捨てられない
ー/ー 仕事が終わり、ビルから街へと出た。
しばらく大通りを歩く。
パソコンの前で強張った体をほぐすためにも、仕事のあとはなるべく体を動かすようにしている。
喉が渇いたな。
谷口はあたりを見回す。
自動販売機なんて便利なものは姿を消している。
かわりに茶屋を見つけた。イートインスペースはテーブルふたつ。メインは飲み物のテイクアウトだ。
谷口はリュックからマイボトルを取り出した。
「ルイボスティー」
注文を口にすると、バイトの女の子が蛇口を開け、飲み物を注いでくれる。
谷口は歩きながら冷たい茶を口に含んだ。
昔に比べると、街はすこしくすんだ気がする。形はまったく変わっていない。新築という概念が失われたからだ。
なにも変わらず、ただ古びていく。
一見整然として見える街並み――ゴミは建物の内部に蓄積されている。
谷口は街の形を確認するように見ながら歩きつづけた。地下鉄四つ分の距離を歩くと、六階建てのマンションに到着する。
二部屋にキッチン、トイレ、シャワールームの間取り。
独り身に二部屋は多いが、自由に使えるのはベッドの上くらい。あとのスペースは段ボールに詰め込まれたモノの山が占領している。
とくに目立つのは大きな本棚。黒々と空間を圧迫している。古書店がなくなり、紙などというレガシーは死ぬまで自分で抱えるしかなくなった。
谷口が子どもの頃からいずれゴミの最終処分場がなくなると言われていた。実際、最後の処分場が封鎖されると、ゴミは回収されなくなった。
子どもたちはゴミゼロ生活に慣れている。彼らは自分の身で処理できるものとデジタル以外に消費しない。
ある日、谷口はマンション管理組合の会合に出席した。議題は五〇五号室の伊藤さんの後処理だ。伊藤さんは心臓発作で亡くなった。葬儀は業者に任せるとして、問題は遺品である。マンションの部屋は全部で三十室。伊藤さん以外の二十九の住人で引き受けるしかない。
若い世代である鈴木と佐藤は受け取りを拒否したが――それはいつものことなので、誰も気にしない。
谷口は熊のぬいぐるみをもらってきた。
八十五歳の伊藤さんには似合わない少女趣味。組合長が送ってくれたメールによると、一人娘の思い出だそうだ。離婚して以来、ついに再会することはかなわなかったとか。
谷口は茶色いぬいぐるみを邪険にする気になれず、重なった段ボールの一番上にちょこんと置いた。
こうして移行世代である谷口たちの住居に行きどころのないゴミが滞留していくのだ。
しばらく大通りを歩く。
パソコンの前で強張った体をほぐすためにも、仕事のあとはなるべく体を動かすようにしている。
喉が渇いたな。
谷口はあたりを見回す。
自動販売機なんて便利なものは姿を消している。
かわりに茶屋を見つけた。イートインスペースはテーブルふたつ。メインは飲み物のテイクアウトだ。
谷口はリュックからマイボトルを取り出した。
「ルイボスティー」
注文を口にすると、バイトの女の子が蛇口を開け、飲み物を注いでくれる。
谷口は歩きながら冷たい茶を口に含んだ。
昔に比べると、街はすこしくすんだ気がする。形はまったく変わっていない。新築という概念が失われたからだ。
なにも変わらず、ただ古びていく。
一見整然として見える街並み――ゴミは建物の内部に蓄積されている。
谷口は街の形を確認するように見ながら歩きつづけた。地下鉄四つ分の距離を歩くと、六階建てのマンションに到着する。
二部屋にキッチン、トイレ、シャワールームの間取り。
独り身に二部屋は多いが、自由に使えるのはベッドの上くらい。あとのスペースは段ボールに詰め込まれたモノの山が占領している。
とくに目立つのは大きな本棚。黒々と空間を圧迫している。古書店がなくなり、紙などというレガシーは死ぬまで自分で抱えるしかなくなった。
谷口が子どもの頃からいずれゴミの最終処分場がなくなると言われていた。実際、最後の処分場が封鎖されると、ゴミは回収されなくなった。
子どもたちはゴミゼロ生活に慣れている。彼らは自分の身で処理できるものとデジタル以外に消費しない。
ある日、谷口はマンション管理組合の会合に出席した。議題は五〇五号室の伊藤さんの後処理だ。伊藤さんは心臓発作で亡くなった。葬儀は業者に任せるとして、問題は遺品である。マンションの部屋は全部で三十室。伊藤さん以外の二十九の住人で引き受けるしかない。
若い世代である鈴木と佐藤は受け取りを拒否したが――それはいつものことなので、誰も気にしない。
谷口は熊のぬいぐるみをもらってきた。
八十五歳の伊藤さんには似合わない少女趣味。組合長が送ってくれたメールによると、一人娘の思い出だそうだ。離婚して以来、ついに再会することはかなわなかったとか。
谷口は茶色いぬいぐるみを邪険にする気になれず、重なった段ボールの一番上にちょこんと置いた。
こうして移行世代である谷口たちの住居に行きどころのないゴミが滞留していくのだ。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
仕事が終わり、ビルから街へと出た。
しばらく大通りを歩く。
パソコンの前で強張った体をほぐすためにも、仕事のあとはなるべく体を動かすようにしている。
喉が渇いたな。
谷口はあたりを見回す。
自動販売機なんて便利なものは姿を消している。
かわりに茶屋を見つけた。イートインスペースはテーブルふたつ。メインは飲み物のテイクアウトだ。
谷口はリュックからマイボトルを取り出した。
「ルイボスティー」
注文を口にすると、バイトの女の子が蛇口を開け、飲み物を注いでくれる。
谷口は歩きながら冷たい茶を口に含んだ。
昔に比べると、街はすこしくすんだ気がする。形はまったく変わっていない。新築という概念が失われたからだ。
なにも変わらず、ただ古びていく。
一見整然として見える街並み――ゴミは建物の内部に蓄積されている。
谷口は街の形を確認するように見ながら歩きつづけた。地下鉄四つ分の距離を歩くと、六階建てのマンションに到着する。
二部屋にキッチン、トイレ、シャワールームの間取り。
独り身に二部屋は多いが、自由に使えるのはベッドの上くらい。あとのスペースは段ボールに詰め込まれたモノの山が占領している。
とくに目立つのは大きな本棚。黒々と空間を圧迫している。古書店がなくなり、紙などというレガシーは死ぬまで自分で抱えるしかなくなった。
谷口が子どもの頃からいずれゴミの最終処分場がなくなると言われていた。実際、最後の処分場が封鎖されると、ゴミは回収されなくなった。
子どもたちはゴミゼロ生活に慣れている。彼らは自分の身で処理できるものとデジタル以外に消費しない。
ある日、谷口はマンション管理組合の会合に出席した。議題は五〇五号室の伊藤さんの後処理だ。伊藤さんは心臓発作で亡くなった。葬儀は業者に任せるとして、問題は遺品である。マンションの部屋は全部で三十室。伊藤さん以外の二十九の住人で引き受けるしかない。
若い世代である鈴木と佐藤は受け取りを拒否したが――それはいつものことなので、誰も気にしない。
谷口は熊のぬいぐるみをもらってきた。
八十五歳の伊藤さんには似合わない少女趣味。組合長が送ってくれたメールによると、一人娘の思い出だそうだ。離婚して以来、ついに再会することはかなわなかったとか。
谷口は茶色いぬいぐるみを邪険にする気になれず、重なった段ボールの一番上にちょこんと置いた。
こうして移行世代である谷口たちの住居に行きどころのないゴミが滞留していくのだ。
しばらく大通りを歩く。
パソコンの前で強張った体をほぐすためにも、仕事のあとはなるべく体を動かすようにしている。
喉が渇いたな。
谷口はあたりを見回す。
自動販売機なんて便利なものは姿を消している。
かわりに茶屋を見つけた。イートインスペースはテーブルふたつ。メインは飲み物のテイクアウトだ。
谷口はリュックからマイボトルを取り出した。
「ルイボスティー」
注文を口にすると、バイトの女の子が蛇口を開け、飲み物を注いでくれる。
谷口は歩きながら冷たい茶を口に含んだ。
昔に比べると、街はすこしくすんだ気がする。形はまったく変わっていない。新築という概念が失われたからだ。
なにも変わらず、ただ古びていく。
一見整然として見える街並み――ゴミは建物の内部に蓄積されている。
谷口は街の形を確認するように見ながら歩きつづけた。地下鉄四つ分の距離を歩くと、六階建てのマンションに到着する。
二部屋にキッチン、トイレ、シャワールームの間取り。
独り身に二部屋は多いが、自由に使えるのはベッドの上くらい。あとのスペースは段ボールに詰め込まれたモノの山が占領している。
とくに目立つのは大きな本棚。黒々と空間を圧迫している。古書店がなくなり、紙などというレガシーは死ぬまで自分で抱えるしかなくなった。
谷口が子どもの頃からいずれゴミの最終処分場がなくなると言われていた。実際、最後の処分場が封鎖されると、ゴミは回収されなくなった。
子どもたちはゴミゼロ生活に慣れている。彼らは自分の身で処理できるものとデジタル以外に消費しない。
ある日、谷口はマンション管理組合の会合に出席した。議題は五〇五号室の伊藤さんの後処理だ。伊藤さんは心臓発作で亡くなった。葬儀は業者に任せるとして、問題は遺品である。マンションの部屋は全部で三十室。伊藤さん以外の二十九の住人で引き受けるしかない。
若い世代である鈴木と佐藤は受け取りを拒否したが――それはいつものことなので、誰も気にしない。
谷口は熊のぬいぐるみをもらってきた。
八十五歳の伊藤さんには似合わない少女趣味。組合長が送ってくれたメールによると、一人娘の思い出だそうだ。離婚して以来、ついに再会することはかなわなかったとか。
谷口は茶色いぬいぐるみを邪険にする気になれず、重なった段ボールの一番上にちょこんと置いた。
こうして移行世代である谷口たちの住居に行きどころのないゴミが滞留していくのだ。