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第5話 伸びゆく人気と、揺れる本音

ー/ー




 ―月曜日、昼休み―

 社内にあるカフェスペースで、マリアはスープカップを片手に、同僚たちの会話を聞き流していた。

「……なんか最近、あのV見ててさ、夜ふかしが止まらないんだよねー。あれ、なんだっけ? ブラン……なんとかって」

「パルティータじゃない? 最近コラボしてたでしょ、有名どころと」

「そうそう! あの声、めっちゃ癖になるっていうか、落ち着くんだよね……」

 サンドイッチを頬張りながら笑う同僚たちの言葉に、マリアはスプーンを止めた。

(……ブラン、こんなとこまで来てるんだ)
 ふと視線を落とすと、スマホの画面には通知が一つ――『ブラン・パルティータ新着動画公開』。

 静かに胸がふくらむ感覚。

(あの登録300人台だったチャンネルが……今は、もう一万人を超えてる)

 思い返すと、あの爆発的な伸びは、某大手Vとのコラボがきっかけだった。突然の“奇跡の客演”。しかも内容が大絶賛されてバズり、切り抜きが回って……そして、風雅(ふうが)さん――ブランの配信にも、新しい視聴者がどっと流れ込んだ。

 自分だけの“秘密”だったブランが、じわじわと「みんなのもの」になっていくような寂しさ。けれど、嬉しさもある。

(……でも、私は“知ってる”。あの人が、ブラン)
 その優越感が、胸の奥をじんわりと満たしていく。

 そんなことを考えていると、画面の上にはもうひとつの通知。

風雅(ふうが)さん:明日楽しみにしてます。お店、予約しました!》
 ほんの一文。それだけなのに、頬がふわりと緩む。

(明日……)
 スープが冷めるのも忘れて、マリアは夢見るような表情でスマホを見つめた。
 

 ―火曜日、午後―

 待ち合わせ場所は、少し落ち着いた雰囲気のあるビストロ。

 風雅(ふうが)は、前回より少しラフな格好で現れた。白シャツにブルーのカーディガンを羽織り、リュックを背負っている。

「今日も……すごく素敵ですね、マリアさん」
「えっ……あ、ありがとうございます。風雅(ふうが)さんも、その……似合ってます」

 何でもない会話なのに、胸がじわりと熱くなる。ほんの少しだけ、心の距離が近づいていくような、そんな空気。

 店の予約名を告げ、案内されたテーブルは、奥まった二人席。外のテラス席が見える落ち着いた場所だった。

「……料理、ここの評判、実は前から気になってたんです」

「私もです。嬉しいです、一緒に来られて」

 最初の乾杯――ノンアルコールのスパークリングをグラスで合わせるとき、ふと風雅(ふうが)が笑う。

「……こういうの、夢みたいだなって。誰かと、普通にこうして食事できるって」

「……風雅(ふうが)さん?」

「僕、人と会うのって……そんなに得意じゃないんです。リアルだと、つい壁を作っちゃって。でもマリアさんとは……自然に話せるから」
 マリアの胸が、きゅっと締めつけられた。

(……だから、言えなかったんだ。最初からファンだった、なんて)
 会話は弾み、料理も美味しくて、ゆったりとした空気のまま店を後にする。

 二人は並んで歩きながら、小さな雑貨屋に立ち寄ったり、気になっていたカフェで一杯ずつコーヒーを買ったり。

 そして、ふとした瞬間――マリアがカフェの会計時に財布を出したとき、それは起きた。

 硬貨と一緒に、小さなチャームがテーブルに転がり落ちた。

 風雅(ふうが)が何気なく拾い上げる。

「……あっ」
 その手が止まる。

「これ……」
 風雅(ふうが)の表情から、すっと血の気が引いていくのが分かった。

 彼の手の中にあるのは、初期のグッズ――ブランが配信初期に自作した、手作り風チャーム。知る人ぞ知る、完全受注のレア品。

「これ……持ってる人、ほとんどいないはずなんです。あの時、買った人……」

「…………」
 マリアは言葉を飲み込む。

「マリアさん……お見合いの前から、僕のこと、知ってましたか? “ブラン”だって……知ってて、会ったんですか?」
 声は震えていた。怒りではない。戸惑いと、少しの絶望のにじんだ声。

 嘘を――つけなかった。

「……はい。気づいてました。最初に会った時から……風雅(ふうが)さんが“ブラン”だって」

 風雅(ふうが)は目を伏せ、言葉を探すように口を開いた。
「……じゃあ、マリアさんが僕を好きだって言ってくれたのは……それは、“ブラン”だからですか? ……僕じゃなくて」

「違います。それは……」
 けれど、否定しきれなかった。

 言い訳のようになるのが怖かった。どう答えても、今の空気が変わってしまう気がして。

 それ以上、言葉は続かなかった。

 会話はぎこちなくなり、気まずい沈黙が間に流れる。いつの間にか空は暮れかけていて、帰りの足取りはどちらも重たかった。

 別れ際――駅の改札の前で、風雅(ふうが)がぽつりと言った。
「……今日は、ありがとう。楽しかったです……」

 その「楽しかったです……」に込められた感情に、マリアはただ俯くしかなかった。

 風雅(ふうが)は、深く息を吐いて、改札を抜けていった。

 残されたマリアは、胸に重く沈む想いを抱えながら、スマホを見つめる。

 画面には、未読のままのメッセージ。

《今度は、いつ会えますか?》

 ――その言葉に、応える資格があるのか。マリアはまだ、答えを出せずにいた。


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 ―月曜日、昼休み―
 社内にあるカフェスペースで、マリアはスープカップを片手に、同僚たちの会話を聞き流していた。
「……なんか最近、あのV見ててさ、夜ふかしが止まらないんだよねー。あれ、なんだっけ? ブラン……なんとかって」
「パルティータじゃない? 最近コラボしてたでしょ、有名どころと」
「そうそう! あの声、めっちゃ癖になるっていうか、落ち着くんだよね……」
 サンドイッチを頬張りながら笑う同僚たちの言葉に、マリアはスプーンを止めた。
(……ブラン、こんなとこまで来てるんだ)
 ふと視線を落とすと、スマホの画面には通知が一つ――『ブラン・パルティータ新着動画公開』。
 静かに胸がふくらむ感覚。
(あの登録300人台だったチャンネルが……今は、もう一万人を超えてる)
 思い返すと、あの爆発的な伸びは、某大手Vとのコラボがきっかけだった。突然の“奇跡の客演”。しかも内容が大絶賛されてバズり、切り抜きが回って……そして、|風雅《ふうが》さん――ブランの配信にも、新しい視聴者がどっと流れ込んだ。
 自分だけの“秘密”だったブランが、じわじわと「みんなのもの」になっていくような寂しさ。けれど、嬉しさもある。
(……でも、私は“知ってる”。あの人が、ブラン)
 その優越感が、胸の奥をじんわりと満たしていく。
 そんなことを考えていると、画面の上にはもうひとつの通知。
《|風雅《ふうが》さん:明日楽しみにしてます。お店、予約しました!》
 ほんの一文。それだけなのに、頬がふわりと緩む。
(明日……)
 スープが冷めるのも忘れて、マリアは夢見るような表情でスマホを見つめた。
 ―火曜日、午後―
 待ち合わせ場所は、少し落ち着いた雰囲気のあるビストロ。
 |風雅《ふうが》は、前回より少しラフな格好で現れた。白シャツにブルーのカーディガンを羽織り、リュックを背負っている。
「今日も……すごく素敵ですね、マリアさん」
「えっ……あ、ありがとうございます。|風雅《ふうが》さんも、その……似合ってます」
 何でもない会話なのに、胸がじわりと熱くなる。ほんの少しだけ、心の距離が近づいていくような、そんな空気。
 店の予約名を告げ、案内されたテーブルは、奥まった二人席。外のテラス席が見える落ち着いた場所だった。
「……料理、ここの評判、実は前から気になってたんです」
「私もです。嬉しいです、一緒に来られて」
 最初の乾杯――ノンアルコールのスパークリングをグラスで合わせるとき、ふと|風雅《ふうが》が笑う。
「……こういうの、夢みたいだなって。誰かと、普通にこうして食事できるって」
「……|風雅《ふうが》さん?」
「僕、人と会うのって……そんなに得意じゃないんです。リアルだと、つい壁を作っちゃって。でもマリアさんとは……自然に話せるから」
 マリアの胸が、きゅっと締めつけられた。
(……だから、言えなかったんだ。最初からファンだった、なんて)
 会話は弾み、料理も美味しくて、ゆったりとした空気のまま店を後にする。
 二人は並んで歩きながら、小さな雑貨屋に立ち寄ったり、気になっていたカフェで一杯ずつコーヒーを買ったり。
 そして、ふとした瞬間――マリアがカフェの会計時に財布を出したとき、それは起きた。
 硬貨と一緒に、小さなチャームがテーブルに転がり落ちた。
 |風雅《ふうが》が何気なく拾い上げる。
「……あっ」
 その手が止まる。
「これ……」
 |風雅《ふうが》の表情から、すっと血の気が引いていくのが分かった。
 彼の手の中にあるのは、初期のグッズ――ブランが配信初期に自作した、手作り風チャーム。知る人ぞ知る、完全受注のレア品。
「これ……持ってる人、ほとんどいないはずなんです。あの時、買った人……」
「…………」
 マリアは言葉を飲み込む。
「マリアさん……お見合いの前から、僕のこと、知ってましたか? “ブラン”だって……知ってて、会ったんですか?」
 声は震えていた。怒りではない。戸惑いと、少しの絶望のにじんだ声。
 嘘を――つけなかった。
「……はい。気づいてました。最初に会った時から……|風雅《ふうが》さんが“ブラン”だって」
 |風雅《ふうが》は目を伏せ、言葉を探すように口を開いた。
「……じゃあ、マリアさんが僕を好きだって言ってくれたのは……それは、“ブラン”だからですか? ……僕じゃなくて」
「違います。それは……」
 けれど、否定しきれなかった。
 言い訳のようになるのが怖かった。どう答えても、今の空気が変わってしまう気がして。
 それ以上、言葉は続かなかった。
 会話はぎこちなくなり、気まずい沈黙が間に流れる。いつの間にか空は暮れかけていて、帰りの足取りはどちらも重たかった。
 別れ際――駅の改札の前で、|風雅《ふうが》がぽつりと言った。
「……今日は、ありがとう。楽しかったです……」
 その「楽しかったです……」に込められた感情に、マリアはただ俯くしかなかった。
 |風雅《ふうが》は、深く息を吐いて、改札を抜けていった。
 残されたマリアは、胸に重く沈む想いを抱えながら、スマホを見つめる。
 画面には、未読のままのメッセージ。
《今度は、いつ会えますか?》
 ――その言葉に、応える資格があるのか。マリアはまだ、答えを出せずにいた。