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第26話 生き延びる決意

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 その頃のクロナは、ブラナが教えてくれた隠れ家で新たな生活を始めていた。
 眷属となったアサシンスパイダーによれば、この山のふもと辺りには強い魔物がごろごろと存在しているらしい。

「なるほど、あなた以上に強い魔物もいるのですか」

『はい。私の種族であるアサシンスパイダーは、この森では最弱の部類。なので、相当の腕前の持ち主でもない限り、ここにはたどり着けぬであろう』

「ならば、しばらくは安心ですね」

 アサシンスパイダーの話を聞いて、クロナはほっと安心した顔をしている。
 今日までいろんな人に襲い掛かられてきたので、生きた心地がしてこなかったのだ。ようやく訪れた安寧に、クロナは笑顔を見せる余裕を持つことができたのだ。

『しかし、その邪神というのは許せぬもの。ただでさえ聖女という存在は、この世界にはなくてはならない存在。その運命を捻じ曲げるなど、並の邪神では思いつかぬこと。干渉することができるのなら、ぎったぎたにしてやりたいものだ』

 アサシンスパイダーは、かなり怒っているようだった。

「そういえば、みなさんどうして私に付き従ってくれるのでしょうか。魔物といえば、本来聖女とは敵対し合うもののはずです」

 クロナはふと疑問を投げかける。
 確かに、クロナの言う通りである。これは、次期聖女として見初められた時から、ずっと教えられてきたことでもある。それゆえ、クロナはかなり疑問に感じているのだ。

『それは人間の教えが間違っておりますな。過去の聖女の中には、魔物を従えた者もいるはずだ』

 アサシンスパイダーはそう話す。
 ところが、クロナは目をぱちぱちとさせるばかりのようだ。信じられないといった顔である。

『私の中に、聖女様をお守りしなくてはいう気持ちが芽生えた時、同時に様々な知識も流れ込んできた。その中には、そのような知識もあったのだ』

『それは我々も同じ。ただ、魔物を使役するという能力であるがため、当時の聖女は表立って能力を使うことはなかったようです。こっそりと力を使い、魔族の軍勢や敵対勢力に対して、有利に戦況を展開したのだとか』

「そうなのですね」

 虫たちと話しをしていたクロナは、少し気持ちが沈んでしまったようである。
 このままではいけないと、虫たちはいろいろとクロナに声をかける。

『聖女様、強力な魔物がいる場所とはいえ、油断は禁物。邪神に操られた人間たちが、いつここに攻め入るか分かりません。少しでも奴らに抵抗できるように、力をつけませんと』

「え、ええ。そうですね。そうなると、家族や友人たちと、敵対することになりますのね……」

 ますますクロナの気持ちが落ち込んでしまう。
 人間ではない虫たちにとって、こういう時にどういえばいいのか、まったく分からないのだ。
 対処に困った虫たちは、少しの間話し合いをすることにしたようだった。

『聖女様、私は食べ物を探してまいります。アリどもよ、聖女様をよろしく頼むぞ』

『もちろんですとも!』

 スチールアントたちは、洞窟を出ていくアサシンスパイダーを見送っている。
 その間も、クロナはしゅんと下を向いたままだった。

 しばらくすると、アサシンスパイダーが戻ってくる。

『今戻った。途中でまた拾い物をしたので、こいつらの面倒を頼む』

 アサシンスパイダーはそう言うと、糸でぐるぐる巻きになったスチールアントを放り投げてきた。

『あだっ!』

『いてっ!』

『ぐえっ!』

 放り投げられたスチールアントたちは、受け身も取れずに地面に叩きつけられ、とても痛そうな声を出している。

『おお、お前たち。無事だったのか』

『はい。我々を全滅させたと思ったのか、あの人間たちは引き揚げていきました。おそらく軍勢をかなりやられた上、聖女様も見失ったので、一度諦めたのだと思われます』

「……そうですか。バタフィー殿下、あれはまさに別人という感じでしたね」

 スチールアントの報告を聞いて、クロナは悲しそうに膝を抱え込んで顔を伏せてしまう。
 婚約寸前までいっただけに、つい優しいバタフィー王子を思い出して悲しくなってしまったのだ。

『聖女様が悲しむからと、我々は手加減して戦っていたのですが、一人だけ軽装の人物は次々と兵士を粛正していました。なんというか、その姿は悪魔のようでしたね』

「そんな……」

 クロナのショックは計り知れない。
 優しかったバタフィー王子の性格が残忍になるくらい、邪神による聖女抹殺計画は徹底的なもののようだった。

『なんともひどい話だな。仲の良い者同士で殺し合いをさせるとは、邪神というのは性格が歪み切っておりますな』

『だから、邪神なのでしょう。苦しむ姿を見てほくそ笑んでいると思われますよ』

 クロナの目の前で、虫たちがやいやいと騒いでいる。
 そんな中、突然クロナが自分の頬をパンと叩く。

『……聖女様?』

 思わず固まってしまう虫たち。

「くよくよしていられませんね。とにかく三年間、私は生き延びねばなりません。その時にはすべてが元に戻ると信じて、なんとしてでも世界を守るために生き残らなければ」

『はい、その通りでございます』

『我らも聖女様のため、盾となり、剣となり、必ずや願いを叶えてみせます』

「はい、よろしくお願い致します」

 虫たちの話で気持ちを奮い立たせたクロナ。
 神がすべてを元に戻すといった三年後まで、生き延びる決意を新たにしたのだ。自分たちを苦しめる邪神に屈しないために。


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 その頃のクロナは、ブラナが教えてくれた隠れ家で新たな生活を始めていた。
 眷属となったアサシンスパイダーによれば、この山のふもと辺りには強い魔物がごろごろと存在しているらしい。
「なるほど、あなた以上に強い魔物もいるのですか」
『はい。私の種族であるアサシンスパイダーは、この森では最弱の部類。なので、相当の腕前の持ち主でもない限り、ここにはたどり着けぬであろう』
「ならば、しばらくは安心ですね」
 アサシンスパイダーの話を聞いて、クロナはほっと安心した顔をしている。
 今日までいろんな人に襲い掛かられてきたので、生きた心地がしてこなかったのだ。ようやく訪れた安寧に、クロナは笑顔を見せる余裕を持つことができたのだ。
『しかし、その邪神というのは許せぬもの。ただでさえ聖女という存在は、この世界にはなくてはならない存在。その運命を捻じ曲げるなど、並の邪神では思いつかぬこと。干渉することができるのなら、ぎったぎたにしてやりたいものだ』
 アサシンスパイダーは、かなり怒っているようだった。
「そういえば、みなさんどうして私に付き従ってくれるのでしょうか。魔物といえば、本来聖女とは敵対し合うもののはずです」
 クロナはふと疑問を投げかける。
 確かに、クロナの言う通りである。これは、次期聖女として見初められた時から、ずっと教えられてきたことでもある。それゆえ、クロナはかなり疑問に感じているのだ。
『それは人間の教えが間違っておりますな。過去の聖女の中には、魔物を従えた者もいるはずだ』
 アサシンスパイダーはそう話す。
 ところが、クロナは目をぱちぱちとさせるばかりのようだ。信じられないといった顔である。
『私の中に、聖女様をお守りしなくてはいう気持ちが芽生えた時、同時に様々な知識も流れ込んできた。その中には、そのような知識もあったのだ』
『それは我々も同じ。ただ、魔物を使役するという能力であるがため、当時の聖女は表立って能力を使うことはなかったようです。こっそりと力を使い、魔族の軍勢や敵対勢力に対して、有利に戦況を展開したのだとか』
「そうなのですね」
 虫たちと話しをしていたクロナは、少し気持ちが沈んでしまったようである。
 このままではいけないと、虫たちはいろいろとクロナに声をかける。
『聖女様、強力な魔物がいる場所とはいえ、油断は禁物。邪神に操られた人間たちが、いつここに攻め入るか分かりません。少しでも奴らに抵抗できるように、力をつけませんと』
「え、ええ。そうですね。そうなると、家族や友人たちと、敵対することになりますのね……」
 ますますクロナの気持ちが落ち込んでしまう。
 人間ではない虫たちにとって、こういう時にどういえばいいのか、まったく分からないのだ。
 対処に困った虫たちは、少しの間話し合いをすることにしたようだった。
『聖女様、私は食べ物を探してまいります。アリどもよ、聖女様をよろしく頼むぞ』
『もちろんですとも!』
 スチールアントたちは、洞窟を出ていくアサシンスパイダーを見送っている。
 その間も、クロナはしゅんと下を向いたままだった。
 しばらくすると、アサシンスパイダーが戻ってくる。
『今戻った。途中でまた拾い物をしたので、こいつらの面倒を頼む』
 アサシンスパイダーはそう言うと、糸でぐるぐる巻きになったスチールアントを放り投げてきた。
『あだっ!』
『いてっ!』
『ぐえっ!』
 放り投げられたスチールアントたちは、受け身も取れずに地面に叩きつけられ、とても痛そうな声を出している。
『おお、お前たち。無事だったのか』
『はい。我々を全滅させたと思ったのか、あの人間たちは引き揚げていきました。おそらく軍勢をかなりやられた上、聖女様も見失ったので、一度諦めたのだと思われます』
「……そうですか。バタフィー殿下、あれはまさに別人という感じでしたね」
 スチールアントの報告を聞いて、クロナは悲しそうに膝を抱え込んで顔を伏せてしまう。
 婚約寸前までいっただけに、つい優しいバタフィー王子を思い出して悲しくなってしまったのだ。
『聖女様が悲しむからと、我々は手加減して戦っていたのですが、一人だけ軽装の人物は次々と兵士を粛正していました。なんというか、その姿は悪魔のようでしたね』
「そんな……」
 クロナのショックは計り知れない。
 優しかったバタフィー王子の性格が残忍になるくらい、邪神による聖女抹殺計画は徹底的なもののようだった。
『なんともひどい話だな。仲の良い者同士で殺し合いをさせるとは、邪神というのは性格が歪み切っておりますな』
『だから、邪神なのでしょう。苦しむ姿を見てほくそ笑んでいると思われますよ』
 クロナの目の前で、虫たちがやいやいと騒いでいる。
 そんな中、突然クロナが自分の頬をパンと叩く。
『……聖女様?』
 思わず固まってしまう虫たち。
「くよくよしていられませんね。とにかく三年間、私は生き延びねばなりません。その時にはすべてが元に戻ると信じて、なんとしてでも世界を守るために生き残らなければ」
『はい、その通りでございます』
『我らも聖女様のため、盾となり、剣となり、必ずや願いを叶えてみせます』
「はい、よろしくお願い致します」
 虫たちの話で気持ちを奮い立たせたクロナ。
 神がすべてを元に戻すといった三年後まで、生き延びる決意を新たにしたのだ。自分たちを苦しめる邪神に屈しないために。