第2話

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 森の奥深くに佇む、小さな丸太小屋。
 朝の光が木々の隙間から差し込み、静かな空気がゆるやかに満ちていた。

 その中で、ひとりのエルフが幸福そうな寝息を立てている。

「むにゃ……むにゃ……もう、食べられないわ……」

 ベッドの上で眠るのは、エルフのフィーネ。
 口元には緩んだ笑み、枕元にはうっすらと涎。
 きっと、ご馳走に囲まれた幸せな夢を見ているのだろう。

 ――何百年も生きてきた彼女が、
 それでも「幸せ」だけを選んで見る夢。

 その穏やかな時間を、遠慮なく切り裂く声が響いた。

「フィーネ! おはよう! 朝だよー!!」

 バタンッ、と勢いよく寝室のドアが開く。

「ちょっ――」

 次の瞬間、勢いよく飛び込んできた少女が、
 そのままベッドの上にダイブした。

ドンッ!

「……っ!?」

 一瞬、フィーネの呼吸が止まる。

「ゲホッ……ゲホッ!
 な、何するのよ……!」

「フィーネ、起きて! 朝だよ!」

「もう……何なの……」

「だ・か・ら! 朝!」

 フィーネは半目のまま、もぞもぞと布団を引き寄せる。

「はいはい……じゃあ、おやすみ」

 そのまま再び潜り込もうとする。

「起きてってばー!!」

 リリィは必死に揺さぶるが、反応は鈍い。

 ――のんびりを愛するフィーネにとって、
 朝のまどろみは神聖不可侵の時間なのだ。

 やがてリリィは肩を落とし、諦めたように部屋を出て行った。

 しばらくして、キッチンの方から音が聞こえ始める。

ドタン、バタン。
ガチャガチャ。
グワーン……。

 嫌な予感が、確信へと変わった。

ドッカーンッ!!

 爆音と衝撃。

 フィーネは飛び起きた。

「リリィ!? 今の何!?」

 慌ててキッチンへ向かうと、
 そこには――

「フィーネ……ごめんなさい……」

 しょんぼりとうつむくリリィと、
 壁が吹き飛び、森と直結したキッチンの惨状があった。

「……朝食、作ってたのよね?」

「うん……ちゃんと作ったつもり、だったんだけど……」

 フィーネは深く息を吐いた。

「あなたは……もう料理しないで」

 そう言って、右手を静かに掲げる。

「時よ戻れ――リバース」

 淡い光が走り、
 崩れた壁も、散らばった破片も、
 時間を巻き戻すように元通りになっていく。

「……すごい……!」

 リリィの瞳が、きらきらと輝いた。

「この魔法、結構疲れるのよ……ふぁ……」

 フィーネは欠伸をしながら踵を返す。

「じゃあ……もう一回寝るから」

「えぇ!?」

 再びベッドに戻ろうとするフィーネを、
 今度こそリリィは全力で止めた。

「もう起きて!!」

「……はいはい、分かったわよ」

 観念したように起き上がり、キッチンへ向かう。

 フィーネが軽く指を動かすと、
 食材や調理器具が意思を持ったように動き始めた。

 火が入り、音が鳴り、
 あっという間に料理が完成する。

「すっごーい!!」

 テーブルには、目玉焼き、ベーコン、マッシュポテト、トースト。
 どこか懐かしい朝食だ。

「さあ、リリィ。いただきましょう」

「いっただっきまーす!」

「美味しい!」

「ゆっくり食べなさい」

 穏やかな朝。

「ねぇ、フィーネ。冒険したことある?」

「……面倒なことは、全部卒業したわ」

「前世でも?」

「一度だけ、勇者と一緒に魔王を倒したことはあるわね」

「すごい! その時もエルフ?」

「いいえ。オークの戦士だった」

「えー!? 想像できない!」

「99回も転生してたら、色々あるのよ」

 食後、食器は魔法で洗われ、
 フィーネはいつものロッキングチェアへ腰を下ろした。

「……騒がしかったけど」

 ギィ……ギィ……。

「何百年ぶりかに、一日が短いと感じたわね……」

 その隣には、小さな椅子。
 リリィのために作ったものだ。

「ねぇ、フィーネ。
 いつまで、のんびりしてるの?」

「夜まで」

「えー!」

 リリィは立ち上がり、森の方を見る。

「わたし、冒険したい。
 ちょっと散歩してくるね」

「行ってらっしゃい。迷子にならないで」

 森の奥へ進むリリィ。

 木々はざわめき、
 まるで――こちらを見ているかのようだった。

 一方その頃。

「むにゃ……もう、お腹いっぱい……」

 フィーネはロッキングチェアで、再び眠りに落ちていた。

 木々は、ざわりと音を立てる。
 まるで――森そのものが、何かを見守っているかのように。

 この先に迫る、
 小さな少女の危機を――
 まだ、知る由もなく。










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みんなのリアクション

 森の奥深くに佇む、小さな丸太小屋。
 朝の光が木々の隙間から差し込み、静かな空気がゆるやかに満ちていた。
 その中で、ひとりのエルフが幸福そうな寝息を立てている。
「むにゃ……むにゃ……もう、食べられないわ……」
 ベッドの上で眠るのは、エルフのフィーネ。
 口元には緩んだ笑み、枕元にはうっすらと涎。
 きっと、ご馳走に囲まれた幸せな夢を見ているのだろう。
 ――何百年も生きてきた彼女が、
 それでも「幸せ」だけを選んで見る夢。
 その穏やかな時間を、遠慮なく切り裂く声が響いた。
「フィーネ! おはよう! 朝だよー!!」
 バタンッ、と勢いよく寝室のドアが開く。
「ちょっ――」
 次の瞬間、勢いよく飛び込んできた少女が、
 そのままベッドの上にダイブした。
ドンッ!
「……っ!?」
 一瞬、フィーネの呼吸が止まる。
「ゲホッ……ゲホッ!
 な、何するのよ……!」
「フィーネ、起きて! 朝だよ!」
「もう……何なの……」
「だ・か・ら! 朝!」
 フィーネは半目のまま、もぞもぞと布団を引き寄せる。
「はいはい……じゃあ、おやすみ」
 そのまま再び潜り込もうとする。
「起きてってばー!!」
 リリィは必死に揺さぶるが、反応は鈍い。
 ――のんびりを愛するフィーネにとって、
 朝のまどろみは神聖不可侵の時間なのだ。
 やがてリリィは肩を落とし、諦めたように部屋を出て行った。
 しばらくして、キッチンの方から音が聞こえ始める。
ドタン、バタン。
ガチャガチャ。
グワーン……。
 嫌な予感が、確信へと変わった。
ドッカーンッ!!
 爆音と衝撃。
 フィーネは飛び起きた。
「リリィ!? 今の何!?」
 慌ててキッチンへ向かうと、
 そこには――
「フィーネ……ごめんなさい……」
 しょんぼりとうつむくリリィと、
 壁が吹き飛び、森と直結したキッチンの惨状があった。
「……朝食、作ってたのよね?」
「うん……ちゃんと作ったつもり、だったんだけど……」
 フィーネは深く息を吐いた。
「あなたは……もう料理しないで」
 そう言って、右手を静かに掲げる。
「時よ戻れ――リバース」
 淡い光が走り、
 崩れた壁も、散らばった破片も、
 時間を巻き戻すように元通りになっていく。
「……すごい……!」
 リリィの瞳が、きらきらと輝いた。
「この魔法、結構疲れるのよ……ふぁ……」
 フィーネは欠伸をしながら踵を返す。
「じゃあ……もう一回寝るから」
「えぇ!?」
 再びベッドに戻ろうとするフィーネを、
 今度こそリリィは全力で止めた。
「もう起きて!!」
「……はいはい、分かったわよ」
 観念したように起き上がり、キッチンへ向かう。
 フィーネが軽く指を動かすと、
 食材や調理器具が意思を持ったように動き始めた。
 火が入り、音が鳴り、
 あっという間に料理が完成する。
「すっごーい!!」
 テーブルには、目玉焼き、ベーコン、マッシュポテト、トースト。
 どこか懐かしい朝食だ。
「さあ、リリィ。いただきましょう」
「いっただっきまーす!」
「美味しい!」
「ゆっくり食べなさい」
 穏やかな朝。
「ねぇ、フィーネ。冒険したことある?」
「……面倒なことは、全部卒業したわ」
「前世でも?」
「一度だけ、勇者と一緒に魔王を倒したことはあるわね」
「すごい! その時もエルフ?」
「いいえ。オークの戦士だった」
「えー!? 想像できない!」
「99回も転生してたら、色々あるのよ」
 食後、食器は魔法で洗われ、
 フィーネはいつものロッキングチェアへ腰を下ろした。
「……騒がしかったけど」
 ギィ……ギィ……。
「何百年ぶりかに、一日が短いと感じたわね……」
 その隣には、小さな椅子。
 リリィのために作ったものだ。
「ねぇ、フィーネ。
 いつまで、のんびりしてるの?」
「夜まで」
「えー!」
 リリィは立ち上がり、森の方を見る。
「わたし、冒険したい。
 ちょっと散歩してくるね」
「行ってらっしゃい。迷子にならないで」
 森の奥へ進むリリィ。
 木々はざわめき、
 まるで――こちらを見ているかのようだった。
 一方その頃。
「むにゃ……もう、お腹いっぱい……」
 フィーネはロッキングチェアで、再び眠りに落ちていた。
 木々は、ざわりと音を立てる。
 まるで――森そのものが、何かを見守っているかのように。
 この先に迫る、
 小さな少女の危機を――
 まだ、知る由もなく。