未来は、もう誰も写せない
ー/ー最後の写真
僕は写真が好きだ。特にフィルムカメラで撮る瞬間は、世界が一瞬止まるような感覚があって心地よい。シャッターを押した瞬間、空気の重さも、光の温度も、音も、すべてが指先に吸い込まれる。スマホの画面では決して味わえない、重みと緊張感だ。
秋、ある土曜の午後。古びたカメラ店で、中古のフィルムカメラを見つけた。埃に覆われ、棚の奥でひっそりと佇んでいた黒いボディ。店主の白髪混じりの男性は僕を見てニヤリと笑った。「このカメラ、ちょっと変わってますよ」とだけ言った。問い詰めると、曖昧に肩をすくめ、奥の部屋へ消えた。
半信半疑で購入したその夜、僕はカメラを手に近所を歩いた。駅前、カフェ、夜道。撮った写真はすべて平凡で、特に変わったことはなかった。安心感とともに、眠りにつく。
しかし、翌朝現像したフィルムを見て、僕は息を呑んだ。そこに映っていたのは、これから起こることだった。
通りを歩く僕の姿。数秒後に転ぶ自転車の少年。階段で財布を落とす老人。現実でその通りに起こった。偶然などではない。胸の奥がざわつく。
次の日も、同じ現象が続く。写真に写る未来は、現実になる――それも、僕が手を加えない限り、避けられない運命のように。
数日後、友人の誕生日パーティに参加した。部屋は笑い声で満ち、甘いケーキの匂いが鼻をくすぐる。シャッターを切ると、フィルムには僕が友人に秘密を打ち明け、関係が壊れる瞬間が映っていた。笑い声が聞こえる中、胸の奥が凍る。
翌朝、暗室で現像する。赤い光の中、現像液に浸すと、写っていたのは…僕の死体だった。しかも、明日、自宅で倒れる姿だ。鼓動が耳の奥で響き、手が震える。
電話が鳴る。受話器を取ると、低く囁く声。「君の写真、完成したね…」
背後でガラスが割れる音。振り向くと、暗室の鏡が粉々に砕け、僕の姿が二つに歪んで映る。息を吸うのも忘れ、視線を逸らせない。
僕は理解した。カメラは未来を写すだけでなく、未来を現実に変える力を持つのだ。そして、僕の死は、避けられない。
日々、僕はカメラを手放せなかった。街角、カフェ、路地裏、すべての瞬間を撮り、未来を確認する。しかし、写真に少し手を加えると微妙に現実が変わる。小さな石を踏んで転ぶ少年を救ったり、財布を拾わせたり。でも、死の場面だけは変えられなかった。
夜更け、暗室で現像していると、フィルムに映る自分が知らない表情をしていた。鏡の前で笑う僕、だが目は虚ろ。次々と映し出される未来は、僕を追い詰める。息が詰まり、心臓が破裂しそうだ。
ドアが勝手に開き、冷たい風が吹き込む。カメラが床に転がる。振り向くと、部屋の隅に影。人影ではない。僕自身の、未来の死体の影。目が合った瞬間、全身が凍る。
翌朝、覚悟を決めた。カメラを壊す――未来に干渉しないために。ハンマーを握り、振り下ろす。しかし、金属の音はせず、レンズの奥で小さく光が瞬く。
背後で電話が鳴る。低く囁く声。
「君の写真、もうすぐ完成するね…」
振り向くと、壁の額縁に昨日現像した僕の死体の写真が飾られていた。レンズがこちらを向き、笑っている。恐怖で体が固まる。
最後のシャッターを押すと、世界が白く光り、意識が遠のいた。目を開けると、暗室の中。フィルムは空っぽだ。だがカメラは静かにこちらを見つめている。未来は、もう誰も写せない――逃れられない現実が、静かに僕を待っている。
そして背後で、かすかにシャッター音が響いた。
みんなのリアクション
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最後の写真
僕は写真が好きだ。特にフィルムカメラで撮る瞬間は、世界が一瞬止まるような感覚があって心地よい。シャッターを押した瞬間、空気の重さも、光の温度も、音も、すべてが指先に吸い込まれる。スマホの画面では決して味わえない、重みと緊張感だ。
秋、ある土曜の午後。古びたカメラ店で、中古のフィルムカメラを見つけた。埃に覆われ、棚の奥でひっそりと佇んでいた黒いボディ。店主の白髪混じりの男性は僕を見てニヤリと笑った。「このカメラ、ちょっと変わってますよ」とだけ言った。問い詰めると、曖昧に肩をすくめ、奥の部屋へ消えた。
半信半疑で購入したその夜、僕はカメラを手に近所を歩いた。駅前、カフェ、夜道。撮った写真はすべて平凡で、特に変わったことはなかった。安心感とともに、眠りにつく。
しかし、翌朝現像したフィルムを見て、僕は息を呑んだ。そこに映っていたのは、これから起こることだった。
通りを歩く僕の姿。数秒後に転ぶ自転車の少年。階段で財布を落とす老人。現実でその通りに起こった。偶然などではない。胸の奥がざわつく。
次の日も、同じ現象が続く。写真に写る未来は、現実になる――それも、僕が手を加えない限り、避けられない運命のように。
数日後、友人の誕生日パーティに参加した。部屋は笑い声で満ち、甘いケーキの匂いが鼻をくすぐる。シャッターを切ると、フィルムには僕が友人に秘密を打ち明け、関係が壊れる瞬間が映っていた。笑い声が聞こえる中、胸の奥が凍る。
翌朝、暗室で現像する。赤い光の中、現像液に浸すと、写っていたのは…僕の死体だった。しかも、明日、自宅で倒れる姿だ。鼓動が耳の奥で響き、手が震える。
電話が鳴る。受話器を取ると、低く囁く声。「君の写真、完成したね…」
背後でガラスが割れる音。振り向くと、暗室の鏡が粉々に砕け、僕の姿が二つに歪んで映る。息を吸うのも忘れ、視線を逸らせない。
僕は理解した。カメラは未来を写すだけでなく、未来を現実に変える力を持つのだ。そして、僕の死は、避けられない。
日々、僕はカメラを手放せなかった。街角、カフェ、路地裏、すべての瞬間を撮り、未来を確認する。しかし、写真に少し手を加えると微妙に現実が変わる。小さな石を踏んで転ぶ少年を救ったり、財布を拾わせたり。でも、死の場面だけは変えられなかった。
夜更け、暗室で現像していると、フィルムに映る自分が知らない表情をしていた。鏡の前で笑う僕、だが目は虚ろ。次々と映し出される未来は、僕を追い詰める。息が詰まり、心臓が破裂しそうだ。
ドアが勝手に開き、冷たい風が吹き込む。カメラが床に転がる。振り向くと、部屋の隅に影。人影ではない。僕自身の、未来の死体の影。目が合った瞬間、全身が凍る。
翌朝、覚悟を決めた。カメラを壊す――未来に干渉しないために。ハンマーを握り、振り下ろす。しかし、金属の音はせず、レンズの奥で小さく光が瞬く。
背後で電話が鳴る。低く囁く声。
「君の写真、もうすぐ完成するね…」
振り向くと、壁の額縁に昨日現像した僕の死体の写真が飾られていた。レンズがこちらを向き、笑っている。恐怖で体が固まる。
最後のシャッターを押すと、世界が白く光り、意識が遠のいた。目を開けると、暗室の中。フィルムは空っぽだ。だがカメラは静かにこちらを見つめている。未来は、もう誰も写せない――逃れられない現実が、静かに僕を待っている。
そして背後で、かすかにシャッター音が響いた。