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第2話 「ハルの歌」

ー/ー



 ――タタン、ツッタン……。

 あいていた座席にすわり目を閉じたオレは、線路と車輪が織りなすパーカッションを伴奏に寝息という吹奏楽を奏でようとしていた。

 ふわり、春風――。

 なにか無性に懐かしく、狂おしいほど抱きしめたくなる香りが鼻先をくすぐった。オレはぼんやり目を開けた――。

 エデンの園。

 オレは咲き乱れるお花畑を幻視した。たそがれたサラリーマンたちの間から後光が差していた。
 そうか。ハロー効果とはこういうことか。

 光の中に天使(晴海先輩)がいた。

(ハルP――)

 反射的に立ち上がろうとして、オレは寸前に思いとどまった。
 せっかくの偶然、いや、運命ではないか。この僥倖を生かさなくては。

 その瞬間にオレは家に帰りつくことをあきらめた。偶然を装い、ハルPと同じ駅で下車する。そして、天使を家まで送るのだ。理由などなんとでもつく。女性一人で夜道は危ないとかなんとか。
 ジンクスが本物ならば、おそらくオレは道に迷うだろう。それが運命というなら受け入れよう。

 逆境であればあるほどオレとハルPの運勢は強くからみ合う。因縁は宿縁となって、宿命へと変わるのだ。うおー、燃えてきたぞ!

 ――ギッ、カチャン、プシュー。

 やがて電車が止まり、ハルPがホームに降りた。影の如く、オレもその後に続く。ホームを吹き抜ける風がハルPのセミロング・ヘアーを揺らし、天上のアロマをオレの鼻先に運んでくる。

 ――プシュー、ダトン……タタン……。

 オレたちが乗ってきた電車が去っていく。見慣れたカバンを網棚に載せて――。

「あ、オレのカバン……」

 その後オレは次の電車で終点まで進み、落とし物センターで見つかったカバンを回収した。
 すべてが終わって帰宅したのは十二時を回ったころだった。つ、疲れた……。

「ううむ。庶務課の天使おそるべし! だが、これで終わったと思うなよ。今日はこれくらいにしといてやる!」

 オレは疲労感と特殊な多幸感に包まれて、眠りの国に旅立った。

 ◇

「えっ? ハルさんの誕生日って今月なんですか?」
「そうなの。十日だから、来週ね」

 これは! 重要情報ゲットだぜ!
 ここでナイスなプレゼントを贈ってハルPを喜ばせれば、オレたちの関係がぐっと近づくというわけだ。

「えーと、ちなみになんだけど、ハルさんってなにかほしいものありますか?」
「あ、ひょっとしてバースデー・プレゼントを渡そうとしてる? ダメよ、そういうの!」
「えっ?」

 ハルPはめずらしく目をとがらせて声を強めた。まったく怖くないけどね。なんだろう。ケーキづくしのスイーツ・バーの途中で、甘じょっぱいみたらし団子を味変にはさんだみたいな?

「プレゼント禁止です?」
「だって孝二くんまだ新人じゃない? お金ないのに、むだづかいしちゃダメ!」
「ムダじゃないっす!」

 オレは力をこめてさけんだが、ハルPは聞いてくれなかった。

「ダメよ。もし買ってきても受け取らないからね?」

 この件はこれにて終了という勢いでハルPは話を断ち切った。残念だが、撤退やむなし。
 しかし、オレは打たれ強い男。この撤退はあくまでも作戦上のものであり、敵を油断させる偽装行動である!

 買わなきゃいいんでしょ? 買わなきゃ。

 ならば、作る! 創る! 造る! 今日からオレはクリエイターです! どうぞ、よろしく。
 今日は金曜日、十日は来週の月曜日。今晩を入れれば三日もあるではないか。

 三日もあればジェット機でも作れらあ! いや、ジェット機は作れんけど。

 その晩オレはハルPへのバースデー・プレゼントに何を作るかを必死に考えた。
 むだづかいをするなという趣旨を考えると、材料に金をかけることはできない。

 そうかといって安物はダメだ。クリエイターとしてのセンスを疑われる。あと、「誠意」的なものが足りないと思われる。そう、誠意とは「金額」と「労力」で示すものだ。

 お金をかけられないとなると、「労力」をかけるしかないな。「センス」の方はお任せあれだ。

 あ、バカにしてはいけない。こう見えてもセンスだけには恵まれているのだ。学力と体力が足りない部分をセンスと直感で補ってきたのが、このオレだ。
 勢いと思いつきで生きてきたともいわれるが……。ほっといてくれ。

「いっそのこと、材料がいらない物を作るか? ソフト的なものってことだよね。パソコン使えないけど……」

 自慢ではないがプログラミングの技術はない。エクセル表がせいいっぱいだったりするし。
 情弱と呼びたくば呼べ! 病弱な美少女だったらウケがいいのに、健康な情弱男子に冷たすぎるぞ! この世の中は。

 脱線した。ソフトとは無形の創作物だ! うん、いいかえてみただけだけど。
 無形ね。形なきもの。

 文学とか? デザインとか? レシピもありか?
 ――ダメだ。全部素質ゼロだぞ。そもそもオレに創作なんてできるのか?

 いや、待て待て。創作したことあるぞ? 中学時代――バンドやってたよね? 曲作ってたじゃん!

 恋とか愛とか、ラブとかアモーレとか、そんなテーマで歌を作ったぞ。ぜんぶラブソングか。
 中学生男子に羞恥心なんて上品なもんはないからな。勢いと思いつきでやってたぞ、路上ライブ。

 楽器引けないのに。

 うわあ、よく駅前とかでやったなぁ。いまから思うと恐ろしい。あんなの動画で残ってたらデジタル・タトゥーじゃん。――残ってないよな?

 とにかく、金をかけずになけなしのセンスを生かすなら「音楽」だ! 自分で「なけなしのセンス」っていっちゃってるのが悲しいけど……。

 それからオレは土曜の朝まで徹夜して詩を書き上げた。
 朝飯食って、午後三時まで昼寝。昼から日曜の朝まで作曲し、昼寝の後、でき上がった曲をスマホに吹き込んだ。

「ハルの歌」

 そうタイトルをつけた伴奏もない歌をMP3ファイルに落とし込んだ時、時刻は月曜の午前一時になっていた。

「見たか、勢いと思いつきの成果を! いや違った、センスと直感だった。どっちでもいいけど」

 オレは倒れ込むようにベッドにもぐりこみ、目覚ましに起こされるまで深い眠りをむさぼった。

 ◇

「聞いてください。『ハルの歌』です」

 月曜の朝、始業前のハルPをつかまえて、イヤホンで自作の歌を聞いてもらった。
 だいじょうぶ。歌唱力ならある。アニソンで鍛え上げたからね。陽キャのオタクをなめんなよ?

『……ボクは天使にキスをした』

 オレ入魂のラブソングが終わった。突っ走ってかなり攻めた歌詞になってしまったが、ここは勢いを大切にしようとオレのハートが主張した。
 二十二歳になっても相変わらずオレには羞恥心が芽生えていないようだ。

 ハルPの反応は……?


次のエピソードへ進む 第3話 「答えは――イエスよ」


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 ――タタン、ツッタン……。
 あいていた座席にすわり目を閉じたオレは、線路と車輪が織りなすパーカッションを伴奏に寝息という吹奏楽を奏でようとしていた。
 ふわり、春風――。
 なにか無性に懐かしく、狂おしいほど抱きしめたくなる香りが鼻先をくすぐった。オレはぼんやり目を開けた――。
 エデンの園。
 オレは咲き乱れるお花畑を幻視した。たそがれたサラリーマンたちの間から後光が差していた。
 そうか。ハロー効果とはこういうことか。
 光の中に|天使《晴海先輩》がいた。
(ハルP――)
 反射的に立ち上がろうとして、オレは寸前に思いとどまった。
 せっかくの偶然、いや、運命ではないか。この僥倖を生かさなくては。
 その瞬間にオレは家に帰りつくことをあきらめた。偶然を装い、ハルPと同じ駅で下車する。そして、天使を家まで送るのだ。理由などなんとでもつく。女性一人で夜道は危ないとかなんとか。
 ジンクスが本物ならば、おそらくオレは道に迷うだろう。それが運命というなら受け入れよう。
 逆境であればあるほどオレとハルPの運勢は強くからみ合う。因縁は宿縁となって、宿命へと変わるのだ。うおー、燃えてきたぞ!
 ――ギッ、カチャン、プシュー。
 やがて電車が止まり、ハルPがホームに降りた。影の如く、オレもその後に続く。ホームを吹き抜ける風がハルPのセミロング・ヘアーを揺らし、天上のアロマをオレの鼻先に運んでくる。
 ――プシュー、ダトン……タタン……。
 オレたちが乗ってきた電車が去っていく。見慣れたカバンを網棚に載せて――。
「あ、オレのカバン……」
 その後オレは次の電車で終点まで進み、落とし物センターで見つかったカバンを回収した。
 すべてが終わって帰宅したのは十二時を回ったころだった。つ、疲れた……。
「ううむ。庶務課の天使おそるべし! だが、これで終わったと思うなよ。今日はこれくらいにしといてやる!」
 オレは疲労感と特殊な多幸感に包まれて、眠りの国に旅立った。
 ◇
「えっ? ハルさんの誕生日って今月なんですか?」
「そうなの。十日だから、来週ね」
 これは! 重要情報ゲットだぜ!
 ここでナイスなプレゼントを贈ってハルPを喜ばせれば、オレたちの関係がぐっと近づくというわけだ。
「えーと、ちなみになんだけど、ハルさんってなにかほしいものありますか?」
「あ、ひょっとしてバースデー・プレゼントを渡そうとしてる? ダメよ、そういうの!」
「えっ?」
 ハルPはめずらしく目をとがらせて声を強めた。まったく怖くないけどね。なんだろう。ケーキづくしのスイーツ・バーの途中で、甘じょっぱいみたらし団子を味変にはさんだみたいな?
「プレゼント禁止です?」
「だって孝二くんまだ新人じゃない? お金ないのに、むだづかいしちゃダメ!」
「ムダじゃないっす!」
 オレは力をこめてさけんだが、ハルPは聞いてくれなかった。
「ダメよ。もし買ってきても受け取らないからね?」
 この件はこれにて終了という勢いでハルPは話を断ち切った。残念だが、撤退やむなし。
 しかし、オレは打たれ強い男。この撤退はあくまでも作戦上のものであり、敵を油断させる偽装行動である!
 買わなきゃいいんでしょ? 買わなきゃ。
 ならば、作る! 創る! 造る! 今日からオレはクリエイターです! どうぞ、よろしく。
 今日は金曜日、十日は来週の月曜日。今晩を入れれば三日もあるではないか。
 三日もあればジェット機でも作れらあ! いや、ジェット機は作れんけど。
 その晩オレはハルPへのバースデー・プレゼントに何を作るかを必死に考えた。
 むだづかいをするなという趣旨を考えると、材料に金をかけることはできない。
 そうかといって安物はダメだ。クリエイターとしてのセンスを疑われる。あと、「誠意」的なものが足りないと思われる。そう、誠意とは「金額」と「労力」で示すものだ。
 お金をかけられないとなると、「労力」をかけるしかないな。「センス」の方はお任せあれだ。
 あ、バカにしてはいけない。こう見えてもセンスだけには恵まれているのだ。学力と体力が足りない部分をセンスと直感で補ってきたのが、このオレだ。
 勢いと思いつきで生きてきたともいわれるが……。ほっといてくれ。
「いっそのこと、材料がいらない物を作るか? ソフト的なものってことだよね。パソコン使えないけど……」
 自慢ではないがプログラミングの技術はない。エクセル表がせいいっぱいだったりするし。
 情弱と呼びたくば呼べ! 病弱な美少女だったらウケがいいのに、健康な情弱男子に冷たすぎるぞ! この世の中は。
 脱線した。ソフトとは無形の創作物だ! うん、いいかえてみただけだけど。
 無形ね。形なきもの。
 文学とか? デザインとか? レシピもありか?
 ――ダメだ。全部素質ゼロだぞ。そもそもオレに創作なんてできるのか?
 いや、待て待て。創作したことあるぞ? 中学時代――バンドやってたよね? 曲作ってたじゃん!
 恋とか愛とか、ラブとかアモーレとか、そんなテーマで歌を作ったぞ。ぜんぶラブソングか。
 中学生男子に羞恥心なんて上品なもんはないからな。勢いと思いつきでやってたぞ、路上ライブ。
 楽器引けないのに。
 うわあ、よく駅前とかでやったなぁ。いまから思うと恐ろしい。あんなの動画で残ってたらデジタル・タトゥーじゃん。――残ってないよな?
 とにかく、金をかけずになけなしのセンスを生かすなら「音楽」だ! 自分で「なけなしのセンス」っていっちゃってるのが悲しいけど……。
 それからオレは土曜の朝まで徹夜して詩を書き上げた。
 朝飯食って、午後三時まで昼寝。昼から日曜の朝まで作曲し、昼寝の後、でき上がった曲をスマホに吹き込んだ。
「ハルの歌」
 そうタイトルをつけた伴奏もない歌をMP3ファイルに落とし込んだ時、時刻は月曜の午前一時になっていた。
「見たか、勢いと思いつきの成果を! いや違った、センスと直感だった。どっちでもいいけど」
 オレは倒れ込むようにベッドにもぐりこみ、目覚ましに起こされるまで深い眠りをむさぼった。
 ◇
「聞いてください。『ハルの歌』です」
 月曜の朝、始業前のハルPをつかまえて、イヤホンで自作の歌を聞いてもらった。
 だいじょうぶ。歌唱力ならある。アニソンで鍛え上げたからね。陽キャのオタクをなめんなよ?
『……ボクは天使にキスをした』
 オレ入魂のラブソングが終わった。突っ走ってかなり攻めた歌詞になってしまったが、ここは勢いを大切にしようとオレのハートが主張した。
 二十二歳になっても相変わらずオレには羞恥心が芽生えていないようだ。
 ハルPの反応は……?