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AM2:15のアイドル

ー/ー



‪ 奉仕すること、愛想を振り撒くこと、努力の成果を惜しみなく発揮すること、誰かしらの信仰になること、与えられた好意に対して報いること、自己犠牲、その他諸々。
 それら全てが、彼女にとっては大して向いていないように思えて、何故自分のことを頑なにアイドルだと自称し続けているのか理解ができなかった。金への執着が凄まじいところもどうかと思う。ちょっと見惚れているだけで見物料を求めてくるのも良くないところだ。‬

‪「何? さっきから不躾な視線を寄越して」‬

 恋人との甘い時間、といったワードからは遠くかけ離れた現実。見つめているだけで文句を言われることに慣れつつある自分が嫌だ。

‪「……寝てたんじゃないのかよ」‬

‪ 暗闇の中で目を覚ました女は、実に不機嫌そうな声で僕の行いを咎めた。ここまで感覚が敏感だと生きづらくはないのかと、余計な心配をしそうになる。‬

‪「視線がうるさくて起きたわ。君のせいで毎晩不眠症よ、どうしてくれるの」

 視線が「うるさい」といった感覚がいまいち理解できなかった僕は、適当に謝ってその場をやり過ごすことにした。

‪「分かった分かった。もう見ないから早く寝て」‬
「君は、都会っ子のくせに美人に耐性がないからね。私のこと毎秒眺めていたい気持ちは分かるけれど」
「都会っ子は関係ないだろ」
「ある」

‪ 怒っているのか寝ぼけているのかいまいち判断がつかない。とりあえず適当に宥めて、布団の中に押し戻して静かになるのを待つ。‬
‪ ちなみに、実際に彼女が人前で歌ったり踊ったりしているのを見たことはない。‬
‪ その容姿が人間離れした美しさを持つことを知っていて、自分の武器が一体何であるか、その活用の仕方も含めて熟知しているとなると、適性がないとも言い切れないか。‬
‪ アイドルを自称しているのはあくまで物の例え、ということなのかもしれないが、周りで疑問視する声が上がらないのも結構気味が悪い。指摘する人間がいないから、こいつは今でもアイドルについて何か思い違いをしているんじゃないかと思う。‬
‪ 誰かしらは「いや、違うだろ」と指摘してもおかしくないところで、皆が揃って口をつぐむ。聞かなかったことにして日常生活を続行する。まるで彼女のことを、自分たちの日常生活の中には存在していない者のように扱っているのだと、このに転校してきてから僅かばかりの居心地の悪さと共に感じ取っていた。‬
‪ お前の言う「アイドル」って何を指すんだ?‬
‪ 少なくとも、僕の知っているアイドルは今のお前みたいに無防備な寝姿を晒したりはしない。いつだって、ファンでもない僕を特別扱いするのは完全に彼女の私情なのだ。‬純粋な好意ではなく、歪な興味関心と執着心を抱かれているような気がしてならないが。
‪ 今だってほら、腕を伸ばして僕に触れようとしている。一切抵抗しなければ、きっとそのまま抱き締められて朝まで解放してもらえない。

‪「何だよ……」‬
‪「ううん」‬
‪「返事になってないんだよな、それだと」‬
‪「うん」‬
‪「自覚はあるんだ」‬

‪ 冷えた足をわざとぶつけてくるのも、布団の中で手を繋ぎたがるのも、学校ではアイドルということで通すつもりならやめた方がいい。命取りになる。致命的な傷になる。特定の相手に心を寄せる人間に夢なんて見られない。他の人に気づかれなければいいという問題でもないだろう。‬
‪ 僕がやや潔癖すぎるのか、彼女が頓着しなさすぎるだけなのか、あるいは。
 それでも、完全には拒絶できないあたり絆されつつあるようで、いつからこんなにお人好しになったのかと頭を抱える。顔が良いからって何でも許されると思っている女にいいようにされて、実際に顔を見ると許したくなってしまう自分の単純さが憎かった。
 そして、今はまだ、そんな彼女を独り占めする勇気が自分に足りていないことも腹立たしく感じている。伸ばされた手を掴み返す勇気が今の僕にはない。


次のエピソードへ進む 何となく音楽の授業を思い出したの


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‪ 奉仕すること、愛想を振り撒くこと、努力の成果を惜しみなく発揮すること、誰かしらの信仰になること、与えられた好意に対して報いること、自己犠牲、その他諸々。
 それら全てが、彼女にとっては大して向いていないように思えて、何故自分のことを頑なにアイドルだと自称し続けているのか理解ができなかった。金への執着が凄まじいところもどうかと思う。ちょっと見惚れているだけで見物料を求めてくるのも良くないところだ。‬
‪「何? さっきから不躾な視線を寄越して」‬
 恋人との甘い時間、といったワードからは遠くかけ離れた現実。見つめているだけで文句を言われることに慣れつつある自分が嫌だ。
‪「……寝てたんじゃないのかよ」‬
‪ 暗闇の中で目を覚ました女は、実に不機嫌そうな声で僕の行いを咎めた。ここまで感覚が敏感だと生きづらくはないのかと、余計な心配をしそうになる。‬
‪「視線がうるさくて起きたわ。君のせいで毎晩不眠症よ、どうしてくれるの」

 視線が「うるさい」といった感覚がいまいち理解できなかった僕は、適当に謝ってその場をやり過ごすことにした。
‪「分かった分かった。もう見ないから早く寝て」‬
「君は、都会っ子のくせに美人に耐性がないからね。私のこと毎秒眺めていたい気持ちは分かるけれど」
「都会っ子は関係ないだろ」
「ある」
‪ 怒っているのか寝ぼけているのかいまいち判断がつかない。とりあえず適当に宥めて、布団の中に押し戻して静かになるのを待つ。‬
‪ ちなみに、実際に彼女が人前で歌ったり踊ったりしているのを見たことはない。‬
‪ その容姿が人間離れした美しさを持つことを知っていて、自分の武器が一体何であるか、その活用の仕方も含めて熟知しているとなると、適性がないとも言い切れないか。‬
‪ アイドルを自称しているのはあくまで物の例え、ということなのかもしれないが、周りで疑問視する声が上がらないのも結構気味が悪い。指摘する人間がいないから、こいつは今でもアイドルについて何か思い違いをしているんじゃないかと思う。‬
‪ 誰かしらは「いや、違うだろ」と指摘してもおかしくないところで、皆が揃って口をつぐむ。聞かなかったことにして日常生活を続行する。まるで彼女のことを、自分たちの日常生活の中には存在していない者のように扱っているのだと、このに転校してきてから僅かばかりの居心地の悪さと共に感じ取っていた。‬
‪ お前の言う「アイドル」って何を指すんだ?‬
‪ 少なくとも、僕の知っているアイドルは今のお前みたいに無防備な寝姿を晒したりはしない。いつだって、ファンでもない僕を特別扱いするのは完全に彼女の私情なのだ。‬純粋な好意ではなく、歪な興味関心と執着心を抱かれているような気がしてならないが。
‪ 今だってほら、腕を伸ばして僕に触れようとしている。一切抵抗しなければ、きっとそのまま抱き締められて朝まで解放してもらえない。
‪「何だよ……」‬
‪「ううん」‬
‪「返事になってないんだよな、それだと」‬
‪「うん」‬
‪「自覚はあるんだ」‬
‪ 冷えた足をわざとぶつけてくるのも、布団の中で手を繋ぎたがるのも、学校ではアイドルということで通すつもりならやめた方がいい。命取りになる。致命的な傷になる。特定の相手に心を寄せる人間に夢なんて見られない。他の人に気づかれなければいいという問題でもないだろう。‬
‪ 僕がやや潔癖すぎるのか、彼女が頓着しなさすぎるだけなのか、あるいは。
 それでも、完全には拒絶できないあたり絆されつつあるようで、いつからこんなにお人好しになったのかと頭を抱える。顔が良いからって何でも許されると思っている女にいいようにされて、実際に顔を見ると許したくなってしまう自分の単純さが憎かった。
 そして、今はまだ、そんな彼女を独り占めする勇気が自分に足りていないことも腹立たしく感じている。伸ばされた手を掴み返す勇気が今の僕にはない。