「私は今日の昼休みに予定されている定例会議用に、図書室で資料作成をしていたんだ」
私立玉蘭女子学園高等学校、生徒会室。生徒会長・一条怜花の問いかけに対し、最初に口を開いたのは副会長・二谷侑麻であった。
「図書室。西棟ですね。今朝は、ずっとそこにいらしたのですか?」
玉女の敷地内に大きな建物は三棟。そのうち東棟と西棟は連絡廊下で結ばれており、メインの校舎から少し離れた場所に部室棟が立っている。怜花の問いに侑麻は答える。
「そうだ。今回は思いのほか、用意する資料が多くてな。今朝までに完成が間に合わず、一人でずっと作業をしていた」
「それを証明する人は?」
「おい、なんだこれは。取り調べか? 証明する人間なんていない。いま言った通り、私はずっと一人で作業をしていたんだ。図書室は職員の鍵開けを待たずとも、学生証をカードリーダーに通せば中に入ることができる。まだ司書の先生も来ていないような時間だったし、図書室には私の他に誰もいなかった」
「そうですか」
「しいて言うなら、その時間で完成させた資料を見せることはできるが」
「いいえ、けっこうです。お話は大体わかりました」
たしかに完成した資料を見れば、実際に侑麻が作業をしていたことの証明にはなるかもしれない。だがその資料自体は前もって完成させ用意しておくことができるし、彼女が今朝本当に図書室にいたということを示すものではない。
「では次。彩芽」
「あ、あたしは部活の朝練のために早く来てたんだよ」
ああそうか、と納得しかけるが、すぐに、あれ? と思いなおす。「え、じゃあどうして、今こんなところにいるの?」
「いや、それがさ、今日朝練休みだったんだよ。そのこと忘れて早く来ちゃって。で、まあ、やることなくなっちゃったから、生徒会室にでも行こうかなと思って廊下を歩いてたんだ。そしたら、怜花の悲鳴が聞こえてきて……」
「なるほど、ありがとう。……そういえば、二谷お姉さま。わたしが悲鳴を上げたとき、駆け付けてくれたのは彩芽よりもお姉さまが先でしたよね? 彩芽はちょうど生徒会室に向かっているところだったから到着が早かったようですけど、お姉さまはずっと図書室にいらしたんじゃありませんでした? 西棟にいるはずのお姉さまが、どうして東棟にいる彩芽よりも先に生徒会室に着けるんです?」
「ふん、それは単純なことだ。私もちょうど図書室での作業を終えて、生徒会室に向かっているところだったんだよ。そしてこの階の廊下を歩いているところで、きみの悲鳴を聞いた。だから到着が早かったんだ」
「……そうですか」
「信じないか? まあ、たしかに、それを証明してくれる人間は誰もいないからな。だが、同じことは三田にだって言える。彼女がちょうど生徒会室に向かっているところだったという話も、もしかしたら嘘かもしれないぞ。ちょうど本を盗んで、生徒会室から立ち去ったところだったのかもしれない。きみたちは付き合いの長い友人同士らしいが、それだけで話を信用してしまうというのは少々不公平にも感じるがな」
「そんな! あたしは本当に――」
「落ち着いて、彩芽。二谷お姉さま、わたしはべつに、彼女が友人だから話を信用するというわけではありません。ただみなさんの話を順番に伺って、論理的な矛盾がないかを整理していっているだけです。それと、わたしの考えではB――本の盗難は、わたしが生徒会室に来るよりもっとずっと前に発生したものと思われます」
「ほう」と侑麻は興味深げに眼鏡を指でくいっと上げる。「それは、どうしてだ?」
「わたしが職員室に鍵を取りに行ったとき、生徒会室の鍵はボックスの中に戻されていました。職員室にはそのとき既に六本木先生がいらっしゃいましたから、少なくとも犯人は先生が学校に来るよりも前の時点で犯行を終え、鍵をボックスの中に戻したのだと考えられます。先ほどもお話したように、わたしが鍵のことを訊ねた際、誰も来てないと先生は仰っていましたから」
「ねえ、怜花。その鍵のことだけどさ、ひょっとしたら、こうは考えられないかな? 誰かが今朝鍵を持ち出して開けたんじゃなくて、実は昨日の放課後からずっと開いたままだった、とか」
「その可能性についてはわたしも考えたわ。昨日の放課後、最後に生徒会室を使ったのはわたしだけど、ドアの鍵は確かに閉めた。その後、鍵を職員室に返しに行ったこともちゃんと覚えているし――」
そこまで話したところで、怜花の頭の中にふとある映像が浮かんだ。
「……そうだわ。今朝鍵を取りに行ったとき、一つ気になったことがあったのを思い出した」
「な、なに?」
「鍵の位置よ。ボックスの中の鍵の掛かっている位置が、わたしがいつも掛けている位置と違っていたの」
怜花の言葉を受け、三人は一瞬、それぞれに何か考えるように黙り込む。「あのー……さあ」と口を開いたのは彩芽だった。
「その……もしあたしが仮に、仮にね、犯人だったとしたらさ、あたしはきっと鍵を戻す位置を間違えないと思うんだよね。ほら、うちらって一年のときから生徒会役員やってて、お姉たちにこき使――頼まれて、よく一緒に職員室まで鍵を取りに行ったり、戻しに行ったりしてたからさ。そのとき、怜花が鍵をどこに掛けてるか、いつも近くで見てたし……」
「それを言うなら、私も間違えないな。なぜなら一年生だったきみたちに鍵の扱いを教えたのは私だからだ。特に一条には、鍵の紛失に繋がらぬよう、掛けておく位置までしっかり教えた。自分自身が言ったことなのだ。忘れるはずあるまい」
一同の視線が残る一人のほうに向く。上級生たちの視線を一斉に浴びた四十万汐音は、見ていて気の毒なほどに狼狽え出した。
「あ、ああ……僕、ちがっ、ぼ、僕じゃ……」
「落ち着いて、四十万さん。大丈夫よ。まだあなたが犯人だと決まったわけではないわ」
「そうだぞ、四十万。鍵の位置など、何の証拠にもならない。たとえば三田は、自分が犯人だと疑われないよう、わざと鍵の位置をずらして戻したのかもしれないしな」
「なんだよ! それなら侑麻姉だって同じだろ!」
「ああ、そうだ。だから『たとえば』という言葉を使ったんじゃないか。聞いてなかったのか?」
「やめてください、二人とも。四十万さん、二谷お姉さまが仰った通り、鍵の位置はこの場合、決定的な証拠にはなり得ない。それよりまずはあなたからも、二人のように早朝から学校に来ていた理由を聞かせていただきたいわ」
「ぼ、僕は、ポスターのデザインを考えに来ていたんです……」
「ポスター? って、来月の月間キャンペーンの? でもあれは、提出期限がまだ二週間以上先のはずだけど……」
玉女では、生徒会を中心に、毎月その月ごとの努力目標が作られる。元気よく挨拶をしよう、とか、遅刻をゼロに、などといった、どの学校でもよく見られるものだ。玉女生徒会ではそれをもう少しポップなものにしようと、「月間キャンペーン」と銘打ち、それを奨励するイラスト付きのポスターを校内の各所に貼り出す。現在、廊下の壁に貼られている「美しい精神は美しい環境で育つ。毎日の掃除に真心をこめて取り組もう!」ポスターがそれだ。
「はい、そうなんですけど、今月はテストもあるし、早めにやっておいたほうがいいと思ったから……。今日の定例会議にデザイン案だけでも提出できたらなって」
「で? 出来たの?」
彩芽が軽い調子で訊ねる。「いえ、出来ませんでした……」と汐音は申し訳なさそうに俯いて答えた。
「ありがとう、四十万さん。まだ一年生で不慣れなことも多いでしょうに、生徒会の仕事に熱心に取り組んでくれて助かるわ。でも、一人で仕事を抱え込もうとしなくていいのよ。困ったらいつでもわたしたち上級生を頼ってね」
「はい、ありがとうございます」と汐音は安心したような笑顔を見せる。
「それで、その作業はどこでしていたの?」
「中庭のベンチです」
「中庭?」
「はい。その……なんとなく、外のほうがいいアイディアを思い付きそうな気がしたので。結局、思い付きませんでしたけど……」
はて、と怜花は考える。今朝、東棟二階の廊下を歩いていたときに、窓から中庭の様子は多少なりとも目に入ったはずだ。そのとき、中庭に誰かいる様子はあっただろうか。意識して見ていなかったから、どうにも記憶がおぼろげだった。
「なるほど、汐音は中庭にいたから、怜花の悲鳴を聞いても来るのが遅かったのか」
「は、はい。突然会長の大きな悲鳴が聞こえてきて、驚いて急いで来てみたら、お姉さま方みなさん揃っていらっしゃって……」
「そうして役員全員集合、と相成ったわけだな」
侑麻が腕組みをして言う。
「さて。これで三人分の証言は出揃ったわけだが……どう見る、名探偵?」
侑麻に茶化すように言われ、怜花は考える。三人の説明はどれも一応、筋が通っているように思える。しかし三人とも、その言葉の内容が真実だと証明するものが何もない。そしてどこかしら、引っかかりを覚える部分があるように怜花には思えた。しかしそれが誰の、どの発言に対してなのかはわからない。もやもやとしたものを抱えたまま、彼女が次にとりうる手段はもはやこれしか残されていなかった。
「みなさんの持ち物検査をさせていただきます」
それは「名探偵」からはかけ離れたパワープレイだった。