「一条。きみはなぜ、その漫画本が盗まれたと思っているんだ?」
「なぜって……? すみません、仰っている意味がよくわかりませんが……」
「だって、その本は違反物の保管棚の中から消えていたんだろう? だったら普通に考えて、その違反物を没収された生徒が取り返しに来たと考えるのが自然じゃないか? その『盗まれた』という言い方には少々違和感を覚えるのだが。まるでそれが自分の持ち物であるかのような」
「そ、それは――単純に、表現の問題です。たとえ所有権がその生徒にあろうと、現在物品を管理しているのは我々、生徒会です。正式な返却日を待たずに、こっそりと無断で取っていったというのなら、それはもはや『盗む』という行為と大差ないのではないでしょうか」
「盗まれた」――。起こった出来事の衝撃の大きさから我知らず少々感情的になり、その言葉の不自然さに気づく余裕を失っていたようだ。怜花の即興の弁明に「まあ、そうだな」と侑麻は一応納得したような様子を見せる。うまく誤魔化せたかとほっとしたのも束の間、侑麻の追及はまだ終わっていなかった。
「それと、もう一つ。一条、きみはその盗まれた本が『漫画本』であると言ったな?」
「え、ええ。言いました」
「それは、どうしてわかるんだ?」
「え。だって、それは――」
言いかけた怜花は、はっとし、口を噤む。自身の犯したもう一つのミスに気づいたのである。
「ねえ、侑麻姉、なに言ってんの? 漫画かどうかなんて、見たらわかるじゃん」
理解しかねるといった風に彩芽が口を挟む。侑麻は、そんな彩芽にちらりと目をやってから、こう続けた。
「ああ、そうだ。それが漫画かどうかは実際に読んでみればわかる。しかし先ほどの四十万との会話の中で、一条はその本を読んではいないと言っていた。もちろん、表紙を見ればある程度、内容の予測はできるだろう。だが、私がどんな本かと訊ねたとき、一条はそれを漫画であると断言していた。それがあくまで予測に過ぎないのなら、普通はもっと自信なさげに答えるものじゃないか? たとえば、『たぶん、漫画だと思います』というように」
しまった、と怜花は心の中で舌打ちをする。発言には注意しなければと思っていたはずなのに。さすがは二谷お姉さま。その鋭さは味方のときは心強いけれど、敵に回すとこれほど恐ろしいものだとは。
どうする。怜花は考える。この上でなおも「読んでいない」で貫き通すのは、さすがに無理があるだろう。ここはある程度、自分の嘘を認める方向に舵を切るしかない。
「みなさん、ごめんなさい。わたし、みなさんに一つ嘘をついておりました。二谷お姉さまの仰る通り、わたし本当は、あの本の中身を見たことがあります」
ほお、と侑麻は眼鏡のつるに指で触れる。「なぜ、嘘なんかついたんだ?」
「それは」
と怜花は奥歯を噛み、自分を落ち着かせるように小さく息を吐いてから言った。
「内容が、あまりに低俗だったからです。下品で、汚らわしくて、あんなもの……とても、まともな趣味嗜好とは言えません。その内容を自分の口からみなさんに説明するのが嫌で、つい、読んでいないなどとつまらない嘘をついてしまいました」
ごめんなさい、と怜花は深々と頭を下げる。それは三人の役員に対してというよりも、自分の心に、ひいてはBL文化を愛する全ての人たちに対する謝罪だった。このまま目の前の机に頭をめり込ませてもまだ足りないくらいの思いだった。
「……ふむ」と侑麻は納得したのか首を一つ頷かせる。「なるほど、わかったよ。すまなかったな、問い詰めるようなまねをして」
「いいえ、こちらこそ。つまらない嘘で場を混乱させてしまって」
「でもさあ、結局、その本は誰が取っていったんだろうね。やっぱ、持ち主が取りに来たっていう説が有力?」
「それは――」
断じて違う。それだけは、はっきり言い切れる。なぜならその持ち主は現在誰よりも怒り悲しみ、そして困っているからだ。では、あの本を取っていったのはだれなのか。状況的に考えて、それは――
「あのう、会長……」
と、何かを考えるように俯いていた汐音がふいに口を開いた。怜花を見上げるようにして、言いづらそうに言葉を続ける。
「ひょっとして会長……僕たちのこと、疑ってますか?」
「なに?」
「怜花?」
一同の目が怜花のほうを向く。怜花は細く息を吐き、言った。
「あくまで、可能性の話です」
「そんな! どうしてあたしたちが」
「わたしが生徒会室に来たとき、すでに部屋の鍵は開けられていました。ご存知の通り、学校の各教室の鍵は職員室で管理されており、通常、鍵を受け取る際には先生方から許可を頂く必要があります。しかし、我々生徒会役員は特例で、いつでも生徒会室が利用できるよう事前に鍵の収納ボックスの番号を教えられています。つまり、ここにいるみなさんなら、今朝わたしが到着するよりも前に生徒会室に入ることができたということです」
「待て。それならべつに我々だけでなく、校内の生徒全員に可能じゃないか。わざわざ自分でボックスを開けずとも、誰か先生に適当な理由をつけてお願いして、ボックスから鍵を取り出してもらえばいいのだから」
「さっきわたしが鍵を取りに行った時点で、職員室にはまだ六本木先生しかいらっしゃいませんでした。そして先生に訊いたところ、わたしよりも前に職員室に鍵を取りに来た生徒はいなかったそうです。つまり、今朝六本木先生が学校に着くより前に、職員室のボックスから鍵を取り出した誰かがいたということです。そしてその誰かは、ボックスを開けるのに先生の助けを必要としない人物……すなわち、我々生徒会役員の中の誰か、ということになりませんか」
怜花は、自分を見つめる三人の目を順番に見返す。そして「もう一つ」と続けた。
「もう一つ、わたしがみなさんに疑いをかけざるを得ない理由は、何より、この時間にみなさんが学校に来ているという事実です。始業までにはまだ随分と時間があります。みなさんはこんな朝早くから学校でいったい何をしていらしたんですか?」
怜花の問いかけに、三人はぐっと言葉を詰まらせる。黙り込む三人を見下ろすように怜花は言った。
「まずはそのあたりの事情をお聞かせ願いたいと思います」