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騒音の正体

ー/ー



 ――ああもう、うるせぇ!

 心の中で、俺は悪態を吐いた。
 ここは、大学の男子寮。朝からみんな無駄に元気でうるさいから、落ち着かない。
 昔から、ざわざわした環境が苦手だった。人が話している声が、なぜだか全部、自分の悪口に聞こえてくるのだ。いらいらして、舌打ちしてしまうこともある。
 こんな調子だから、当然、周りからの俺の印象は悪かった。入学してすぐに、みんな、朝ごはんを食べる友達くらいは難なく作っているのに、俺は未だにぼっち飯である。
 このままではいけないと、自分でも思っている。
 だから俺は、この状況を改善するべく、ある作戦を実行することにした。
 わざと騒がしい場所に行って、騒音に体を慣らすのである。
 今日は休日。早速、俺は出掛けることにした。


  まず、多くの路線が乗り入れている駅に赴いた。休日ならではの賑やかさがある。
 友達や恋人同士でがやがや、スマホで通話しながらぺちゃくちゃ。
 みんな、遊びに行くのだろう。この騒々しさは、みんなの楽しみでできている。俺への悪口ではない。
 そもそも、誰も俺のことなんか知らないはずなのだ。
 それなのに。

 ――ああもう、うるせぇ!

 また心が叫び出して、俺は頭を抱えた。周りの人がぎょっとして、俺を遠巻きにする。
 どうしてこうなってしまうんだろう。
 俺は駅を飛び出すと、近くのカフェに逃げ込んだ。静かな場所で休憩してから、リベンジだ。
 しかし、この選択は誤りだった。
 下調べもせずに飛び込んだカフェは、この辺りでは人気店だったらしい。思いの外、客が多くて賑やかだ。
 あっちこっちで、人々は噂話。芸能人の誰々が不倫したとか、近所の誰々が投資に失敗したとか、そういうくだらない話に花を咲かせている。
 知っている人なんて誰もいない。だから当然、俺の悪口を言う人なんかいないはずだ。
 俺は何も気にせず、黙って美味しいコーヒーに全神経を集中していたらいい。
 でも、俺の心は言うことを聞かず、また叫び出す。

 ――ああもう、うるせぇ!

 飲み切っていないコーヒーを置いて、俺は堪らずに店を飛び出した。


  その後も、俺は奮闘した。
 パチンコ屋に入ってみた。カラオケ屋に行ってみた。ありとあらゆる騒音環境に自分の身を置いてみた。
 しかし、どの環境にも、俺は耐えることができなかった。心臓がばくばくし始めて、心が叫び出してしまうのだ。
 すっかり日が落ちて、寮に戻る頃、俺は疲労困憊してしまった。
 夕食も食べず、風呂にも入らず、俺はベッドに倒れ伏して寝入ってしまったのだった。


 翌朝、まだ外が薄暗い時間帯のことだった。
 なんだか、寮が騒がしい。
 罵声とか怒声、異常に興奮した声の波。
 俺は落ち着かない気持ちになってしまう。

 ――やめてくれよ。こういうのは苦手なんだ。

 騒音が、夢うつつの俺の頭の中で、嫌な記憶と結びつく。

 それは、俺がまだ小さかった頃。
 両親が毎晩のように怒鳴り合いをしていて、それが怖くて、俺は部屋の隅に縮こまっていた。
 成績が上がらないとか、部活の送り迎えが大変だとか、話題は大体、俺のこと。
 思えば、あれからだ。ざわざわした場所が苦手になったのは。
 みんなが俺の悪口を言っているみたいに感じるようになったのは。

 夢うつつから抜け出しても、相変わらず寮は騒々しい。
 落ち着かない。責められているみたいで苦しい。
 気付けば涙が溢れ出していた。

 なんだよ。こんな朝から。
 なんでそんなにみんな、うるせぇんだよ。
 そんなに俺に嫌がらせしたいのかよ。

  俺は涙を拭って、部屋を飛び出した。文句の一つでも言ってやろうと思った。
 あちこち騒がしいが、一番うるさいのは食堂だ。
 まだ朝食の時間には早いのに、みんなして、何をやっているというのか。

「うるせぇ!」

 食堂に飛び込み、不安を誤魔化すように大声を出した時、集まっていた奴らが俺を振り返った。あろうことか、みんな笑っている。

「おはよう。お前もサッカー、興味あんの?」
「は?」

 みんなが視線を戻した先を見る。
 食堂の大型のテレビで、サッカーの生中継。
 こんな時間にやっているということは、海外で行われている試合なのだろう。日本が負けている。

「おお! いけいけ!」 
「うわ! 違ぇよ! そっちじゃねぇよ!」
「あー、点入れられる! 馬鹿野郎!」

 みんなが興奮して声を上げる。つい、口調も乱暴になる。
 しかし、それは全部、俺への悪口なんかじゃない。
 ただの声援だったのだ。

 なんだよ。サッカーかよ。
 俺、何のために泣いたんだよ。

 もはや、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
 でも、きっと、世の中ってこんなものなのだ。

 「よし! ここから巻き返しだ!」

 俺もテレビの前に座って、みんなの声援に加わった。
 結果は、日本の逆転勝ち。
 そして、俺には友達ができたのだった。










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 ――ああもう、うるせぇ!
 心の中で、俺は悪態を吐いた。
 ここは、大学の男子寮。朝からみんな無駄に元気でうるさいから、落ち着かない。
 昔から、ざわざわした環境が苦手だった。人が話している声が、なぜだか全部、自分の悪口に聞こえてくるのだ。いらいらして、舌打ちしてしまうこともある。
 こんな調子だから、当然、周りからの俺の印象は悪かった。入学してすぐに、みんな、朝ごはんを食べる友達くらいは難なく作っているのに、俺は未だにぼっち飯である。
 このままではいけないと、自分でも思っている。
 だから俺は、この状況を改善するべく、ある作戦を実行することにした。
 わざと騒がしい場所に行って、騒音に体を慣らすのである。
 今日は休日。早速、俺は出掛けることにした。
  まず、多くの路線が乗り入れている駅に赴いた。休日ならではの賑やかさがある。
 友達や恋人同士でがやがや、スマホで通話しながらぺちゃくちゃ。
 みんな、遊びに行くのだろう。この騒々しさは、みんなの楽しみでできている。俺への悪口ではない。
 そもそも、誰も俺のことなんか知らないはずなのだ。
 それなのに。
 ――ああもう、うるせぇ!
 また心が叫び出して、俺は頭を抱えた。周りの人がぎょっとして、俺を遠巻きにする。
 どうしてこうなってしまうんだろう。
 俺は駅を飛び出すと、近くのカフェに逃げ込んだ。静かな場所で休憩してから、リベンジだ。
 しかし、この選択は誤りだった。
 下調べもせずに飛び込んだカフェは、この辺りでは人気店だったらしい。思いの外、客が多くて賑やかだ。
 あっちこっちで、人々は噂話。芸能人の誰々が不倫したとか、近所の誰々が投資に失敗したとか、そういうくだらない話に花を咲かせている。
 知っている人なんて誰もいない。だから当然、俺の悪口を言う人なんかいないはずだ。
 俺は何も気にせず、黙って美味しいコーヒーに全神経を集中していたらいい。
 でも、俺の心は言うことを聞かず、また叫び出す。
 ――ああもう、うるせぇ!
 飲み切っていないコーヒーを置いて、俺は堪らずに店を飛び出した。
  その後も、俺は奮闘した。
 パチンコ屋に入ってみた。カラオケ屋に行ってみた。ありとあらゆる騒音環境に自分の身を置いてみた。
 しかし、どの環境にも、俺は耐えることができなかった。心臓がばくばくし始めて、心が叫び出してしまうのだ。
 すっかり日が落ちて、寮に戻る頃、俺は疲労困憊してしまった。
 夕食も食べず、風呂にも入らず、俺はベッドに倒れ伏して寝入ってしまったのだった。
 翌朝、まだ外が薄暗い時間帯のことだった。
 なんだか、寮が騒がしい。
 罵声とか怒声、異常に興奮した声の波。
 俺は落ち着かない気持ちになってしまう。
 ――やめてくれよ。こういうのは苦手なんだ。
 騒音が、夢うつつの俺の頭の中で、嫌な記憶と結びつく。
 それは、俺がまだ小さかった頃。
 両親が毎晩のように怒鳴り合いをしていて、それが怖くて、俺は部屋の隅に縮こまっていた。
 成績が上がらないとか、部活の送り迎えが大変だとか、話題は大体、俺のこと。
 思えば、あれからだ。ざわざわした場所が苦手になったのは。
 みんなが俺の悪口を言っているみたいに感じるようになったのは。
 夢うつつから抜け出しても、相変わらず寮は騒々しい。
 落ち着かない。責められているみたいで苦しい。
 気付けば涙が溢れ出していた。
 なんだよ。こんな朝から。
 なんでそんなにみんな、うるせぇんだよ。
 そんなに俺に嫌がらせしたいのかよ。
  俺は涙を拭って、部屋を飛び出した。文句の一つでも言ってやろうと思った。
 あちこち騒がしいが、一番うるさいのは食堂だ。
 まだ朝食の時間には早いのに、みんなして、何をやっているというのか。
「うるせぇ!」
 食堂に飛び込み、不安を誤魔化すように大声を出した時、集まっていた奴らが俺を振り返った。あろうことか、みんな笑っている。
「おはよう。お前もサッカー、興味あんの?」
「は?」
 みんなが視線を戻した先を見る。
 食堂の大型のテレビで、サッカーの生中継。
 こんな時間にやっているということは、海外で行われている試合なのだろう。日本が負けている。
「おお! いけいけ!」 
「うわ! 違ぇよ! そっちじゃねぇよ!」
「あー、点入れられる! 馬鹿野郎!」
 みんなが興奮して声を上げる。つい、口調も乱暴になる。
 しかし、それは全部、俺への悪口なんかじゃない。
 ただの声援だったのだ。
 なんだよ。サッカーかよ。
 俺、何のために泣いたんだよ。
 もはや、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
 でも、きっと、世の中ってこんなものなのだ。
 「よし! ここから巻き返しだ!」
 俺もテレビの前に座って、みんなの声援に加わった。
 結果は、日本の逆転勝ち。
 そして、俺には友達ができたのだった。