「お姉ちゃん、怖いから一緒にきて」
去年三月。慶明学園の合格発表日の朝、美穂にせがまれた。ネットでも見られるんだから、それでいいじゃん、と私は答える。
「ううん、直接この目で確かめたいし、お姉ちゃんにも見てもらいたい」
美穂はかたくなだった。
月末に控えた渡航の準備で忙しく、母はその日、体調を崩していた。
「美穂に付き添ってあげて」
母からも駄目を押され、私はようやく腰を上げた。
同じ制服に着替えながら、美穂を
疎ましいと感じていた。
何でこんなことぐらい、自分一人でできないのだろう。
母も母だ。美穂のわがままを許容する。これだから、この子はいつまでたっても自分の足で歩けない。
慶明までは、電車を乗り継ぎ、小一時間ほどの道のりだった。地下鉄の車窓には、いかにも不機嫌そうな私と、不安げな美穂の姿が映っていた。
その時、前を向いたまま、唐突に美穂が言った。
「……お姉ちゃん、私、合格していたら、髪を伸ばすよ」
それはかすむほどの小さな声で、私は聞こえないふりをした。
好きにすればいい。
あなたはあなた、私は私。
頼むから、これ以上、苛立たせないでくれないかな。
「ここから先は一人で行って」
学園の校門で、私は言った。
「どうして? 掲示板まで一緒に来てよ」
「私はここで待っている。合否を確認したら、戻ってきて。一緒に帰ってあげるから」
何度か押し問答を繰り返し、やがて美穂は諦めた。
「……わかった。一人で見てくるから、絶対に待っててね」
小さな背中が人込みに消えていく。
ため息をつき、校門にもたれた。吐き出す息が、白い霧になり、初春の冷えた空気に溶けていく。
寒い。
怒りを含んだそんな言葉が口からこぼれ、何人かの受験生や保護者たちに一瞥された。
十五分ほど待っただろうか。受験票を握り締め、涙ぐんだ美穂が私のもとに駆けてきた。
「受かってた。嬉しい……」
「良かったね」
「高校からは、お姉ちゃんと別々だ」
「まあ、いいんじゃないの?」
「……そうだね。私もそんな気がしている」
帰り道、マクドナルドでささやかな祝杯をあげた。ハンバーガーとポテト、シェイクのセットを二人分。お金は私が支払った。
「お姉ちゃん、今日は本当にありがとう。私、一人じゃ怖くて来られなかったよ」
「もう高校生になるんだから、何でも自分でできるようになるんだよ」
ポテトをつまんで私は諭した。
「わかった。頑張る」
薄く微笑み、美穂は自分のシェイクを私に差し出す。
「飲まないの? シェイク、好きだったじゃない」
「うん。でもダイエットしようと思ってて」
その時の自分の感情を、今でも鮮明に覚えている。
あれは、私が初めて他人に抱いた「殺意」だった。