日付も変わりかけ、午後十一時五十分。海ほまれ周辺は、多くの野次馬やら記者やらでごった返していた。しかし、それらの邪魔な要因は全て、海ほまれの内部にすら入り込めないよう封鎖されていた。内部駐車場はおろか、その手前の道路すら完全に封鎖。事実上のパーキングエリアの貸し切り状態であった。
しかし、この場に立つ選ばれた戦士たちは違った。千葉支部が
後ろに立ち
支援者としているとはいえ、ほぼ英雄学園からやってきた
申し子たちである。
五階の展望デッキに並び立つは、礼安を始めとした精鋭たちであった。千尋は、どうも居心地が悪そうにしていたものの、彼女もまたマフィアに喧嘩を売れて、かつ大立ち回りが出来るほどに勝負強さがあり、一般人とは到底思えないほどの度胸が備わっている。何度その事実を説いても本人は否定するのだが、誇ってもいい勇敢さである。
下を眺めると、一行の勝利を望んでいるのか、それとも敗北を見たいのか、どっちとも取れない様子で、騒ぎ散らしていた。
「――本当、ああいう輩は嫌い。アタシがどれほど落ちぶれようと、あんな人の傷つく姿を目の当たりにしたいだなんて馬鹿みたいな思考、いくら金積まれようと出来ない」
「……実に殊勝だ。千尋は俺と違って純粋な
堅気なんだ、真っ当なままでいてくれよ」
「「「いや私/僕たちも真っ当な堅気なんですけど/だけど」」」
「『かたぎ』ってなに??」
戦いの前だというのに、何とも和やかな空気感である。しかし、そんな暢気していた一行を待ち受けるのは、唐突な地震。体感震度としては大きいものではない三程度ではあったが、これから起こることの前触れであることを示していたのだ。
「――アレ、何だろう」
礼安が指さした先は……まさかの東京湾内。地鳴りと共に現れるは、巨大な潜水艦数隻であった。それらが次第に連結、合体していき、やがて多くの戦闘機すら内包できるほどの、空母同然の大きさの船へと変貌する。しかも、この巨大な船は合体で出来上がったものであるために分割も可能であり、それぞれが独立してこの東京湾を後にすることも可能である。
しかし、それらが製造されたのはここ最近という訳ではなく、長い間深い海の底で眠りについていたかのような、多少の古めかしさを感じ取ることが出来る。推定、第二次世界大戦時に日本軍が用いたものと推測される。
「……あんなの隠していたって訳?? と言うか、これほどの派手な出現をしたってことは……『アイツ』が来る、ってことだよね」
丸々万人収容できるほどの巨大な空母が出来上がった後に、甲板に現れた存在は、善吉だけではない。善吉の傍に付く幹部連中が、少数精鋭ではあるものの、勢揃いで現れたのだ。その中には、無論信玄もおり、一行の表情が引き締まる。
事情を全く知らずに無実の千葉支部を叩く大衆にも、より英雄学園陣営の精神を揺さぶるべく扇動のために……複数のホログラムにて善吉の姿が同時放映される。
『どうも、忌々しい教会千葉支部の被害に遭われた……千葉県の皆さん。私は、山梨県にて教会山梨支部崩壊の援助を行った――五斂子社代表取締役兼、対抗組織『新生山梨支部』支部長である……来栖善吉でございます』
大衆は、「なぜそんな忌々しいと口走っているのにも拘らず、その名を使っているか」などと言う、単純かつ細かい疑問などありはせず、世のヘイトを集める存在を叩くことで疑似的な救世主と偽れる。盲目的な大衆は、善吉の名を何度も叫ぶ。大衆への洗脳は、たった数日間で最終段階にまで進行していたのだ。
『今宵、この巷を騒がせている千葉支部……そしてそれに与している英雄らを……全員駆逐したく思います! そのためには千葉県民の皆様方が、結託した行動が必要不可欠となりますゆえ……どうかご協力のほど、よろしくお願いいたします!』
その善吉の一声で、これまで野次馬同然であった者たちが、千葉支部によってかつて『怒』と『哀』の感情を取られ、ひたすらに平和を希求する者たちが、満面の笑みを浮かべながら疑問を抱かずに海ほまれへ行軍しようとしていた。礼安たちが作り上げたバリケードすら壊さんという勢いで、暴徒と化していたのだ。
「――こうまでして、俺らを殺したいんだろうな。俺らがこれ以上にないほどの目の上のたん瘤であるからこそ……ここまで『ムキにさせてる』んだな。それはそれで……山梨以上に追い詰めていると考えるべきか」
「どうだろうね……正直アタシたちでどうにかできるかは博打だし……これほどの大人数を相手取るのは骨が折れるだろうし……英雄の君たちにとって一般人傷つけたらキャリアも厳しくなるだろうし……本当背水の陣ってこういう状況を指すんだろうね」
一行が、これからの人生を憂いていく中で――――予想だにしない音が高速道路に伝わっていく。
「――何だい、この音? まるで
暴走族のクラクションみたいな……」
「……この音、ずいぶん昔を思い出す。それこそ……極道車くらいの厳つさを感じるというか……まさか」
灰崎がその轟音鳴り響く先を見やると……驚愕から呆れた笑みへ表情を変えた。
「――あの人ら、まさか山梨からここに駆けつけて来るなんて……」
自分だけが車に轢かれたくはないとその高速で走っていく車を避けていく中、数台の黒塗りの高級極道車が海ほまれ周辺に停車。その内から出でるは……エヴァたちも世話になるか世話をしたか、少なくとも関わりを持った者たちが、続々と現れたのだ。
「おう、組長さんよ!! ワシらが……とある『風の知らせ』で助太刀に来た!!」
数日前ではあるが、山梨は富士山深部に存在する『グレープ』の地にて……教会を裏切り義のままに生きた義侠の極道、
狐川一。そしてその隣で口元を隠し忍び装束を身に纏い真っ当な武装をした……稀代の大嘘吐きを父に持つ少女は――
来栖葵。
「エヴァお姉ちゃん!! 御庭番衆たちと一緒に……山梨から助太刀に来たよ!!」
礼安には一切の覚えはない。しかし、他の一部面子は、たった数日前だが関わりを持っていた存在ゆえ、その目には感涙が。
「――全く、本当にあの人は……」
「葵ちゃん……たった数日ではあるけれど、また会えたね……!」
そんな感動的な雰囲気を邪魔したくないと、狐川の後ろに隠れ何とも気まずそうにしている人物が。『世界最高峰のディーラー』、形無しである。
「ほら、アンタも何かしら世話になった奴がおるじゃろ! 気さくに「アイルビーバック」したシュワちゃんくらい親指立ててみんかい!」
「今丁度相手した人いないんですよ!! 矢面に立ったところで矢一つも刺さりっこないんですよ!?」
あまりにも悲しい事実を鬼の形相で叫ぶ女性こそ、
中山紫。信一郎がこの場にいないために、悲しくも山梨の一件の関係者内で唯一浮いている存在であった。
しかし、ここで予想外の人物から歓喜の声が上がる。それこそ、千尋であった。
「うそ、紫お姉ちゃん!? 何でここにいるの!?」
「――その声、千尋ちゃん!? 十年ぶりじゃあない!」
実は、昔近所付き合いがあったことから、長い交流があったのだ。これで唯一関わりのない関係者からは卒業である。少しでも気が重く何とも気まずい行軍からはおさらばである。
この場に現れたのは、総合すると蛇使組現状総員としのびの里生存面子、そして中山という、ドラマチックな表現をするならば山梨にて関わった、
勇士たちが勢揃いであった。総勢数十名、この場の有象無象を相手取るには少々心許ないだろうが、粒揃いであるために不足はない。
しかし、この危機的状況でありながら、善吉を始め幹部連中は嘲笑していた。まるで痛くも痒くもない、と言いたげであったのだ。
『――お気づきにならないのですか? ここに集うは私の声掛けに賛同してくださった一般の方々。それを傷つけるだなんて……良心が痛まないんですか? ああ、世間の方々が嫌う暴力団、そして世の裏社会の支配者同然で、山梨支部崩壊の理由と嘯いている都市伝説止まりの忍者数名……だから一般の方々などどうでもいいと――そう仰っているのですか。ああ、実に反吐が出る。自身の目標のためならば、一般人すら犠牲にしていいという下らない信念をおもちのようで』
自分がどうにかするわけではなく、自分以外、そして人間の道徳心を盾にした、実に狡猾かつ姑息、そして自分のことを棚に上げて発言する、畜生同然の考えに、礼安たち英雄学園サイドに付く者たち皆が呆れかえっていた。
エヴァたち山梨の出来事を経験した者たちは、元からしのびの里の、元大人の子供たちを盾に色々暗躍していたことを知っているがゆえに、一切懲りていないことに呆れ、礼安などの一件に関わっていない存在は、あまりにもの外道っぷりに怒りが再燃。
だが、狐川と葵だけは違っていた。質の悪い善吉を嘲笑うかのように、不敵に笑んでいたのだ。
「――確かに、ワシらは
堅気の皆さんに手出しは出来ねェな。あくまで――『
堅気の皆さんには』、じゃが」
「今回、信一郎さんのお友達だ、って名乗る人から……一つ伝言を貰っていてね。心して効いて――
来栖善吉」
葵は、ここに来るまでの間に、『ある』人物から手渡されたデバイスにて……ビデオ通話が始まる。ご丁寧に、善吉のやったことをそっくりそのまま返すように、巨大ホログラムすらその場に生成して。
わざとらしいノイズを演出として交えながら、映像に登場するのは……この場にいない京であった。
千葉県から排他したはずの存在が、いつしか報復と言わんばかりに、自分の首元に刃を突きつけていたのだ。
『はーい、皆さんどうも。教会群馬支部支部長であり……ある戦友のお友達、京佑弐郎と申します。今回はある人物の名誉のためにも具体名は伏せますが……「鬱陶しいからお前千葉県出禁な」と某新生山梨支部支部長さんが言いやがったので……自分の巣同然であるである群馬県から、お届けしています』