第16話_ぬくもり
ー/ー
管理室のベッドで、燈は膝を抱えてうずくまっていた。
背中は小刻みに震え、薄い毛布を握る指には力が入っていた。
胸の内側で渦巻くのは、後悔と自責。
呼吸をするたび、胸の奥が痛んで締めつけられる。
――この世界の仕組みも理解していなかった。
――勝手に希望を持たせ、勝手に傷つけた。
――生者である自分が、死者の運命に身勝手に介入してしまった。
「やっぱり……私なんて、もう……」
枕に染み込んだ涙がじんわりと広がっていく。
そのとき――
カチャ、と静かな音を立ててドアが開いた。
足音が近づき、ベッドの横で止まる。
そして、頭にそっと触れる温かな手の感触。
冷え切ったこの世界の中で、唯一のぬくもりだった。
「今日はよく頑張ったな。素晴らしい働きだったぞ」
それは管理人の声だった。
その声はいつものぶっきらぼうな響きではなく、胸の底に届くほど柔らかく、何より優しかった。
だが、その言葉がかえって燈の心を抉る様に深く突き刺さる。
「でも……私は……あんなことを」
次の瞬間。
パァァンッ!!
「いだぁっ!?」
無慈悲に、そして容赦なく燈の尻を平手で叩く。
その一撃は涙が逆に引っ込むほどだった。
「うるさい。珍しく私が褒めてるんだ、ちゃんと喜べ」
「そんなこと言われても、だから私は……!」
燈は勢いよく身を起こし、涙目のまま管理人の顔を見ようとした――その瞬間。
管理人の麦わら帽子の中から、白い何かが勢いよく飛んできた。
「燈おねえちゃーーん!!」
「ぶひゃぁっ!?」
ふわふわの衝撃が顔面に直撃し、燈はベッドの上でよろけながら手をばたつかせる。
なんとか両手で掴み取り、それを確かめる。
乗っていたのは、小さな白い子ウサギだった。
「うさ……うさぎ!?えっ、しゃべった?なにこれ!?」
燈があたふたと観察していると、その子ウサギはちょこんと前足を上げた。
「僕だよ!コウだよ!」
燈の呼吸が止まる。
「ふえぇ!?な、何があったの!?」
管理人は腕を組んだまま、当然のように言う。
「前に言ったろ。冥府に住む魂は、自分が望む姿へ自然に変化するってな」
燈は白兎亭でうさ耳を自慢したイナバの姿を思い出す。
「それって……つまり」
管理人は、ジャケットのポケットに手を突っ込み、誇らしげに鼻で笑った。
「あぁ、うちの受け入れ条件は『自らの死を選べなかった魂』だ」
燈は、その意味を理解する。
(コウは……受け入れられた。ここで、暮らしていけるんだ)
胸がじんと熱くなる。
燈はコウをそっと胸に抱きしめる。
「そっか……よかった。でも、どうしてこの姿に?」
コウはふにゃっと耳を揺らし、嬉しそうに尻尾を振った。
「だってこの姿なら……燈お姉ちゃんのそばに、ずっといられるでしょ?」
胸の奥の痛みが、じわりと溶けていく。
「でも、私は……コウに、あんな思いをさせたのに……」
コウは小さな頭を横に振った。
「ううん……僕ね、最後にお母さんに会えて、抱きしめてもらって、嬉しかったんだ」
声は震えているが、前へ進もうとする力が確かに含まれていた。
「だから、僕……燈お姉ちゃんにお礼がしたいんだ。そばにいちゃ、ダメ?」
そのまっすぐな瞳に射抜かれ、胸が熱くなる。
(そうだ……私は、お母さんと約束したんだ。コウを――託されたんだ)
気づかなかったのは、自分の方だった。
燈はコウをぎゅっと抱きしめる。
その小さな体が、かすかに震えながらも温かい。
「うん、ありがとう……私もずっと、傍にいるよ。約束、守るから……」
思わず力が入ったその腕には、母親からの意思を受け継ぐ決意が宿っていた。
「えへへ、やっぱりお姉ちゃん、あったかいなぁ」
管理人は相変わらず無表情のままだったが、ほんの一瞬だけ……口元がゆるんだように見えた。
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背中は小刻みに震え、薄い毛布を握る指には力が入っていた。
胸の内側で渦巻くのは、後悔と自責。
呼吸をするたび、胸の奥が痛んで締めつけられる。
――この世界の仕組みも理解していなかった。
――勝手に希望を持たせ、勝手に傷つけた。
――生者である自分が、死者の運命に身勝手に介入してしまった。
「やっぱり……私なんて、もう……」
枕に染み込んだ涙がじんわりと広がっていく。
そのとき――
カチャ、と静かな音を立ててドアが開いた。
足音が近づき、ベッドの横で止まる。
そして、頭にそっと触れる温かな手の感触。
冷え切ったこの世界の中で、唯一のぬくもりだった。
「今日はよく頑張ったな。素晴らしい働きだったぞ」
それは管理人の声だった。
その声はいつものぶっきらぼうな響きではなく、胸の底に届くほど柔らかく、何より優しかった。
だが、その言葉がかえって燈の心を抉る様に深く突き刺さる。
「でも……私は……あんなことを」
次の瞬間。
パァァンッ!!
「いだぁっ!?」
無慈悲に、そして容赦なく燈の尻を平手で叩く。
その一撃は涙が逆に引っ込むほどだった。
「うるさい。珍しく私が褒めてるんだ、ちゃんと喜べ」
「そんなこと言われても、だから私は……!」
燈は勢いよく身を起こし、涙目のまま管理人の顔を見ようとした――その瞬間。
管理人の麦わら帽子の中から、白い何かが勢いよく飛んできた。
「燈おねえちゃーーん!!」
「ぶひゃぁっ!?」
ふわふわの衝撃が顔面に直撃し、燈はベッドの上でよろけながら手をばたつかせる。
なんとか両手で掴み取り、それを確かめる。
乗っていたのは、小さな白い子ウサギだった。
「うさ……うさぎ!?えっ、しゃべった?なにこれ!?」
燈があたふたと観察していると、その子ウサギはちょこんと前足を上げた。
「僕だよ!コウだよ!」
燈の呼吸が止まる。
「ふえぇ!?な、何があったの!?」
管理人は腕を組んだまま、当然のように言う。
「前に言ったろ。冥府に住む魂は、自分が望む姿へ自然に変化するってな」
燈は白兎亭でうさ耳を自慢したイナバの姿を思い出す。
「それって……つまり」
管理人は、ジャケットのポケットに手を突っ込み、誇らしげに鼻で笑った。
「あぁ、うちの受け入れ条件は『自らの死を選べなかった魂』だ」
燈は、その意味を理解する。
(コウは……受け入れられた。ここで、暮らしていけるんだ)
胸がじんと熱くなる。
燈はコウをそっと胸に抱きしめる。
「そっか……よかった。でも、どうしてこの姿に?」
コウはふにゃっと耳を揺らし、嬉しそうに尻尾を振った。
「だってこの姿なら……燈お姉ちゃんのそばに、ずっといられるでしょ?」
胸の奥の痛みが、じわりと溶けていく。
「でも、私は……コウに、あんな思いをさせたのに……」
コウは小さな頭を横に振った。
「ううん……僕ね、最後にお母さんに会えて、抱きしめてもらって、嬉しかったんだ」
声は震えているが、前へ進もうとする力が確かに含まれていた。
「だから、僕……燈お姉ちゃんにお礼がしたいんだ。そばにいちゃ、ダメ?」
そのまっすぐな瞳に射抜かれ、胸が熱くなる。
(そうだ……私は、お母さんと約束したんだ。コウを――託されたんだ)
気づかなかったのは、自分の方だった。
燈はコウをぎゅっと抱きしめる。
その小さな体が、かすかに震えながらも温かい。
「うん、ありがとう……私もずっと、傍にいるよ。約束、守るから……」
思わず力が入ったその腕には、母親からの意思を受け継ぐ決意が宿っていた。
「えへへ、やっぱりお姉ちゃん、あったかいなぁ」
管理人は相変わらず無表情のままだったが、ほんの一瞬だけ……口元がゆるんだように見えた。