第3話

ー/ー




 ウエス国は、国土のほとんどを森が覆っている国だ。
 人々はその恵みに寄り添いながら暮らし、いつしか「森の民」と呼ばれるようになった。

 そんな深い森の奥を、一人の少女が足音も荒く進んでいた。

「もう、フィーネのバカ……!」

 リリィは頬を膨らませ、枝を払いのけながら歩く。

「のんびり、のんびりって……。
 私は冒険がしたいの!」

 小屋での生活は穏やかで、温かい。
 それでも――胸の奥が、どこか満たされない。

「これじゃ、前の世界と変わらないじゃない……」

 冒険がしたい。
 理由はそれだけで、そして――それで十分だった。

 知らず知らずのうちに、森の奥へと足を踏み入れていた。

 ――その背中を、
 いくつもの“気配”が見つめていることも知らずに。

「……ちょっと、疲れちゃった」

 リリィは大きな木の根元に腰を下ろした。

 だが、その瞬間。

ガサッ。

 小さな音。

 振り返った先にいたのは――
 木の肌のような体をした、小さな魔物だった。

「キィー!」

「えっ……!?」

 思わず身構えるリリィ。

「あなた……誰?」

「キィ。お友達になりたいキー」

 警戒心のない声。
 潤んだ、純粋な瞊。

「……友達?」

「キキッ! モックだキ」

「モック……」

 拍子抜けするほど、無邪気な存在だった。

「私はリリィ。よろしくね」

 差し出した手に、
 枝のような小さな手が触れる。

「これで、友達ね」

 不思議と、胸のつかえが取れていく。

「怒ってたのが、バカみたい」

「リリィ、怒ってたキー?」

「ううん。もう平気」

 ――だが、その瞬間。

 空気が、変わった。

 森の奥から、
 “重たい何か”が近づいてくる。

 モックが、びくりと体を震わせた。

「……ッ!」

「モック?」

「……来るキー……」

 低く、湿った気配。
 リリィの背筋が凍りつく。

 ――逃げなきゃ。

 そう思った瞬間。

 視界が、歪んだ。

 次の瞬間、
 “何か”が地面を抉った。
 何か異様な臭いが漂う。

ズガァッ!

「きゃっ!!」

 倒れ込むリリィ。

 影の中から現れたのは、
 歪な牙を持つ魔獣だった。

「……うそ……」

 足が、動かない。

 ――死ぬ。

 その予感を、
 一陣の風が引き裂いた。

「……まったく」

 聞き慣れた、ため息。

 魔獣の前に、
 銀髪のエルフが立っていた。

「昼寝の時間を邪魔しないでくれる?」

 次の瞬間、
 魔獣は“消えた”。

 音も、悲鳴もなく。

 森が、元の静けさを取り戻す。

「……え?」

 フィーネは、リリィをチラッと見た。

「無事?」

「……う、うん……」

 それだけ確認すると、
 フィーネはモックへ視線を向けた。

「あなた……ドリアードね」

「……キッ」

 怯えたモックを見て、
 フィーネは小さく息を吐いた。

「今日は運が悪かったわね……帰るわよ」



 その後は、あっという間だった。

 気づけば、小屋の前。

「フィーネ! 紹介したい人がいるの!」

 だが――

ドーンッ!!

 モックは勢い余って、壁に突っ込んだ。

「……また?」

 壁に空いた穴を見て、フィーネは頭を抱えた。

「時よ戻れ――リバース」

 家は元通りになる。

「この子、モックって言うの!」

「……はいはい」

 フィーネはそれだけ言って、
 ロッキングチェアに腰を下ろし、目を閉じた。

「今日からここに住んでいい?」

「……むにゃ……いいわよ……」

「やった!」

 夕方。

「……不覚だわ」

 フィーネはうなだれていた。

「まあ……ドリアードは、水があれば生きられるし」

「ありがとうッキ!」

 こうして、
 新しい住人が一人増えた。

 夕食の席。

「モックのお父さんとお母さんは?」

 モックが取り出した、小さな布切れ。

 向かい合う、二体の悪魔。

 それを見た瞬間、
 フィーネの背筋に冷たいものが走る。

「……火事、ね」

 ――嫌な記憶が、蘇る。

 それ以上は、口にしなかった。

 ただ、
 “のんびり”が、
 確実に壊れ始めていることを――
 フィーネは、理解していた。














次のエピソードへ進む 第4話


みんなのリアクション


 ウエス国は、国土のほとんどを森が覆っている国だ。
 人々はその恵みに寄り添いながら暮らし、いつしか「森の民」と呼ばれるようになった。
 そんな深い森の奥を、一人の少女が足音も荒く進んでいた。
「もう、フィーネのバカ……!」
 リリィは頬を膨らませ、枝を払いのけながら歩く。
「のんびり、のんびりって……。
 私は冒険がしたいの!」
 小屋での生活は穏やかで、温かい。
 それでも――胸の奥が、どこか満たされない。
「これじゃ、前の世界と変わらないじゃない……」
 冒険がしたい。
 理由はそれだけで、そして――それで十分だった。
 知らず知らずのうちに、森の奥へと足を踏み入れていた。
 ――その背中を、
 いくつもの“気配”が見つめていることも知らずに。
「……ちょっと、疲れちゃった」
 リリィは大きな木の根元に腰を下ろした。
 だが、その瞬間。
ガサッ。
 小さな音。
 振り返った先にいたのは――
 木の肌のような体をした、小さな魔物だった。
「キィー!」
「えっ……!?」
 思わず身構えるリリィ。
「あなた……誰?」
「キィ。お友達になりたいキー」
 警戒心のない声。
 潤んだ、純粋な瞊。
「……友達?」
「キキッ! モックだキ」
「モック……」
 拍子抜けするほど、無邪気な存在だった。
「私はリリィ。よろしくね」
 差し出した手に、
 枝のような小さな手が触れる。
「これで、友達ね」
 不思議と、胸のつかえが取れていく。
「怒ってたのが、バカみたい」
「リリィ、怒ってたキー?」
「ううん。もう平気」
 ――だが、その瞬間。
 空気が、変わった。
 森の奥から、
 “重たい何か”が近づいてくる。
 モックが、びくりと体を震わせた。
「……ッ!」
「モック?」
「……来るキー……」
 低く、湿った気配。
 リリィの背筋が凍りつく。
 ――逃げなきゃ。
 そう思った瞬間。
 視界が、歪んだ。
 次の瞬間、
 “何か”が地面を抉った。
 何か異様な臭いが漂う。
ズガァッ!
「きゃっ!!」
 倒れ込むリリィ。
 影の中から現れたのは、
 歪な牙を持つ魔獣だった。
「……うそ……」
 足が、動かない。
 ――死ぬ。
 その予感を、
 一陣の風が引き裂いた。
「……まったく」
 聞き慣れた、ため息。
 魔獣の前に、
 銀髪のエルフが立っていた。
「昼寝の時間を邪魔しないでくれる?」
 次の瞬間、
 魔獣は“消えた”。
 音も、悲鳴もなく。
 森が、元の静けさを取り戻す。
「……え?」
 フィーネは、リリィをチラッと見た。
「無事?」
「……う、うん……」
 それだけ確認すると、
 フィーネはモックへ視線を向けた。
「あなた……ドリアードね」
「……キッ」
 怯えたモックを見て、
 フィーネは小さく息を吐いた。
「今日は運が悪かったわね……帰るわよ」
 その後は、あっという間だった。
 気づけば、小屋の前。
「フィーネ! 紹介したい人がいるの!」
 だが――
ドーンッ!!
 モックは勢い余って、壁に突っ込んだ。
「……また?」
 壁に空いた穴を見て、フィーネは頭を抱えた。
「時よ戻れ――リバース」
 家は元通りになる。
「この子、モックって言うの!」
「……はいはい」
 フィーネはそれだけ言って、
 ロッキングチェアに腰を下ろし、目を閉じた。
「今日からここに住んでいい?」
「……むにゃ……いいわよ……」
「やった!」
 夕方。
「……不覚だわ」
 フィーネはうなだれていた。
「まあ……ドリアードは、水があれば生きられるし」
「ありがとうッキ!」
 こうして、
 新しい住人が一人増えた。
 夕食の席。
「モックのお父さんとお母さんは?」
 モックが取り出した、小さな布切れ。
 向かい合う、二体の悪魔。
 それを見た瞬間、
 フィーネの背筋に冷たいものが走る。
「……火事、ね」
 ――嫌な記憶が、蘇る。
 それ以上は、口にしなかった。
 ただ、
 “のんびり”が、
 確実に壊れ始めていることを――
 フィーネは、理解していた。