自由都市アークライトに帰還した竜騎士中隊は、深い疲労と悲しみに包まれていた。
ジェイの喪失は、中隊に重い影を落とし、誰もが口数少なくなっていた。
格納庫には、大破したアストレイアと、ヴァルキリーが投降時に無力化したヴァルハラが並べられ、その痛々しい姿が激戦の記憶を蘇らせる。
自由同盟の中央評議会では、緊急の審議会が開かれていた。
議題は、伝説の帝国兵器「ヴァルハラ」の鹵獲と、その搭乗者である元帝国軍少佐「ヴァルキリー」の処遇についてだ。マリア少佐は、竜騎士中隊の代表として、この会議に出席していた。
「ヴァルキリーを信用することはできません。彼女は帝国軍の少佐であり、ジェイ少尉の死に繋がった張本人です。彼女を軍事裁判にかけるか、処刑すべきです!」
強硬派の貴族が、憤慨したように叫んだ。
「待たれよ。彼女は我々に、この戦争の背後に潜む『アビス』という存在の情報をもたらした。その情報は、我々が劣勢を覆す可能性を秘めている」
和平派の貴族が、冷静に反論した。
「それは、彼女の虚言である可能性も否定できません。現に、彼女は投降時に我々の幻晶機に攻撃を仕掛けています」
会議室の空気が険しくなる中、マリアは静かに立ち上がった。
「諸君、彼女の言葉が虚言である可能性はあります。しかし、彼女の言葉は、これまでの全ての不審な事象と符合します。彼女の言葉を信じ、この戦争を終わらせるための糸口を探すか、彼女を切り捨て、この泥沼の戦いを続けるか…」
マリアは、鋭い視線を参加者全員に向け、続けた。
「私は現場の指揮官として、彼女の言葉に真実の光を感じました。ジェイ少尉を失ったのは、彼女が無茶な戦いを仕掛けたからです。しかし、ジェイは最期の瞬間に、我々が戦っている『敵』は、帝国だけではないことを教えてくれました。ヴァルキリーの存在は、我々にとって、大きな希望です。彼女の持つ情報を引き出し、アビスという闇の勢力の打倒に利用すべきです」
マリアの言葉に、会議室は静まり返る。
誰もが、ジェイ少尉を失ったマリアの悲しみと、それでもなお前を向く彼女の強い決意に打たれていた。
「…マリア少佐の言葉に、私も賛同する。彼女は元帝国兵であり、ジェイ君の仇でもある。だが、彼女を信用するかどうかは、彼女から得られる情報次第だ。今、この混沌とした状況を打開するためには、彼女を『利用』するしかない」
和平派の代表である老将軍が、重々しい口調で告げた。その言葉に、強硬派も反論できず、議論は収束に向かった。
最終的に、ヴァルキリーの処遇は「保留」となり、彼女の情報を引き出すために、マリアの提案通り、ユウキとリア、そしてソフィアが彼女と対話することが決定された。
◇◆◇◆◇
その日の深夜、基地の独房エリアは静寂に包まれていた。見張り兵は、独房の扉の前で、交代制の夜勤に疲れた顔で立っていた。
「ったく、こんな夜中に見張りなんて。伝説の幻晶機乗りだろうと、今はただの囚人だろ」
見張り兵はそう呟くと、あくびを噛み殺した。
その時、背後から、優しく、しかし確かな響きを持った声が聞こえた。
「お疲れ様です。夜勤、大変ですね」
見張り兵が振り返ると、そこに立っていたのは、支援部隊のオペレーター、ノア・ラングレーだった。彼女は小さなトレイを持ち、その上には湯気の立つマグカップが二つ乗っていた。
「ノア…こんな夜中にどうしたんだ?今日はもう、非番だろ?」
「はい。でも、疲労がたまると、注意力が散漫になりますから。温かい飲み物でも飲んで、少し休憩してください」
ノアはそう言うと、マグカップを一つ、見張り兵に手渡した。見張り兵は、その優しさに、警戒心を解き、感謝を口にした。
「悪いな、助かるよ。こんなに可愛いオペレーターが、こんな夜中に慰めにきてくれるなんてな」
見張り兵がマグカップを一口飲むと、その瞳が徐々にうつろになっていく。ノアは、その様子を静かに見つめていた。
「…ふふ。大丈夫ですよ。今夜は、ぐっすり眠れますから」
ノアはそう言うと、マグカップを回収し、静かに独房の扉の前に立った。見張り兵は、そのまま地面に倒れ込み、静かな寝息を立て始めた。
ノアは、ヴァルキリーから受け取った通信端末を取り出し、独房の扉の隙間に差し込んだ。
「ヴァルキリー…聞こえますか?」
端末から、ノアの偽名である「ノア・ラングレー」の声が、かすかに響く。
「ノア…?貴様…なぜここに…?」
独房の中から、ヴァルキリーの声が聞こえた。
「私は…あなたと同じ『召喚者』だからです。そして、私には…あなたと話しておきたいことがある」
ノアは、そう告げると、独房の扉を開け、中へと入っていった。独房の中は薄暗く、ヴァルキリーはベッドに腰掛け、ノアを見つめている。
「貴様…アビスの『駒』ではないのか?」
ヴァルキリーの瞳に、警戒の色が宿る。
「ええ。私は…アビスの幹部、ノワールです。しかし…私は、アビスを裏切るつもりです。そのために、あなたの力が必要なの」
ノワールは、ヴァルキリーの前に跪き、そう告げた。
「ヴァルキリー…あなたと私は、故郷を失った悲劇を背負っている。そして、アビスに利用された。私は、もう、駒として操られるのはごめんだ。故郷を救うという願いを叶えるために、私は…アビスを打倒する」
ノワールの言葉に、ヴァルキリーの瞳に、わずかな動揺が走った。
「…ほう。貴様も、同じか…」
ヴァルキリーはそう呟くと、ノワールに視線を固定した。
「ならば、貴様の覚悟…見せてもらうとしよう」
二人の『召喚者』は、静かに、しかし熱い意志を秘めた目で、互いを見つめ合っていた。