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第35話 ヴァルキリー、揺れる信念 -2

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しかし、その信念は、目の前で起きている戦争の非人道的な現実に、徐々に蝕まれていった。

彼女は、自由同盟との激戦の最中、無力に散っていく兵士たちの姿を、何度も見てきた。

彼らは、帝国が語る「愚かな存在」ではなかった。彼らにも、故郷があり、家族がいた。彼らは、大切なものを守るために、必死に戦っていた。

ヴァルキリーの心に、初めて戸惑いが生まれる。

「…私は、一体、何のために…」

その時、彼女の通信に、一人の男の声が届いた。
それは、アビスの幹部の一人、ファントムだった。



「聞こえているか、ヴァルキリー。貴様の働き、見事だ。おかげで、幻晶のコアのデータ収集が順調に進んでいる」

ファントムの声は、氷のように冷たく、しかし、ヴァルキリーの耳には、その言葉の裏に潜む、おぞましい思惑が聞こえてくるようだった。

「…何のつもりだ、ファントム」

ヴァルキリーは、警戒しながら尋ねる。

「何のつもり…? ふふ、貴様には、故郷への帰還という、最高の褒美を用意してやろう。そのために、まずは…アストレイアのコアを、我が手に渡してもらおうか」

ファントムの言葉に、ヴァルキリーは、今まで感じていた違和感の正体に気づいた。

アビスの目的は、故郷の再構築ではなく、この世界の幻晶のコアを吸収し、究極の力である『アビス・コア』を完成させること。

そして、この世界の人間を「贄」として、全てを破壊しつくすことだった。



ヴァルキリーは、ファントムの通信に、冷静さを装って応じる。

「なるほど、アビス・コアですか。シャドウ・ヴァルキリーの力をもってしても、あの純白の機体は、私の予想を上回る速さで成長している。このままでは、アストレイアのコアを確実に回収することは、困難でしょう」

彼女の言葉は、まるで帝国に忠実な、冷徹な戦略家のように響く。ファントムも、その言葉に頷いた。

「では、どうするのだ? 幻晶のコアの力は、日を追うごとに強大になっている。我々には、時間がない」

ヴァルキリーは、ファントムの言葉を待っていたかのように、続けた。

「アストレイアのコアを確実に回収するためには、帝国の伝説機、『ヴァルハラ』を投入するしかありません。ヴァルハラを最前線に出し、そこに私が乗ることで、アストレイアを無力化し、確実にコアを回収する。それに、ヴァルハラが出陣すれば、帝国の士気も上がるでしょう。アストレイアに対抗できるのは、アストレイアと同じ伝説機だけです」

ファントムの通信は、一瞬の沈黙を返した。

「皇帝への説得は、貴様の役割だろう、ファントム。帝国の裏で暗躍する貴様の手腕は、私もよく知っている。この作戦が成功すれば、アビス・コアの完成は、より現実味を帯びる。悪い話ではないはずだ」

ヴァルキリーの言葉は、ファントムに、断ることを許さなかった。

「ふふ…面白い。伝説機ヴァルハラの投入か。よかろう、皇帝への説得は、この私が引き受けよう。楽しみにしているぞ、ヴァルキリー。お前の、故郷への帰還が、現実となる日を…」

ファントムの通信が途絶えると、ヴァルキリーは操縦桿を握りしめる手に、力を込めた。彼女の顔は、冷徹な戦略家のままだったが、その瞳の奥には、故郷を失った悲しみと、この世界の運命を変えるという、強い決意が宿っていた。









ヴァルキリーは、シャドウ・ヴァルキリーのコックピットの中で、静かに目を閉じた。

彼女の脳裏に、再び故郷の記憶が蘇ってくる。
戦火の中、炎に包まれる街。
瓦礫の中で、彼女の名前を呼ぶ、幼い妹の声。

その光景は、カオスやファントムが語った「愚かさ」とは、全く異なるものだった。

そこにあったのは、ただの「悲しみ」だった。

「…私は…もう、誰にも、あんな思いはさせない…」

ヴァルキリーは、静かに、しかし強く、心の中で呟いた。

彼女の瞳が、再び開かれる。
その瞳には、故郷への深い悲しみと、この世界の戦いを終わらせるという、強い決意が宿っていた。

彼女は、シャドウ・ヴァルキリーの操縦桿を強く握りしめた。

「ファントム…そして、アビス…!貴様らの企みは、私が止める…!」




◇◆◇◆◇





大規模会戦を終え、自由同盟軍の各部隊は、満身創痍の状態で自由都市アークライトの基地に帰還した。

格納庫には、損傷甚大な幻晶機が次々と運び込まれ、整備兵たちの焦燥と疲労が入り混じった怒号が飛び交う。修理ドックからは火花が散り、焦げ付く金属と血の匂いが充満していた。負傷兵を運び出す担架がひっきりなしに行き交い、その数は、今回の戦いの苛烈さを物語っていた。

重苦しい空気が支配する基地の中枢司令室。

デブリーフィングのため、竜騎士中隊の主要メンバーが招集されていた。

中央にはマリア少佐が厳粛な面持ちで着席し、その隣にはエリナ中隊長が証言台に立っていた。ジェイ、ソフィア、ディオン、ルナ、そしてユウキとリア、ザラもまた、疲労の色を隠せない顔で席についていた。

マリアは、司令室のメインモニターに映し出された戦況報告書を厳しい眼差しで見つめた。

「…今回のヴァルキリー帝国軍による大規模攻勢は、我々自由同盟に甚大な被害をもたらした。総兵力800機のうち、約300機をこの戦線に投入。うち、行動不能、または完全喪失した幻晶機は120機に上る。人的被害は、死者3700名以上、負傷者7500名以上。これは、過去に類を見ない損害だ」

マリアの声は、しかし静かで、その分、重く響いた。

その言葉を聞く隊員たちの顔には、悲しみと悔恨、そして憤りが浮かび上がっていた。ユウキの隣に座るリアは、顔を青ざめさせ、震える手で自身の口元を覆っていた。

ザラもまた、唇を固く結び、俯いている。

「エリナ中隊長。特に懸念される、新型幻晶機『クロノス・タイプM』について、報告を頼む」

マリアの言葉に促され、エリナは証言台の前に進み出た。彼女の表情は険しい。

「はい、総指揮官。今回の戦闘において、ヴァルキリー帝国軍は、これまでの主力機であるシリウス・シリーズやレギオン・シリーズに加え、未確認の新型幻晶機を複数体投入しました。『クロノス・タイプM』と呼称されるその機体は、全身が漆黒で、異形な存在感を放ち、帝国の幻晶機とは異なる異質な動きと、闇の魔力を用いた攻撃で我々を蹂しました」

エリナはモニターにクロノス・タイプMの戦闘データを映し出す。
その映像は、自由同盟軍機が為す術もなく撃破されていく姿を克明に映し出していた。

「クロノス・タイプMの動きは、魔竜に酷似しており、通常の幻晶機では対応が困難でした。また、その機体から感知されたマナの波長は、通常の魔導エネルギーとは異なり、冷たく、歪んだものでした。この機体の出現が、戦況悪化の大きな要因となったことは間違いありません」

ルナがモニターを操作し、クロノス・タイプMの不自然なマナ波形データを提示した。

「私の索敵データにも、同様の異常が記録されています。まるで、感情を持たない機械のように、ただひたすら攻撃を仕掛けてくる。帝国のデータにも存在しない新型であるため、その開発経緯も目的も不明です」

ソフィアも冷静ながらも、その声に緊張を滲ませた。

「元帝国兵の私から見ても、あの機体はあまりにも異質すぎます。帝国の技術体系とは一線を画しており、通常の新型兵器とは考えにくい。何らかの、より深い意図を持った存在が関与している可能性が高いと推測されます」

ディオンは腕を組み、重々しい表情で黙って聞いていたが、ソフィアの言葉にわずかに顎を引いた。彼の表情は、多くを語らずとも、この異常な状況に対する警戒を示していた。

デブリーフィングの終盤、マリアは腕を組み、深く息を吐いた。

「…情報部には、引き続きクロノス・タイプMの解析と、その供給源の特定を最優先で指示する。そして、この新たな脅威について、早急に同盟全体で認識を共有する必要がある」

マリアはそう告げると、重い視線を会議室に集まった竜騎士中隊のメンバーに向けた。

「竜騎士中隊には、当面の間、基地での待機命令を出す。アストレイアを含め、全機の本格的な修理と、今後の新たな戦術の検討に時間を費やす。また、ユウキ君とリアさんには、ディオン隊長の元で、より実践的な訓練を継続してもらう。特に、クロノス・タイプMの特性に合わせた対抗策の模索が急務となるだろう」

エリナはマリアの命令に、迷いなく敬礼した。

「了解いたしました、総指揮官。全力を尽くします」

ジェイは、不満を露わにしながらも、ぐっと拳を握りしめた。ソフィアは冷静に頷き、ルナは真剣な表情でマリアの言葉に耳を傾けていた。ディオンは、ユウキの顔をじっと見つめ、その瞳の奥に強い期待を宿らせていた。




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しかし、その信念は、目の前で起きている戦争の非人道的な現実に、徐々に蝕まれていった。
彼女は、自由同盟との激戦の最中、無力に散っていく兵士たちの姿を、何度も見てきた。
彼らは、帝国が語る「愚かな存在」ではなかった。彼らにも、故郷があり、家族がいた。彼らは、大切なものを守るために、必死に戦っていた。
ヴァルキリーの心に、初めて戸惑いが生まれる。
「…私は、一体、何のために…」
その時、彼女の通信に、一人の男の声が届いた。
それは、アビスの幹部の一人、ファントムだった。
「聞こえているか、ヴァルキリー。貴様の働き、見事だ。おかげで、幻晶のコアのデータ収集が順調に進んでいる」
ファントムの声は、氷のように冷たく、しかし、ヴァルキリーの耳には、その言葉の裏に潜む、おぞましい思惑が聞こえてくるようだった。
「…何のつもりだ、ファントム」
ヴァルキリーは、警戒しながら尋ねる。
「何のつもり…? ふふ、貴様には、故郷への帰還という、最高の褒美を用意してやろう。そのために、まずは…アストレイアのコアを、我が手に渡してもらおうか」
ファントムの言葉に、ヴァルキリーは、今まで感じていた違和感の正体に気づいた。
アビスの目的は、故郷の再構築ではなく、この世界の幻晶のコアを吸収し、究極の力である『アビス・コア』を完成させること。
そして、この世界の人間を「贄」として、全てを破壊しつくすことだった。
ヴァルキリーは、ファントムの通信に、冷静さを装って応じる。
「なるほど、アビス・コアですか。シャドウ・ヴァルキリーの力をもってしても、あの純白の機体は、私の予想を上回る速さで成長している。このままでは、アストレイアのコアを確実に回収することは、困難でしょう」
彼女の言葉は、まるで帝国に忠実な、冷徹な戦略家のように響く。ファントムも、その言葉に頷いた。
「では、どうするのだ? 幻晶のコアの力は、日を追うごとに強大になっている。我々には、時間がない」
ヴァルキリーは、ファントムの言葉を待っていたかのように、続けた。
「アストレイアのコアを確実に回収するためには、帝国の伝説機、『ヴァルハラ』を投入するしかありません。ヴァルハラを最前線に出し、そこに私が乗ることで、アストレイアを無力化し、確実にコアを回収する。それに、ヴァルハラが出陣すれば、帝国の士気も上がるでしょう。アストレイアに対抗できるのは、アストレイアと同じ伝説機だけです」
ファントムの通信は、一瞬の沈黙を返した。
「皇帝への説得は、貴様の役割だろう、ファントム。帝国の裏で暗躍する貴様の手腕は、私もよく知っている。この作戦が成功すれば、アビス・コアの完成は、より現実味を帯びる。悪い話ではないはずだ」
ヴァルキリーの言葉は、ファントムに、断ることを許さなかった。
「ふふ…面白い。伝説機ヴァルハラの投入か。よかろう、皇帝への説得は、この私が引き受けよう。楽しみにしているぞ、ヴァルキリー。お前の、故郷への帰還が、現実となる日を…」
ファントムの通信が途絶えると、ヴァルキリーは操縦桿を握りしめる手に、力を込めた。彼女の顔は、冷徹な戦略家のままだったが、その瞳の奥には、故郷を失った悲しみと、この世界の運命を変えるという、強い決意が宿っていた。
ヴァルキリーは、シャドウ・ヴァルキリーのコックピットの中で、静かに目を閉じた。
彼女の脳裏に、再び故郷の記憶が蘇ってくる。
戦火の中、炎に包まれる街。
瓦礫の中で、彼女の名前を呼ぶ、幼い妹の声。
その光景は、カオスやファントムが語った「愚かさ」とは、全く異なるものだった。
そこにあったのは、ただの「悲しみ」だった。
「…私は…もう、誰にも、あんな思いはさせない…」
ヴァルキリーは、静かに、しかし強く、心の中で呟いた。
彼女の瞳が、再び開かれる。
その瞳には、故郷への深い悲しみと、この世界の戦いを終わらせるという、強い決意が宿っていた。
彼女は、シャドウ・ヴァルキリーの操縦桿を強く握りしめた。
「ファントム…そして、アビス…!貴様らの企みは、私が止める…!」
◇◆◇◆◇
大規模会戦を終え、自由同盟軍の各部隊は、満身創痍の状態で自由都市アークライトの基地に帰還した。
格納庫には、損傷甚大な幻晶機が次々と運び込まれ、整備兵たちの焦燥と疲労が入り混じった怒号が飛び交う。修理ドックからは火花が散り、焦げ付く金属と血の匂いが充満していた。負傷兵を運び出す担架がひっきりなしに行き交い、その数は、今回の戦いの苛烈さを物語っていた。
重苦しい空気が支配する基地の中枢司令室。
デブリーフィングのため、竜騎士中隊の主要メンバーが招集されていた。
中央にはマリア少佐が厳粛な面持ちで着席し、その隣にはエリナ中隊長が証言台に立っていた。ジェイ、ソフィア、ディオン、ルナ、そしてユウキとリア、ザラもまた、疲労の色を隠せない顔で席についていた。
マリアは、司令室のメインモニターに映し出された戦況報告書を厳しい眼差しで見つめた。
「…今回のヴァルキリー帝国軍による大規模攻勢は、我々自由同盟に甚大な被害をもたらした。総兵力800機のうち、約300機をこの戦線に投入。うち、行動不能、または完全喪失した幻晶機は120機に上る。人的被害は、死者3700名以上、負傷者7500名以上。これは、過去に類を見ない損害だ」
マリアの声は、しかし静かで、その分、重く響いた。
その言葉を聞く隊員たちの顔には、悲しみと悔恨、そして憤りが浮かび上がっていた。ユウキの隣に座るリアは、顔を青ざめさせ、震える手で自身の口元を覆っていた。
ザラもまた、唇を固く結び、俯いている。
「エリナ中隊長。特に懸念される、新型幻晶機『クロノス・タイプM』について、報告を頼む」
マリアの言葉に促され、エリナは証言台の前に進み出た。彼女の表情は険しい。
「はい、総指揮官。今回の戦闘において、ヴァルキリー帝国軍は、これまでの主力機であるシリウス・シリーズやレギオン・シリーズに加え、未確認の新型幻晶機を複数体投入しました。『クロノス・タイプM』と呼称されるその機体は、全身が漆黒で、異形な存在感を放ち、帝国の幻晶機とは異なる異質な動きと、闇の魔力を用いた攻撃で我々を蹂しました」
エリナはモニターにクロノス・タイプMの戦闘データを映し出す。
その映像は、自由同盟軍機が為す術もなく撃破されていく姿を克明に映し出していた。
「クロノス・タイプMの動きは、魔竜に酷似しており、通常の幻晶機では対応が困難でした。また、その機体から感知されたマナの波長は、通常の魔導エネルギーとは異なり、冷たく、歪んだものでした。この機体の出現が、戦況悪化の大きな要因となったことは間違いありません」
ルナがモニターを操作し、クロノス・タイプMの不自然なマナ波形データを提示した。
「私の索敵データにも、同様の異常が記録されています。まるで、感情を持たない機械のように、ただひたすら攻撃を仕掛けてくる。帝国のデータにも存在しない新型であるため、その開発経緯も目的も不明です」
ソフィアも冷静ながらも、その声に緊張を滲ませた。
「元帝国兵の私から見ても、あの機体はあまりにも異質すぎます。帝国の技術体系とは一線を画しており、通常の新型兵器とは考えにくい。何らかの、より深い意図を持った存在が関与している可能性が高いと推測されます」
ディオンは腕を組み、重々しい表情で黙って聞いていたが、ソフィアの言葉にわずかに顎を引いた。彼の表情は、多くを語らずとも、この異常な状況に対する警戒を示していた。
デブリーフィングの終盤、マリアは腕を組み、深く息を吐いた。
「…情報部には、引き続きクロノス・タイプMの解析と、その供給源の特定を最優先で指示する。そして、この新たな脅威について、早急に同盟全体で認識を共有する必要がある」
マリアはそう告げると、重い視線を会議室に集まった竜騎士中隊のメンバーに向けた。
「竜騎士中隊には、当面の間、基地での待機命令を出す。アストレイアを含め、全機の本格的な修理と、今後の新たな戦術の検討に時間を費やす。また、ユウキ君とリアさんには、ディオン隊長の元で、より実践的な訓練を継続してもらう。特に、クロノス・タイプMの特性に合わせた対抗策の模索が急務となるだろう」
エリナはマリアの命令に、迷いなく敬礼した。
「了解いたしました、総指揮官。全力を尽くします」
ジェイは、不満を露わにしながらも、ぐっと拳を握りしめた。ソフィアは冷静に頷き、ルナは真剣な表情でマリアの言葉に耳を傾けていた。ディオンは、ユウキの顔をじっと見つめ、その瞳の奥に強い期待を宿らせていた。