ジェイが爆散したため、彼の愛機だったリベラ・タイプ1も、彼自身の遺体も、ほとんど何も残されていなかった。
故人の部屋に残された私物だけが、彼の生きた証だった。
ルナは、ジェイの部屋の鍵を握りしめ、身辺整理は自分がやるとエリナに言い張っていた。
しかし、扉を開ける勇気がない。彼の部屋に残された私物の一つ一つが、彼女を責めているような気がして、怖くてたまらなかった。
そんなルナの様子を察したディオンが、他の仲間たちを連れて彼の部屋を訪れた。
「ルナ。お前が無理にやる必要はない。俺たちが手伝う」
ディオンは、そう告げると、ルナから鍵を受け取り、ジェイの部屋の扉を開けた。
部屋の中は、ジェイの生前のままだ。読みかけの雑誌、散らかったままの私物、壁に貼られた幻晶機のポスター。どれもが、彼の存在を雄弁に物語っている。
ユウキは、ジェイの部屋を見回し、唇を噛み締めた。リアは、そっとユウキの手を握った。ザラは、ただ黙って部屋の隅に立ち、悲しみをこらえている。エラとフィンは、それぞれ無言で、ジェイの荷物を整理し始めた。
ジェイの死は、竜騎士中隊のメンバーに深い傷を残していた。
訓練場に彼の姿はなく、残された空席は、誰にも埋められない空白として、そこに存在していた。
ルナは、自室のベッドにうずくまり、声を殺して泣いていた。彼女の瞳は、腫れ上がり、シーツは涙で湿っていた。ジェイの最期の言葉が、今も耳から離れない。
「…ルナ…幸せになれよ…!」
ジェイは、軽薄な態度とは裏腹に、彼女のことを深く想ってくれていた。
その想いに、彼女は何も応えられなかった。彼がソフィアにアプローチしていることを知っていたからだ。そのことが、ルナの心を、深く抉っていた。
「…馬鹿…!馬鹿だよ、ジェイ…!私のことなんて…何で…何で…!」
ソフィアもまた、自室で静かに瞑想していた。彼女は、元帝国兵として、多くの仲間の死を見てきた。
だが、ジェイの死は、彼女にとって特別なものだった。彼からの好意を受け入れられなかった後悔が、彼女の心を締め付けていた。
「…ジェイ…私は…あなたに何も返せなかった…」
ソフィアは、そう呟くと、自分の感情を押し殺すように、目を閉じた。
彼女は、悲しみを乗り越え、ジェイの死を無駄にしないために、より強くならなければならないと、心に誓っていた。
エラは、ジェイの死の報を聞き、一度は悲痛な叫びを上げて崩れ落ちた。
けれども、彼女は立ち直り、タクトのオペレーターとしての職務に、以前にも増して没頭していた。彼女の心の中には、ジェイを失った悲しみが深く刻まれている。しかし、彼女は、悲しみを乗り越え、残された者たちを支えるために、自分にできることをしようと決意していた。
ディオンは、訓練場の片隅で、静かに、しかし力強く、自らの機体の整備を続けていた。彼の表情は険しい。
「…ジェイ。お前の死は、無駄にはさせん」
ディオンはそう呟くと、再び整備に戻った。彼の心には、ジェイの死を無駄にしないという、強い決意が宿っていた。
◇◆◇◆◇
翌日の午後、独房エリアは重い静寂に包まれていた。
厳重な警備を抜け、マリア少佐の許可を得たユウキ、リア、そしてソフィアが、ヴァルキリーの収容された独房の前に立つ。
ソフィアの顔は冷静を保っていたが、その瞳の奥には激戦で受けた心の傷が深く刻まれていた。ルナは立ち直れておらず、同行を拒否した。
「ヴァルキリー少佐、面会です」
看守が声をかけると、独房の扉が重い音を立てて開いた。薄暗い部屋の中で、ヴァルキリーは静かに椅子に座っていた。
その表情は相変わらず冷徹で、投降した敗者という印象は微塵もない。
「…来たか、アストレイアの機竜乗りよ」
ヴァルキリーはユウキに視線を向けた。
「お前たちが私を捕らえ、尋問する気か?」
ユウキは怒りを押し殺し、ヴァルキリーを睨みつけた。
「僕は、あなたに聞きたいことがある。ジェイさんを死なせたのは、アビスって奴らのせいなのか?」
ヴァルキリーはふっと鼻で笑った。
「くだらん質問だ。何度も言うが、あの男は、私に殺されたのではない。愚かにも、自ら命を絶ったのだ。私は魔力によって貴様らの機体を無力化しようとしたに過ぎん。だが、あの男は…私の言葉が届く前に、自ら爆散したのだ」
ヴァルキリーの言葉に、ユウキは絶句する。
彼女は淡々と事実を述べているだけだが、その言葉は彼の心を深く抉った。
「…なぜ、そんなことを知っているのですか?あなたは、僕たちを欺いているのではないか?」
ソフィアが前に進み出た。彼女は元帝国兵として、ヴァルキリーの言葉に真実と嘘を見極めようとしていた。
「ヴァルキリー少佐、いえ、元少佐。アビスとは一体何者なの?そして、なぜあなたは、私たちを助けようとしたのですか?」
ヴァルキリーはソフィアをじっと見つめた。
「貴様も、私と同じ道を歩んできたようだな。元帝国兵…フン。貴様の瞳には、故郷を失った悲しみが宿っている。だが、貴様は、その悲しみを乗り越え、この世界で生きる道を選んだ。ならば、貴様にも、この世界の真実を話そう」
ヴァルキリーは静かに語り始めた。
「アビスは、この世界を滅ぼそうとしている。彼らの目的は、この世界の幻晶のコアを全て吸収し、究極の力である『アビス・コア』を完成させること。そして、この世界の人間を『贄』として全てを破壊しつくすことだ。私も最初は故郷を救うという願いを叶えるために、彼らの言葉を信じ、彼らの『駒』として動いていた。しかし、彼らの真の目的を知った今、私は…彼らを裏切ることを決意した」
ヴァルキリーの言葉に、ユウキとソフィアは息を呑んだ。
リアは、ヴァルキリーの言葉の中に、祖母ジーナから教わった「古の知識」と符合する点を見出していた。
「ユウキ!待って!ヴァルキリーさんの言葉は…嘘じゃない!谷を襲った魔竜の群れも、あの歪んだマナ…あれも、きっとアビスの仕業だったんだわ!そして、クロノス・タイプX…あれも、コアを狩るための兵器…!」
リアは、ユウキの腕を強く掴んだ。彼女の瞳は、真実を語るヴァルキリーの言葉を信じていた。
「ヴァルキリー、ではなぜあなたは、私たちが戦う敵が帝国軍であると知りながら、共に行動していたのですか?なぜ、帝国軍の少佐として、無慈悲な命令を下していたのですか?」
ソフィアが、怒りと悲しみを交錯させながら、ヴァルキリーに問いかけた。
「…貴様の言う通りだ。私は、この世界を救うという大義のために、多くの仲間を犠牲にした。しかし…私は、そのことを後悔していない。この世界を救うためには、非情な決断も必要だ。この混沌とした戦場では、きれいごとだけでは、何も救えない」
ヴァルキリーの言葉は、ユウキとソフィアの心を深く抉った。彼女の瞳には、冷徹さだけでなく、故郷を失った悲しみと、強い決意が宿っているのが見えた。
「ユウキ、リア、ソフィア。私は投降した。そして、この世界の真実を、お前たちに託した。後は…お前たちの決断次第だ」
ヴァルキリーはそう言うと、静かに椅子から立ち上がり、鉄格子から見える窓の外を見つめた。