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第3話 つよい男

ー/ー



 その日も、空には変わらず白い光が浮かんでいた。あれはずっと変わらずそこにあって、わたしの気を惹いてならない。なぜだろうか。

 理由はわからないが、あの光がわたしを呼んでいるような気がするのだ。見ていると、胸がざわざわとする。

 見ていない時ですら、あの白い光がじっとわたしをみているような気がしてならないのだ。気になって仕方がない。

 そう思い、ふと気が付けば空を見上げている。真っ暗な空には、他に見えるものがないからだろうか。

 暗闇の中でも、あの白い光は強すぎず、控えめなようで確かな存在感を放っている。ただそこにあるだけで気になる存在……イシヅキが言うように、わたしは退屈しているのかもしれない。

 他に何か気を紛らわせられるものがあれば、違うのだろうか。

 背後からマロが、とことこ足音を立ててやってくる音が聞こえた。

「アベチカ様がおいでです」

 マロが口をへの字に曲げていう。そのすぐ脇から大手を振って、どしどしと足音を踏み鳴らしながら一人の男が前へ出た。

「よぉ、姫さん。元気にしてたか?」

 にかっと口元に白い歯を見せて、アベチカが右手をあげて見せた。マロより少し高い位置に頭がある。烏帽子も被らず、着崩した胸元からは引き締まった胸筋が自己主張をしている。

 この男は、見た目より大きく見えるから不思議だ。

「なんだ、暗い顔をして。また悪い夢でも見たか?」

 話を聞こう、とでも言うようにアベチカは、わたしの近くにどかりと腰を下ろし、胡坐(あぐら)をかいた。気温が二、三度あがった気がする。

「夢……ではない。あの、空に浮かんでいる白い光は、なに?」

 わたしが空を指さすと、アベチカの少し後ろでマロが眉をひそめた。またですか、という彼の心の声が聞こえてくるようだ。

 わたしは、マロにも同じ質問をした。でも彼は、いつもわたしの話をはぐらかして、答えを教えてくれない。それを知ることでわたしが、どこかへ行ってしまうと本気で思っているようなのだ。

 一方、アベチカは、不思議そうな顔で、あごに手を当てて首をかしげた。

「ん? 白い光……? オレには何も見えんが……」

 え、と一瞬わたしは息を止めた。アベチカは、ふざけているのだろうか。

「なにを言うか。あの暗い空に浮かんでいるであろう。わたしをたばかるな」

 わたしの目には、あんなにはっきりと見えているのに、アベチカに見えていない筈がない。

 アベチカが確かめるように空を見て、マロを振り返った。マロは困ったように肩をすくめて見せる。

「姫は退屈しておられるのです。アベチカ様の御力(おちから)で、なんとか姫の心を引き留めてくださいませ。そうすれば、妙なことも言わなくなりましょう」

 言葉とは裏腹に、マロの口調はどこか投げやりだ。本気でどうにかできると信じてはいないのだろう。むしろ、どうにかできるものならやってみろ、とでも言いたげに半目でアベチカを見ている。

 それにしても、マロまでわたしの言うことを信じてくれていないのだろうか。あんなにはっきりと光っているのに……。

「ふむ……なるほど。姫の御心(みこころ)を射止めた者が勝ち、という勝負だな、これは」

 にやり、とアベチカがしたり顔を浮かべる。

 わたしは、そんな勝負など口にしていない。むっとしたものの、アベチカが何をするつもりでいるのかは気になった。

 ぱんっ、と膝を叩いてアベチカが立ち上がる。わたしは咄嗟に身構えた。まさか力任せで何かする気ではないだろうが……。

 アベチカは、(たもと)から扇を取り出し右手に持ったまま虚空へと突き出した。すすっ、と足を床に滑らせて、肩に力を入れるのがわかった。開いた扇を真剣な表情で見据える。そこには、赤地に金箔が貼られ、何かの花びらが散っていた。

 扇がひらりひらりと虚空を泳ぎ、止まる。アベチカの動きに合わせて、扇は火の粉が散るように舞う。まるで生きた蝶が飛んでいるようだ。

 どんっ、と突然アベチカが床を踏み鳴らした。その力強い振動が床を伝って、わたしの下半身に響く。アベチカの全身が炎のようにゆらめく。

 彼の引き締まった腕に、玉のような汗が伝って落ちてゆくのを、わたしはぽうっとした頭で追い掛けた。

 アベチカの熱気がわたしの頬を、胸を包む。触れてもいないのに、まるでアベチカの腕の中にいるようだ。あの力強い腕で引き留められたら、わたしは…………と考え始めたところで、はっとした。

 鈴のような、薄氷が割れるような音が、わたしを現実へと引き戻してくれる。

 だが、アベチカにもマロにも、聞こえていないようだ。わたしにだけ聞こえたのだろうか…………。

 そっと視線をアベチカから空へと移す。そこには、変わらず黒い空に白い光が見えた。あれがわたしを呼んだのだろうか。

 わたしは、アベチカが床を踏み鳴らす振動を腹の底で感じながら、白い光を見上げ続けた。


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 その日も、空には変わらず白い光が浮かんでいた。あれはずっと変わらずそこにあって、わたしの気を惹いてならない。なぜだろうか。
 理由はわからないが、あの光がわたしを呼んでいるような気がするのだ。見ていると、胸がざわざわとする。
 見ていない時ですら、あの白い光がじっとわたしをみているような気がしてならないのだ。気になって仕方がない。
 そう思い、ふと気が付けば空を見上げている。真っ暗な空には、他に見えるものがないからだろうか。
 暗闇の中でも、あの白い光は強すぎず、控えめなようで確かな存在感を放っている。ただそこにあるだけで気になる存在……イシヅキが言うように、わたしは退屈しているのかもしれない。
 他に何か気を紛らわせられるものがあれば、違うのだろうか。
 背後からマロが、とことこ足音を立ててやってくる音が聞こえた。
「アベチカ様がおいでです」
 マロが口をへの字に曲げていう。そのすぐ脇から大手を振って、どしどしと足音を踏み鳴らしながら一人の男が前へ出た。
「よぉ、姫さん。元気にしてたか?」
 にかっと口元に白い歯を見せて、アベチカが右手をあげて見せた。マロより少し高い位置に頭がある。烏帽子も被らず、着崩した胸元からは引き締まった胸筋が自己主張をしている。
 この男は、見た目より大きく見えるから不思議だ。
「なんだ、暗い顔をして。また悪い夢でも見たか?」
 話を聞こう、とでも言うようにアベチカは、わたしの近くにどかりと腰を下ろし、|胡坐《あぐら》をかいた。気温が二、三度あがった気がする。
「夢……ではない。あの、空に浮かんでいる白い光は、なに?」
 わたしが空を指さすと、アベチカの少し後ろでマロが眉をひそめた。またですか、という彼の心の声が聞こえてくるようだ。
 わたしは、マロにも同じ質問をした。でも彼は、いつもわたしの話をはぐらかして、答えを教えてくれない。それを知ることでわたしが、どこかへ行ってしまうと本気で思っているようなのだ。
 一方、アベチカは、不思議そうな顔で、あごに手を当てて首をかしげた。
「ん? 白い光……? オレには何も見えんが……」
 え、と一瞬わたしは息を止めた。アベチカは、ふざけているのだろうか。
「なにを言うか。あの暗い空に浮かんでいるであろう。わたしをたばかるな」
 わたしの目には、あんなにはっきりと見えているのに、アベチカに見えていない筈がない。
 アベチカが確かめるように空を見て、マロを振り返った。マロは困ったように肩をすくめて見せる。
「姫は退屈しておられるのです。アベチカ様の|御力《おちから》で、なんとか姫の心を引き留めてくださいませ。そうすれば、妙なことも言わなくなりましょう」
 言葉とは裏腹に、マロの口調はどこか投げやりだ。本気でどうにかできると信じてはいないのだろう。むしろ、どうにかできるものならやってみろ、とでも言いたげに半目でアベチカを見ている。
 それにしても、マロまでわたしの言うことを信じてくれていないのだろうか。あんなにはっきりと光っているのに……。
「ふむ……なるほど。姫の|御心《みこころ》を射止めた者が勝ち、という勝負だな、これは」
 にやり、とアベチカがしたり顔を浮かべる。
 わたしは、そんな勝負など口にしていない。むっとしたものの、アベチカが何をするつもりでいるのかは気になった。
 ぱんっ、と膝を叩いてアベチカが立ち上がる。わたしは咄嗟に身構えた。まさか力任せで何かする気ではないだろうが……。
 アベチカは、|袂《たもと》から扇を取り出し右手に持ったまま虚空へと突き出した。すすっ、と足を床に滑らせて、肩に力を入れるのがわかった。開いた扇を真剣な表情で見据える。そこには、赤地に金箔が貼られ、何かの花びらが散っていた。
 扇がひらりひらりと虚空を泳ぎ、止まる。アベチカの動きに合わせて、扇は火の粉が散るように舞う。まるで生きた蝶が飛んでいるようだ。
 どんっ、と突然アベチカが床を踏み鳴らした。その力強い振動が床を伝って、わたしの下半身に響く。アベチカの全身が炎のようにゆらめく。
 彼の引き締まった腕に、玉のような汗が伝って落ちてゆくのを、わたしはぽうっとした頭で追い掛けた。
 アベチカの熱気がわたしの頬を、胸を包む。触れてもいないのに、まるでアベチカの腕の中にいるようだ。あの力強い腕で引き留められたら、わたしは…………と考え始めたところで、はっとした。
 鈴のような、薄氷が割れるような音が、わたしを現実へと引き戻してくれる。
 だが、アベチカにもマロにも、聞こえていないようだ。わたしにだけ聞こえたのだろうか…………。
 そっと視線をアベチカから空へと移す。そこには、変わらず黒い空に白い光が見えた。あれがわたしを呼んだのだろうか。
 わたしは、アベチカが床を踏み鳴らす振動を腹の底で感じながら、白い光を見上げ続けた。