表示設定
表示設定
目次 目次




第1話 推しが、お見合い相手でした。

ー/ー




 結婚したい――なんて、これまで一度も真剣に考えたことはなかった。

 でも、三十五歳にもなれば、世間はやたらとうるさい。

 親戚の集まりでは「次はマリアちゃんの番ね」なんて言われるし、職場の後輩の結婚報告ラッシュには胃がキリキリする。

 SNSを開けば、フォローしていた元同級生が赤ちゃんの写真を載せて、幸せいっぱいの顔をしている。

 ――なんなの、全員で私を焦らせにきてるの?

 そう思いながらも、最近はこっそり婚活アプリを始めた。プロフィールはそれなりに盛ったし、写真も奇跡の一枚を加工して載せた。それでもなかなか「これは」という相手には巡り会えない。

 そんな折に、久しぶりに実家に帰った私は、母親から爆弾を投げつけられた。

 
「ねえマリア、今度お見合いしてみない? いい人がいるのよ、三十七歳で、実直で誠実な方で――」

「は? お見合い? 今どき? 私、婚活アプリやってるから大丈夫だし」

「婚活アプリもお見合いもやってること一緒でしょ! 顔合わせて、話して、いいと思ったら連絡取り合って、結婚考える。変わらないじゃない」

「いやいやいや……アプリは自由恋愛だけど、お見合いは“セッティングされた”出会いでしょ。なんかもう、そういうのって“最後の手段”って感じで……」

「マリア、あんた、もう“最後の手段”の年齢なのよ」

「……ひどくない?」

 それでも母は引き下がらず、私が渋い顔をしながらも頷くまで、三日三晩粘り続けた。

 そして迎えた、お見合い当日。
 

 お見合い場所は、地元の静かな和食レストランだった。

 個室に通され、席につくと、ほどなくして今日の“相手”がやってきた。

「初めまして、阿部風雅(あべ ふうが)といいます。本日はありがとうございます」

「あっ、はい。戸塚真理亜(とつか まりあ)と申します。よろしくお願いします」

 パッと見、悪くない。地味な印象だけど、スーツはきちんと着こなしているし、清潔感もある。目元がやや垂れていて、ちょっと優しそうな雰囲気だ。

 ……でも、年収が三百なんだよなぁ。

 聞いていたプロフィールによれば、風雅(ふうが)さんは中小企業の事務職。正直、無しよりの無し。あくまで母の顔を立てて来ただけだし、ここでいい人ぶる気はない。

 でも――話してみると、意外と悪くない。

 趣味の話になって、私は正直に言った。

「……趣味は手芸です。最近はレース編みとか……なんか、地味ですよね」

「いえ、手作業で何かを作るって、すごいと思います。完成したとき、達成感があるでしょ?」

 そう言ってにこやかに笑った風雅さんに、ちょっとだけ「お?」と思ってしまった。

「阿部(あべ)さんは趣味とか……?」

「趣味ですか? ……ああ、ちょっと恥ずかしいんですが、YouTubeをやってまして……」

「……ユーチューバー?」

「はい、あくまで趣味なんですが。仕事とはまったく関係ないです。動画を撮って編集して、細々とアップしてる感じです」
 

 ……うわぁ。

 三十七歳でユーチューバー……。それって痛いってやつじゃん……。

 私は顔に出さないように努力したけれど、多分バレてた。だって目が泳いでたもの、自分で分かる。

「動画は、どんな内容なんですか?」

「うーん……たまに昆虫食レビューとかもやってて、この前なんか蜘蛛入りのチョコ食べたら、思ったより蜘蛛入ってなくて、リアクション困っちゃって……」

「……え?」
 今、なんて言った?

(昆虫食、蜘蛛入りチョコ……? なんか聞いたことあるぞ……?)
 頭の中でぐるぐると記憶を掘り起こす。

 昆虫食、チョコ、蜘蛛、微妙なリアクション――

 いや、待て、この声……。

 (まさか……まさか……!)
 私の推し――ブラン・パルティータ。

 チャンネル登録者数わずか三百人、同時接続五十人前後の、弱小個人Vチューバー。

 だけど私は彼の大ファンで、メンシ《メンバーシップ》にも加入していて、配信のアーカイブを毎晩寝る前に流している。

 (いやいやいや、違うよね? そんな奇跡ある?)

 (でもあの話、ブランがしてたのとまったく同じ……声も似てる……)

 私は恐る恐る、探りを入れた。

「ユーチューバーって……チャンネル登録者数? ってあるみたいですよね……いくつくらいなんですか?」
 ヤバい、言葉がねっとりしてしまった。完全にオタクっぽい。気づかれてないよね……!?

「え、ええと……三百人くらいで。少ないと思うかもしれませんが、個人勢としては……まあ、頑張ってるほうかなって」

 (ビンゴ……!)
 やばい、やばいやばい。心の中でガッツポーズする。

 けどまだ確定じゃない。慎重にいこう。ガチ恋勢ではないけど、それでも恥ずかしさはある。

「同接とかって……?」

「だいたい五十人前後ですかね。ありがたいことに、常連さんが多くて……」

 (よっしゃああああああああ!!!!)
 完全に一致した。もう、確定だ。

 でもまだ聞きたい。最終確認を……!

「あの、ユーチューバーって顔出しとかするんですか?」
 さりげなく、探る。私の顔も熱くなってきた。

「いや、僕は顔出ししてないんです。実はVチューバーっていうジャンルで……ご存知ですか?」

 (きたあああああああああああ!!!)

 (Vって言った!! これはもうゴールじゃないか!?)

「へ、へぇ〜……なんて名前なんですか? その……V、のほう……」

 そして風雅(ふうが)さんは、照れたように微笑んで――

「ブラン・パルティータって言います」

 ――その瞬間、私は自分の心臓が落ちた音を聞いた気がした。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第2話 私だけに届く、推しの声


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 結婚したい――なんて、これまで一度も真剣に考えたことはなかった。
 でも、三十五歳にもなれば、世間はやたらとうるさい。
 親戚の集まりでは「次はマリアちゃんの番ね」なんて言われるし、職場の後輩の結婚報告ラッシュには胃がキリキリする。
 SNSを開けば、フォローしていた元同級生が赤ちゃんの写真を載せて、幸せいっぱいの顔をしている。
 ――なんなの、全員で私を焦らせにきてるの?
 そう思いながらも、最近はこっそり婚活アプリを始めた。プロフィールはそれなりに盛ったし、写真も奇跡の一枚を加工して載せた。それでもなかなか「これは」という相手には巡り会えない。
 そんな折に、久しぶりに実家に帰った私は、母親から爆弾を投げつけられた。
「ねえマリア、今度お見合いしてみない? いい人がいるのよ、三十七歳で、実直で誠実な方で――」
「は? お見合い? 今どき? 私、婚活アプリやってるから大丈夫だし」
「婚活アプリもお見合いもやってること一緒でしょ! 顔合わせて、話して、いいと思ったら連絡取り合って、結婚考える。変わらないじゃない」
「いやいやいや……アプリは自由恋愛だけど、お見合いは“セッティングされた”出会いでしょ。なんかもう、そういうのって“最後の手段”って感じで……」
「マリア、あんた、もう“最後の手段”の年齢なのよ」
「……ひどくない?」
 それでも母は引き下がらず、私が渋い顔をしながらも頷くまで、三日三晩粘り続けた。
 そして迎えた、お見合い当日。
 お見合い場所は、地元の静かな和食レストランだった。
 個室に通され、席につくと、ほどなくして今日の“相手”がやってきた。
「初めまして、阿部風雅《あべ ふうが》といいます。本日はありがとうございます」
「あっ、はい。戸塚真理亜《とつか まりあ》と申します。よろしくお願いします」
 パッと見、悪くない。地味な印象だけど、スーツはきちんと着こなしているし、清潔感もある。目元がやや垂れていて、ちょっと優しそうな雰囲気だ。
 ……でも、年収が三百なんだよなぁ。
 聞いていたプロフィールによれば、風雅《ふうが》さんは中小企業の事務職。正直、無しよりの無し。あくまで母の顔を立てて来ただけだし、ここでいい人ぶる気はない。
 でも――話してみると、意外と悪くない。
 趣味の話になって、私は正直に言った。
「……趣味は手芸です。最近はレース編みとか……なんか、地味ですよね」
「いえ、手作業で何かを作るって、すごいと思います。完成したとき、達成感があるでしょ?」
 そう言ってにこやかに笑った風雅さんに、ちょっとだけ「お?」と思ってしまった。
「阿部《あべ》さんは趣味とか……?」
「趣味ですか? ……ああ、ちょっと恥ずかしいんですが、YouTubeをやってまして……」
「……ユーチューバー?」
「はい、あくまで趣味なんですが。仕事とはまったく関係ないです。動画を撮って編集して、細々とアップしてる感じです」
 ……うわぁ。
 三十七歳でユーチューバー……。それって痛いってやつじゃん……。
 私は顔に出さないように努力したけれど、多分バレてた。だって目が泳いでたもの、自分で分かる。
「動画は、どんな内容なんですか?」
「うーん……たまに昆虫食レビューとかもやってて、この前なんか蜘蛛入りのチョコ食べたら、思ったより蜘蛛入ってなくて、リアクション困っちゃって……」
「……え?」
 今、なんて言った?
(昆虫食、蜘蛛入りチョコ……? なんか聞いたことあるぞ……?)
 頭の中でぐるぐると記憶を掘り起こす。
 昆虫食、チョコ、蜘蛛、微妙なリアクション――
 いや、待て、この声……。
 (まさか……まさか……!)
 私の推し――ブラン・パルティータ。
 チャンネル登録者数わずか三百人、同時接続五十人前後の、弱小個人Vチューバー。
 だけど私は彼の大ファンで、メンシ《メンバーシップ》にも加入していて、配信のアーカイブを毎晩寝る前に流している。
 (いやいやいや、違うよね? そんな奇跡ある?)
 (でもあの話、ブランがしてたのとまったく同じ……声も似てる……)
 私は恐る恐る、探りを入れた。
「ユーチューバーって……チャンネル登録者数? ってあるみたいですよね……いくつくらいなんですか?」
 ヤバい、言葉がねっとりしてしまった。完全にオタクっぽい。気づかれてないよね……!?
「え、ええと……三百人くらいで。少ないと思うかもしれませんが、個人勢としては……まあ、頑張ってるほうかなって」
 (ビンゴ……!)
 やばい、やばいやばい。心の中でガッツポーズする。
 けどまだ確定じゃない。慎重にいこう。ガチ恋勢ではないけど、それでも恥ずかしさはある。
「同接とかって……?」
「だいたい五十人前後ですかね。ありがたいことに、常連さんが多くて……」
 (よっしゃああああああああ!!!!)
 完全に一致した。もう、確定だ。
 でもまだ聞きたい。最終確認を……!
「あの、ユーチューバーって顔出しとかするんですか?」
 さりげなく、探る。私の顔も熱くなってきた。
「いや、僕は顔出ししてないんです。実はVチューバーっていうジャンルで……ご存知ですか?」
 (きたあああああああああああ!!!)
 (Vって言った!! これはもうゴールじゃないか!?)
「へ、へぇ〜……なんて名前なんですか? その……V、のほう……」
 そして風雅《ふうが》さんは、照れたように微笑んで――
「ブラン・パルティータって言います」
 ――その瞬間、私は自分の心臓が落ちた音を聞いた気がした。