「……七時過ぎだったと思います。別れがたくて、僕と美穂は武蔵台駅の改札前で、手をつなぎながら思い出話を続けていました」
圭介は、うつろな視線をマグカップに向けている。
「その時も、美穂に変わったところはありませんでした。恥ずかしいですが、自分が好かれていることを、彼女の言葉の端々から感じていたほどです。なのにいきなり、美穂は僕の手を振り払い、『圭介とはもう別れる!』と言い出しました。改札口に向かって駆け出す美穂を追いかけて、何でだよ、と呼びかけました。でも取りつく島もありません。背後から右手で肩をつかむと、一瞬、彼女が振り向いたんです。声を失いました。美穂は目を真っ赤に腫らし、唇を白くなるほど噛みしめながら、泣いていたんです……」
立ちすくむ彼を残し、美穂は二度と振り返らず、改札の向こう側へと消えていった。
葬儀翌日、十二月三十日の夜、両親と武蔵台警察署に足を運んだ。捜査はその日までに打ち切られていた。
鈴原巡査部長と、生活安全課の係長という男性警察官が、結果のあらましを教えてくれた。
「ホームのカメラには、黄色い線の上をよろよろと歩く美穂さんが映っていました。躓いたようにも、自分から身を投げたようにも見える。映像だけでは、事故か自殺か、微妙なところです。ただ、遺書は見つかりませんでした。直前まで一緒にいた恋人からも話を聞いています。『泣いていた』と証言しました。でも、喧嘩したわけではないとも言う。彼が突き落としたのではないことは、改札口付近を捉えた別の映像からも間違いありません」
慶明学園の教職員や友人にも近況を尋ねたそうだ。いじめも視野に、慎重に調べを進めたらしい。係長から引き取って、鈴原さんが口を開く。
「優等生で、可愛くて、誰にでも優しい。私は長く少年事件を担当していますが、これほど悪評を聴かないケースは珍しいです。美穂さんは、みんなに愛される存在でした」
自殺だとすると動機がない。事件性もない。曖昧なところを残しつつ、警察は事故として処理する判断をしたという。
父と母は、涙ぐみつつ安堵の表情も浮かべていた。
愛する娘は誰かに恨まれ、殺されたのではない。自ら命を絶ったわけでもない。
そう確認できたことで、少し心が軽くなったのだろう。年ごろの娘を残し、海外に赴任していた後ろめたさもあったに違いない。
鈴原さんと係長に礼を言い、私たちは警察署をあとにした。