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フレッシュジュース

ー/ー



 近所のファミレスのドリンクバーが新しくなり、プレミアムドリンクバーになったらしい。真新しいのぼりが店の前でひらひら揺れている。その旗には「フレッシュジュースあります!」という文字が躍っていた。


 その文字に釣られて、私と夫は件のファミレスへとやって来ていた。宣伝によると、季節ごとの果物が絞られたジュースバーの他、目の前で選んだ素材をその場でジューサーにかけて飲める丸絞りジュースが目玉だと書いてあった。


 昨今の物価高でなかなかフルーツに手が出ない我が家だが、ファミレスのドリンクバーでフルーツの気分を楽しむのも悪くはないだろう……、と私と夫はうきうきした気分だった。季節の果物が飲めるというのだから、苺はギリギリないかもしれないが、もしかしたら、桃があるかもしれないな。キウイとかバナナは季節が関係ないから常設であるとして、他にはどんな果物があるのだろう。


 自分で絞らなくてもフレッシュジュースが飲み放題! 糖尿病待った無しな感じだが、一食だけなら生き急いでも問題はないだろう。オーダー後にそんなことを考えながら、私はいそいそとドリンクバーカウンターへと向かった。


 カウンターに並んでいたのは色とりどりの良くわからないごちゃごちゃと丸まった何か達だった。先ほど、道中の植え込みのツツジの花びらに止まっているのを見たコガネムシのでかいやつや、アニメで見たことがある青緑色の生首なんか、グルグルと表面に縄が巻かれているような細長い何か、ぬるぬるの触手に見える物も置いてあった。漫画で描写されるような「ちょっとグロめの魔人のおやつ」みたいなカラフルなもの達がまるで食材であるかのような顔をして、カウンターにずらりと並んでいたのだ。


 ──これがフレッシュジュースだろうか!


 てっきり、果物のジュースが飲めるとばかり思っていた私だったが、このファミレスのプレミアムドリンクバーはどうも勝手が違うらしい。果物のジュースの札は立っている。しかしそれは、ただのフレッシュジュースの看板である。


 その場で丸絞りジュースというのは、どうやらこのよくわからないもの達を使って作る商品のようなのだ。


 気持ち悪いものは結構平気な私だったが、手を出すことは躊躇われた。なにせ、強烈な見た目、ちょっと青っぽいような香りが漂う得体のしれない食材たちである。手がかぶれそうな色と見た目をしているし、そもそもこれは口にすることができる物なのだろうか。


 フルーツジュースが飲めると思っていた私は釈然としない思いで回れ右をした。がっかり感は強い。だが、プレミアムドリンクバーを頼んでしまったものだから、その分の元は取らねばなるまい。丸絞りジュース以外にもただのフレッシュジュースがあるのだから、今回は勉強代と思って、そちらを楽しむこととしよう。


 しかし、プレミアムドリンクバーを頼んだ他の客も私と同じような行動をとったようだった。それに気が付いたのは、ほとんどからのピッチャーだけが置かれている、ただのフレッシュジュースコーナー見たからである。ピッチャーの中には一滴のジュースも残されていない。やられた……! そう思いながら、またしても私は立ち尽くしてしまったのだった。


 ──フレッシュジュースがない!


 そう、プレミアムドリンクバーにあるただのフレッシュジュースは寄って集って根こそぎ飲まれてしまっていたのだった。無理もない。プレミアムドリンクバーを頼んで、楽しんで飲めると思っていたその場で丸絞りジュースというのは、得体のしれないモンスターの血肉を絞った液体だったのだ。ここはゲテモノ料理屋ではなくファミレスである。気味が悪い食材を選ぶ人間の客は多くないだろう。むしろ、不気味な食材を忌避する人間の方が多いはずだ。だから、モンスターの丸絞りジュースは選ばれず、他の客たちはこぞってただのフレッシュジュースを飲んだに違いなかった。


 ただのフレッシュジュースのピッチャーが軒並み空ということは、今、プレミアムドリンクバーで飲める物は、あのグロテスクなよくわからない食材を使った丸絞りジュースしかない。


 私は途方に暮れてドリンクバーの前でうろうろとする羽目になった。化け物ジュースは飲みたくない。プレミアムドリンクバーの元は取らねばならない。でも、プレミアムドリンクバーで今飲める物は変な食材の丸絞りジュースしかない。飲まなければお金をどぶに捨てたようなものだ。


 差し迫った状況の中で混乱したのか、私はこの状況をややポジティブに考えて始めていた。これを機会に異界に進出すれば、今よりももっと様々な食べ物を体験することができるのではないだろうか。食べることは楽しい。その楽しみが増えるのは、私の人生にとって都合がいいことに違いなかった。ゲテモノ丸絞りジュースも見た目が悪いだけかもしれない。意外と、飲んでみたならば美味しいジュースなのかも……?


 私は意を決して、近くにいた店員さんに、丸絞りジュースの中で一番飲みやすい物は何ですか? と聞いた。おすすめから挑戦すれば最悪なジュースには当たらないはずだ。


 男性店員の顔がパッと明るくなる。丸絞りドリンクバーの売れ行きはやはり良くないらしい。私の質問に、店員は喜んでおすすめを教えてくれたのだった。


「ああ! その中なら私の腕が一番おいしいですよ!」


 男の店員はそう言うや否や、お盆を持っていない手を自分自身でもぎ取った。ぶちゅ、と変な破裂音がする。もぎ取られた腕があった場所から黄土色の液体を垂れ流しながら、作っちゃいますね~と言い、店員は私の目の前で丸絞りジュースを作り始めたのだ。


 どうやら、この男は異界の住人らしい。


 私は呆然としつつもその店員が作ってくれたジュースを受け取ったのだった。


 男性店員が作ってくれた土色のジュースを持って、私は席へと戻った。一足先に、夫がどろどろとした青い液体の入ったグラスを持ってぐびぐび飲んでいる。


「もう、びっくりしちゃったよ。まさか、隣の世界がこんなところにまで浸透してるなんて」
「フレッシュジュースは空になってて、残念だったね」
「これからはもっと早い時間に来るか、ただのドリンクバーで我慢するしかないよね。──あなたは何を飲んでいるの?」


 私は青色のどろどろした液体を飲んでいる夫に聞いた。


「ああ、これね。さっき取ったばかりの僕の耳をジュースにしたんだよ」


 確かに、夫の耳は今日生えていた耳とは別な形になっていた。出てきた時はまるい耳だったが、今回の耳はひょろひょろとした触角のような形をしている。夫も男性店員と同じように耳をもぎ取ったらしい。耳はすぐに再生したようだが、果たして店員の腕は再生するのだろうか。


 2025年、異界との外交を結ぶことになったこの世界には、隣からの事象が溢れ始めていた。情報番組では特集が組まれ、ニュースで隣の事象を見ない日はない。異世界の住人たちがやって来ているのは都会だけの話かと思っていたが、こんな田舎の街にも世界が浸透しているとは驚きである。


「この辺でも、あなたの仲間が増えてくるかもしれないね」


 夫は、かなり以前から住んでいる隣の世界からの住人なのだ。


 そうしたら、ドリンクバーも隣向けの物が増えちゃうかもね~、そう言いながら、夫はずるずると自分の耳からできた丸絞りジュースを飲んでいるのだった。



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 近所のファミレスのドリンクバーが新しくなり、プレミアムドリンクバーになったらしい。真新しいのぼりが店の前でひらひら揺れている。その旗には「フレッシュジュースあります!」という文字が躍っていた。
 その文字に釣られて、私と夫は件のファミレスへとやって来ていた。宣伝によると、季節ごとの果物が絞られたジュースバーの他、目の前で選んだ素材をその場でジューサーにかけて飲める丸絞りジュースが目玉だと書いてあった。
 昨今の物価高でなかなかフルーツに手が出ない我が家だが、ファミレスのドリンクバーでフルーツの気分を楽しむのも悪くはないだろう……、と私と夫はうきうきした気分だった。季節の果物が飲めるというのだから、苺はギリギリないかもしれないが、もしかしたら、桃があるかもしれないな。キウイとかバナナは季節が関係ないから常設であるとして、他にはどんな果物があるのだろう。
 自分で絞らなくてもフレッシュジュースが飲み放題! 糖尿病待った無しな感じだが、一食だけなら生き急いでも問題はないだろう。オーダー後にそんなことを考えながら、私はいそいそとドリンクバーカウンターへと向かった。
 カウンターに並んでいたのは色とりどりの良くわからないごちゃごちゃと丸まった何か達だった。先ほど、道中の植え込みのツツジの花びらに止まっているのを見たコガネムシのでかいやつや、アニメで見たことがある青緑色の生首なんか、グルグルと表面に縄が巻かれているような細長い何か、ぬるぬるの触手に見える物も置いてあった。漫画で描写されるような「ちょっとグロめの魔人のおやつ」みたいなカラフルなもの達がまるで食材であるかのような顔をして、カウンターにずらりと並んでいたのだ。
 ──これがフレッシュジュースだろうか!
 てっきり、果物のジュースが飲めるとばかり思っていた私だったが、このファミレスのプレミアムドリンクバーはどうも勝手が違うらしい。果物のジュースの札は立っている。しかしそれは、ただのフレッシュジュースの看板である。
 その場で丸絞りジュースというのは、どうやらこのよくわからないもの達を使って作る商品のようなのだ。
 気持ち悪いものは結構平気な私だったが、手を出すことは躊躇われた。なにせ、強烈な見た目、ちょっと青っぽいような香りが漂う得体のしれない食材たちである。手がかぶれそうな色と見た目をしているし、そもそもこれは口にすることができる物なのだろうか。
 フルーツジュースが飲めると思っていた私は釈然としない思いで回れ右をした。がっかり感は強い。だが、プレミアムドリンクバーを頼んでしまったものだから、その分の元は取らねばなるまい。丸絞りジュース以外にもただのフレッシュジュースがあるのだから、今回は勉強代と思って、そちらを楽しむこととしよう。
 しかし、プレミアムドリンクバーを頼んだ他の客も私と同じような行動をとったようだった。それに気が付いたのは、ほとんどからのピッチャーだけが置かれている、ただのフレッシュジュースコーナー見たからである。ピッチャーの中には一滴のジュースも残されていない。やられた……! そう思いながら、またしても私は立ち尽くしてしまったのだった。
 ──フレッシュジュースがない!
 そう、プレミアムドリンクバーにあるただのフレッシュジュースは寄って集って根こそぎ飲まれてしまっていたのだった。無理もない。プレミアムドリンクバーを頼んで、楽しんで飲めると思っていたその場で丸絞りジュースというのは、得体のしれないモンスターの血肉を絞った液体だったのだ。ここはゲテモノ料理屋ではなくファミレスである。気味が悪い食材を選ぶ人間の客は多くないだろう。むしろ、不気味な食材を忌避する人間の方が多いはずだ。だから、モンスターの丸絞りジュースは選ばれず、他の客たちはこぞってただのフレッシュジュースを飲んだに違いなかった。
 ただのフレッシュジュースのピッチャーが軒並み空ということは、今、プレミアムドリンクバーで飲める物は、あのグロテスクなよくわからない食材を使った丸絞りジュースしかない。
 私は途方に暮れてドリンクバーの前でうろうろとする羽目になった。化け物ジュースは飲みたくない。プレミアムドリンクバーの元は取らねばならない。でも、プレミアムドリンクバーで今飲める物は変な食材の丸絞りジュースしかない。飲まなければお金をどぶに捨てたようなものだ。
 差し迫った状況の中で混乱したのか、私はこの状況をややポジティブに考えて始めていた。これを機会に異界に進出すれば、今よりももっと様々な食べ物を体験することができるのではないだろうか。食べることは楽しい。その楽しみが増えるのは、私の人生にとって都合がいいことに違いなかった。ゲテモノ丸絞りジュースも見た目が悪いだけかもしれない。意外と、飲んでみたならば美味しいジュースなのかも……?
 私は意を決して、近くにいた店員さんに、丸絞りジュースの中で一番飲みやすい物は何ですか? と聞いた。おすすめから挑戦すれば最悪なジュースには当たらないはずだ。
 男性店員の顔がパッと明るくなる。丸絞りドリンクバーの売れ行きはやはり良くないらしい。私の質問に、店員は喜んでおすすめを教えてくれたのだった。
「ああ! その中なら私の腕が一番おいしいですよ!」
 男の店員はそう言うや否や、お盆を持っていない手を自分自身でもぎ取った。ぶちゅ、と変な破裂音がする。もぎ取られた腕があった場所から黄土色の液体を垂れ流しながら、作っちゃいますね~と言い、店員は私の目の前で丸絞りジュースを作り始めたのだ。
 どうやら、この男は異界の住人らしい。
 私は呆然としつつもその店員が作ってくれたジュースを受け取ったのだった。
 男性店員が作ってくれた土色のジュースを持って、私は席へと戻った。一足先に、夫がどろどろとした青い液体の入ったグラスを持ってぐびぐび飲んでいる。
「もう、びっくりしちゃったよ。まさか、隣の世界がこんなところにまで浸透してるなんて」
「フレッシュジュースは空になってて、残念だったね」
「これからはもっと早い時間に来るか、ただのドリンクバーで我慢するしかないよね。──あなたは何を飲んでいるの?」
 私は青色のどろどろした液体を飲んでいる夫に聞いた。
「ああ、これね。さっき取ったばかりの僕の耳をジュースにしたんだよ」
 確かに、夫の耳は今日生えていた耳とは別な形になっていた。出てきた時はまるい耳だったが、今回の耳はひょろひょろとした触角のような形をしている。夫も男性店員と同じように耳をもぎ取ったらしい。耳はすぐに再生したようだが、果たして店員の腕は再生するのだろうか。
 2025年、異界との外交を結ぶことになったこの世界には、隣からの事象が溢れ始めていた。情報番組では特集が組まれ、ニュースで隣の事象を見ない日はない。異世界の住人たちがやって来ているのは都会だけの話かと思っていたが、こんな田舎の街にも世界が浸透しているとは驚きである。
「この辺でも、あなたの仲間が増えてくるかもしれないね」
 夫は、かなり以前から住んでいる隣の世界からの住人なのだ。
 そうしたら、ドリンクバーも隣向けの物が増えちゃうかもね~、そう言いながら、夫はずるずると自分の耳からできた丸絞りジュースを飲んでいるのだった。