表示設定
表示設定
目次 目次




EVENT_MOB001_MURABITO_A

ー/ー



「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 ボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、また元の方に向き直った。今のボクにはそれ以外にできることが何もない。

「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 またボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、やはり元の方に向き直った。残念ながら、今のボクにはこのセリフしか用意されていない。

 だって、ボクは勇者じゃない。

 剣を振るってモンスターを倒したり、魔法を唱えて仲間を助けたり、そんなことはボクにはできない。何故って、ボクはただの村人Aなのだから。

 装備というコマンドなんてありはしない。魔法を習得することもできやしない。そもそも仲間としてのパラメータすら存在しない。それは勇者や選ばれし者にしか許されないことなのだから当然だ。

「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 一通り村の中を見て回った勇者一向が、またボクに話しかけてくれた。でも今のボクには「いってらっしゃい」と言うことすらできず、同じセリフを繰り返す。

 今はこんなことしかできないボクだけれど、これでも誇りを持っている。

 だって、ボクがいなければこの村の名前は分からない。

 それはとても悲しいことだ。

 勇者たちは冒険をしていくうちに、次々と新しい村や町、ダンジョンやお城を見つけていくことだろう。

 そんな中で、ふと冒険を振り返ってみたとき、戻りたいと思った場所の名前がなかったら、帰ることなんてできないだろう。

 どんな理由はあれ、いずれ帰るときがこないとは限らない。だから、せめて帰る場所の名前は覚えておかなくてはならないんだ。それを教えるボクのこの仕事は名誉のあることなんだ。例えそこに何もなくても(イベントが終わっても)意味がないなんて思っていない。

 ああ、でも、そうだな。ボクも冒険、してみたいな。願っても叶わないことだが、ボクだって、剣を握って、モンスターと戦ってみたい。すごい魔法を唱えて、みんなと同じように活躍してみたい。

 だけどやっぱり、ボクは勇者じゃない。今のボクには何もできない。

 何もすることができない。

 ふと、村の上空に暗雲が立ち込めてきていた。

 ああ、きっと勇者たちが東の洞窟のボス(ミノタウロス)を倒したのだろう。話が進んだんだ。

 突如、数件の家が燃え上がり、何処からともなく、おぞましい姿をした悪魔のようなモンスターたちが攻め込んできていた。瞬く間に、何の抵抗もできないまま、村は壊滅状態になってしまっていた。

 しかし、やっぱりこんな状態になっても、ボクには何もできない。

 そして、次の瞬間には、ボクの下半身が地面に落ちる。冷たい大地に這い蹲る。元々身動きの取れない身体だから何の関係もないが、身動きが取れない体勢になる。

 こうして、村が危機に陥ってからしばらくして、勇者一行が現れる。

 村の敷居をまたいだ、そのときだ。ボクの身体は地を這い、勇者の下へと動く。

「と、突然モンスターが……たすけて、勇者様……」

 ボクのセリフが続く。

「そうだ、これを……隠し持っていたものです。どうかお役に立ちますように」

 ボクの差し出した手には回復アイテム(ポーション3つ)が握られていた。勇者がそれを受け取ると、ボクの身体(グラフィック)は点滅し、透明化する。これでもうボクにできることは全て終了した。ボクという存在(データ)はまだあるかもしれないが、勇者にはもう関係ない。

 これからまた勇者の冒険が始まる。だけど、そこにボクはいない。

 剣も握れないし、魔法も使えないし、もうセリフもない。でも、せめて、そう、せめて、勇者になれないボクだから、勇者のために役に立ちたい。

 回復アイテムなんて、すぐになくなってしまうようなちっぽけな存在だけど、それでも、勇者になれないボクにできることなんて、せいぜいそのくらい。

 でも、いいんだ。少しでも役に立てればそれでいいんだ。

 勇者(主人公)になれないボクだから。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」
 ボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、また元の方に向き直った。今のボクにはそれ以外にできることが何もない。
「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」
 またボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、やはり元の方に向き直った。残念ながら、今のボクにはこのセリフしか用意されていない。
 だって、ボクは勇者じゃない。
 剣を振るってモンスターを倒したり、魔法を唱えて仲間を助けたり、そんなことはボクにはできない。何故って、ボクはただの村人Aなのだから。
 装備というコマンドなんてありはしない。魔法を習得することもできやしない。そもそも仲間としてのパラメータすら存在しない。それは勇者や選ばれし者にしか許されないことなのだから当然だ。
「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」
 一通り村の中を見て回った勇者一向が、またボクに話しかけてくれた。でも今のボクには「いってらっしゃい」と言うことすらできず、同じセリフを繰り返す。
 今はこんなことしかできないボクだけれど、これでも誇りを持っている。
 だって、ボクがいなければこの村の名前は分からない。
 それはとても悲しいことだ。
 勇者たちは冒険をしていくうちに、次々と新しい村や町、ダンジョンやお城を見つけていくことだろう。
 そんな中で、ふと冒険を振り返ってみたとき、戻りたいと思った場所の名前がなかったら、帰ることなんてできないだろう。
 どんな理由はあれ、いずれ帰るときがこないとは限らない。だから、せめて帰る場所の名前は覚えておかなくてはならないんだ。それを教えるボクのこの仕事は名誉のあることなんだ。例え|そこに何もなくても《イベントが終わっても》意味がないなんて思っていない。
 ああ、でも、そうだな。ボクも冒険、してみたいな。願っても叶わないことだが、ボクだって、剣を握って、モンスターと戦ってみたい。すごい魔法を唱えて、みんなと同じように活躍してみたい。
 だけどやっぱり、ボクは勇者じゃない。今のボクには何もできない。
 何もすることができない。
 ふと、村の上空に暗雲が立ち込めてきていた。
 ああ、きっと勇者たちが|東の洞窟のボス《ミノタウロス》を倒したのだろう。話が進んだんだ。
 突如、数件の家が燃え上がり、何処からともなく、おぞましい姿をした悪魔のようなモンスターたちが攻め込んできていた。瞬く間に、何の抵抗もできないまま、村は壊滅状態になってしまっていた。
 しかし、やっぱりこんな状態になっても、ボクには何もできない。
 そして、次の瞬間には、ボクの下半身が地面に落ちる。冷たい大地に這い蹲る。元々身動きの取れない身体だから何の関係もないが、身動きが取れない体勢になる。
 こうして、村が危機に陥ってからしばらくして、勇者一行が現れる。
 村の敷居をまたいだ、そのときだ。ボクの身体は地を這い、勇者の下へと動く。
「と、突然モンスターが……たすけて、勇者様……」
 ボクのセリフが続く。
「そうだ、これを……隠し持っていたものです。どうかお役に立ちますように」
 ボクの差し出した手には|回復アイテム《ポーション3つ》が握られていた。勇者がそれを受け取ると、ボクの|身体《グラフィック》は点滅し、透明化する。これでもうボクにできることは全て終了した。ボクという|存在《データ》はまだあるかもしれないが、勇者にはもう関係ない。
 これからまた勇者の冒険が始まる。だけど、そこにボクはいない。
 剣も握れないし、魔法も使えないし、もうセリフもない。でも、せめて、そう、せめて、勇者になれないボクだから、勇者のために役に立ちたい。
 回復アイテムなんて、すぐになくなってしまうようなちっぽけな存在だけど、それでも、勇者になれないボクにできることなんて、せいぜいそのくらい。
 でも、いいんだ。少しでも役に立てればそれでいいんだ。
 |勇者《主人公》になれないボクだから。