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第6話 遠ざかる推し、募る本心

ー/ー




―あれから、三週間が経った―

 最後に風雅(ふうが)と会ってから、マリアの毎日は、少しずつ、しかし確実に変わっていった。

 その変化は、ほんの些細なところから始まった。

 まず、風雅(ふうが)からのLINEはこなくなった。

 既読がついていないわけでも、ブロックされたわけでもない。ただ、やりとりが自然と止まってしまった。

 そしてマリアも、自分からは何も送れなかった。

(私が、最初から嘘をついていたから……)
 罪悪感が、胸に重くのしかかる。

 正確には「嘘」ではない。けれど、「隠していた」のは、確かだ。

 ブランのグッズを持っていたこと。

 お見合いの前から、ブランのこと――風雅(ふうが)のことを、知っていたこと。

 そして、お見合いの時に「それ」に気づいた時も「知らない」風の顔をして、隣に座って、笑ったこと。

 その全部が、風雅(ふうが)を傷つけたのだと思うと、どうしても手が伸ばせなかった。

 彼からのLINEは、あのまま既読すらつけられずに放置されている。彼からの「また会えますか?」という問いかけに、私は答えられずにいた。

 そして、時間が経つほどに、マリアの中では新しい違和感が芽生え始めた。

 それは、あんなに日常だったはずのもの――ブランの配信に、自然と足が向かなくなっていったこと。

 通知が来ても開かない。

 切り抜きが流れてきても、再生ボタンを押さない。

 気づけば、SNSでブランを検索することも、タイムラインを追うこともなくなっていた。

 心の中の“推し活”のスペースが、そっと沈んでいくように静かに消えていった。

(……風雅(ふうが)さん、今もブラン、やってるのかな)

 それすらも、自分から調べようとは思えなかった。

 配信を見てしまったら、きっと泣いてしまう。

 ブランの声に、風雅(ふうが)の姿を思い出してしまう。

 あの柔らかい眼差しと、優しい笑顔と、「また会えますか?」と聞いたときの、少し照れた声。

 ――すべてが、「ブラン」としてではなく、「阿部風雅(ふうが)」という一人の人間として、自分の胸に残っていた。

 ふとした瞬間に、彼の仕草を思い出す。

 飲み物を飲むときの、グラスの持ち方。

 笑った時に、目尻にだけ少し入るシワ。

 言葉に詰まったとき、少し首をかしげる癖。

 それらのひとつひとつが、どうしようもなく心を締めつけた。

 気づいてしまったのだ。
 ――私は、風雅(ふうが)さんのことを好きになってた。

 最初は、たしかにブランだった。

 けれど、画面の中ではなく、目の前にいた人として――あの穏やかな距離感の中で、触れた言葉や仕草や沈黙のやさしさに、いつのまにか、心が引き寄せられていた。

 そのことに気づいてしまったマリアは、さらに深く落ち込んだ。

 なぜ、あの時、ちゃんと言えなかったんだろう。

 「ブランを好きだったけど、今は“風雅(ふうが)さん”が好きです」って。
 ただ、それだけだったはずなのに。

 自分の中でも答えが定まらず、風雅(ふうが)の目を見られなかった。あの時、伝えられていたら――

 後悔ばかりが、胸を締めつけた。

 そして、ある日の夜。

 部屋で静かにカモミールティーを啜っていると、スマホの通知が一つ鳴った。
 通知欄を見た瞬間、マリアの心臓が、跳ね上がる。

《阿部風雅(ふうが):こんばんは。突然すみません。……もしよかったら、またお会いできませんか?》

 目を疑った。けれど、何度見返しても、そこにあるのは確かに、風雅(ふうが)の名前。

 最終ログは三週間前。

 けれど、いま、こうして――再び、マリアに連絡をくれた。

 マリアの指が、震える。

 返事を返したい。でも、何て返せばいいのか分からなかった。

 こんな自分が、また会ってもいいのだろうか。

 また彼を、傷つけてしまわないか。

 けれど、画面を見つめるうちに、もう一つの思いがこみ上げてくる。

 ――このチャンスを逃したら、もう一生、風雅(ふうが)には会えないかもしれない。

 その恐怖の方が、よほど強かった。

 マリアは、そっとスマホの画面に指を滑らせ、文字を打ち込む。

《こんばんは。……はい、私も会いたいです》
 それだけの言葉。けれど、それだけで、全身が熱くなる。

 何もかも、元通りには戻らないかもしれない。

 けれど、今度こそ、ちゃんと伝えたい。

 ――あなたのことを、私は、ちゃんと「あなた」として好きになったと。

 画面を閉じたマリアは、窓を開ける。
 初夏の風が、静かに部屋を吹き抜けていった。



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―あれから、三週間が経った―
 最後に|風雅《ふうが》と会ってから、マリアの毎日は、少しずつ、しかし確実に変わっていった。
 その変化は、ほんの些細なところから始まった。
 まず、|風雅《ふうが》からのLINEはこなくなった。
 既読がついていないわけでも、ブロックされたわけでもない。ただ、やりとりが自然と止まってしまった。
 そしてマリアも、自分からは何も送れなかった。
(私が、最初から嘘をついていたから……)
 罪悪感が、胸に重くのしかかる。
 正確には「嘘」ではない。けれど、「隠していた」のは、確かだ。
 ブランのグッズを持っていたこと。
 お見合いの前から、ブランのこと――|風雅《ふうが》のことを、知っていたこと。
 そして、お見合いの時に「それ」に気づいた時も「知らない」風の顔をして、隣に座って、笑ったこと。
 その全部が、|風雅《ふうが》を傷つけたのだと思うと、どうしても手が伸ばせなかった。
 彼からのLINEは、あのまま既読すらつけられずに放置されている。彼からの「また会えますか?」という問いかけに、私は答えられずにいた。
 そして、時間が経つほどに、マリアの中では新しい違和感が芽生え始めた。
 それは、あんなに日常だったはずのもの――ブランの配信に、自然と足が向かなくなっていったこと。
 通知が来ても開かない。
 切り抜きが流れてきても、再生ボタンを押さない。
 気づけば、SNSでブランを検索することも、タイムラインを追うこともなくなっていた。
 心の中の“推し活”のスペースが、そっと沈んでいくように静かに消えていった。
(……|風雅《ふうが》さん、今もブラン、やってるのかな)
 それすらも、自分から調べようとは思えなかった。
 配信を見てしまったら、きっと泣いてしまう。
 ブランの声に、|風雅《ふうが》の姿を思い出してしまう。
 あの柔らかい眼差しと、優しい笑顔と、「また会えますか?」と聞いたときの、少し照れた声。
 ――すべてが、「ブラン」としてではなく、「阿部|風雅《ふうが》」という一人の人間として、自分の胸に残っていた。
 ふとした瞬間に、彼の仕草を思い出す。
 飲み物を飲むときの、グラスの持ち方。
 笑った時に、目尻にだけ少し入るシワ。
 言葉に詰まったとき、少し首をかしげる癖。
 それらのひとつひとつが、どうしようもなく心を締めつけた。
 気づいてしまったのだ。
 ――私は、|風雅《ふうが》さんのことを好きになってた。
 最初は、たしかにブランだった。
 けれど、画面の中ではなく、目の前にいた人として――あの穏やかな距離感の中で、触れた言葉や仕草や沈黙のやさしさに、いつのまにか、心が引き寄せられていた。
 そのことに気づいてしまったマリアは、さらに深く落ち込んだ。
 なぜ、あの時、ちゃんと言えなかったんだろう。
 「ブランを好きだったけど、今は“|風雅《ふうが》さん”が好きです」って。
 ただ、それだけだったはずなのに。
 自分の中でも答えが定まらず、|風雅《ふうが》の目を見られなかった。あの時、伝えられていたら――
 後悔ばかりが、胸を締めつけた。
 そして、ある日の夜。
 部屋で静かにカモミールティーを啜っていると、スマホの通知が一つ鳴った。
 通知欄を見た瞬間、マリアの心臓が、跳ね上がる。
《阿部|風雅《ふうが》:こんばんは。突然すみません。……もしよかったら、またお会いできませんか?》
 目を疑った。けれど、何度見返しても、そこにあるのは確かに、|風雅《ふうが》の名前。
 最終ログは三週間前。
 けれど、いま、こうして――再び、マリアに連絡をくれた。
 マリアの指が、震える。
 返事を返したい。でも、何て返せばいいのか分からなかった。
 こんな自分が、また会ってもいいのだろうか。
 また彼を、傷つけてしまわないか。
 けれど、画面を見つめるうちに、もう一つの思いがこみ上げてくる。
 ――このチャンスを逃したら、もう一生、|風雅《ふうが》には会えないかもしれない。
 その恐怖の方が、よほど強かった。
 マリアは、そっとスマホの画面に指を滑らせ、文字を打ち込む。
《こんばんは。……はい、私も会いたいです》
 それだけの言葉。けれど、それだけで、全身が熱くなる。
 何もかも、元通りには戻らないかもしれない。
 けれど、今度こそ、ちゃんと伝えたい。
 ――あなたのことを、私は、ちゃんと「あなた」として好きになったと。
 画面を閉じたマリアは、窓を開ける。
 初夏の風が、静かに部屋を吹き抜けていった。