第4話

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森は、今日も穏やかだった。
木漏れ日が差し、風が葉を揺らす――そんな、いつもと変わらない午後。

「モック、待って!」
「リリィ、捕まえてみろキー!」

小屋の周りを、リリィとモックが元気いっぱいに駆け回っている。

「今日の紅茶も美味しいわね……」

ロッキングチェアに身を沈め、紅茶を口にしながらその様子を眺めているのは、
銀髪のエルフ――フィーネだった。

「待てー!」
「捕まらないキー!」

二人は家の周りをぐるぐると走り続ける。

「よく、飽きないわね……」

フィーネは欠伸を一つこぼした。
その時。

ドーーーーン!!

家の裏から、何かが壊れる鈍い音が響いた。

「……今度は何をしたの?」

ロッキングチェアから立ち上がり、家の裏へ回る。

そこには――
粉々に砕け散った、離れの小さな倉庫があった。

「……」

フィーネの表情が、一瞬で変わる。

「私の、薬草の倉庫が……!!」

珍しく、声を荒げた。

この倉庫は、森で集めた薬草や、調合した薬を保管している大切な場所だ。
過去の転生で薬師だった経験を活かし、今も町の人々に薬を届けている。

「何てことしてくれるのよ……」

フィーネは杖も使わず、静かに呪文を紡ぐ。

「――時よ戻れ、リバース」

歪んだ空間が揺らぎ、倉庫はみるみるうちに元の姿へと戻っていった。

「フィーネ……ごめんなさい」
「ごめんなさいキー……」

リリィとモックが、しょんぼりとうつむく。

「壊すのは勝手だけど、
リバースでも戻せないものがあるって、忘れないで」

その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているようでもあった。

それだけ言うと、フィーネは再びロッキングチェアへ戻った。

「紅茶、冷めちゃったわ」

魔法で湯を沸かし、紅茶を淹れ直す。

「……うん、いい香り」

まどろみかけた、その時。

「ねえ、薬草のことを教えて!」

リリィが、キラキラした目で顔を覗き込んできた。

「面倒くさいなあ……
じゃあ、これでも読んでみたら?」

フィーネが指を鳴らすと、家の中から一冊の本がふわりと飛び、リリィの手に収まる。

「薬草の本だ!」
「それを読んで勉強すれば、立派な薬師になれるかもね」

そう言い残し、フィーネはうたた寝に落ちた。



しばらくして。

「フィーネさん! すみません、薬をいただけますか?」

男の声に、フィーネはゆっくりと目を開ける。

人間の青年――二十歳前後だろう。
背が高く、農夫らしい体つきをしている。

「……オルガじゃない。久しぶりね」
「ご無沙汰しています」

「今日はどうしたの?」

オルガは、少し言いにくそうに口を開いた。

「母の具合が悪くて……高熱が続いてるんです」

「分かったわ」

フィーネは倉庫へ向かい、薬を二袋取り出す。

「熱さましと、抗菌の薬よ」
「ありがとうございます……!」

代金を受け取り、フィーネは手を振った。

「お大事にね」
「また、お願いします!」

オルガは深く頭を下げ、森へと消えていった。



「ねえねえ、今の人だれ?」

興味津々のリリィが聞く。

「オルガ。町で農夫をしてる人よ」
「フィーネの彼氏?」

――ぶっ。

フィーネは紅茶を噴き出した。

「ち、違うわよ! 歳も違うし、人間だし……!」

顔を赤らめるフィーネに、リリィとモックがにやにやする。

「この話はおしまい!」

二人は楽しそうに部屋へ戻っていった。

「……そんなに顔に出てたかしら」

フィーネは紅茶を一口飲み、遠くを見つめる。



フィーネには、初恋の人がいた。

同じエルフ。
里の幼馴染で、子供の頃から一緒だった。

――あの夜。

エルフの里は、魔物の群れに襲われた。

「フィーネ、逃げて!」

逃げる途中で、見てしまった。

巨大な一つ目の魔物。
鮮血の臭い。
喰われていく――幼馴染。

「ありがとう……大好きだよ」

その言葉を最後に、彼は消えた。



「……また、嫌なことを思い出しちゃったわ」

長生きするのも、楽じゃない。

森の隙間から見える青空は、あの頃の空に似ていた。

「あんな思いは、二度としたくない……」

だから――

「もう、失敗はしない」

それは祈りであり、誓いだった。

そう呟くと、フィーネは再び、静かな眠りへと落ちていった。





















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みんなのリアクション


森は、今日も穏やかだった。
木漏れ日が差し、風が葉を揺らす――そんな、いつもと変わらない午後。
「モック、待って!」
「リリィ、捕まえてみろキー!」
小屋の周りを、リリィとモックが元気いっぱいに駆け回っている。
「今日の紅茶も美味しいわね……」
ロッキングチェアに身を沈め、紅茶を口にしながらその様子を眺めているのは、
銀髪のエルフ――フィーネだった。
「待てー!」
「捕まらないキー!」
二人は家の周りをぐるぐると走り続ける。
「よく、飽きないわね……」
フィーネは欠伸を一つこぼした。
その時。
ドーーーーン!!
家の裏から、何かが壊れる鈍い音が響いた。
「……今度は何をしたの?」
ロッキングチェアから立ち上がり、家の裏へ回る。
そこには――
粉々に砕け散った、離れの小さな倉庫があった。
「……」
フィーネの表情が、一瞬で変わる。
「私の、薬草の倉庫が……!!」
珍しく、声を荒げた。
この倉庫は、森で集めた薬草や、調合した薬を保管している大切な場所だ。
過去の転生で薬師だった経験を活かし、今も町の人々に薬を届けている。
「何てことしてくれるのよ……」
フィーネは杖も使わず、静かに呪文を紡ぐ。
「――時よ戻れ、リバース」
歪んだ空間が揺らぎ、倉庫はみるみるうちに元の姿へと戻っていった。
「フィーネ……ごめんなさい」
「ごめんなさいキー……」
リリィとモックが、しょんぼりとうつむく。
「壊すのは勝手だけど、
リバースでも戻せないものがあるって、忘れないで」
その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているようでもあった。
それだけ言うと、フィーネは再びロッキングチェアへ戻った。
「紅茶、冷めちゃったわ」
魔法で湯を沸かし、紅茶を淹れ直す。
「……うん、いい香り」
まどろみかけた、その時。
「ねえ、薬草のことを教えて!」
リリィが、キラキラした目で顔を覗き込んできた。
「面倒くさいなあ……
じゃあ、これでも読んでみたら?」
フィーネが指を鳴らすと、家の中から一冊の本がふわりと飛び、リリィの手に収まる。
「薬草の本だ!」
「それを読んで勉強すれば、立派な薬師になれるかもね」
そう言い残し、フィーネはうたた寝に落ちた。
しばらくして。
「フィーネさん! すみません、薬をいただけますか?」
男の声に、フィーネはゆっくりと目を開ける。
人間の青年――二十歳前後だろう。
背が高く、農夫らしい体つきをしている。
「……オルガじゃない。久しぶりね」
「ご無沙汰しています」
「今日はどうしたの?」
オルガは、少し言いにくそうに口を開いた。
「母の具合が悪くて……高熱が続いてるんです」
「分かったわ」
フィーネは倉庫へ向かい、薬を二袋取り出す。
「熱さましと、抗菌の薬よ」
「ありがとうございます……!」
代金を受け取り、フィーネは手を振った。
「お大事にね」
「また、お願いします!」
オルガは深く頭を下げ、森へと消えていった。
「ねえねえ、今の人だれ?」
興味津々のリリィが聞く。
「オルガ。町で農夫をしてる人よ」
「フィーネの彼氏?」
――ぶっ。
フィーネは紅茶を噴き出した。
「ち、違うわよ! 歳も違うし、人間だし……!」
顔を赤らめるフィーネに、リリィとモックがにやにやする。
「この話はおしまい!」
二人は楽しそうに部屋へ戻っていった。
「……そんなに顔に出てたかしら」
フィーネは紅茶を一口飲み、遠くを見つめる。
フィーネには、初恋の人がいた。
同じエルフ。
里の幼馴染で、子供の頃から一緒だった。
――あの夜。
エルフの里は、魔物の群れに襲われた。
「フィーネ、逃げて!」
逃げる途中で、見てしまった。
巨大な一つ目の魔物。
鮮血の臭い。
喰われていく――幼馴染。
「ありがとう……大好きだよ」
その言葉を最後に、彼は消えた。
「……また、嫌なことを思い出しちゃったわ」
長生きするのも、楽じゃない。
森の隙間から見える青空は、あの頃の空に似ていた。
「あんな思いは、二度としたくない……」
だから――
「もう、失敗はしない」
それは祈りであり、誓いだった。
そう呟くと、フィーネは再び、静かな眠りへと落ちていった。