婚約者の行方
ー/ー
一か月後。屋敷へ来た彼女は、ひどく怯えていた。継母に苛められていたという彼女は、ぎこちなく微笑むと涙を流していた。
とりあえずの顔合わせが、何故か結婚する話になっており、黒田家に押しきられるような形で、私達は同棲を始めた。
「私は子供を作ることが出来ない」
「構いませんわ。よろしくお願いいたします」
しばらくして泣き止んだ彼女は、淡々とした口調で答えた。少しずつ西園寺邸に馴染む彼女を見て安心していたが、夜の営みのない結婚生活は、すぐに破綻した。
彼女が過ごしやすいように、彼女が好きな本を揃え、好きな花を飾った。それでも彼女の気は晴れなかったらしく、それとなく私が男色家だという噂を、使用人から流してもらった。
「それでも子供を産まないと言うのは、理解できませんわ。だって、跡継ぎが──」
新米の使用人に話すマリアの話を、立ち聞きしてしまった私は焦った。
──子供を作ることが出来ない。
マリアには一番最初に、そう言ったはずだった。
彼女は彼女なりに、西園寺家での自分の居場所を見つけようとしているのだろう。
私は彼女がいじらしくなった。いや、だいぶ前から気がついてる──私は彼女が好きなのだ。
彼女のことを好きになればなるほど、私は無意識のうちに彼女を遠ざけた。男と会っているふりをしたし、わざと香水をつけたり、歌を歌って上機嫌なふりをした。
彼女が疑心暗鬼になっている内に、私は彼女の過去の交友関係を調べた。
彼女は西園寺家へ来る一年前に、婚約破棄されていた。彼女の元婚約者の名前は、羽田トオルといった。
羽田家の三男だった彼は、滝川家に婿入りすることが決まっていたが、彼女の義母が間に入って破談にしていた。
代わりに自分の実の娘を婚約者へ据えようとしたところ、トオルは婚約を破棄した上で、家出したという。その後の消息については、報告書に書かれていなかった。
(もう一回、調査すべきか)
「旦那様、お休みのところ申し訳ありません」
「ああ、津川か」
就寝前に執事の津川が来ることは珍しい。何かあったのだろうか。
「あの、報告書の件についてですが……」
「ああ、これか?」
私は机の上に置いた原稿を手に取ると、津川に聞き返した。
「左様でございます」
「報告書が、どうかしたのか?」
「一部、記載漏れがございまして……」
「記載漏れ? 私には完璧に見えるが……」
「トオル様の、その後の行方についてでございます。トオル様の、その後の行方は私どもで把握しております。しかしながら、本人の意思を尊重すると同時に、旦那様の心の内を思うと、私は記載することが出来ませんでした」
「どういうことだ?」
「旦那様は、再び調査を命じられるでしょう? そうなれば、堂々巡りになって、いつかは話さなければならない日が、来るだろうと思ったのです」
「言っている意味が分からないが──これは命令だ。お願いだから、答えてくれ」
「かしこまりました。羽田家三男の羽田トオル様は、ただいま当家の庭師をしております」
「何だって?!」
「庭師です」
「そこは聞いてない。どういうことだ?」
「トオル様は、羽田家を出た後、マリア様の行方が気になって、居場所を調べ上げ、時おり屋敷へ様子を見に来ていたそうです。それを、うちの使用人が何を勘違いしたのか、庭師の求人で来た人だと思ったらしく……」
「まさか、そんなことは──マリアは、気がついていないのか?」
「そのようでございます」
「ばかな……」
私は手のひらで顔を覆った。
「旦那様?」
「会わせてやってくれ」
「しかし、そのようなことは──」
「私はマリアを愛している。彼女には幸せになってもらいたい」
「……」
「津川!」
「かしこまりました。仰せのままに」
執事の津川は扉の前で一礼すると、部屋を出て行った。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
一か月後。屋敷へ来た彼女は、ひどく怯えていた。継母に苛められていたという彼女は、ぎこちなく微笑むと涙を流していた。
とりあえずの顔合わせが、何故か結婚する話になっており、黒田家に押しきられるような形で、私達は同棲を始めた。
「私は子供を作ることが出来ない」
「構いませんわ。よろしくお願いいたします」
しばらくして泣き止んだ彼女は、淡々とした口調で答えた。少しずつ西園寺邸に馴染む彼女を見て安心していたが、夜の営みのない結婚生活は、すぐに破綻した。
彼女が過ごしやすいように、彼女が好きな本を揃え、好きな花を飾った。それでも彼女の気は晴れなかったらしく、それとなく私が男色家だという噂を、使用人から流してもらった。
「それでも子供を産まないと言うのは、理解できませんわ。だって、跡継ぎが──」
新米の使用人に話すマリアの話を、立ち聞きしてしまった私は焦った。
──子供を作ることが出来ない。
マリアには一番最初に、そう言ったはずだった。
彼女は彼女なりに、西園寺家での自分の居場所を見つけようとしているのだろう。
私は彼女がいじらしくなった。いや、だいぶ前から気がついてる──私は彼女が好きなのだ。
彼女のことを好きになればなるほど、私は無意識のうちに彼女を遠ざけた。男と会っているふりをしたし、わざと香水をつけたり、歌を歌って上機嫌なふりをした。
彼女が疑心暗鬼になっている内に、私は彼女の過去の交友関係を調べた。
彼女は西園寺家へ来る一年前に、婚約破棄されていた。彼女の元婚約者の名前は、羽田トオルといった。
羽田家の三男だった彼は、滝川家に婿入りすることが決まっていたが、彼女の義母が間に入って破談にしていた。
代わりに自分の実の娘を婚約者へ据えようとしたところ、トオルは婚約を破棄した上で、家出したという。その後の消息については、報告書に書かれていなかった。
(もう一回、調査すべきか)
「旦那様、お休みのところ申し訳ありません」
「ああ、津川か」
就寝前に執事の津川が来ることは珍しい。何かあったのだろうか。
「あの、報告書の件についてですが……」
「ああ、これか?」
私は机の上に置いた原稿を手に取ると、津川に聞き返した。
「左様でございます」
「報告書が、どうかしたのか?」
「一部、記載漏れがございまして……」
「記載漏れ? 私には完璧に見えるが……」
「トオル様の、その後の行方についてでございます。トオル様の、その後の行方は私どもで把握しております。しかしながら、本人の意思を尊重すると同時に、旦那様の心の内を思うと、私は記載することが出来ませんでした」
「どういうことだ?」
「旦那様は、再び調査を命じられるでしょう? そうなれば、|堂々巡《どうどうめぐ》りになって、いつかは話さなければならない日が、来るだろうと思ったのです」
「言っている意味が分からないが──これは命令だ。お願いだから、答えてくれ」
「かしこまりました。羽田家三男の羽田トオル様は、ただいま当家の庭師をしております」
「何だって?!」
「庭師です」
「そこは聞いてない。どういうことだ?」
「トオル様は、羽田家を出た後、マリア様の行方が気になって、居場所を調べ上げ、時おり屋敷へ様子を見に来ていたそうです。それを、うちの使用人が何を勘違いしたのか、庭師の求人で来た人だと思ったらしく……」
「まさか、そんなことは──マリアは、気がついていないのか?」
「そのようでございます」
「ばかな……」
私は手のひらで顔を覆った。
「旦那様?」
「会わせてやってくれ」
「しかし、そのようなことは──」
「私はマリアを愛している。彼女には幸せになってもらいたい」
「……」
「津川!」
「かしこまりました。仰せのままに」
執事の津川は扉の前で一礼すると、部屋を出て行った。