第15話_2度目の別れ
ー/ー
困惑と、沈黙。
空気が重く沈み、まるで駅全体が息を止めたかのようだった。
燈は震える声を絞り出した。
「な……なんで、どうして……『きさらぎ』なんですか!?」
管理人は目を細めることもなく、淡々と帳面の端を指先で押さえながら答える。
「そう判断せざるを得ない理由があった、それだけだ。それに、どこで再選定を受けても結果は同じだろうしな」
声の温度はいつもよりさらに低く、感情というものを一切含んでいなかった。
燈は喉がひりつくような痛みを感じながら問う。
「理由って……なんですか」
管理人は静かに告げる。
「きさらぎ駅の受け入れ条件は、『他者の生を踏みにじった魂』だ」
「今回の場合、その『他者』が誰かは……わかるな?」
淡々とした言葉の裏に、ほんのわずかに察してやれという色がにじむ。
燈の心臓がきゅっと縮み上がる。
同じ日に死んだ人間が魂としてここへ送られてくる。
母親が誰かの命を奪ったなら――その誰かは。
(まさか……そんな、そんなことって……)
胸がひどく痛む。
手のひらが汗で湿り、指先が震えた。
管理人は静かに指をさす。
「左手に進んだ先の改札を通って、8番線ホームに到着する電車へ乗れ。いいな?」
魂――母親は、小さく、申し訳なさそうに頭を下げて歩き始める。
その背中は、影でありながら、どこか悲しみに沈んでいた。
が――
「おかあさん!!」
小さな影が叫び、燈の横から弾かれたように走り出した。
ドアを強引に押し開け、母親へ向かって飛びつく。
「その声は……コウ!?」
母親も驚いたように振り向き、影の腕を受け止めた。
「うん!!」
母親は背中に回した腕をきつく締める。
表情は一切わからない。
けれど、肩の震えだけで十分だった。
「あぁ、コウ……ごめん、ごめんね……」
胸元に顔を押し当て、嗚咽が洩れる。
「なんであやまってるの?」
コウの問いはあまりにも無垢で、燈の胸を残酷なほど強く刺した。
「私は、なんてことを……ごめんね」
母親の声は塵のようにかすれていた。
「ねぇおかあさん、おうちに帰ろ?」
その一言に、母親の肩がびくりと揺れた。
影がゆっくりと下を向き、コウをそっと離す。
「そうだね……でも、コウと一緒にはもう……いられないの」
言葉は精いっぱい抑え込まれていたが、その苦しみは抑えようがなかった。
「なんで?そんなの、いやだよ!」
コウが再び抱きつこうとした瞬間――
燈は反射的に、彼の手を掴んだ。
「ごめんね。私のせいで、こんな辛いことを……」
涙があふれ、声が震える。
コウは必死に暴れる。
「なんで!?離してよおねえちゃん!!」
コウが必死にもがき、燈の腕を引き剥がそうとする。
その小さな手は温かく、痛いほど必死で――
それでも燈は、離せなかった。
(こんなことになるなら――連れ出さなければよかった。母親を探そうなんて……言い出すんじゃなかった)
後悔が胸を締めつけ、呼吸が苦しくなる。
母親はゆっくりと立ち上がり、燈へ向けてかすかな微笑を含んだ声を放った。
「あなたが、コウを導いてくれたのね。こうして会えたのは、あなたのお陰よ」
その声は、穏やかで、慈しみに満ちていた。
「これからもこの子のこと、お願いできる?無責任だっていうのはわかってる。けどあなたなら、きっと私より……」
燈は答えられなかった。
返事をしようとすると、喉が痛くて声が出なかった。
母親はコウへ振り返り、最後の言葉を告げた。
「コウ……世界で一番、あなたのことを愛してるわ。じゃあね……」
その言葉だけが、この暗い世界の中で唯一の光のように響く。
母親は歩き出す。
コウは必死に追おうとし、何度も燈の腕の中で暴れた。
影とは思えないほどの熱が腕に伝わる。
燈はただ――泣きながら、その手を離すことができなかった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
困惑と、沈黙。
空気が重く沈み、まるで駅全体が息を止めたかのようだった。
燈は震える声を絞り出した。
「な……なんで、どうして……『きさらぎ』なんですか!?」
管理人は目を細めることもなく、淡々と帳面の端を指先で押さえながら答える。
「そう判断せざるを得ない理由があった、それだけだ。それに、どこで再選定を受けても結果は同じだろうしな」
声の温度はいつもよりさらに低く、感情というものを一切含んでいなかった。
燈は喉がひりつくような痛みを感じながら問う。
「理由って……なんですか」
管理人は静かに告げる。
「きさらぎ駅の受け入れ条件は、『他者の生を踏みにじった魂』だ」
「今回の場合、その『他者』が誰かは……わかるな?」
淡々とした言葉の裏に、ほんのわずかに察してやれという色がにじむ。
燈の心臓がきゅっと縮み上がる。
同じ日に死んだ人間が魂としてここへ送られてくる。
母親が誰かの命を奪ったなら――その誰かは。
(まさか……そんな、そんなことって……)
胸がひどく痛む。
手のひらが汗で湿り、指先が震えた。
管理人は静かに指をさす。
「左手に進んだ先の改札を通って、8番線ホームに到着する電車へ乗れ。いいな?」
魂――母親は、小さく、申し訳なさそうに頭を下げて歩き始める。
その背中は、影でありながら、どこか悲しみに沈んでいた。
が――
「おかあさん!!」
小さな影が叫び、燈の横から弾かれたように走り出した。
ドアを強引に押し開け、母親へ向かって飛びつく。
「その声は……コウ!?」
母親も驚いたように振り向き、影の腕を受け止めた。
「うん!!」
母親は背中に回した腕をきつく締める。
表情は一切わからない。
けれど、肩の震えだけで十分だった。
「あぁ、コウ……ごめん、ごめんね……」
胸元に顔を押し当て、嗚咽が洩れる。
「なんであやまってるの?」
コウの問いはあまりにも無垢で、燈の胸を残酷なほど強く刺した。
「私は、なんてことを……ごめんね」
母親の声は塵のようにかすれていた。
「ねぇおかあさん、おうちに帰ろ?」
その一言に、母親の肩がびくりと揺れた。
影がゆっくりと下を向き、コウをそっと離す。
「そうだね……でも、コウと一緒にはもう……いられないの」
言葉は精いっぱい抑え込まれていたが、その苦しみは抑えようがなかった。
「なんで?そんなの、いやだよ!」
コウが再び抱きつこうとした瞬間――
燈は反射的に、彼の手を掴んだ。
「ごめんね。私のせいで、こんな辛いことを……」
涙があふれ、声が震える。
コウは必死に暴れる。
「なんで!?離してよおねえちゃん!!」
コウが必死にもがき、燈の腕を引き剥がそうとする。
その小さな手は温かく、痛いほど必死で――
それでも燈は、離せなかった。
(こんなことになるなら――連れ出さなければよかった。母親を探そうなんて……言い出すんじゃなかった)
後悔が胸を締めつけ、呼吸が苦しくなる。
母親はゆっくりと立ち上がり、燈へ向けてかすかな微笑を含んだ声を放った。
「あなたが、コウを導いてくれたのね。こうして会えたのは、あなたのお陰よ」
その声は、穏やかで、慈しみに満ちていた。
「これからもこの子のこと、お願いできる?無責任だっていうのはわかってる。けどあなたなら、きっと私より……」
燈は答えられなかった。
返事をしようとすると、喉が痛くて声が出なかった。
母親はコウへ振り返り、最後の言葉を告げた。
「コウ……世界で一番、あなたのことを愛してるわ。じゃあね……」
その言葉だけが、この暗い世界の中で唯一の光のように響く。
母親は歩き出す。
コウは必死に追おうとし、何度も燈の腕の中で暴れた。
影とは思えないほどの熱が腕に伝わる。
燈はただ――泣きながら、その手を離すことができなかった。