「僕が警察署から解放されたのは、お姉さんが寝ていた頃だと思います」
圭介がポツリと言った。あの日、昼過ぎに美穂と落ちあい、武蔵台のシネコンで恋愛映画を観たという。
彼の自宅はJRの沿線だ。武蔵台にはよくデートで訪れたという。駅周辺にはタワーマンションや洒落たショッピングモールが立ち並んでいる。つきあって一年に満たない高校生のデート場所としては、手頃だったに違いない。
「美穂の様子はどうだった?」
「普段とまったく変わりませんでした」
圭介が端正な顔をゆがめる。
「シネコンを出て、モールを巡り、最上階のイタリアンでディナーをしました」
「随分大人なデートだね」
「初めてのイブでしたから……。それにイタリアンと言っても、一人三千円ぐらいです」
「高校生には十分贅沢だよ。それから?」
「レストランでプレゼントを交換し、夜景を見ながら武蔵台駅に続くペデストリアンデッキを歩きました。それで美穂……さんと」
「いいよ、呼び捨てで」
「……わかりました。美穂と思い出話をしました。中学は別々ですから、僕らが知り合ったのは慶明学園に受かった去年の春です。僕の一目ぼれでした。クラスだけでなく、部活も同じ文芸部。一緒にいればいるほど、美穂に惹かれていきました。告白したのは五月の連休後です」
「まだそんなに時間も経っていないのに、思い切ったね」
彼はそこで言い淀む。私は黙って言葉を待った。
「……ウェブ小説って、知っていますか?」
「ウェブ小説?」
「はい。ネット上に、小説を投稿できるサイトがあるんです」
確か二年ほど前のことだ。夕食時、美穂がそんな話をしていた覚えがある。
あなたも投稿しているの、と母が訊くと、はにかんで首を振った。
「私にそんな文才はないよ。たまに読むだけ。でもね、ペンネームだからはっきりとはわからないけど、同世代らしき作者の中にも、すごい小説を書く人がいるんだ」
ふうん、と母は相槌を打ち、私は聞き流した。それ以上、その話題は深まらなかった。
美穂は本の虫だった。
最初は寝物語に母に聴かされた絵本や童話。小学校に上がると、図書室で小説を借りてきた。書店にも足しげく通っていた。
読書の影響もあるのだろう。美穂は勉強がよくできた。私は何かと比較され、肩身の狭い思いをしてきた。進学校の慶明に行きたいと言い出したのは、美穂自身だ。
「あなたも目指す?」
中学三年生の秋、母に訊かれた。その夏、県大会に進んだ私は、百メートル平泳ぎで大会新を出し、部活を引退していた。まだ日焼けが残る両腕を、母に差し出し、「今から慶明に受かるわけないでしょ」と笑ってみせた。
そもそも学力不足だけれど、それとは別に、美穂とは違う高校に進みたいと思っていた。私たちは決して不仲に見えなかっただろう。ただ内心、家でも学校でも、妹と比べられることにうんざりしていた。
「スポーツ少女の姉」と「優等生の妹」。
そんなふうにワンセットで語られるのが苦痛だった。
親や先生、友だちに悪気がないのは分かっている。でも美穂は美穂。私は私だ。姉妹だけれども、決してひとくくりの存在ではない。
思春期に差し掛かり、自分が「女」であると意識し始めた頃、その苛立ちに切り立つような断面が加わった。小学校高学年から中学校にかけて、美穂は異性にひどくモテた。
後天的な能力ではなく、生まれながらに備えられた女性性。そんな生得的な部分まで、美穂と比べられるのは耐えられない。