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憎くて愛しい人

ー/ー



 二人が再会を果たしてからは、瞬く間に彼らは親密になっていった。

 そばで見ていることしか出来ない私は苦しかった。手を伸ばせば、そこにいるのに、一番遠い存在になってしまった。

 私と夜の結婚生活が上手くいってないと聞いたのか、彼は毎晩彼女の部屋へ行くようになった。

 いくらなんでも節度がなさすぎだと、津川が止めに入ったが、誰も彼らを止めることは出来なかった。

「子供を身籠もってしまった」

 彼女から、そう言われたときは頭が真っ白になった。なぜ、避妊しなかったのか──彼女と離縁しないことには、赤ん坊にまで被害が及ぶかもしれなかった。

 私は黒田に手紙を出して、どうすればいいのか判断を仰いだ。元々は黒田家の頼みごとだったのだから、どうにかして欲しいと思った。

 黒田社長が内密で私の部屋へ来ると、彼は出された紅茶を飲みながら、足を組んでいた。黒田家の社長は私より三つ年上だった。

 生まれてくる赤ん坊に罪は無い。どうにか赤ん坊だけでも黒魔術の呪いから助けられないかと、私は黒田に相談した。

「自分の子ではないのに、助けるのか? 妻の不貞が原因なのだろう?」

「でも、その原因を作ってしまったのは私です。マリアのことは許せませんが、赤ん坊に罪は無い」

「そうか……」

 黒田とは学生の頃からの付き合いで、私のことをリュウと呼んで、弟のように可愛がってくれていた。

「ははっ、正直だな。はて? どうしようか……」

 そう言った黒田は、自分の首にかけていたネックレスを外すと、小さなメモ用紙と一緒に私に渡した。

「これをマリアに見せるんだ。ネックレスを左右に揺らしながら、ここに書かれている言葉を言えば、相手が暗示に掛かって催眠状態になる。その上で、ここでの生活を全て忘れるように言うんだ」

「忘れると、どうなるのですか?」

「記憶が無くなる」

「全ての記憶が無くなるということですか?」

「全てでは無い。君が()()記憶だけだ」

「望む記憶だけ──」

 私は彼女が憎かった。でも、彼女が何より大切で──だから、西園寺家から出て行ってもらおうと思ったのだ。けれど、私と過ごした記憶だけ消してしまうのは、何かが違うと思っていた。

 私だけが、世の中の不幸を全て背負うのは違う気がする。人を愛することが出来ない私が、幸せを望んではいけないだろうか。

 黒田が家へ帰ると、私は彼女を書斎へ呼んだ。彼女が私の部屋へ入って来ると、例えようのない感情がこみ上げてきた。

 私はネックレスを目の前へ掲げると、呪文を唱えながら彼女を見つめた。

「君を愛していた。変わってしまった君も愛そうと努力したが、私には無理だったんだ」

「……」

 人間は他人と愛を誓い合い、お互いを理解しているつもりでも、結局は裏切られてしまう。いつもそうだ……。他人を信じた私が馬鹿だったのだ。私は彼女が庭師を愛していた記憶だけ、消した。


 ──後悔なんてしていない。




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 二人が再会を果たしてからは、瞬く間に彼らは親密になっていった。
 そばで見ていることしか出来ない私は苦しかった。手を伸ばせば、そこにいるのに、一番遠い存在になってしまった。
 私と夜の結婚生活が上手くいってないと聞いたのか、彼は毎晩彼女の部屋へ行くようになった。
 いくらなんでも節度がなさすぎだと、津川が止めに入ったが、誰も彼らを止めることは出来なかった。
「子供を身籠もってしまった」
 彼女から、そう言われたときは頭が真っ白になった。なぜ、避妊しなかったのか──彼女と離縁しないことには、赤ん坊にまで被害が及ぶかもしれなかった。
 私は黒田に手紙を出して、どうすればいいのか判断を仰いだ。元々は黒田家の頼みごとだったのだから、どうにかして欲しいと思った。
 黒田社長が内密で私の部屋へ来ると、彼は出された紅茶を飲みながら、足を組んでいた。黒田家の社長は私より三つ年上だった。
 生まれてくる赤ん坊に罪は無い。どうにか赤ん坊だけでも黒魔術の呪いから助けられないかと、私は黒田に相談した。
「自分の子ではないのに、助けるのか? 妻の不貞が原因なのだろう?」
「でも、その原因を作ってしまったのは私です。マリアのことは許せませんが、赤ん坊に罪は無い」
「そうか……」
 黒田とは学生の頃からの付き合いで、私のことをリュウと呼んで、弟のように可愛がってくれていた。
「ははっ、正直だな。はて? どうしようか……」
 そう言った黒田は、自分の首にかけていたネックレスを外すと、小さなメモ用紙と一緒に私に渡した。
「これをマリアに見せるんだ。ネックレスを左右に揺らしながら、ここに書かれている言葉を言えば、相手が暗示に掛かって催眠状態になる。その上で、ここでの生活を全て忘れるように言うんだ」
「忘れると、どうなるのですか?」
「記憶が無くなる」
「全ての記憶が無くなるということですか?」
「全てでは無い。君が|望《•》|む《•》記憶だけだ」
「望む記憶だけ──」
 私は彼女が憎かった。でも、彼女が何より大切で──だから、西園寺家から出て行ってもらおうと思ったのだ。けれど、私と過ごした記憶だけ消してしまうのは、何かが違うと思っていた。
 私だけが、世の中の不幸を全て背負うのは違う気がする。人を愛することが出来ない私が、幸せを望んではいけないだろうか。
 黒田が家へ帰ると、私は彼女を書斎へ呼んだ。彼女が私の部屋へ入って来ると、例えようのない感情がこみ上げてきた。
 私はネックレスを目の前へ掲げると、呪文を唱えながら彼女を見つめた。
「君を愛していた。変わってしまった君も愛そうと努力したが、私には無理だったんだ」
「……」
 人間は他人と愛を誓い合い、お互いを理解しているつもりでも、結局は裏切られてしまう。いつもそうだ……。他人を信じた私が馬鹿だったのだ。私は彼女が庭師を愛していた記憶だけ、消した。
 ──後悔なんてしていない。