た」
手にしているものは、チーティングドライバーと、インスタントライセンス。当人に因子は宿っていない上に手術もしていないため、このような措置となった。
違法摘出手術を行うほどの時間は存在せず、ましてや本人の度量がある訳でもなく、しかし戦える手段をと寄越されたのだ。
「所詮、ヤクザの夢を諦めきれないお前らが低能なんだ。どれほど力があろうと、どれほど組織内の権力があろうと……賢く生きて楽になった方がマシだろ? ええ??」
「――そうか、おどれもそういう者か」
これまでの火山の噴火のような、狐川の燃え滾る怒りが、ほんの少し和らいだ。それと同時に、眼前の存在へ憐みの目を向けるようになったのだ。
「――何だよ、どうしてお前がそんな目を向けるんだよ」
「……至極単純じゃ、ボケ。おどれ……灰崎が組の頂点に立ったことに、納得いっとらんのじゃろ。灰崎廉治という男が、どこか前時代的な男でありながら、自身の所属する組の頂点に立ったことが、気に食わんのじゃろ」
組の上に立つ存在。すなわち、組長というたった一つの椅子。それは本来、世襲制で順番通りに座るか、ある程度自分が抱える稼業の出来高をどれほど組に収めたか、もしくは……どれほどの貢献を組長相手に行ってきたかで変わってくる。と言っても、いくら複数若頭補佐がいたとしても、基本的には年功序列の気が強い。
そんな中で、秋山の年齢は三十九、灰崎の年齢は二十五。それだけならまだしも、秋山の方の稼業である、裏カジノ運営は順調そのもの。カモフラージュもある程度熟せており、常連かつ金づるとなる人間はそれなりに存在する。だが、灰崎は組長の割に合わない稼業である遊郭事業を受け継ぎ、貢献度は秋山に劣っていた。組を続けさせるための現状維持を選択した灰崎に、反感を覚えていたのだ。
「……ゼロから何かしらのことを起こす……その辛さ、その大変さは痛いほどわかる。ワシも、組入りたての時……それを実感しとった。じゃが……それ以上に大変だと実感したのは……元ある十の功績のものを、現状維持することか、それ以上にすることじゃ。元より酷くすることなんぞ、誰にだってできるっちゅうのに」
確かに功績は上げていた。確かに金は納めていた。確かに――立場としては組長にふさわしかった。それでも成れなかった、その理由が秋山には理解できていなかったのだ。
結局は、当人の人望を始めとした、将来的な展望……それが灰崎に見えたというだけの話。年功序列だのなんだの、古臭い極道の中のしきたりを排除したがった王漣の思惑に一致した存在こそ、灰崎であったのだから。
「――組、っちゅうんは……手前一人で成り立たせることが出来るほど……甘いモンじゃあねえ。いつだって、周りに支えてくれる誰かがおって、そこに金や名の力、あるいは手前が背負う看板を成長させることで、ようやく成り立つんじゃ。ヤクザっちゅうのは顔と看板の世界。その中で……金や表面上の恩だけ収めることなんぞで組長になれると思うたことが……おどれの間違いだったんじゃ」
灰崎は組にいた時から、不器用でありながら、実に優しい漢であった。自分のやり方が間違っていないか、立場など関係なしに狐川に相談したこともあった。先代組長である王漣にも背を押され、今のような優しい漢になったのだが、それでも日々迷いは生じる。
誰かを騙して得た多額の金よりも、誰かを幸せにして得た少しの金を、灰崎と王漣は好いていた。だからこそ、遊郭事業の頭となり、そこで働く――悩みを抱えた夜の蝶たちの鬱憤や疑問を、一つ一つ聞き解消していったのだ。それは、並大抵の努力では実行できないようなものである。ただ黙って金を受動的に受け取り続けるのとはわけが違った。
カジノ事業を馬鹿にしている訳ではない。そこに掛ける労力を狐川は評価していたのだ。どこまでも親身になって、夜の蝶たちの悩みを抱え解決してきた男の労力を、そして逸れ者たちの拠り所と化した遊郭事業を発展、現状維持させたその努力を買っていたのだ。
「――アンタは、分かってない。最初……子供を利用したビジネスに加担している、とんでもない外道なのかと思った。あの遊郭を見てそう思ったんだ。でも……実際は違った。間違ったことをしているって認識があった中で、ずっと罪悪感に押しつぶされそうだったんだ。それに……アンタなんかの外道にはない、磨けば光る『輝き』があった」
そこを見抜いた王漣は、灰崎を後継者として選んだ。人を見る目が合った王漣は、秋山の介入さえなかったら……きっと彼の人望に期待しこの戦場にやってきたことだろう。成り上がりに必要なのは野心だけではない、当人の人望や心根がどれ程優れているかで決まるのだ。
性格が悪い存在が頂点に立つということはままある話だが、そんな組が長続きするかと言ったら十割そうとは言えない。逆もまた然りなのだが、見本となる存在がどちらか、と言えば一択だろう。
「だから、あのガキが組長の座に座ったってのか!? 年功序列云々を突如として無視しやがった、あのクソ元組長のせいで、俺がどれほどの痛みを負ったか分かってんのか!?」
「少なくとも、ワシはそう思う。おどれのような外道が成れなかったのも……今考えれば当然の話じゃったのかもしれんな。痛みをどれだけ負ったかなんて知ったことか。極道者ってのは……そう言った『痛み』を抱えながら、そして自分が世間様とは異なった、真っ当な生き方が欠片も出来ないことに苦悩しながら……耐え忍ぶ存在こそ、大成するもんじゃ。それすら分からんようになった、おどれが碌でもなかっただけじゃ」
隣の芝生は青く見える。それは自分も相応の手入れをしてこそ言えるものだが、ゴミ屋敷同然の庭を所有した存在が、とてもではないが言えた話ではない。隣を羨み、怒るよりも先に自分の庭の手入れをしてこそ文句を付ける価値があったのだ。
しかし、極道者が世間様に文句を語ることはそもそも許されない。なぜならば、自分たちはそんな世間様に顔向けできない『反社会的勢力』であるからこそ。行き場のない怒りは、自分の中で押し殺す以外に道はない。それ以外の道を選んだ瞬間に待つものは、破滅以外に有り得はしないのだ。
「――許せねえ……アイツだけはどうしても……!!」
「そっか、アンタは……どこまで行っても治る余地のないクソみたいな大人だったのか。じゃあ……狐川さん――やろっか」
「いや、最後にこれだけはやらしてくれんか、葵。ルーティーンのようなもんでもあるが……奴の心に訴える、最後のチャンスとして、な」
その場で、上半身のスーツ、ワイシャツを全て脱ぎ捨て、一瞬で上裸の状態へ変わる。背に背負うは雄々しい虎の刺青。今もなお、当人が誇りをもって背負う、漢の証である。
「許せねえ……俺の思い通りにならねえ組織なんぞ、全部殺してしまえ」
ドライバーにインスタントライセンスを挿入し、荒々しく拳をプッシュ機構へぶつけ怪人へと変貌する秋山。そのライセンスに描かれていた存在は、本田忠勝。彼の因子が彼の中に存在しないために、通常よりもより歪な形となって当人は変わっていく。それを組に対する忠誠心が一切ない人間が纏うことが、最大級の皮肉だということすら理解していないのだが。
『お前とそこの高説垂れるガキ殺したら……灰崎を殺してやる!! この力を得た俺に、敵は居ねえんだ!!』
まるでどんなものも通さない、鋼のような肉体。しかし、最後まで忠臣であった彼とは違い、全てを自分の思いのままにするためなのか、ロイコクロリディウムが寄生したかのような角が頭部から四本ほど生えており、両腕は酷く捩じれている。口は耳に届かんと言わんばかりに裂けており、化物のような舌が長く延びている。
そして握られるは一本の巨大な槍『異聞・蜻蛉切』。直線に伸びたものではなく、穂先が三叉に分かたれ殺傷力だけを伸ばした、原型無き三叉槍であった。
清志郎と相対した時のように、即座にその場で少々屈み、体を若干斜めに下す。頭を少し下げた状態で右掌を見せるように出し、直進する秋山の姿を下から見やる。
漢としての、極道者としての覚悟を示す、裏社会の常識。名乗りこそは、流儀そのものであり自分の中での工程そのものであったのだ。
「――お控えなすって。手前生国と発しますは、富士の山お膝元、山梨は丹波山村の生まれ、姓は狐川、名は一。人呼んで――――」
人ならざる叫び声を上げながら直進する秋山に対し、呆れかえるような大きく深い溜息を吐く二人。相手は怪人、人以上の力を有する存在である中――二人は同時に攻撃を仕掛ける。狐川は、まるで丸太のような太さの腕で尋常でない速度のストレートを顔面に、葵は無防備な腹部に亜高速のソバットを叩き込んだのだ。
「ワシが、おどれに誅罰を下す。極道はおろか、ヤクザですらない……流浪のチンピラ風情になり下がった外道には……力で相対するのが筋ってもんじゃろ!」
「同じく。死んでしまった頭目も……最期はあの性格がねじ曲がり切った元大人共と心中した。こいつからは……それと同じものを感じ取った!」
「「だから、ワシ/アタシは、おどれ/お前を許さねえ!!」」
肩書こそあれど、その内に因子など宿っておらず、何ならばドライバーすら持たない存在が、怪人に喧嘩を売る。しかし、怒りによって基礎能力が底上げかつ限界突破した二人ならばやれる、そんな実感が、二人の内に芽生えていたのだ。
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