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第2話 私だけに届く、推しの声

ー/ー




 風雅(ふうが)は、目の前で笑うマリアを見ながら、少し驚いていた。

 最初はちょっと距離を感じていた。正直「この人、たぶん俺のことそんなに興味ないな」と思った。

 でも話し始めてから、マリアはよく笑うようになった。

 ちょっとした冗談に肩を震わせ、雑談にうなずき、話題が趣味に移った時には目が輝いていた――気がした。

(……ふふっ。コロコロと表情が変わって可愛い人だな)
 いつの間にか、そんなふうに思うように変わっていた。

「へぇ、VTuberさんなんですね」
 マリアはなるべく自然に笑ってそう言う。

(落ち着いて、私……)
 マリアは胸の内で、何度も深呼吸を繰り返していた。

(冷静に、冷静に。今、目の前にいるのは――"阿部風雅(ふうが)さん"で、"ブラン・パルティータ"じゃない)

「それで、VTuberってどんなことをしてるんですか?」
 自然な流れを装って、そう尋ねる。

「そうですね。普段はゲームの実況をしたり……」

(知ってる。やってるゲームはよくわからないけど、ブランの反応が楽しくて、よく見てる)
 マリアは内心で何度も頷く。

「あとは雑談配信をしたり……ですかね」

(そうそう! それが癒しなのよ! 週の終わりの夜、疲れた心にブランの雑談がしみるのよ……)

「雑談配信……ですか……」
 わざと知らないふうに呟くと、風雅(ふうが)は照れたように笑って、頭をかいた。

「一応、ファンの人たちからは声がいいって褒められてるんですよ。あまり自信はないんですけどね……」

(声が良い? 自信ない? 何言ってるの! あの低音ボイスは反則級なんだから! お願いだから「ここからは時間外労働です」って言ってほしい!)

 ぐらぐら揺れる感情の波を、マリアは涼しい顔で抑えた。

「なるほど~……たしかに、良い声ですね」
 言ってから、自分の声が少しうわずっていることに気づいた。

「ありがとうございます……」
 風雅(ふうが)はまた照れたように笑った。

 あの笑い方も、たまに配信中に出るやつだ。

「ゲームを実況って……普段どんなゲームをやってるんですか?」
 マリアはさらに質問を続けた。

「はい。普段はFPSゲームをやってます。あ、FPSっていうのは――」

「えっと、シューティングゲームみたいなやつですか?」
 言ってから、(言い方が自然すぎたか?)と一瞬ひやっとする。

「そうです! ご存じなんですね!」
 風雅(ふうが)が嬉しそうに身を乗り出してきた。

 (やばい……やりすぎた!?)

「えっと、人がやってるところを少しだけ……見たことがあります」

(知ってる。というかブランの初期配信から全部追ってるわ)
 マリアは必死に言い訳を継ぎ足した。

 その後も、

「視聴者って、どんな人が多いんですか?」
「グッズとか作ってるんですか?」
「VTuberさんって、配信以外でも活動したり……するんですか?」

(ああもう口が滑るって!!)
 風雅(ふうが)が不思議そうにマリアを見た。マズい、バレた? 知ってるのバレた?

 だけど彼は、ゆっくりと微笑んだだけだった。

「……戸塚さんって、けっこういろんなこと知ってますね」

「えっ、そ、そうですか? そんなことないですよ」
(やばい! あれ!? 出すぎた!?)

「でも、話しててすごく楽しいです。気取らないし、自然体で」

 その一言に、マリアの心臓が一瞬止まりかけた。
(なにその破壊力……ナチュラルにそういうの言ってくるとか……)

 だめだ、心がふにゃふにゃになる。
 でも、にやけたら終わる。理性、フル稼働。

 そして――

「そろそろ、お時間みたいですね」
 店員が伝票を差し出してきた。

 気づけば90分が過ぎていた。早すぎる。

「あの……もしよかったら、また食事でもどうですか?」
 マリアは思わず彼を見上げた。

 彼の瞳に、少しだけ緊張と、それ以上に真剣な気持ちが宿っていた。

「はい。ぜひ」
 自然にそう返せた自分が、ちょっと不思議だった。

(これって、ただの推しと会えたラッキーだけじゃない。ちゃんと風雅(ふうが)さんって人と、話してみたくなってる)

 スマホを差し出し合い、LINEを交換する。

 彼の名前が表示された瞬間、マリアはほんの少し息をのんだ。

【阿部風雅(ふうが)

(この人が、ブラン・パルティータで……そして、阿部風雅(ふうが)でもある)
 この現実を、もう少しだけ味わっていたかった。

「今日はありがとうございました。ほんと、楽しかったです」

「こちらこそ……ありがとうございました」

 軽く会釈をして別れたあと、マリアはスマホを手に駅のホームへ向かった。

 電車に揺られながら、LINEを開くと、新着メッセージが届いていた。

【阿部風雅(ふうが)
 今日はありがとうございました。次の予定、空いてる日があれば教えてください。また話せたら嬉しいです

(……うわ)
 喉の奥で変な音がした。必死でこらえる。

 なにこの破壊力。なにその声で再生される文面。

(ブランとしての言葉じゃない、風雅(ふうが)さんとしての言葉……)

 気づけばスマホを胸に抱えていた。誰もいないことを確認して、小さく笑う。

「……はぁぁ……好きになっちゃったかも、どうするのよ、私」
 座席の背もたれに体重を預けながら、マリアはふっと息を吐いた。

 顔が、どうしても緩む。

 この日から始まる、ちょっと不思議で甘くて、でも嘘のない恋の予感に、気づかないふりはもう、できなかった。




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 風雅《ふうが》は、目の前で笑うマリアを見ながら、少し驚いていた。
 最初はちょっと距離を感じていた。正直「この人、たぶん俺のことそんなに興味ないな」と思った。
 でも話し始めてから、マリアはよく笑うようになった。
 ちょっとした冗談に肩を震わせ、雑談にうなずき、話題が趣味に移った時には目が輝いていた――気がした。
(……ふふっ。コロコロと表情が変わって可愛い人だな)
 いつの間にか、そんなふうに思うように変わっていた。
「へぇ、VTuberさんなんですね」
 マリアはなるべく自然に笑ってそう言う。
(落ち着いて、私……)
 マリアは胸の内で、何度も深呼吸を繰り返していた。
(冷静に、冷静に。今、目の前にいるのは――"阿部|風雅《ふうが》さん"で、"ブラン・パルティータ"じゃない)
「それで、VTuberってどんなことをしてるんですか?」
 自然な流れを装って、そう尋ねる。
「そうですね。普段はゲームの実況をしたり……」
(知ってる。やってるゲームはよくわからないけど、ブランの反応が楽しくて、よく見てる)
 マリアは内心で何度も頷く。
「あとは雑談配信をしたり……ですかね」
(そうそう! それが癒しなのよ! 週の終わりの夜、疲れた心にブランの雑談がしみるのよ……)
「雑談配信……ですか……」
 わざと知らないふうに呟くと、|風雅《ふうが》は照れたように笑って、頭をかいた。
「一応、ファンの人たちからは声がいいって褒められてるんですよ。あまり自信はないんですけどね……」
(声が良い? 自信ない? 何言ってるの! あの低音ボイスは反則級なんだから! お願いだから「ここからは時間外労働です」って言ってほしい!)
 ぐらぐら揺れる感情の波を、マリアは涼しい顔で抑えた。
「なるほど~……たしかに、良い声ですね」
 言ってから、自分の声が少しうわずっていることに気づいた。
「ありがとうございます……」
 |風雅《ふうが》はまた照れたように笑った。
 あの笑い方も、たまに配信中に出るやつだ。
「ゲームを実況って……普段どんなゲームをやってるんですか?」
 マリアはさらに質問を続けた。
「はい。普段はFPSゲームをやってます。あ、FPSっていうのは――」
「えっと、シューティングゲームみたいなやつですか?」
 言ってから、(言い方が自然すぎたか?)と一瞬ひやっとする。
「そうです! ご存じなんですね!」
 |風雅《ふうが》が嬉しそうに身を乗り出してきた。
 (やばい……やりすぎた!?)
「えっと、人がやってるところを少しだけ……見たことがあります」
(知ってる。というかブランの初期配信から全部追ってるわ)
 マリアは必死に言い訳を継ぎ足した。
 その後も、
「視聴者って、どんな人が多いんですか?」
「グッズとか作ってるんですか?」
「VTuberさんって、配信以外でも活動したり……するんですか?」
(ああもう口が滑るって!!)
 |風雅《ふうが》が不思議そうにマリアを見た。マズい、バレた? 知ってるのバレた?
 だけど彼は、ゆっくりと微笑んだだけだった。
「……戸塚さんって、けっこういろんなこと知ってますね」
「えっ、そ、そうですか? そんなことないですよ」
(やばい! あれ!? 出すぎた!?)
「でも、話しててすごく楽しいです。気取らないし、自然体で」
 その一言に、マリアの心臓が一瞬止まりかけた。
(なにその破壊力……ナチュラルにそういうの言ってくるとか……)
 だめだ、心がふにゃふにゃになる。
 でも、にやけたら終わる。理性、フル稼働。
 そして――
「そろそろ、お時間みたいですね」
 店員が伝票を差し出してきた。
 気づけば90分が過ぎていた。早すぎる。
「あの……もしよかったら、また食事でもどうですか?」
 マリアは思わず彼を見上げた。
 彼の瞳に、少しだけ緊張と、それ以上に真剣な気持ちが宿っていた。
「はい。ぜひ」
 自然にそう返せた自分が、ちょっと不思議だった。
(これって、ただの推しと会えたラッキーだけじゃない。ちゃんと|風雅《ふうが》さんって人と、話してみたくなってる)
 スマホを差し出し合い、LINEを交換する。
 彼の名前が表示された瞬間、マリアはほんの少し息をのんだ。
【阿部|風雅《ふうが》】
(この人が、ブラン・パルティータで……そして、阿部|風雅《ふうが》でもある)
 この現実を、もう少しだけ味わっていたかった。
「今日はありがとうございました。ほんと、楽しかったです」
「こちらこそ……ありがとうございました」
 軽く会釈をして別れたあと、マリアはスマホを手に駅のホームへ向かった。
 電車に揺られながら、LINEを開くと、新着メッセージが届いていた。
【阿部|風雅《ふうが》】
 今日はありがとうございました。次の予定、空いてる日があれば教えてください。また話せたら嬉しいです
(……うわ)
 喉の奥で変な音がした。必死でこらえる。
 なにこの破壊力。なにその声で再生される文面。
(ブランとしての言葉じゃない、|風雅《ふうが》さんとしての言葉……)
 気づけばスマホを胸に抱えていた。誰もいないことを確認して、小さく笑う。
「……はぁぁ……好きになっちゃったかも、どうするのよ、私」
 座席の背もたれに体重を預けながら、マリアはふっと息を吐いた。
 顔が、どうしても緩む。
 この日から始まる、ちょっと不思議で甘くて、でも嘘のない恋の予感に、気づかないふりはもう、できなかった。