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第4話 ブランじゃないあなたと歩く道

ー/ー




 ―日曜日、朝―

 日曜の朝は、静かだった。

 普段なら、洗濯機の音とコーヒーメーカーの香りが生活の一部として流れていく時間。それが今日は、朝からソワソワと落ち着かない。

(寝坊しなくてよかった……)
 鏡の前で髪を整えながら、マリアは自分の顔をもう一度見つめた。

(あくまで“普通のデート”。お見合いの続き。ただ、ちょっと気になる人と、会うだけ)

 自分に言い聞かせるように呟きながら、選んだのはきれいめカジュアルな白のブラウスに、シンプルなベージュのロングスカート。派手ではないけれど、清潔感があって、どこか優しい印象になるように。アクセサリーは小ぶりに抑えて、ピアスは控えた。

(ブラン、じゃなくて……今日は“風雅(ふうが)さん”)
 そう心の中で区切ることで、やっと少し落ち着く。

 待ち合わせは駅前のベンチ。日差しは柔らかく、少しだけ風が涼しかった。

「おはようございます」
 その声を聞いた瞬間、胸が軽く跳ねた。

 視線を上げると、そこにいたのは――昨日と同じ、“ブランの中の人”とは思えない、飄々とした風雅(ふうが)の姿。

 シャツにジャケット、スラックスにスニーカーというきれいめなラフさ。どこか、あのVtuberの「ブラン・パルティータ」の気配をほのかにまといつつも、それ以上に“阿部風雅(ふうが)”という人間の空気感があった。

「おはようございます。今日も、いい天気ですね」
 自然と微笑み返すマリアに、風雅(ふうが)は少しだけ目を細めた。

「はい。なんか、こういう日って、それだけで得した気分になりますよね」
 その一言が、妙に“ブラン”っぽくて、マリアの胸に波紋が広がる。

(この感じ……本当に、同じ人なんだよね……)
 けれど、マリアはあくまで興味が無いふりを貫いた。

 二人で向かったのは、風雅(ふうが)が提案してくれた郊外の小さな植物園だった。

 大きなテーマパークでも、人気のカフェでもない。けれど、混雑していなくて、花と緑に囲まれた穏やかな空間は、気を張らずに話すにはぴったりだった。

「ここ、意外と穴場なんです。人が少ないし、季節でけっこう花も変わって、面白いんですよ」

「……こういう場所、ひとりで来られるんですか?」

 自然と出たマリアの問いに、風雅(ふうが)は少し考えてから笑った。
「……たまに。あと、ネタ探しも兼ねて、ですかね」

 マリアの胸がドクンと脈打つ。
(ネタ探し……! それって配信の……)

 しかし、口に出すことはできなかった。彼と出会う前からブランのファンだったと明かすことは、まだ自分の中でも整理がついていなかったから。

「マリアさん、こういうところ、好きですか?」

「はい。人が少ない場所、落ち着けるので。……風雅(ふうが)さんと一緒だと、よりそう思えます」
 少しだけ、素直な言葉を返してみた。

 すると風雅(ふうが)は、きゅっと口元を結び、それからおだやかに笑った。
「僕もです。……なんか、すごく、安心できるなって」

 その一言に、思わず顔が熱くなる。

(やっぱり、この人……やさしい)

 その後は近くのカフェに移動して、軽いランチを挟みながら、まったりとした会話が続いた。

 仕事の話、趣味の話、最近読んだ本の話。どれも自然体で、気を張らずに言葉を交わせるのが不思議だった。

「刺繍、すごいですよね。あれって、やっぱり集中力、いります?」
 ふいに、風雅(ふうが)がそう尋ねてきた。

「……あっ、あれ、昨日の雑談……」
 思わず口が滑りそうになって、慌てて言葉を止めた。

「え?」

「あ、いえ……なんでも。集中は、たしかに要りますけど、無心になれるというか……。ちょっとした瞑想みたいな感覚になる時もあります」

「へえ……なんか、いいですね。無心になれるって」
 風雅(ふうが)のその横顔を見ながら、マリアは胸の奥に、少しだけチクリとした痛みを感じた。

(……話してる内容が、いつか配信で使われるのかな)

(“風雅(ふうが)さん”として話したことが、“ブラン”として広がっていく)
 それが、少しだけ寂しかった。

(私だけが知ってる、私だけの推しだったのに……)

 でも――

 それでも、いま自分に向けられている“風雅(ふうが)”のまなざしは、紛れもなく自分だけに向けられているもので。

(この人に惹かれてるのは、“ブラン”としてじゃない)

(ちゃんと……“阿部風雅(ふうが)”という人に)

 その日の午後、街を少し歩いて、本屋や雑貨屋を見て回り、最後は公園のベンチで缶コーヒーを片手に、夕焼けを見ていた。

「……なんか、あっという間でしたね」

 風雅(ふうが)の言葉に、マリアは頷く。
「本当ですね……。でも、楽しかったです」

「僕も。すごく……楽しかったです」

 沈む夕日に照らされて、風雅(ふうが)の横顔が、少し照れているように見えた。

 その姿が、あのVtuberとはまったく違う“現実の人間”として、胸に深く刻まれる。

「……また、会えますか?」
 その問いは、ブランではなく、風雅(ふうが)としてのもの。

 マリアは、少しだけ笑って、こくりと頷いた。
「……はい。私も、また会いたいです」

 スマホの画面の中ではなく、現実の、この人に。
 その日一日の記憶が、マリアの中に、やさしく、ゆっくりと染み込んでいった。




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 ―日曜日、朝―
 日曜の朝は、静かだった。
 普段なら、洗濯機の音とコーヒーメーカーの香りが生活の一部として流れていく時間。それが今日は、朝からソワソワと落ち着かない。
(寝坊しなくてよかった……)
 鏡の前で髪を整えながら、マリアは自分の顔をもう一度見つめた。
(あくまで“普通のデート”。お見合いの続き。ただ、ちょっと気になる人と、会うだけ)
 自分に言い聞かせるように呟きながら、選んだのはきれいめカジュアルな白のブラウスに、シンプルなベージュのロングスカート。派手ではないけれど、清潔感があって、どこか優しい印象になるように。アクセサリーは小ぶりに抑えて、ピアスは控えた。
(ブラン、じゃなくて……今日は“|風雅《ふうが》さん”)
 そう心の中で区切ることで、やっと少し落ち着く。
 待ち合わせは駅前のベンチ。日差しは柔らかく、少しだけ風が涼しかった。
「おはようございます」
 その声を聞いた瞬間、胸が軽く跳ねた。
 視線を上げると、そこにいたのは――昨日と同じ、“ブランの中の人”とは思えない、飄々とした|風雅《ふうが》の姿。
 シャツにジャケット、スラックスにスニーカーというきれいめなラフさ。どこか、あのVtuberの「ブラン・パルティータ」の気配をほのかにまといつつも、それ以上に“阿部|風雅《ふうが》”という人間の空気感があった。
「おはようございます。今日も、いい天気ですね」
 自然と微笑み返すマリアに、|風雅《ふうが》は少しだけ目を細めた。
「はい。なんか、こういう日って、それだけで得した気分になりますよね」
 その一言が、妙に“ブラン”っぽくて、マリアの胸に波紋が広がる。
(この感じ……本当に、同じ人なんだよね……)
 けれど、マリアはあくまで興味が無いふりを貫いた。
 二人で向かったのは、|風雅《ふうが》が提案してくれた郊外の小さな植物園だった。
 大きなテーマパークでも、人気のカフェでもない。けれど、混雑していなくて、花と緑に囲まれた穏やかな空間は、気を張らずに話すにはぴったりだった。
「ここ、意外と穴場なんです。人が少ないし、季節でけっこう花も変わって、面白いんですよ」
「……こういう場所、ひとりで来られるんですか?」
 自然と出たマリアの問いに、|風雅《ふうが》は少し考えてから笑った。
「……たまに。あと、ネタ探しも兼ねて、ですかね」
 マリアの胸がドクンと脈打つ。
(ネタ探し……! それって配信の……)
 しかし、口に出すことはできなかった。彼と出会う前からブランのファンだったと明かすことは、まだ自分の中でも整理がついていなかったから。
「マリアさん、こういうところ、好きですか?」
「はい。人が少ない場所、落ち着けるので。……|風雅《ふうが》さんと一緒だと、よりそう思えます」
 少しだけ、素直な言葉を返してみた。
 すると|風雅《ふうが》は、きゅっと口元を結び、それからおだやかに笑った。
「僕もです。……なんか、すごく、安心できるなって」
 その一言に、思わず顔が熱くなる。
(やっぱり、この人……やさしい)
 その後は近くのカフェに移動して、軽いランチを挟みながら、まったりとした会話が続いた。
 仕事の話、趣味の話、最近読んだ本の話。どれも自然体で、気を張らずに言葉を交わせるのが不思議だった。
「刺繍、すごいですよね。あれって、やっぱり集中力、いります?」
 ふいに、|風雅《ふうが》がそう尋ねてきた。
「……あっ、あれ、昨日の雑談……」
 思わず口が滑りそうになって、慌てて言葉を止めた。
「え?」
「あ、いえ……なんでも。集中は、たしかに要りますけど、無心になれるというか……。ちょっとした瞑想みたいな感覚になる時もあります」
「へえ……なんか、いいですね。無心になれるって」
 |風雅《ふうが》のその横顔を見ながら、マリアは胸の奥に、少しだけチクリとした痛みを感じた。
(……話してる内容が、いつか配信で使われるのかな)
(“|風雅《ふうが》さん”として話したことが、“ブラン”として広がっていく)
 それが、少しだけ寂しかった。
(私だけが知ってる、私だけの推しだったのに……)
 でも――
 それでも、いま自分に向けられている“|風雅《ふうが》”のまなざしは、紛れもなく自分だけに向けられているもので。
(この人に惹かれてるのは、“ブラン”としてじゃない)
(ちゃんと……“阿部|風雅《ふうが》”という人に)
 その日の午後、街を少し歩いて、本屋や雑貨屋を見て回り、最後は公園のベンチで缶コーヒーを片手に、夕焼けを見ていた。
「……なんか、あっという間でしたね」
 |風雅《ふうが》の言葉に、マリアは頷く。
「本当ですね……。でも、楽しかったです」
「僕も。すごく……楽しかったです」
 沈む夕日に照らされて、|風雅《ふうが》の横顔が、少し照れているように見えた。
 その姿が、あのVtuberとはまったく違う“現実の人間”として、胸に深く刻まれる。
「……また、会えますか?」
 その問いは、ブランではなく、|風雅《ふうが》としてのもの。
 マリアは、少しだけ笑って、こくりと頷いた。
「……はい。私も、また会いたいです」
 スマホの画面の中ではなく、現実の、この人に。
 その日一日の記憶が、マリアの中に、やさしく、ゆっくりと染み込んでいった。