表示設定
表示設定
目次 目次




2

ー/ー



「――でさあ、そのとき知恵里(ちえり)がね、」
 渚の話に「何よそれ」と雪乃が呆れたような声を出す。美夕は可笑しそうに笑いながら相槌代わりの頷きを返している。
 この中の誰に、わたしは殺されるのだろう。もう何度となくループを繰り返しているけれど、それはわからない。映画やアニメなどでよく見る、いわゆる「ループもの」の作品では、タイムループしている本人はループ中の記憶を全て保持していることが多いと思うのだけど、わたしの場合はそうじゃない。誰に、どうして、どのように殺されるか。このあと何が起こるかさえ、わたしの脳内からは失われている。覚えているのはこの家で何か刃物を刺されて死ぬことと、「自分は同じ時間をループしている」という感覚のみ。どちらも曖昧で、でも確かな感覚だ。
 タイムループ……いや、この場合タイムリープか? どっちでもいいけど、前の時間に戻るトリガー、基点となる出来事はおそらくわたしの死だ。不思議なことに、死んでから戻ってくるまでの間のことはよく覚えている。失われていた五感を取り戻し、気が付くとまた美夕の部屋でみんなとテーブルを囲んでいる。
 では、わたしを殺した(殺す?)犯人がこの中にいるとわたしが考える理由は何なのか? それは単純に、今日この家にはこの三人、わたしを含めた四人しかいないからだ。誕生日会と聞いて気を利かせてか、美夕の両親は外出中で夜まで帰ってこないらしい。となると自然、容疑者はこの三人に絞られる。もちろん、家に突如闖入してきた暴漢に殺される、ということも考えられるし、むしろそのほうが友だちに殺されると考えるより精神衛生的には楽なのだけど……。
「……はるちゃん、大丈夫?」
 美夕の声に我に返る。
「ご、ごめんごめん、ちょっとぼうっとしてただけ」
「本当に? なんだか顔色も良くないし、調子悪そうだけど……」
「大丈夫。本当にただぼうっとしてただけだから。心配してくれてありがとね、美夕」
「う、うん」と美夕ははにかむように微笑んで、「でも、無理はしないでね」とまた心配そうな顔をする。
「そうだぞ、はるー。無理はするな。もし調子悪いんだったら、代わりにウチがはるの分の料理、全部食べてやるぞ」
「あんたは。食べ物のことしか考えられんのか」
 雪乃が軽く握った拳で渚の頭をこつんと小突く。美夕が笑うのに合わせて、わたしもアハハと笑い声を出す。
「でもさ、実際すっごい美味しいんだもん、はるの料理。特にこのパエリアなんて、味噌の風味が効いてて、もう最高!」
「そうね。(わたし)も、葉瑠子(はるこ)がこんなに料理上手なんて知らなかったわ」
「まあ、それほどでも……」
 実際にはただ買ってきただけの既製品も含まれているけれど、今日の料理のほとんどはわたしが作ったものだ。料理は数少ない特技の一つ。褒められれば、悪い気はしない。
「はるちゃん、中学のとき調理部だったから」
 遠慮がちに美夕が口を挟む。
「へー、道理で! いやー、やっぱ持つべきものは元調理部の友だよね。現調理部でもいいけど」
「おい、そう言いながらまた人の皿から取るな!」
「ア、アハハ。……ねえ、なぎ。そんなに気に入ってくれたなら、パエリアもっと持ってこようか? 下にまだあるから」
「え、マジ? うん、ぜひぜひ!」
「はるちゃん、わたし行こうか?」
「いいの、美夕は今日の主人公でしょ。座ってて」
 わたしは立ち上がり、部屋を出る。あの場にみんなといては思考に意識を集中させられない。少し一人になって落ち着いて考える時間が欲しいと思った。
 そもそも、わたしはなぜ殺されなければならないのだろう。あの中の誰が犯人であるにせよ、わたしを殺す動機が思い当たらない。三人とは同じ高校の友人同士。クラスも一緒で、ちょっと古い言い方だと「イツメン」というやつだ。渚とは部活が同じテニス部で、美夕とは中学から一緒、大人っぽい雪乃にはちょくちょく彼氏とのことで相談に乗ってもらっている。出会った時期や関わり方に多少の違いはあれど、三人ともわたしにとって大切な友だち。彼女たちにとってもそれは同じ……はず。
 階段を下りたところで、玄関に目が向く。やっぱり、外からの闖入者による犯行なのだろうか。玄関ドアの戸締りを確認する。うん、ちゃんと鍵はかかってる。
 あ、ていうか――
 このまま帰っちゃえばいいんじゃないか? 殺されるとわかっていながら、この家に留まり続ける理由はない。
 ……いや、駄目だ。わたしは料理を持ってくると言って部屋を出てきてしまった。急に用事ができたことにして帰るにしても、タイミングが不自然すぎる。せめてパエリアを届けてからにしないと。
 靴を脱ぎ、キッチンに向かう。カウンターの上には料理に使った道具や各種調味料が出されたままになっている。料理は得意だけど、片付けは苦手なのだ。冷蔵庫にしまっていたパエリアを取り出し、レンジに入れる。すると背後から足音が聞こえた。
「どうしたの、なぎ?」
 振り返ると、渚が立っていた。
「いやー。雪乃に『お前のために働いてくれるんだから、せめて運ぶのくらい手伝え』って言われちゃって」
 と渚は頭を掻く。「なるほどね」と笑いながら応じたところで、ふと気づく。
 ここはキッチン。人を殺す凶器となり得る道具がこの場所には存在する。そして、折しもその道具は現在、渚のいる側の近くに置かれている。ちゃんと片付けなかったことを激しく後悔する。
「それにしても、はるって本当、料理上手だよねえ。将来、嫁に行き遅れたらはると結婚しよ」
「なんでわたしも結婚してない前提なのよ。なぎと結婚したら食費大変そうだから、お断り」
 くだらない会話で笑い合いながら、わたしの視線は渚の近くに置かれている包丁にばかり向いてしまう。刃物を刺されて死ぬ。そのイメージが脳内に色濃く浮かび上がる。笑っている渚の背後からどす黒いオーラが発されている……ように見える。
 と、そのときだった。
「あ、あれ……?」
 不思議そうに渚が首を傾げる。ゲホゲホと変な咳をし始めた。
「どうしたの?」
「いや、なんか……」
 そう言った次の瞬間、渚の目が大きく見開かれた。胸に手を当て、よろよろとその場に倒れ伏してしまう。
「ち、ちょっと、なぎ?」
 床の上で苦悶の表情を浮かべる渚。途絶えがちに何か言葉を発するが、何を言っているかは聞き取れない。
「なぎ! 渚!」
 やがて一切の動きが止まった。名前を呼んでも返事は返ってこない。一体、どうしてしまったというのだろう。
 震える足でわたしは立ち上がった。何度も転びそうになりながら、階段を駆け上がる。


次のエピソードへ進む 3


みんなのリアクション

「――でさあ、そのとき|知恵里《ちえり》がね、」
 渚の話に「何よそれ」と雪乃が呆れたような声を出す。美夕は可笑しそうに笑いながら相槌代わりの頷きを返している。
 この中の誰に、わたしは殺されるのだろう。もう何度となくループを繰り返しているけれど、それはわからない。映画やアニメなどでよく見る、いわゆる「ループもの」の作品では、タイムループしている本人はループ中の記憶を全て保持していることが多いと思うのだけど、わたしの場合はそうじゃない。誰に、どうして、どのように殺されるか。このあと何が起こるかさえ、わたしの脳内からは失われている。覚えているのはこの家で何か刃物を刺されて死ぬことと、「自分は同じ時間をループしている」という感覚のみ。どちらも曖昧で、でも確かな感覚だ。
 タイムループ……いや、この場合タイムリープか? どっちでもいいけど、前の時間に戻るトリガー、基点となる出来事はおそらくわたしの死だ。不思議なことに、死んでから戻ってくるまでの間のことはよく覚えている。失われていた五感を取り戻し、気が付くとまた美夕の部屋でみんなとテーブルを囲んでいる。
 では、わたしを殺した(殺す?)犯人がこの中にいるとわたしが考える理由は何なのか? それは単純に、今日この家にはこの三人、わたしを含めた四人しかいないからだ。誕生日会と聞いて気を利かせてか、美夕の両親は外出中で夜まで帰ってこないらしい。となると自然、容疑者はこの三人に絞られる。もちろん、家に突如闖入してきた暴漢に殺される、ということも考えられるし、むしろそのほうが友だちに殺されると考えるより精神衛生的には楽なのだけど……。
「……はるちゃん、大丈夫?」
 美夕の声に我に返る。
「ご、ごめんごめん、ちょっとぼうっとしてただけ」
「本当に? なんだか顔色も良くないし、調子悪そうだけど……」
「大丈夫。本当にただぼうっとしてただけだから。心配してくれてありがとね、美夕」
「う、うん」と美夕ははにかむように微笑んで、「でも、無理はしないでね」とまた心配そうな顔をする。
「そうだぞ、はるー。無理はするな。もし調子悪いんだったら、代わりにウチがはるの分の料理、全部食べてやるぞ」
「あんたは。食べ物のことしか考えられんのか」
 雪乃が軽く握った拳で渚の頭をこつんと小突く。美夕が笑うのに合わせて、わたしもアハハと笑い声を出す。
「でもさ、実際すっごい美味しいんだもん、はるの料理。特にこのパエリアなんて、味噌の風味が効いてて、もう最高!」
「そうね。|私《わたし》も、|葉瑠子《はるこ》がこんなに料理上手なんて知らなかったわ」
「まあ、それほどでも……」
 実際にはただ買ってきただけの既製品も含まれているけれど、今日の料理のほとんどはわたしが作ったものだ。料理は数少ない特技の一つ。褒められれば、悪い気はしない。
「はるちゃん、中学のとき調理部だったから」
 遠慮がちに美夕が口を挟む。
「へー、道理で! いやー、やっぱ持つべきものは元調理部の友だよね。現調理部でもいいけど」
「おい、そう言いながらまた人の皿から取るな!」
「ア、アハハ。……ねえ、なぎ。そんなに気に入ってくれたなら、パエリアもっと持ってこようか? 下にまだあるから」
「え、マジ? うん、ぜひぜひ!」
「はるちゃん、わたし行こうか?」
「いいの、美夕は今日の主人公でしょ。座ってて」
 わたしは立ち上がり、部屋を出る。あの場にみんなといては思考に意識を集中させられない。少し一人になって落ち着いて考える時間が欲しいと思った。
 そもそも、わたしはなぜ殺されなければならないのだろう。あの中の誰が犯人であるにせよ、わたしを殺す動機が思い当たらない。三人とは同じ高校の友人同士。クラスも一緒で、ちょっと古い言い方だと「イツメン」というやつだ。渚とは部活が同じテニス部で、美夕とは中学から一緒、大人っぽい雪乃にはちょくちょく彼氏とのことで相談に乗ってもらっている。出会った時期や関わり方に多少の違いはあれど、三人ともわたしにとって大切な友だち。彼女たちにとってもそれは同じ……はず。
 階段を下りたところで、玄関に目が向く。やっぱり、外からの闖入者による犯行なのだろうか。玄関ドアの戸締りを確認する。うん、ちゃんと鍵はかかってる。
 あ、ていうか――
 このまま帰っちゃえばいいんじゃないか? 殺されるとわかっていながら、この家に留まり続ける理由はない。
 ……いや、駄目だ。わたしは料理を持ってくると言って部屋を出てきてしまった。急に用事ができたことにして帰るにしても、タイミングが不自然すぎる。せめてパエリアを届けてからにしないと。
 靴を脱ぎ、キッチンに向かう。カウンターの上には料理に使った道具や各種調味料が出されたままになっている。料理は得意だけど、片付けは苦手なのだ。冷蔵庫にしまっていたパエリアを取り出し、レンジに入れる。すると背後から足音が聞こえた。
「どうしたの、なぎ?」
 振り返ると、渚が立っていた。
「いやー。雪乃に『お前のために働いてくれるんだから、せめて運ぶのくらい手伝え』って言われちゃって」
 と渚は頭を掻く。「なるほどね」と笑いながら応じたところで、ふと気づく。
 ここはキッチン。人を殺す凶器となり得る道具がこの場所には存在する。そして、折しもその道具は現在、渚のいる側の近くに置かれている。ちゃんと片付けなかったことを激しく後悔する。
「それにしても、はるって本当、料理上手だよねえ。将来、嫁に行き遅れたらはると結婚しよ」
「なんでわたしも結婚してない前提なのよ。なぎと結婚したら食費大変そうだから、お断り」
 くだらない会話で笑い合いながら、わたしの視線は渚の近くに置かれている包丁にばかり向いてしまう。刃物を刺されて死ぬ。そのイメージが脳内に色濃く浮かび上がる。笑っている渚の背後からどす黒いオーラが発されている……ように見える。
 と、そのときだった。
「あ、あれ……?」
 不思議そうに渚が首を傾げる。ゲホゲホと変な咳をし始めた。
「どうしたの?」
「いや、なんか……」
 そう言った次の瞬間、渚の目が大きく見開かれた。胸に手を当て、よろよろとその場に倒れ伏してしまう。
「ち、ちょっと、なぎ?」
 床の上で苦悶の表情を浮かべる渚。途絶えがちに何か言葉を発するが、何を言っているかは聞き取れない。
「なぎ! 渚!」
 やがて一切の動きが止まった。名前を呼んでも返事は返ってこない。一体、どうしてしまったというのだろう。
 震える足でわたしは立ち上がった。何度も転びそうになりながら、階段を駆け上がる。