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デッドヒート

ー/ー



 カサカサと草木が擦れる音がする。今は丑三つ時。
 真夜中の森に怪しい人影が二つ揺れていた。

「実況は、ここ一帯の地主だった鈴木」
「解説は、オカルト研究家だった佐藤がお送りします」

 彼らが見つめる先で二人は睨み合っていた。一人は年若い学生で、怯えたように後ずさりしている。もう一人は白装束を身に纏った不審者だ。その手には金槌と五寸釘が握られていた。

「酔っ払って赤い顔をした男が、後ろを振り返って何事か叫び、先にスタートを切りました。赤組なのに顔色が真っ青ですね。本能的にここにいてはまずいと思ったのでしょう」
「おっと、白装束の……白組! 慌てて後ろを振り返っています。そして、長い髪を振り乱して走り出しました。見られていたことに気づいたようです!」
「呪いをかけているのを他人に見られたら自分が死ぬ。目撃者は必ず消さなければならない。自らの運命をかけたレースが、今始まったわけです」

 実況と解説を担う二人がその後を追いかけていくと、走り出した二人の気迫も増す。若者を追いかけている白装束も、何故か時々後ろを振り返っている。

「そもそも、二人揃って不法侵入ですね。肝試しも褒められた行いではないですが、丑の刻参りの許可も出していないので。木も傷つけてほしくないですよ」
「警察に連絡は?」
「昔はしていたんですけどねぇ。今はもう、取り合ってもらえないですよ」

 両手で藪を振り払い、息をすることも忘れて男は走り続ける。もはや坂道を転げ落ちているようにも見えた。十数メートル後方から追いかけてくる白装束も、決して負けていない。手には依然として、大ぶりの金槌が握られている。

「今のところは赤組が優勢です。走りやすそうな服装ですから、酔いが醒めれば普段通りに走れるでしょう」
「ここで新たな情報が。赤組の彼は、高校時代は陸上の選手だったそうです」
「白組にとっては厳しいか。しかし、命がかかっている以上、諦めるわけにはいきません。白装束をはためかせながら必死に走る、走る!」
「鬼の形相とはまさにこのこと!」

 解説の言葉が終わらないうちに、白装束が吼える。声にならない叫びが辺りの森を震わせる。ひりつくような殺気に、実況と解説はそっと顔を見合わせた。

「凄まじい叫び声だ。まるで、雄叫びのような」
「深夜なので近所迷惑ですねぇ。困りました」
「ここで、また一つ新たな情報が入りました。白組は、ハンマー投げで全国大会に出場した過去があるそうです」
「なるほど。気迫のこもった雄叫びが出るのも納得ですね」
「つまり、陸上選手同士の戦い。どちらも簡単には負けられません」

 車どころか自転車も通れない獣道を、自分の命をかけて走り抜ける。
 誰もが道なき道を走っている最中、とうとう若者の足がもつれた。減速して体勢を立て直す間にも、後ろからは絶叫と共に白装束がやってくる。若者は白装束の来る方を凝視して悲鳴を上げた。
 あれに捕まったら終わりだ。
 再び進行方向を確認した瞬間、鈍色に光る物体が空を舞った。物体が何であるかをいち早く察した実況の鈴木は、興奮したように口を大きく開く。

「あー! まさかの!」
「白組は持っていた金槌を投げつけた! 赤組の後頭部に直撃ぃ!」
「さすがの命中率です。これには赤組もバランスを崩して倒れ込むしかない。その間にも二人の距離は縮んでいきます」

 解説の佐藤が繰り出す言葉にも思わず熱が入る。
 そうこうしている間に、若者は白装束に追いつかれて取っ組み合いになっていた。

「お前一人で逃げるな!」
「うるせぇ。ついてくんな! どっか行け!」

 彼らは揉み合いになり、しばらく争い続ける。しかし、二人は突然我にかえった。互いに顔を見合わせて、それから自分たちが走ってきた森を見つめる。元から悪かった顔色はさらに青ざめ、今や蝋のように白くなっていった。

「……ギャー!!」

 相手を押し退けながら、目を剥いて彼らは走る。ひたすらに走る。建物をぼんやりと照らすライトが目に入ったところで、彼らは同時に自動ドアを蹴破ったのだった。
 まるでゴールテープを颯爽と切ってみせた選手のように。

「二人同時にふもとのコンビニへゴール!」
「どちらが先だったのでしょうか?」

 実況の鈴木と解説の佐藤、それぞれが終わりを見届けるために顔を出す。
 怯えきって腰を抜かした白装束の男と若い男が、抱き合ってガタガタと震えている。バックヤードから現れたコンビニ店員は、迷惑そうな表情で自動ドアを見つめている。
 ジュッと紙が焼けつく音がして、鈴木と佐藤は慌てて手を引っ込めた。

「あっ、お札ですか。残念。これ以上の解説は難しいようですね」
「はい。この札は人外の侵入を拒む、凶悪なものです。我々には効果抜群だ。完全に出し抜かれました」

 二人の幽霊は無念そうな表情を浮かべると、クルクルと旋回してコンビニから離れていく。

「さすが陸上選手。私たちに捕まらなかったのは彼らが初めてです」
「不屈の精神で勝利をもぎ取った、というわけですね」

 残念、無念。札さえなければ、馬鹿な人間二人を纏めて殺せたのに。

「もう二度と来るなー!」

 これまで数多の人間に憑りつき、殺めてきた悪霊二人に対し、コンビニ店員はそう吐き捨てた。




みんなのリアクション

 カサカサと草木が擦れる音がする。今は丑三つ時。
 真夜中の森に怪しい人影が二つ揺れていた。
「実況は、ここ一帯の地主だった鈴木」
「解説は、オカルト研究家だった佐藤がお送りします」
 彼らが見つめる先で二人は睨み合っていた。一人は年若い学生で、怯えたように後ずさりしている。もう一人は白装束を身に纏った不審者だ。その手には金槌と五寸釘が握られていた。
「酔っ払って赤い顔をした男が、後ろを振り返って何事か叫び、先にスタートを切りました。赤組なのに顔色が真っ青ですね。本能的にここにいてはまずいと思ったのでしょう」
「おっと、白装束の……白組! 慌てて後ろを振り返っています。そして、長い髪を振り乱して走り出しました。見られていたことに気づいたようです!」
「呪いをかけているのを他人に見られたら自分が死ぬ。目撃者は必ず消さなければならない。自らの運命をかけたレースが、今始まったわけです」
 実況と解説を担う二人がその後を追いかけていくと、走り出した二人の気迫も増す。若者を追いかけている白装束も、何故か時々後ろを振り返っている。
「そもそも、二人揃って不法侵入ですね。肝試しも褒められた行いではないですが、丑の刻参りの許可も出していないので。木も傷つけてほしくないですよ」
「警察に連絡は?」
「昔はしていたんですけどねぇ。今はもう、取り合ってもらえないですよ」
 両手で藪を振り払い、息をすることも忘れて男は走り続ける。もはや坂道を転げ落ちているようにも見えた。十数メートル後方から追いかけてくる白装束も、決して負けていない。手には依然として、大ぶりの金槌が握られている。
「今のところは赤組が優勢です。走りやすそうな服装ですから、酔いが醒めれば普段通りに走れるでしょう」
「ここで新たな情報が。赤組の彼は、高校時代は陸上の選手だったそうです」
「白組にとっては厳しいか。しかし、命がかかっている以上、諦めるわけにはいきません。白装束をはためかせながら必死に走る、走る!」
「鬼の形相とはまさにこのこと!」
 解説の言葉が終わらないうちに、白装束が吼える。声にならない叫びが辺りの森を震わせる。ひりつくような殺気に、実況と解説はそっと顔を見合わせた。
「凄まじい叫び声だ。まるで、雄叫びのような」
「深夜なので近所迷惑ですねぇ。困りました」
「ここで、また一つ新たな情報が入りました。白組は、ハンマー投げで全国大会に出場した過去があるそうです」
「なるほど。気迫のこもった雄叫びが出るのも納得ですね」
「つまり、陸上選手同士の戦い。どちらも簡単には負けられません」
 車どころか自転車も通れない獣道を、自分の命をかけて走り抜ける。
 誰もが道なき道を走っている最中、とうとう若者の足がもつれた。減速して体勢を立て直す間にも、後ろからは絶叫と共に白装束がやってくる。若者は白装束の来る方を凝視して悲鳴を上げた。
 あれに捕まったら終わりだ。
 再び進行方向を確認した瞬間、鈍色に光る物体が空を舞った。物体が何であるかをいち早く察した実況の鈴木は、興奮したように口を大きく開く。
「あー! まさかの!」
「白組は持っていた金槌を投げつけた! 赤組の後頭部に直撃ぃ!」
「さすがの命中率です。これには赤組もバランスを崩して倒れ込むしかない。その間にも二人の距離は縮んでいきます」
 解説の佐藤が繰り出す言葉にも思わず熱が入る。
 そうこうしている間に、若者は白装束に追いつかれて取っ組み合いになっていた。
「お前一人で逃げるな!」
「うるせぇ。ついてくんな! どっか行け!」
 彼らは揉み合いになり、しばらく争い続ける。しかし、二人は突然我にかえった。互いに顔を見合わせて、それから自分たちが走ってきた森を見つめる。元から悪かった顔色はさらに青ざめ、今や蝋のように白くなっていった。
「……ギャー!!」
 相手を押し退けながら、目を剥いて彼らは走る。ひたすらに走る。建物をぼんやりと照らすライトが目に入ったところで、彼らは同時に自動ドアを蹴破ったのだった。
 まるでゴールテープを颯爽と切ってみせた選手のように。
「二人同時にふもとのコンビニへゴール!」
「どちらが先だったのでしょうか?」
 実況の鈴木と解説の佐藤、それぞれが終わりを見届けるために顔を出す。
 怯えきって腰を抜かした白装束の男と若い男が、抱き合ってガタガタと震えている。バックヤードから現れたコンビニ店員は、迷惑そうな表情で自動ドアを見つめている。
 ジュッと紙が焼けつく音がして、鈴木と佐藤は慌てて手を引っ込めた。
「あっ、お札ですか。残念。これ以上の解説は難しいようですね」
「はい。この札は人外の侵入を拒む、凶悪なものです。我々には効果抜群だ。完全に出し抜かれました」
 二人の幽霊は無念そうな表情を浮かべると、クルクルと旋回してコンビニから離れていく。
「さすが陸上選手。私たちに捕まらなかったのは彼らが初めてです」
「不屈の精神で勝利をもぎ取った、というわけですね」
 残念、無念。札さえなければ、馬鹿な人間二人を纏めて殺せたのに。
「もう二度と来るなー!」
 これまで数多の人間に憑りつき、殺めてきた悪霊二人に対し、コンビニ店員はそう吐き捨てた。


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