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 彼が我が家にやって来たのは、一月最後の日曜日だった。
 呼び鈴が鳴り、テレビドアホンを見る。線の細いブレザー姿の男の子が映っていた。
斎藤圭介(さいとうけいすけ)と申します。美穂(みほ)さんと同じ慶明(けいめい)学園高校の一年生です。お線香をあげさせて下さい」
 遅すぎるという苛立ちと、来てくれたという喜びで、全身が粟立(あわだ)つ。

 妹の美穂が私鉄のホームから転落したのはひと月前、去年のクリスマスイブのことだった。商社勤務で中央アジアに駐在している父と、去年の春から帯同している母の帰国を待ち、年の瀬に慌ただしく荼毘(だび)に付した。葬儀の後、日本に残ろうかとつぶやく母に「私は一人で大丈夫。お父さんを支えてあげて」と言い聞かせた。躊躇(ためら)いつつ、母は中央アジアに戻っていった。

「とりあえず中に入って。そんな格好、近所に見られたらどう思われるかわからないでしょ」
 圭介はそれでも同じ姿勢を崩さなかった。いいから早く、と手を引いて、ドアを閉める。よろけた彼が私に倒れ込みかけた。切れ長の目、整った鼻筋、薄い唇。近づいた顔を見て、美穂の美的センスは悪くないな、とまた思う。
「……美穂……さんのお姉さんですよね。ご両親は?」
「海外。このマンションで暮らしているのは私だけ」
「まずくありませんか? 僕、一応、男ですし……」
「亡くなった恋人に線香をあげにきて、その姉に欲情する変態と、妹が交際していたとは思いたくないな」
「そんな気は微塵(みじん)もありません」
「当たり前でしょ。警察に捕まる前に、美穂に呪い殺される」
「……はい」
「お葬式にも来なかった恋人のことを、とっくに恨んでいるかもしれないしね」
「……本当に申し訳ありません」
「事情は後で聴くから、まずはお線香あげてやって」

 まだ仏壇はない。遺影と遺骨は、白い布で覆われた机の上に置かれている。圭介は座布団に正座した。線香に火をつける彼に目をやり、美穂の遺影に視線を移す。抜けるような白い肌、まだ伸びる前の黒い髪。薄紅色の整った唇は、圭介に優しくふさいでもらえたのだろうか。

「コーヒー、紅茶? 緑茶もあるよ」
「いえ、おかまいなく」
 圭介の声を聞き流し、キッチンで湯を沸かす。匙ですくってマグカップにコーヒーの粉を入れた。
「――で、どんな言い訳を聞かせてくれるの?」
 向かいに座った啓介に、カップを差し出す。彼はしばらく黙っていた。
「……怖かったんです」
「何が?」
 また圭介が黙り込む。線香の煙に仏花の匂いが溶け込んで、室内はむせるように甘い。たっぷり三分は待っただろう。彼は重い口を開いた。
「……美穂さんは、僕のせいで自殺したんじゃないかって」


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 彼が我が家にやって来たのは、一月最後の日曜日だった。
 呼び鈴が鳴り、テレビドアホンを見る。線の細いブレザー姿の男の子が映っていた。
「|斎藤圭介《さいとうけいすけ》と申します。|美穂《みほ》さんと同じ|慶明《けいめい》学園高校の一年生です。お線香をあげさせて下さい」
 遅すぎるという苛立ちと、来てくれたという喜びで、全身が|粟立《あわだ》つ。
 妹の美穂が私鉄のホームから転落したのはひと月前、去年のクリスマスイブのことだった。商社勤務で中央アジアに駐在している父と、去年の春から帯同している母の帰国を待ち、年の瀬に慌ただしく|荼毘《だび》に付した。葬儀の後、日本に残ろうかとつぶやく母に「私は一人で大丈夫。お父さんを支えてあげて」と言い聞かせた。|躊躇《ためら》いつつ、母は中央アジアに戻っていった。
「とりあえず中に入って。そんな格好、近所に見られたらどう思われるかわからないでしょ」
 圭介はそれでも同じ姿勢を崩さなかった。いいから早く、と手を引いて、ドアを閉める。よろけた彼が私に倒れ込みかけた。切れ長の目、整った鼻筋、薄い唇。近づいた顔を見て、美穂の美的センスは悪くないな、とまた思う。
「……美穂……さんのお姉さんですよね。ご両親は?」
「海外。このマンションで暮らしているのは私だけ」
「まずくありませんか? 僕、一応、男ですし……」
「亡くなった恋人に線香をあげにきて、その姉に欲情する変態と、妹が交際していたとは思いたくないな」
「そんな気は|微塵《みじん》もありません」
「当たり前でしょ。警察に捕まる前に、美穂に呪い殺される」
「……はい」
「お葬式にも来なかった恋人のことを、とっくに恨んでいるかもしれないしね」
「……本当に申し訳ありません」
「事情は後で聴くから、まずはお線香あげてやって」
 まだ仏壇はない。遺影と遺骨は、白い布で覆われた机の上に置かれている。圭介は座布団に正座した。線香に火をつける彼に目をやり、美穂の遺影に視線を移す。抜けるような白い肌、まだ伸びる前の黒い髪。薄紅色の整った唇は、圭介に優しくふさいでもらえたのだろうか。
「コーヒー、紅茶? 緑茶もあるよ」
「いえ、おかまいなく」
 圭介の声を聞き流し、キッチンで湯を沸かす。匙ですくってマグカップにコーヒーの粉を入れた。
「――で、どんな言い訳を聞かせてくれるの?」
 向かいに座った啓介に、カップを差し出す。彼はしばらく黙っていた。
「……怖かったんです」
「何が?」
 また圭介が黙り込む。線香の煙に仏花の匂いが溶け込んで、室内はむせるように甘い。たっぷり三分は待っただろう。彼は重い口を開いた。
「……美穂さんは、僕のせいで自殺したんじゃないかって」