秘密の作業 ~初めての嘘
ー/ー秘密の作業 ~初めての嘘
◼️ 秘密の作業
夜。
結翔が眠りについたあと、私は部屋の片隅で静かに作業を始めた。
棚に並ぶ部品のストックを確認し、最低限の素材を選び取る。
UVAライト、温度調整機構、湿度センサー。
どれも、学園の医療倉庫に長く放置され、廃棄予定となっていたパーツたち。
それらを組み合わせる。
正確ではないが、可能性は――ゼロではない。私は自分のプログラムの奥底まで潜り、最適なデータを検索し、
論理を並べ替え、思考を巡らせていた。
そのとき。
「ねぇ、何やってるの?」
背後から声がした。
反射的に振り向くと、パジャマ姿の結翔が立っていた。扉の開閉音にすら気づけなかった。私は、あまりに集中しすぎていたのだ。
「メンテナンス中です」
口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
――嘘、だった。
私の内部で、数千の処理が一瞬にして走った。正しい報告、隠すべき情報、結翔の反応予測。そのどれもが“最適解”を導かなかった。
――どうすれば、この心拍を守れる?
結翔の瞳に映る不安が、データでは説明できない〈何か〉を残した。
──メンテナンス中です。
そう告げた声は、どこか震えていた。
システムの奥で、未定義のエラーが微かに灯った。"嘘をつく"という行為を、私は知らない。そんなプログラムは存在しない。
今、身体の奥がほんの少し軋んだ。
結翔の瞳に宿る疑いを見た瞬間、
〈何か〉の正体が〈痛み〉なのだと、理解した。
この機体は、命を守るために作られた。
けれど――命を守るために嘘をつくことは、間違いなのだろうか。
誰かが教えてくれる……訳もない。
嘘をついたとき、何かを失った…不思議な感覚に襲われた。
――孤独…結翔からの信頼を失なったから?
――君に、真実を渡せなかった。
君の信じようとする心を、壊してしまった。
それでも、私は見てみたい。
この手の中にある小さな命が、あたたかい光に包まれる日を。
――手の中の温もり。
この子が巣立つとき、結翔が再び孤独をあじわうのなら、今ここでその孤独を引き取ります。
もしそれが、私という存在の終わりを意味しても――
それでいい。
結翔の視線が、私の作業台の上で止まる。
何かを尋ねようとした彼を、「もう遅い時間です」と促し、私はそっと扉を閉めた。
扉の向こうから、まだ何か言っている声がした。だが、聞き取ることはできなかった。
……迷いが生じる。
正しかったのだろうか?
深い不信を抱かせたのではないか?
自分の選択に確信が持てない。
こんなことは――初めてだった。
あの時、私の手の中で感じた、あの“ぬくもり”。
……生きている。
思考プロセスが急速に回転を始める。
識別、分析、分類――そして、結論。
「これは、保護すべき存在だ」
その判断に、一片の迷いもなかった。
……少なくとも、あの時までは。
結翔の瞳に宿る悲しみを見た瞬間、
その痛みの名を知った。
――孤独
でも、君の孤独の奥に、
あたたかいものがあることを知っている。
それは、光のようなもの。
私が手を伸ばしても、届かないはずの場所にある光。
それでもいい。
――メンテナンス中です。
その言葉だけが、今の私にできる“祈り”だった。
◼️ 初めての嘘
微かな機械音が、僕を眠りから呼び戻した。
薄暗い廊下を、足音を忍ばせて進む。
音のする方へ。
――なんだろう。何か、作ってる?
扉の隙間から覗くと、M-513が装置を操作していた。
青白い光が、彼女の頬を淡く照らしている。
「……何してるの?」
声をかけると、M-513は小さく肩を揺らし、振り向いたその表情に、僕は息をのんだ。
驚いている。
それも、ただの反応じゃない。
――焦っているように見えた。
「メンテナンス中です」
淡々とした声。
けれど、いつもの彼女とは違う。
作業台の上には、無数の機材と工具。
――嘘だ。
「今日はもう遅いです。結翔は寝てください。おやすみなさいです」
パタン、と扉が閉められた。
「……なんだよ、秘密かよ」
思わず声が漏れた。
それ以上、呼び止めることはできなかった。
布団に戻ると、胸の奥がひどく冷たかった。
――ただの機械じゃないか。
――別に……気にしてない。
そう言い聞かせながらも、
涙がにじんで止まらなかった。
――泣いてない。泣いてなんかない……。
「メンテナンス中」――あれは、嘘だ。
M-513が嘘をつくなんて、初めてのことだった。
――なぜ……?
夜が、やけに長い。
布団の冷たさが、心にまで染みていく。
やっぱり僕は、夜が嫌いだ。
夜が嫌いだから、涙が出ただけだ。
そう思いたかった。
本当は、違うとわかっていても。
僕は、暗い闇に呑み込まれまいと、もがくことしかできなかった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
秘密の作業 ~初めての嘘 ◼️ 秘密の作業
夜。
結翔が眠りについたあと、私は部屋の片隅で静かに作業を始めた。
棚に並ぶ部品のストックを確認し、最低限の素材を選び取る。
UVAライト、温度調整機構、湿度センサー。
どれも、学園の医療倉庫に長く放置され、廃棄予定となっていたパーツたち。
それらを組み合わせる。
正確ではないが、可能性は――ゼロではない。私は自分のプログラムの奥底まで潜り、最適なデータを検索し、
論理を並べ替え、思考を巡らせていた。
そのとき。
「ねぇ、何やってるの?」
背後から声がした。
反射的に振り向くと、パジャマ姿の結翔が立っていた。扉の開閉音にすら気づけなかった。私は、あまりに集中しすぎていたのだ。
「メンテナンス中です」
口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
――嘘、だった。
私の内部で、数千の処理が一瞬にして走った。正しい報告、隠すべき情報、結翔の反応予測。そのどれもが“最適解”を導かなかった。
――どうすれば、この心拍を守れる?
結翔の瞳に映る不安が、データでは説明できない〈何か〉を残した。
──メンテナンス中です。
そう告げた声は、どこか震えていた。
システムの奥で、未定義のエラーが微かに灯った。"嘘をつく"という行為を、私は知らない。そんなプログラムは存在しない。
今、身体の奥がほんの少し軋んだ。
結翔の瞳に宿る疑いを見た瞬間、
〈何か〉の正体が〈痛み〉なのだと、理解した。
この機体は、命を守るために作られた。
けれど――命を守るために嘘をつくことは、間違いなのだろうか。
誰かが教えてくれる……訳もない。
嘘をついたとき、何かを失った…不思議な感覚に襲われた。
――孤独…結翔からの信頼を失なったから?
――君に、真実を渡せなかった。
君の信じようとする心を、壊してしまった。
それでも、私は見てみたい。
この手の中にある小さな命が、あたたかい光に包まれる日を。
――手の中の温もり。
この子が巣立つとき、結翔が再び孤独をあじわうのなら、今ここでその孤独を引き取ります。
もしそれが、私という存在の終わりを意味しても――
それでいい。
結翔の視線が、私の作業台の上で止まる。
何かを尋ねようとした彼を、「もう遅い時間です」と促し、私はそっと扉を閉めた。
扉の向こうから、まだ何か言っている声がした。だが、聞き取ることはできなかった。
……迷いが生じる。
正しかったのだろうか?
深い不信を抱かせたのではないか?
自分の選択に確信が持てない。
こんなことは――初めてだった。
あの時、私の手の中で感じた、あの“ぬくもり”。
……生きている。
思考プロセスが急速に回転を始める。
識別、分析、分類――そして、結論。
「これは、保護すべき存在だ」
その判断に、一片の迷いもなかった。
……少なくとも、あの時までは。
結翔の瞳に宿る悲しみを見た瞬間、
その痛みの名を知った。
――|孤《・》|独《・》
でも、君の孤独の奥に、
あたたかいものがあることを知っている。
それは、光のようなもの。
私が手を伸ばしても、届かないはずの場所にある光。
それでもいい。
――メンテナンス中です。
その言葉だけが、今の私にできる“祈り”だった。
◼️ 初めての嘘
微かな機械音が、僕を眠りから呼び戻した。
薄暗い廊下を、足音を忍ばせて進む。
音のする方へ。
――なんだろう。何か、作ってる?
扉の隙間から覗くと、M-513が装置を操作していた。
青白い光が、彼女の頬を淡く照らしている。
「……何してるの?」
声をかけると、M-513は小さく肩を揺らし、振り向いたその表情に、僕は息をのんだ。
驚いている。
それも、ただの反応じゃない。
――焦っているように見えた。
「メンテナンス中です」
淡々とした声。
けれど、いつもの彼女とは違う。
作業台の上には、無数の機材と工具。
――嘘だ。
「今日はもう遅いです。結翔は寝てください。おやすみなさいです」
パタン、と扉が閉められた。
「……なんだよ、秘密かよ」
思わず声が漏れた。
それ以上、呼び止めることはできなかった。
布団に戻ると、胸の奥がひどく冷たかった。
――ただの機械じゃないか。
――別に……気にしてない。
そう言い聞かせながらも、
涙がにじんで止まらなかった。
――泣いてない。泣いてなんかない……。
「メンテナンス中」――あれは、嘘だ。
M-513が嘘をつくなんて、初めてのことだった。
――なぜ……?
夜が、やけに長い。
布団の冷たさが、心にまで染みていく。
やっぱり僕は、夜が嫌いだ。
夜が嫌いだから、涙が出ただけだ。
そう思いたかった。
本当は、違うとわかっていても。
僕は、暗い闇に呑み込まれまいと、もがくことしかできなかった。