風雅は、目の前で笑うマリアを見ながら、少し驚いていた。
最初はちょっと距離を感じていた。正直「この人、たぶん俺のことそんなに興味ないな」と思った。
でも話し始めてから、マリアはよく笑うようになった。
ちょっとした冗談に肩を震わせ、雑談にうなずき、話題が趣味に移った時には目が輝いていた――気がした。
(……ふふっ。コロコロと表情が変わって可愛い人だな)
いつの間にか、そんなふうに思うように変わっていた。
「へぇ、VTuberさんなんですね」
マリアはなるべく自然に笑ってそう言う。
(落ち着いて、私……)
マリアは胸の内で、何度も深呼吸を繰り返していた。
(冷静に、冷静に。今、目の前にいるのは――"阿部風雅さん"で、"ブラン・パルティータ"じゃない)
「それで、VTuberってどんなことをしてるんですか?」
自然な流れを装って、そう尋ねる。
「そうですね。普段はゲームの実況をしたり……」
(知ってる。やってるゲームはよくわからないけど、ブランの反応が楽しくて、よく見てる)
マリアは内心で何度も頷く。
「あとは雑談配信をしたり……ですかね」
(そうそう! それが癒しなのよ! 週の終わりの夜、疲れた心にブランの雑談がしみるのよ……)
「雑談配信……ですか……」
わざと知らないふうに呟くと、風雅は照れたように笑って、頭をかいた。
「一応、ファンの人たちからは声がいいって褒められてるんですよ。あまり自信はないんですけどね……」
(声が良い? 自信ない? 何言ってるの! あの低音ボイスは反則級なんだから! お願いだから「ここからは時間外労働です」って言ってほしい!)
ぐらぐら揺れる感情の波を、マリアは涼しい顔で抑えた。
「なるほど~……たしかに、良い声ですね」
言ってから、自分の声が少しうわずっていることに気づいた。
「ありがとうございます……」
風雅はまた照れたように笑った。
あの笑い方も、たまに配信中に出るやつだ。
「ゲームを実況って……普段どんなゲームをやってるんですか?」
マリアはさらに質問を続けた。
「はい。普段はFPSゲームをやってます。あ、FPSっていうのは――」
「えっと、シューティングゲームみたいなやつですか?」
言ってから、(言い方が自然すぎたか?)と一瞬ひやっとする。
「そうです! ご存じなんですね!」
風雅が嬉しそうに身を乗り出してきた。
(やばい……やりすぎた!?)
「えっと、人がやってるところを少しだけ……見たことがあります」
(知ってる。というかブランの初期配信から全部追ってるわ)
マリアは必死に言い訳を継ぎ足した。
その後も、
「視聴者って、どんな人が多いんですか?」
「グッズとか作ってるんですか?」
「VTuberさんって、配信以外でも活動したり……するんですか?」
(ああもう口が滑るって!!)
風雅が不思議そうにマリアを見た。マズい、バレた? 知ってるのバレた?
だけど彼は、ゆっくりと微笑んだだけだった。
「……戸塚さんって、けっこういろんなこと知ってますね」
「えっ、そ、そうですか? そんなことないですよ」
(やばい! あれ!? 出すぎた!?)
「でも、話しててすごく楽しいです。気取らないし、自然体で」
その一言に、マリアの心臓が一瞬止まりかけた。
(なにその破壊力……ナチュラルにそういうの言ってくるとか……)
だめだ、心がふにゃふにゃになる。
でも、にやけたら終わる。理性、フル稼働。
そして――
「そろそろ、お時間みたいですね」
店員が伝票を差し出してきた。
気づけば90分が過ぎていた。早すぎる。
「あの……もしよかったら、また食事でもどうですか?」
マリアは思わず彼を見上げた。
彼の瞳に、少しだけ緊張と、それ以上に真剣な気持ちが宿っていた。
「はい。ぜひ」
自然にそう返せた自分が、ちょっと不思議だった。
(これって、ただの推しと会えたラッキーだけじゃない。ちゃんと風雅さんって人と、話してみたくなってる)
スマホを差し出し合い、LINEを交換する。
彼の名前が表示された瞬間、マリアはほんの少し息をのんだ。
【阿部風雅】
(この人が、ブラン・パルティータで……そして、阿部風雅でもある)
この現実を、もう少しだけ味わっていたかった。
「今日はありがとうございました。ほんと、楽しかったです」
「こちらこそ……ありがとうございました」
軽く会釈をして別れたあと、マリアはスマホを手に駅のホームへ向かった。
電車に揺られながら、LINEを開くと、新着メッセージが届いていた。
【阿部風雅】
今日はありがとうございました。次の予定、空いてる日があれば教えてください。また話せたら嬉しいです
(……うわ)
喉の奥で変な音がした。必死でこらえる。
なにこの破壊力。なにその声で再生される文面。
(ブランとしての言葉じゃない、風雅さんとしての言葉……)
気づけばスマホを胸に抱えていた。誰もいないことを確認して、小さく笑う。
「……はぁぁ……好きになっちゃったかも、どうするのよ、私」
座席の背もたれに体重を預けながら、マリアはふっと息を吐いた。
顔が、どうしても緩む。
この日から始まる、ちょっと不思議で甘くて、でも嘘のない恋の予感に、気づかないふりはもう、できなかった。