あの日、私は隣町にある市営の屋内プールで泳いでいた。私学と違い、私の通う県立高には、屋外にしかプールがない。だからオフシーズンの水泳部は、筋トレが中心になる。
五歳からスイミングに通い始めた。中学時代は水泳部に所属した。国体に出たことのある顧問から、「筋トレでついた筋肉は柔軟性に欠ける。スイマーは泳ぎながら鍛えるのがベストなんだ」と教えられた。
クリスマスイブといっても、恋人がいない私には、普段と変わらぬ土曜日だ。コンビニのバイトを六時半で終え、自転車でそのままプールに向かった。
二時間で十キロ泳ぎ、パーカーに着替えたところでスマホの着信履歴に気がついた。末尾が「0110」の番号が、八時過ぎから計四回。私に電話してくる友だちは多くない。何より見知らぬ番号だ。短い髪を乾かしながら、無視しようと思った瞬間、胸騒ぎがした。
美穂のことだ。
理由なく、直感した。
「デートで帰りは遅くなる」
昼、そう言って家を出た。番号をタップする。何度か呼び出し音が続いた後、「はい、
武蔵台警察署です」と乾いた声が耳に響いた。
自宅まで引き返し、自転車を置いて、最寄り駅から下りの私鉄に乗車する。JRと交差する武蔵台駅までは十五分だ。
底冷えのする夜だった。警察署にたどり着くと、すでに十時を回っていた。入口の警察官に生徒手帳を差し出して、「さっき電話した高見沢美穂の姉です」と名乗った。
受付前で待たされる。制服姿の女性警察官が階段を下りてきた。恰幅が良く、年の頃は母と同じぐらいだろうか。
「生活安全課巡査部長の鈴原明子といいます」
そう名乗った警察官の後ろには、中年の男性と、若い女性が立っていた。女性は目を真っ赤に腫らしている。
教師には独特の匂いがある。案の定、慶明学園の教頭と担任だった。
「ご両親は海外だとうかがいました。緊急連絡先の携帯番号も、先生から。身近なご家族がお姉さんだけなので、心苦しいのだけれども、確認してほしいことがあり、夜遅くですがお呼びしました」
教師二人をその場に残し、鈴原さんに促され、地下一階の安置室に立ち入った。教室の半分ぐらいの空間に、ベッドが一つ置かれている。白いシーツが人の形に盛り上がっていた。まがまがしい。
「打ちどころは悪くありませんでした。お顔はほとんど無傷です」
鈴原さんが白い布の両端に手を掛ける。「いいですか?」
黙ってうなずく。ゆっくり布が取り払われ、小さな顔が現れた。
――妹です。
そう答えたところで、緊張の糸がぷつんと切れた。倒れかけた私の体を、鈴原さんが支えてくれる。それからしばらくの記憶がない。
気がつくと、署内のソファに寝かされていた。時計の針は十二時近くをさしている。傍らに、鈴原さんの困惑交じりの微笑があった。毛布から半身を起こし、えずくように私は泣いた。鈴原さんに抱き締められ、優しく背中をさすられる。