3
ー/ー ドアを勢いよく開ける。雪乃の姿はなく、部屋にいたのは美夕一人だった。
「ど、どうしたの、はるちゃん?」
わたしの様子に呆気に取られたように美夕が訊いてくる。
「なぎが急に倒れたの! なんだか様子がおかしくて」
言いながら、わたしは自分のバッグを探る。焦っているときほど、どうしてすぐに見つからないのだろう。
「何を探してるの?」
「携帯」
「どうして?」
呑気な声で美夕が訊いてくる。どうして? 普段からのんびりしたところのある子だけど、こういう緊急時にそんな感じでいられるとさすがに腹が立つ。
「聞いてなかったの? なぎが倒れたんだよ。早く救急車を呼ばないと――」
「無駄だよ」
ぞくりとするような、冷たい声だった。思わず振り向いたわたしの目の前に美夕の手が差し出される。手のひらにはわたしのスマートフォンが乗っていた。
「どうして……?」
「今日あの二人を呼んだの、やっぱりはるちゃんだったんだね」
美夕の手からスマートフォンを受け取る。
「……中身、見たの?」
「二人がどうしても来たいって言ったから、なんて言って。本当ははるちゃんから誘ってたんじゃない。嘘つき」
「嘘なんて……! 二人が来たいって言ったのは、本当で……」
「それははるちゃんが誘ったからでしょ? わたしははるちゃんさえ来てくれればよかったのに。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌だったの?」
「ち、違うよ、美夕。二人だけより四人のほうが盛り上がるし、なぎと雪乃もいたほうが美夕も喜ぶと思ったから……」
「嘘」
低い声で美夕は言った。今までに聞いたことのない声だった。
「はるちゃん、高校に入ってから変わったよね。髪染めたりお化粧したり、部活も運動部に入って。前はわたしと同じで、もっと地味な感じだったのに」
「そ、そりゃあ、せっかく高校生になったんだし……テニスは前から少し興味があったから……」
「興味? はるちゃん中学のとき、運動は苦手だって言ってたじゃない。どうして嘘ばっかりつくの? はるちゃん、前にわたしに言ってくれたよね? 卒業してもずっと友だちでいよう、って。あれも嘘だったの?」
「嘘じゃない! どうしてそうなるのよ! 美夕とわたしは今でも友だちでしょ? 現に今日だって、こうして誕生日を一緒に祝ってるし」
「じゃあどうして、あの二人を呼んだの? わたしははるちゃんと二人がいいって言ったのに。ねえ、はるちゃん。わたし、はるちゃんと同じ高校に行きたくて、苦手だった勉強を頑張ったんだよ? はるちゃんとずっと友だちでいたかったから。それなのにはるちゃん、高校で新しい友だちを作って、最近はあの二人とばかり一緒にいる。……はるちゃん、最後にわたしと二人きりで遊んだのがいつだったか、覚えてる?」
「そ、それは……なぎとは部活が一緒だし、雪乃には、その、話しやすいことがあったから……。だ、大体、美夕にとってもなぎと雪乃は友だちでしょう? わたしだけに拘らず、二人とも一緒に遊んだらいいじゃない」
「ちがうよ」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言うと、美夕は立ち上がった。
「わたしにははるちゃんさえいればよかった。あの二人は邪魔だったの。だから、殺した」
「こ、ころし……た……?」
言葉の意味を瞬時に汲み取ることができなかった。
「そうだよ。飲み物に毒を入れたの。二人きりになったときにもう一人も殺そうと思ったけど、お手洗いに行っちゃった。だから帰ってきたら――」
と、美夕は机の引き出しから何かを取り出した。
「これで殺す」
それはナイフだった。正式な名称は知らない。長く、鋭く尖った刃先は偽物には見えない。
「じ、冗談、だよね……?」
美夕はゆるゆると首を振る。
「盛ったのは強い毒だから、きっともう助からない。雪乃ちゃんは渚ちゃんよりは馬鹿じゃなさそうだから、もっと確実な方法で殺そうと思った」
そう言って美夕は口元を歪める。わたしを見下ろすその姿は、よく知る友人からはかけ離れたものに見えた。
「許せない……」
様々な感情でぐちゃぐちゃになったわたしの口から、気づけばそんな言葉が洩れた。
「ひどい……ひどいよ、そんなの、あんまりじゃない……! 邪魔だから殺すなんて、なぎは何にも悪いことしてないのに……。身勝手すぎるよ……」
「……そう。やっぱりはるちゃんは、わたしを許してくれないんだね」
ぽつりと、呟くように美夕が言った。そして手に持ったナイフの先端を自分の首元にあてがう。
「な、何してるの……?」
「わたしは、はるちゃんと友だちでいたかった。はるちゃんだけと。そのはるちゃんに嫌われちゃったら、わたしが生きている意味はないから」
「ま、待って、美夕!」
さよなら。美夕の口がそう動いたように見えた。わたしの顔に生暖かい液体がかかる。どさりと、美夕の体が力なくその場に倒れた。
悲鳴は出なかった。脳が考えることを拒否しているかのようにぼうっとしていた。
「なに、これ……」
声のしたほうを振り返る。
部屋の入り口に雪乃が立っていた。
「ど、どうしたの、はるちゃん?」
わたしの様子に呆気に取られたように美夕が訊いてくる。
「なぎが急に倒れたの! なんだか様子がおかしくて」
言いながら、わたしは自分のバッグを探る。焦っているときほど、どうしてすぐに見つからないのだろう。
「何を探してるの?」
「携帯」
「どうして?」
呑気な声で美夕が訊いてくる。どうして? 普段からのんびりしたところのある子だけど、こういう緊急時にそんな感じでいられるとさすがに腹が立つ。
「聞いてなかったの? なぎが倒れたんだよ。早く救急車を呼ばないと――」
「無駄だよ」
ぞくりとするような、冷たい声だった。思わず振り向いたわたしの目の前に美夕の手が差し出される。手のひらにはわたしのスマートフォンが乗っていた。
「どうして……?」
「今日あの二人を呼んだの、やっぱりはるちゃんだったんだね」
美夕の手からスマートフォンを受け取る。
「……中身、見たの?」
「二人がどうしても来たいって言ったから、なんて言って。本当ははるちゃんから誘ってたんじゃない。嘘つき」
「嘘なんて……! 二人が来たいって言ったのは、本当で……」
「それははるちゃんが誘ったからでしょ? わたしははるちゃんさえ来てくれればよかったのに。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌だったの?」
「ち、違うよ、美夕。二人だけより四人のほうが盛り上がるし、なぎと雪乃もいたほうが美夕も喜ぶと思ったから……」
「嘘」
低い声で美夕は言った。今までに聞いたことのない声だった。
「はるちゃん、高校に入ってから変わったよね。髪染めたりお化粧したり、部活も運動部に入って。前はわたしと同じで、もっと地味な感じだったのに」
「そ、そりゃあ、せっかく高校生になったんだし……テニスは前から少し興味があったから……」
「興味? はるちゃん中学のとき、運動は苦手だって言ってたじゃない。どうして嘘ばっかりつくの? はるちゃん、前にわたしに言ってくれたよね? 卒業してもずっと友だちでいよう、って。あれも嘘だったの?」
「嘘じゃない! どうしてそうなるのよ! 美夕とわたしは今でも友だちでしょ? 現に今日だって、こうして誕生日を一緒に祝ってるし」
「じゃあどうして、あの二人を呼んだの? わたしははるちゃんと二人がいいって言ったのに。ねえ、はるちゃん。わたし、はるちゃんと同じ高校に行きたくて、苦手だった勉強を頑張ったんだよ? はるちゃんとずっと友だちでいたかったから。それなのにはるちゃん、高校で新しい友だちを作って、最近はあの二人とばかり一緒にいる。……はるちゃん、最後にわたしと二人きりで遊んだのがいつだったか、覚えてる?」
「そ、それは……なぎとは部活が一緒だし、雪乃には、その、話しやすいことがあったから……。だ、大体、美夕にとってもなぎと雪乃は友だちでしょう? わたしだけに拘らず、二人とも一緒に遊んだらいいじゃない」
「ちがうよ」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言うと、美夕は立ち上がった。
「わたしにははるちゃんさえいればよかった。あの二人は邪魔だったの。だから、殺した」
「こ、ころし……た……?」
言葉の意味を瞬時に汲み取ることができなかった。
「そうだよ。飲み物に毒を入れたの。二人きりになったときにもう一人も殺そうと思ったけど、お手洗いに行っちゃった。だから帰ってきたら――」
と、美夕は机の引き出しから何かを取り出した。
「これで殺す」
それはナイフだった。正式な名称は知らない。長く、鋭く尖った刃先は偽物には見えない。
「じ、冗談、だよね……?」
美夕はゆるゆると首を振る。
「盛ったのは強い毒だから、きっともう助からない。雪乃ちゃんは渚ちゃんよりは馬鹿じゃなさそうだから、もっと確実な方法で殺そうと思った」
そう言って美夕は口元を歪める。わたしを見下ろすその姿は、よく知る友人からはかけ離れたものに見えた。
「許せない……」
様々な感情でぐちゃぐちゃになったわたしの口から、気づけばそんな言葉が洩れた。
「ひどい……ひどいよ、そんなの、あんまりじゃない……! 邪魔だから殺すなんて、なぎは何にも悪いことしてないのに……。身勝手すぎるよ……」
「……そう。やっぱりはるちゃんは、わたしを許してくれないんだね」
ぽつりと、呟くように美夕が言った。そして手に持ったナイフの先端を自分の首元にあてがう。
「な、何してるの……?」
「わたしは、はるちゃんと友だちでいたかった。はるちゃんだけと。そのはるちゃんに嫌われちゃったら、わたしが生きている意味はないから」
「ま、待って、美夕!」
さよなら。美夕の口がそう動いたように見えた。わたしの顔に生暖かい液体がかかる。どさりと、美夕の体が力なくその場に倒れた。
悲鳴は出なかった。脳が考えることを拒否しているかのようにぼうっとしていた。
「なに、これ……」
声のしたほうを振り返る。
部屋の入り口に雪乃が立っていた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
ドアを勢いよく開ける。雪乃の姿はなく、部屋にいたのは美夕一人だった。
「ど、どうしたの、はるちゃん?」
わたしの様子に呆気に取られたように美夕が訊いてくる。
「なぎが急に倒れたの! なんだか様子がおかしくて」
言いながら、わたしは自分のバッグを探る。焦っているときほど、どうしてすぐに見つからないのだろう。
「何を探してるの?」
「携帯」
「どうして?」
呑気な声で美夕が訊いてくる。どうして? 普段からのんびりしたところのある子だけど、こういう緊急時にそんな感じでいられるとさすがに腹が立つ。
「聞いてなかったの? なぎが倒れたんだよ。早く救急車を呼ばないと――」
「無駄だよ」
ぞくりとするような、冷たい声だった。思わず振り向いたわたしの目の前に美夕の手が差し出される。手のひらにはわたしのスマートフォンが乗っていた。
「どうして……?」
「今日あの二人を呼んだの、やっぱりはるちゃんだったんだね」
美夕の手からスマートフォンを受け取る。
「……中身、見たの?」
「二人がどうしても来たいって言ったから、なんて言って。本当ははるちゃんから誘ってたんじゃない。嘘つき」
「嘘なんて……! 二人が来たいって言ったのは、本当で……」
「それははるちゃんが誘ったからでしょ? わたしははるちゃんさえ来てくれればよかったのに。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌だったの?」
「ち、違うよ、美夕。二人だけより四人のほうが盛り上がるし、なぎと雪乃もいたほうが美夕も喜ぶと思ったから……」
「嘘」
低い声で美夕は言った。今までに聞いたことのない声だった。
「はるちゃん、高校に入ってから変わったよね。髪染めたりお化粧したり、部活も運動部に入って。前はわたしと同じで、もっと地味な感じだったのに」
「そ、そりゃあ、せっかく高校生になったんだし……テニスは前から少し興味があったから……」
「興味? はるちゃん中学のとき、運動は苦手だって言ってたじゃない。どうして嘘ばっかりつくの? はるちゃん、前にわたしに言ってくれたよね? 卒業してもずっと友だちでいよう、って。あれも嘘だったの?」
「嘘じゃない! どうしてそうなるのよ! 美夕とわたしは今でも友だちでしょ? 現に今日だって、こうして誕生日を一緒に祝ってるし」
「じゃあどうして、あの二人を呼んだの? わたしははるちゃんと二人がいいって言ったのに。ねえ、はるちゃん。わたし、はるちゃんと同じ高校に行きたくて、苦手だった勉強を頑張ったんだよ? はるちゃんとずっと友だちでいたかったから。それなのにはるちゃん、高校で新しい友だちを作って、最近はあの二人とばかり一緒にいる。……はるちゃん、最後にわたしと二人きりで遊んだのがいつだったか、覚えてる?」
「そ、それは……なぎとは部活が一緒だし、雪乃には、その、話しやすいことがあったから……。だ、大体、美夕にとってもなぎと雪乃は友だちでしょう? わたしだけに拘らず、二人とも一緒に遊んだらいいじゃない」
「ちがうよ」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言うと、美夕は立ち上がった。
「わたしにははるちゃんさえいればよかった。あの二人は邪魔だったの。だから、殺した」
「こ、ころし……た……?」
言葉の意味を瞬時に汲み取ることができなかった。
「そうだよ。飲み物に毒を入れたの。二人きりになったときにもう一人も殺そうと思ったけど、お手洗いに行っちゃった。だから帰ってきたら――」
と、美夕は机の引き出しから何かを取り出した。
「これで殺す」
それはナイフだった。正式な名称は知らない。長く、鋭く尖った刃先は偽物には見えない。
「じ、冗談、だよね……?」
美夕はゆるゆると首を振る。
「盛ったのは強い毒だから、きっともう助からない。雪乃ちゃんは渚ちゃんよりは馬鹿じゃなさそうだから、もっと確実な方法で殺そうと思った」
そう言って美夕は口元を歪める。わたしを見下ろすその姿は、よく知る友人からはかけ離れたものに見えた。
「許せない……」
様々な感情でぐちゃぐちゃになったわたしの口から、気づけばそんな言葉が洩れた。
「ひどい……ひどいよ、そんなの、あんまりじゃない……! 邪魔だから殺すなんて、なぎは何にも悪いことしてないのに……。身勝手すぎるよ……」
「……そう。やっぱりはるちゃんは、わたしを許してくれないんだね」
ぽつりと、呟くように美夕が言った。そして手に持ったナイフの先端を自分の首元にあてがう。
「な、何してるの……?」
「わたしは、はるちゃんと友だちでいたかった。はるちゃんだけと。そのはるちゃんに嫌われちゃったら、わたしが生きている意味はないから」
「ま、待って、美夕!」
さよなら。美夕の口がそう動いたように見えた。わたしの顔に生暖かい液体がかかる。どさりと、美夕の体が力なくその場に倒れた。
悲鳴は出なかった。脳が考えることを拒否しているかのようにぼうっとしていた。
「なに、これ……」
声のしたほうを振り返る。
部屋の入り口に雪乃が立っていた。
「ど、どうしたの、はるちゃん?」
わたしの様子に呆気に取られたように美夕が訊いてくる。
「なぎが急に倒れたの! なんだか様子がおかしくて」
言いながら、わたしは自分のバッグを探る。焦っているときほど、どうしてすぐに見つからないのだろう。
「何を探してるの?」
「携帯」
「どうして?」
呑気な声で美夕が訊いてくる。どうして? 普段からのんびりしたところのある子だけど、こういう緊急時にそんな感じでいられるとさすがに腹が立つ。
「聞いてなかったの? なぎが倒れたんだよ。早く救急車を呼ばないと――」
「無駄だよ」
ぞくりとするような、冷たい声だった。思わず振り向いたわたしの目の前に美夕の手が差し出される。手のひらにはわたしのスマートフォンが乗っていた。
「どうして……?」
「今日あの二人を呼んだの、やっぱりはるちゃんだったんだね」
美夕の手からスマートフォンを受け取る。
「……中身、見たの?」
「二人がどうしても来たいって言ったから、なんて言って。本当ははるちゃんから誘ってたんじゃない。嘘つき」
「嘘なんて……! 二人が来たいって言ったのは、本当で……」
「それははるちゃんが誘ったからでしょ? わたしははるちゃんさえ来てくれればよかったのに。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌だったの?」
「ち、違うよ、美夕。二人だけより四人のほうが盛り上がるし、なぎと雪乃もいたほうが美夕も喜ぶと思ったから……」
「嘘」
低い声で美夕は言った。今までに聞いたことのない声だった。
「はるちゃん、高校に入ってから変わったよね。髪染めたりお化粧したり、部活も運動部に入って。前はわたしと同じで、もっと地味な感じだったのに」
「そ、そりゃあ、せっかく高校生になったんだし……テニスは前から少し興味があったから……」
「興味? はるちゃん中学のとき、運動は苦手だって言ってたじゃない。どうして嘘ばっかりつくの? はるちゃん、前にわたしに言ってくれたよね? 卒業してもずっと友だちでいよう、って。あれも嘘だったの?」
「嘘じゃない! どうしてそうなるのよ! 美夕とわたしは今でも友だちでしょ? 現に今日だって、こうして誕生日を一緒に祝ってるし」
「じゃあどうして、あの二人を呼んだの? わたしははるちゃんと二人がいいって言ったのに。ねえ、はるちゃん。わたし、はるちゃんと同じ高校に行きたくて、苦手だった勉強を頑張ったんだよ? はるちゃんとずっと友だちでいたかったから。それなのにはるちゃん、高校で新しい友だちを作って、最近はあの二人とばかり一緒にいる。……はるちゃん、最後にわたしと二人きりで遊んだのがいつだったか、覚えてる?」
「そ、それは……なぎとは部活が一緒だし、雪乃には、その、話しやすいことがあったから……。だ、大体、美夕にとってもなぎと雪乃は友だちでしょう? わたしだけに拘らず、二人とも一緒に遊んだらいいじゃない」
「ちがうよ」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言うと、美夕は立ち上がった。
「わたしにははるちゃんさえいればよかった。あの二人は邪魔だったの。だから、殺した」
「こ、ころし……た……?」
言葉の意味を瞬時に汲み取ることができなかった。
「そうだよ。飲み物に毒を入れたの。二人きりになったときにもう一人も殺そうと思ったけど、お手洗いに行っちゃった。だから帰ってきたら――」
と、美夕は机の引き出しから何かを取り出した。
「これで殺す」
それはナイフだった。正式な名称は知らない。長く、鋭く尖った刃先は偽物には見えない。
「じ、冗談、だよね……?」
美夕はゆるゆると首を振る。
「盛ったのは強い毒だから、きっともう助からない。雪乃ちゃんは渚ちゃんよりは馬鹿じゃなさそうだから、もっと確実な方法で殺そうと思った」
そう言って美夕は口元を歪める。わたしを見下ろすその姿は、よく知る友人からはかけ離れたものに見えた。
「許せない……」
様々な感情でぐちゃぐちゃになったわたしの口から、気づけばそんな言葉が洩れた。
「ひどい……ひどいよ、そんなの、あんまりじゃない……! 邪魔だから殺すなんて、なぎは何にも悪いことしてないのに……。身勝手すぎるよ……」
「……そう。やっぱりはるちゃんは、わたしを許してくれないんだね」
ぽつりと、呟くように美夕が言った。そして手に持ったナイフの先端を自分の首元にあてがう。
「な、何してるの……?」
「わたしは、はるちゃんと友だちでいたかった。はるちゃんだけと。そのはるちゃんに嫌われちゃったら、わたしが生きている意味はないから」
「ま、待って、美夕!」
さよなら。美夕の口がそう動いたように見えた。わたしの顔に生暖かい液体がかかる。どさりと、美夕の体が力なくその場に倒れた。
悲鳴は出なかった。脳が考えることを拒否しているかのようにぼうっとしていた。
「なに、これ……」
声のしたほうを振り返る。
部屋の入り口に雪乃が立っていた。