表示設定
表示設定
目次 目次




第14話_選別と受け入れ

ー/ー



列の先頭に立つ魂が、かすかな足音を響かせながら管理人の前へ進む。
影の身体は淡い霧をまとい、近づくほどに生前の面影がわずかに浮かんでは消えた。

魂は管理人の真正面でぴたりと静止する。

管理人は帳面を手に、ゆっくりとその魂を嘗め回すように見つめた。
ただの視線ではない。
魂の奥底――記憶の残骸や死の瞬間まで、すべてを見透かすような目だった。

「ふむ……電車との衝突により死亡……そうか」
さらさら、とペンが紙を走る。
その音が部屋の静寂を切り裂き、燈の背筋に冷たいものが走る。

管理人は再度顔を上げ、端的に告げる。
「よし、お前の魂は冥府ツクヨミで受け入れる。右手へ進んだ先の待機所で待っていてくれ」

魂は静かに頭を垂れ、ゆっくりと指定された方向へ滑るように歩き出した。

「次、前へ」

二番目の魂が足を踏み出し、目の前で止まる。
管理人は無表情のまま、じっとその影を観察する。
視線を向けられた魂は、わずかに体を震わせた。

「自分で飼育していた毒蛇に全身を噛まれて死亡……なるほど……?」
管理人がわずかに首をかしげる。
恐らく、珍しい死因なのだろう。

だが、帳面に記録を記す手は軽やかで、一切の無駄はない。

「……一旦お前は『あまがたき』へ送る。そこで再度選定を受けてもらうぞ」
管理人は手元の小箱から切符を取り出し、魂の手へ静かに押し渡す。

紙切れのはずなのに、受け取った魂の肩がかすかに沈む。

「左手に進んだ先の改札を通って、1番線ホームに到着する電車へ乗るんだ。いいな?」

魂はどことなく納得していない雰囲気を漂わせながらも、とぼとぼと歩き始めた。

その様子を見ながら、燈はタイミングを見計らい、小さな声で問いかける。
「あの、あまがたきって……もしかして別の駅のことですか?」

管理人は帳面を閉じずに答える。
「あぁ、ここの隣駅だ。今の奴はうちの条件に合わなかったからな、そっちで再選定してもらう」

「選定の結果は基本『受け入れ』か『再選定』だ。条件に合うなら受け入れて、そうでないなら次の駅へ送る」
その声音には感情らしいものがほとんどない。
だが、そこには責任感だけは確かに含まれていた。

「じゃあ、つきのみや駅の受け入れ条件ってーー」

管理人は手を突き出し、無言で制止した。

「仕事中だ、質問には後で答える」

「あ……すみません」
燈はしゅんとしつつも、列へ目を戻す。

管理人は次々と魂をさばく。
声は冷静で、動きは正確で、迷いはひとつもない。
右へ、左へ――まるで巨大な機械のように、魂たちは行き先を振り分けられていく。

列はどんどん短くなり、最後尾が近づくにつれ、燈の胸には焦りが募る。
(まだ……まだお母さんの魂が来てない……)

何度もちらりと隣の少年を見る。

「お母さん、いないね……」
燈は震える声で囁く。

すると――管理人が顔を前に向けたまま、低く問いかけた。
「燈、そいつの母親を探しているのか?」

「はい、けれどまだそれらしき魂が見つからなくて……」

管理人は息を吐く。
その吐息は、あきらめと警告を含んでいた。

「同じ日付に死んだ人間が、魂として送られてくる。もし見つかった場合、それがどういうーー」

その言葉を途中で遮ったのは、少年の弾けるような声だった。
「あっ!おかあさんだ!!」

影の列――今まさに管理人の目の前で止まっている一体を、小さな指がまっすぐ指し示す。

燈の胸がじわりと熱くなる。

(よかった……)
安堵で膝が少し震えたその瞬間。

管理人が帳面を開き、魂を見定め、ペンを走らせる。
たった数秒。
しかし燈には、それが永遠に思えた。

そして。

「悪いが……お前は『きさらぎ』へ送る」

空気が凍りついた。
その声音には、一切の冗談も含まれていなかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第15話_2度目の別れ


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



列の先頭に立つ魂が、かすかな足音を響かせながら管理人の前へ進む。
影の身体は淡い霧をまとい、近づくほどに生前の面影がわずかに浮かんでは消えた。
魂は管理人の真正面でぴたりと静止する。
管理人は帳面を手に、ゆっくりとその魂を嘗め回すように見つめた。
ただの視線ではない。
魂の奥底――記憶の残骸や死の瞬間まで、すべてを見透かすような目だった。
「ふむ……電車との衝突により死亡……そうか」
さらさら、とペンが紙を走る。
その音が部屋の静寂を切り裂き、燈の背筋に冷たいものが走る。
管理人は再度顔を上げ、端的に告げる。
「よし、お前の魂は冥府ツクヨミで受け入れる。右手へ進んだ先の待機所で待っていてくれ」
魂は静かに頭を垂れ、ゆっくりと指定された方向へ滑るように歩き出した。
「次、前へ」
二番目の魂が足を踏み出し、目の前で止まる。
管理人は無表情のまま、じっとその影を観察する。
視線を向けられた魂は、わずかに体を震わせた。
「自分で飼育していた毒蛇に全身を噛まれて死亡……なるほど……?」
管理人がわずかに首をかしげる。
恐らく、珍しい死因なのだろう。
だが、帳面に記録を記す手は軽やかで、一切の無駄はない。
「……一旦お前は『あまがたき』へ送る。そこで再度選定を受けてもらうぞ」
管理人は手元の小箱から切符を取り出し、魂の手へ静かに押し渡す。
紙切れのはずなのに、受け取った魂の肩がかすかに沈む。
「左手に進んだ先の改札を通って、1番線ホームに到着する電車へ乗るんだ。いいな?」
魂はどことなく納得していない雰囲気を漂わせながらも、とぼとぼと歩き始めた。
その様子を見ながら、燈はタイミングを見計らい、小さな声で問いかける。
「あの、あまがたきって……もしかして別の駅のことですか?」
管理人は帳面を閉じずに答える。
「あぁ、ここの隣駅だ。今の奴はうちの条件に合わなかったからな、そっちで再選定してもらう」
「選定の結果は基本『受け入れ』か『再選定』だ。条件に合うなら受け入れて、そうでないなら次の駅へ送る」
その声音には感情らしいものがほとんどない。
だが、そこには責任感だけは確かに含まれていた。
「じゃあ、つきのみや駅の受け入れ条件ってーー」
管理人は手を突き出し、無言で制止した。
「仕事中だ、質問には後で答える」
「あ……すみません」
燈はしゅんとしつつも、列へ目を戻す。
管理人は次々と魂をさばく。
声は冷静で、動きは正確で、迷いはひとつもない。
右へ、左へ――まるで巨大な機械のように、魂たちは行き先を振り分けられていく。
列はどんどん短くなり、最後尾が近づくにつれ、燈の胸には焦りが募る。
(まだ……まだお母さんの魂が来てない……)
何度もちらりと隣の少年を見る。
「お母さん、いないね……」
燈は震える声で囁く。
すると――管理人が顔を前に向けたまま、低く問いかけた。
「燈、そいつの母親を探しているのか?」
「はい、けれどまだそれらしき魂が見つからなくて……」
管理人は息を吐く。
その吐息は、あきらめと警告を含んでいた。
「同じ日付に死んだ人間が、魂として送られてくる。もし見つかった場合、それがどういうーー」
その言葉を途中で遮ったのは、少年の弾けるような声だった。
「あっ!おかあさんだ!!」
影の列――今まさに管理人の目の前で止まっている一体を、小さな指がまっすぐ指し示す。
燈の胸がじわりと熱くなる。
(よかった……)
安堵で膝が少し震えたその瞬間。
管理人が帳面を開き、魂を見定め、ペンを走らせる。
たった数秒。
しかし燈には、それが永遠に思えた。
そして。
「悪いが……お前は『きさらぎ』へ送る」
空気が凍りついた。
その声音には、一切の冗談も含まれていなかった。