マリア少佐は、指揮官としての重責を背負いながらも、その顔には疲労の色が濃く滲んでいた。
アビス殲滅作戦とアークライト防衛戦という二つの大作戦を同時に指揮することは、彼女一人ではあまりにも荷が重い。
「諸君、聞いてくれ」
マリアの言葉に、作戦室の空気が一瞬で張り詰めた。
「アビス殲滅部隊の指揮は、私が執る。しかし、アークライト防衛戦の指揮は、私にはできない」
マリアは、静かに、しかし決意に満ちた声で言葉を続けた。
「そこで、私は、このアークライト防衛戦の指揮を、この女性に任せる」
マリアは、そう言うと、作戦室の扉に視線を向けた。
扉が開くと、そこに立っていたのは、かつてマリアやエリナ、ディオンの親友であるアレンの姉であり、自らの私財を投じて討伐連合を支援してきた貴族、セシリア・オルコットだった。
しかし、彼女にはもう一つの顔があった。
「セシリア…なぜ、ここに?」
エリナが驚きの声を上げた。
セシリアは、マリアの隣に立つと、指揮官たちに静かに、しかし力強く語り始めた。
「私は、セシリア・オルコット。かつて、帝国との戦いで『鉄血の乙女』と呼ばれた猛将だ」
その言葉に、作戦室の空気が一瞬で凍りついた。
彼らは、セシリアが、かつて帝国軍の将校たちを震え上がらせた、伝説の指揮官であることを知っていた。
「アビスは、私の弟を殺した。そして、この世界の人間を愚弄している。私は、この戦争を終わらせる。そして、アビスという闇の勢力を、この手で滅ぼす」
セシリアはそう言うと、マリアから指揮権を象徴する通信機を受け取った。
彼女の瞳には、悲しみだけでなく、復讐の炎が燃え盛っていた。
「アークライト防衛戦の指揮は、私が執る。カイト大尉、マーリン殿、ご協力をお願いします」
セシリアの言葉に、カイトとマーリンは、静かに頷いた。彼らは、セシリアの圧倒的な存在感に、ただ圧倒されていた。
「ユウキ殿、リア殿。アビス殲滅部隊の成功を、心から祈っている。君たちの故郷への想いが、この世界の未来を切り開くと信じている」
セシリアは、そう言うと、ユウキとリアに深く頭を下げた。
ユウキとリアは、セシリアの言葉に、静かに頷いた。彼らは、セシリアが、自分たちと同じように、大切な人を失った悲しみを背負い、戦っていることを理解した。
◇◆◇◆◇
作戦会議が終わり、ユウキはリアと共に、アストレイアの格納庫へと向かった。
「ユウキ、大丈夫? ヴァルキリーさんとノワールさんと、一緒に戦うなんて……」
リアの声には、不安が滲んでいた。ユウキはリアの手を強く握りしめた。
「大丈夫だよ、リア。僕たちは、一人じゃない。ヴァルキリーさんも、ノワールさんも、僕たちと同じ、故郷を失った『召喚者』なんだ。彼女たちの言葉を信じよう」
ユウキの言葉に、リアは静かに頷いた。
格納庫の隅で、ヴァルキリーとノワールが静かに語り合っていた。
「ヴァルキリー。ユウキとリア、そしてマリア少佐は、私たちの言葉を信じてくれた。これで、アビスを打倒する道が開かれた」
ノワールの言葉に、ヴァルキリーは静かに頷いた。
「ああ。だが、ファントムめ……。奴は、まだ、伝説機のコアを狙っているだろう。我々は、奴の企みを阻止しなければならない」
ヴァルキリーは、静かにそう呟くと、ノワールに視線を向けた。その瞳には、故郷を失った悲しみと、アビスを打倒するという、強い決意が宿っていた。
◇◆◇◆◇
アークライトの格納庫に、アストレイア、ヴァルハラ、オケアノス、そしてバハムートの四つの伝説機が並べられている。
ユウキは、アストレイアのコックピットに乗り込み、リアと共に、最後の調整を行っていた。
「ユウキ…いよいよね」
リアがそう呟くと、ユウキはリアを優しく見つめ、静かに答える。
「ああ。いよいよだ。でも…大丈夫。リアがいてくれるから」
ユウキの言葉に、リアは静かに頷いた。
その時、アストレイアのコアが、激しい光を放ち始めた。その光は、格納庫に並べられたヴァルハラ、オケアノス、そしてバハムートのコアと共鳴していく。
四つの伝説機は、互いに共鳴し、眩いばかりの光を放ち始めた。
「これは…!伝説機が、共鳴している!」
格納庫にいる全員が、その光景をただ呆然と見つめていた。
四つの伝説機の共鳴は、アビスの計画を阻止するための、希望の光だった。
◇◆◇◆◇
出撃直前、アークライトの格納庫で、フードを深く被った人影があった。
「おやおや、お二人さん。まさか、今や討伐連合の精鋭が、このような場所で最終決戦の準備をされていようとは。驚きましたな」
グレイ・シャドーは、不気味な笑みを浮かべ、ノワールに語りかける。
「ノワール殿。貴殿がアビスを裏切ったこと、私はとっくに見抜いておりましたぞ。だが、ご安心を。私とて、混沌の終わりなど望んではおりません。この戦乱が続く限り、私の商売は栄える。さあ、私と手を組んで、この世界を、もっと面白い場所にしませんかな?」
彼の言葉は、ノワールが抱く「世界の再構築」という歪んだ信念に共感するフリをし、彼女の心を探る駆け引きだった。
しかし、ノワールは静かに首を振った。
「グレイ・シャドー。貴方は、この世界の混沌を深める悪だ。私は、もう誰にも利用されない。アビスの鎖を断ち切り、この戦いを終わらせる」
ノワールの瞳に、冷たい決意が宿っているのを見て、グレイ・シャドーは命の危険を察知し、思わず後ずさり、逃げ出そうとした。
「くっ…!」
しかし、彼の逃げ道を、ヴァルキリーが塞いでいた。
彼女は、グレイ・シャドーの動きを封じると、懐に忍ばせていた小型のナイフを、彼の心臓に突き立てた。
グレイ・シャドーは、信じられないという表情で、ノワールとヴァルキリーを見つめ、静かにその場に崩れ落ちた。
「あとは、これを処理すれば、誰も気が付かない」
ノワールは、手にした錫杖を地面に突き立てた。
コン!
小さな音ともに、グレイ・シャドーの抜け殻の周りに黒い影が現れる。
そして、亡骸は、その影のなかに吸い込まれていった。
そこには、元からなにもなかったかのように、冷たい地面だけが残されていた。
「ノワール。これで、心置きなくアビスを滅ぼせるな…」